「8月、夏にご案内」6.風鈴さんと佐々木さんに
『風鈴さん。話してくださってありがとうございました。風鈴さんについて、私から佐々木さんに、いろいろとお話しすることを許していただけますか』
近づいてくる佐々木に会釈をしてから、いちとせは早口気味に言う。
いちとせはモノ発声を、ほとんど口を動かさなくてもできる。そのため、その場を誰かが見ても、会話中だとはあまり思わない。
『おお! ちょい緊張するけどまかせる!』
『ありがとうございます』
風鈴にお礼を言い、いちとせは佐々木に向かって歩きだした。
風鈴がモノであることは、ワープ移動してきたトウヤが、距離のあるところからではあるが鑑定したので、はっきりしている。
物置小屋から出た佐々木がいったん家に向かったあたりで、いちとせはテイクからその情報を得た。
詳しい状態チェックや鑑定などは、する場合、許可を得てからになる予定だ。
また、佐々木が、正しく佐々木本人であることは、テイクが得た情報と照らし合わせ、いちとせ自身が確認済みである。
「ご案内しますね」
いちとせに言う佐々木に、いちとせはお願いしますと返す。
佐々木は、いちとせを呼びに来る前に着替えたようだ。
襟付きの白い半袖シャツにグレー系のスラックスという組み合わせ自体は同じだが、ついていた土汚れのようなものが見当たらない。
佐々木の先導で、いちとせも家の中へ。
カバンに入れていたウェットティッシュ等で手などを拭いてはいたが、まずは手が洗える場所へ案内してもらう。
ちなみに、人の姿のときにカバンなどを持っている場合、すずめの姿になっている間は、カバン類は特殊な空間に収納されている。そして、人の姿になると再び持っている、という仕組みだ。
佐々木は、親族との電話を無事済ませたとのこと。
親族が言うには、物置小屋にあるかもしれないと思っていた物は、別の場所で見つかったそうだ。
急に通話が途切れたし、知らせようと思ってスマホや家の電話にかけてもつながらないため、佐々木はどうしたのかと親族は気にしていたという。
そういった話を聞きながら、佐々木の案内で家の中を行き、いちとせは和室に入る。
ほどよく冷房が効いている室内には、座卓と、長辺側それぞれに座布団が一枚ずつ。
勧められたほうの座布団に座っていると、佐々木がグラス入りの麦茶を持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
佐々木も座るのを待ってから、いちとせはグラスを持ち上げて麦茶を数口飲む。
「冷たさが心地よいです」
いちとせがコースター上にグラスを戻し言うと、佐々木がはっとしたように数回瞬きをした。
「あ、はい、よかったです。……気づいたら見入ってました。指の先まで丁寧な動きって、こういうことなんですね……」
「ありがとうございます」
しみじみと言う佐々木に、いちとせは会釈をする。
「とても美しい所作の方と、先ほど力強く戸を開けてくださった方が同じ方……」
「見た目の印象より活動的なのだねと、よく言われます」
「どちらも備わっていて素敵なことだと思います。なにかスポーツをなさっているんですか?」
「走ったり泳いだりは、わりとよくしますね」
それ以上によく飛んでもいるが、これはスポーツではない。
「僕もせめてもうちょっと鍛えないと……戸を開けようと少し試しただけで痛いとか」
「痛いのは、ぶつけられた際に、どこか痛めてしまったからではありませんか?」
「いやー、そっちは今のところ、目立ってここがというものは」
「そうですか。それはよかったです」
「ありがとうございます。……でも振り返ると、自分の行動、いろいろまずかったなと……。幸い、すぐに物置小屋に入らなければいけない用はなくなりましたけど、今度入る用があるときは、準備もしつつ、気をつけます」
小屋や物や僕自身への根本的な対応はすぐには難しいので、せめてできる範囲では、と佐々木。
「今回、助けていただき、本当にありがとうございました」
佐々木が深くお辞儀をする。
「頭を上げてください。お力になれてよかったです。風鈴さんも、とても頑張って助けを求めてくださったので、それにお応えできたことも嬉しく思っています」
いちとせが笑顔でそう言うと、体を起こした佐々木が笑みを浮かべた。
「はい。風鈴の音にも助けてもらいました。タイミングよく鳴ってくれて」
佐々木が言う。
音といえば、と、いちとせは口にした。
「大変唐突なことを伺いますが、会話内容など、この部屋の中の音は、外にどの程度聞こえますか?」
無理のある流れだと承知のうえで、いちとせは尋ねる。
「あ、なにかお話があるんでしたね。窓などが閉めてあれば、よほどの大声や大きな音でなければ、外に人がいても聞こえません。家の中はわりとそんな感じです。ちなみに外は外で、声が聞こえるあたりまで人が来る頃には、存在に気づくことが多いように思いますが。……お話しになって大丈夫だと思いますが、それにしても、お話とは、いったいなんでしょう」
答えてから首をかしげる佐々木に、いちとせは切り出す。
「実は風鈴さん、大きな音で鳴るとともに、物置小屋に閉じ込められている佐々木を助けてくれ、頼むと、おっしゃっていました」
ある程度、風鈴の存在を知っていて、積極的にやりとりをしている佐々木相手だ。
いちとせは変に遠回りすることなく、ストレートに踏み込むことにした。
聞いた佐々木は、少し目を見開く。
「えっとそれは、音が言葉になっていたということですか?」
「いえ。音とは別に、声も出して。お願いしたら、状況も説明してくださいました」
「えっ? ええっ? もしかして、風鈴、会話可能ですか? しゃべっている? それがいちとせさんには聞こえる? あの、ちょっと、風鈴の同席いいですか?」
佐々木は、今日一番という感じの、あわてた様子になった。
「はい」
「ではすぐに」
いちとせが返事をした途端、立ち上がった佐々木が部屋を出ていく。とてもすばやい動きだ。
そして佐々木は、あっという間に部屋に戻ってきた。
どこかから持ってきた、床置きのシンプルな風鈴スタンドを座卓の短辺側近くに置き、手に持っていた風鈴をかける。
「いちとせさんが、風鈴は話せるとおっしゃっているんだけど、そうなの?」
佐々木は座布団に座るなり、身を乗り出して早口で風鈴に訊いた。
頷くように、短く一度、鳴る風鈴。
「そうなんだ……」
佐々木はぽつりと言い、座り直してグラスを手にする。麦茶を一口、二口。そして、ゆっくりとグラスをコースターへ。
「びっくりしたなー」
少ししてから、佐々木が言った。
口調も動作も、すっかり落ち着きのあるものに戻っている。
「聞いてくれてるし、音で返事してくれてるなー、やりとり楽しいなーと思ってたけど、まさか話せたとは。……じゃあさ、まだるっこしいってイライラした? 僕とのやりとり。僕はしゃべるのに、風鈴の言葉を僕は聞けなくて」
否定するように、長めに一度、鳴る風鈴。
「そっか……。じゃあ、風鈴も、やりとり楽しく思ってくれてるって、僕が感じてた印象のままでいい?」
深く頷くように重々しく、短く一度、鳴る風鈴。
よかった、と佐々木が笑うと、風鈴も軽やかに何度か鳴った。
「あの、風鈴の声って、いろんな方に聞こえるんですか?」
佐々木に訊かれ、いちとせは佐々木の許可を得てから、長めの説明を始める。
モノという存在について、風鈴について、モノの声について、テイクについて、テイクの役割といちとせの担当について、等。
風鈴に説明したときもそうだが、それぞれが得た情報の扱いについても、はやい段階で話した。
先ほど少し話に出したが、風鈴から状況を聞いたうえで物置小屋の前に行ったこと、そして、風鈴とすでにいろいろと話をしたことなどもいちとせは打ち明け、伏せていたことを佐々木に詫びる。
関わりやサポートに対しての風鈴の考えも、佐々木に伝えた。
テイクとやりとりをして、いちとせが間違いなく、テイク所属のいちとせ本人であることも、佐々木自身に確認してもらった。
確認結果を、佐々木は風鈴にも伝えた。
ひととおりの説明を聞き終え、確認もしたあとで、佐々木が麦茶を口にする。
いちとせも麦茶を飲んだ。ぬるくなっていたが、味はおいしい。
いちとせがグラスを置き、佐々木がグラスを置き、佐々木が口を開く。
「今日は驚くことがたくさんありますねぇ」
風鈴と似たようなことを、佐々木のほうはずいぶんと落ち着いた様子で口にした。
そして続ける。
「えっと、まず、お詫びしてくださった件に関してですが。お気持ちは受けとりますが、僕としては気にしていません。手順やタイミング、状況によっての判断などいろいろ事情があることがわかりますので」
「お気遣い感謝します」
いちとせが言うと、佐々木はいえいえと照れくさそうに微笑んだ。
そして表情をあらため、佐々木が再び口を開く。
「継続して関わっていただくことやサポートについてですが、お願いしたいです。もし、僕になんらかのことがあった場合に、風鈴が一人置き去りにならなくて済むというのは大きい」
佐々木の言葉に、弱く、短く一度鳴る風鈴。
「大丈夫だって、風鈴。あくまでも、もし、と、あとは、遠い先を想定しての話で。……物置小屋から出られなくなってた身で言うのもなんだけど、そうそう、どうこうなっちゃうつもりはないから。風鈴とこれからも楽しくすごしてくって面でも、サポートを頼もうと思ってるし」
明るく強く、短く一度鳴る風鈴。
「ということで……。どれくらいの濃さというか頻度というか、どういった感じでお願いしていくかは、今後、風鈴やテイクの方たちと相談しながら考えていくという感じになるとは思いますが、これから、よろしくお願いいたします」
佐々木が言い、お辞儀をする。
『よろしく頼むぜ! お願いします!』
風鈴が強く短く一度鳴り、声も出す。
「かしこまりました。ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
いちとせは言い、深く頭を下げた。
「あ、そうだ。風鈴」
風鈴と佐々木の許可を得て、いちとせがテイクとやりとりしていると、佐々木が声を出した。
「言葉と音の種類と……っていうのでちょっと思ったんだけど……、モールス信号? 符号? はどうかなって。といっても長文は大変そうだけど」
佐々木は言いながら、タブレットを操作し、画面を風鈴に見せる。
「こういうの」
ほうほう、と言うかのように、空気を押す感じで二度、短めに鳴る風鈴。
「残念だけど僕には風鈴の声が聞こえない。でも風鈴に、僕にもわかる言葉で表現する方法も知ってもらえたら、僕としては助かるなぁと。場合によっては、ほかの人に風鈴の言葉を届けるための手段にもなるだろうし。それに、今までも楽しかったけど、やりとりの方法が増えれば、それもまた楽しいかなって」
だな! と言う声が聞こえそうなくらい、元気に短く一度鳴る風鈴。
「表を見つつ、徐々にって感じになると思うけど、一緒に少しずつ覚えていけたら嬉しい」
意欲満々、という感じに、景気よく数回鳴る風鈴。
「前向きな返事ありがとう。僕も頑張るよ」
穏やかな口調ながら、意欲的な佐々木。
よい雰囲気の時間と空間が、そこにある。
いちとせは自然と、微笑んでいた。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
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