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「8月、夏にご案内」5.風鈴さんに


 ある、風鈴。



 テイクの協力者から情報提供があった。


 一部分が二階建ての日本家屋、一階の窓近く、ガラス製らしき風鈴。

 昼近く、道を歩いていた自分が家のそばに来たタイミングで、唐突に鳴りだした。


 さほど風も吹いていないのに、かなりの音の大きさと勢い。

 そもそもガラス製らしき風鈴で、あのように鳴るだろうか。

 いろいろと違和感がある。


 周りにあまり建物はなく、人通りもほとんどない。自分も普段は使わない道。

 気になるが、急ぎの用事の途中なのでそのまま通り過ぎた。


 そういった内容で、いちとせが向かうことになった。



 協力者のときと似た状況にするため、いちとせは人の姿で近くの道を歩き、対象の家のそばを通ってみることにした。


 家に近づいてきたところで、人来た! 鳴るぜ! という、威勢のよい青年の声が、いちとせの耳に届く。

 直後、風鈴が勢いよく鳴りだした。

 いちとせは風鈴に視線を向ける。


『そこの方ー! 俺は風鈴だ! 頼む! ささきを助けてくれ! 庭の物置小屋に閉じ込められてんだ!』


 風鈴の音も激しいが、風鈴が言っている内容もまったく穏やかではない。


 対象の家の住人が、佐々木(ささき)という名字であることは、いちとせは事前にテイクから聞いている。ひとり暮らしのようだという情報もある。


 風鈴の言う、ささきとは、その人物のことだろうか。閉じ込められているとは、いったい何事か。


 誰かに閉じ込められたのか? もしそうなら、閉じ込めた者は? 状況は?

 いちとせだけで対応できる事態だろうか。


 助けに入っておきながら、助けたい相手を更に危険な状態にしてしまったり、いちとせまで危険な状態になって、今より難しい状況にしてしまったりするようなことは避けたい。


 まずは急いで状況の把握を。それに、人の姿のままで近づくのではなく、いったん、すずめの姿になったほうがよさそうである。


 いちとせは視線を前方に戻し、足を止めずに家近くを通り過ぎる。


 風鈴の音がやむ。

 行っちゃったかー……という、勢いをなくした青年の声を背中で聞いた。


 いちとせは歩きながらテイクに連絡した。

 状況を知らせるとともに、風鈴はおそらくモノであるということも知らせる。


 少し歩いたところで物陰を見つけ、いちとせはそこに向かった。


 いちとせの場合、誰かの目の前で堂々とではなく、物陰に行くなどの行動を形だけでもしたうえでなら、姿を変えるところを目撃されても不思議と認識されない。


 物陰に行き、一応さっと周囲を見てから、いちとせはすずめの姿になった。

 風鈴のところへ飛んでいく。


 花火柄の風鈴。

 近づいて、そういったことも認識しながら、いちとせは風鈴に声をかけた。

『風鈴さん』


『んんっ! すずめがしゃべった! ……か?』

 驚いたあとで、首をかしげていそうな感じになる風鈴。


 風鈴が声を出しても、風鈴の音は鳴らない。

 思い返すと、先ほどもそうだった。

 話すのと鳴るのが連動しているわけではないようだ。

 おそらく、いつ、どう鳴らすかを、ある程度自分で決められるのだろう。


 いちとせは近くの木に止まって話しだす。

『すずめの姿で話しています。先ほど通りかかった相手に風鈴さんがおっしゃった、ささきという方は、こちらに住んでいる、佐々木さんという方のことでしょうか。物置小屋に閉じ込められているというのは、どういった状況なのでしょう。風鈴さんにいろいろと伺いたいのですが』


『声聞こえるんだな。でも、すずめさんに話すのか?』

『はい。助けるための行動につなげることができるかもしれません。できるだけはやく状況を把握したいのです。お願いします』

『わ、わかった』

 いちとせの勢いに圧されるように、風鈴が早口で話し始めた。


 風鈴によると。


 物置小屋に閉じ込められた状態になっているのは、この家の住人、佐々木。

 風鈴にとっては友人というか同居人というか。

 この家は佐々木家のもので、数年前から佐々木が、人間としては一人で住んでいる。


 佐々木は二十歳前後と言っても通りそうだが、三十代に入った男性。小柄で細身。

 穏やかそうな見た目で、実際、基本的に穏やかだし落ち着いている。


 物置小屋は、少し離れたところに見えている、かなり古めの、それ。

 家はある時点で建て替えたが、物置小屋は以前からずっとあるそうだ。


 昔からの物が入れっぱなしで、佐々木本人がまめに使っているわけではないが、一応、中の電気はつく。


 親族からの電話で、物置小屋にしまってあるかもしれない物を急ぎで確認してほしいと言われ、佐々木は物置小屋へ。

 電話をしたまま物置小屋に入った佐々木は、引き戸を、つい、ほぼ閉めた。


 通話先とやりとりしながら、物をさがしているうちに、なんとスマホが電池切れ。


 親族からの電話の前に、何件も仕事関連の電話を今日はした。

 充電をと思っていたところへの着信だったのに、話をしているうちにそれを忘れて、通話し続けていたのだ。


 いったん家に戻ろう。あ、開かなくなるとまずいから閉めないでおこうと思っていた戸を、つい閉めてしまっていた。

 急ぎ足で戸に近づいた佐々木は、つまずいたのかよろけたのか足をもつれさせたのか、転びかけて、というかほぼ転んで? 戸だか内壁だかにぶつかった。


 どうもそれで、どこか引っかかってしまったようで戸が開かなくなり、ガタガタと動かして開けようとするも、無理のよう。腕や手が少々痛む。

 少し休んでからまた試すか。だが、試したところで、体格や筋力的に難しいか?


 通話が途切れたまま連絡がつかなくなったのだ。親族がなにか対応してくれるかもしれない。

 仕事相手も、またのちほど連絡をと言っていたから、いずれそちらからの動きもあるかも。


 考えていると、そこに。

 佐々木の耳に届いた、風鈴の音。


 そうだ、風鈴がいる。こちらの声は聞こえるだろうか。


「風鈴の音が聞こえるー。僕の声は聞こえるー?」

 と、佐々木。


 もともと柔らかめの声を、いつもよりは張っている。

 だが、それ以外は普段とあまり変わらない感じで、落ち着いているようだ。


 そもそも、閉じ込められたとわかった時点でも、佐々木は風鈴より動揺していなかった気がする。


 聞いて思いつつ、イエス、を表す鳴り方で風鈴は返事をした。


「人が通るか家に来るかしたら、鳴って教えてくれるといいなー」

 佐々木が言う。


 言い回しが少々不自然なのは、風鈴以外の誰かが耳にしたときのためだろう。

 本当は風鈴に向けて話しているのだが、ひとりごとのようにも聞こえる言い方にしている。ひとりごとにしては大きな声ではあるが。


 そして、頼みごとの意図としては。


 あまり人が通らないし訪ねてこないし、それなのにずっと助けを呼んでいるのは、と思ったが、風鈴に手伝ってもらえれば。

 もし誰か通るか来るかしたら、風鈴を鳴らして知らせてもらおう。


 そのタイミングで助けを求めれば、声がその人に届くかもしれない。

 家の中は別として周囲は開放的なつくりだから、物置小屋の前まで入ってくることができるし。


 そういったようなことを考えたのだろう。


 自分の行動が助けになるといい。

 願いながら、風鈴は再び、イエス、を表す鳴り方をした。


『だいたいそんな感じだと思うんだ。見たり聞いたり話したり推測したりしたところ』

 と、風鈴。


 話の内容量は多いが、風鈴が大変早口で語ったため、さほど時間は経っていない。

 それに、なんらかの犯罪行為によってこの状況というわけではないようだ。その点はよかった。


 少しほっとするいちとせに、ただな、と風鈴が続ける。

『俺は、鳴る音の音量調節ができるから、わりと大きい音も出せるんだ。そして俺は、わりと小さい音でも聞き取れる』

 で、なにが言いたいかっていうと、とつなぎつつ風鈴。


『物置小屋、道からはちょっと距離あるだろ。近くまで来てくれないと、佐々木の声、人に聞こえないかもと思ったんだよな。だから、鳴ることで佐々木にも知らせつつ、もしかしたら俺の声が聞こえる相手かもってことで、俺も声で助けを求めつつ、風鈴にしては激しくないか? ってくらい鳴らせば、誰か様子見に来てくれないかなってことで豪快に鳴りつつ』


 まぁ逆に、あやしく思われて誰も近寄ってくれない危険もあるよな、とも思ったんだけどな、やってみないとわからないしな、と風鈴。


 あやしい風鈴だと騒ぎになってもまずいなとも考えたんだが、非常時だからな、決行した。

 でも、音量調節できるにしては、自分でもびっくりするくらい大きな音が出たんだよな。


 そういったことも風鈴は言う。


『で、そんなこんなしてたら、すずめさんが来た。佐々木、助けられそうか? 頼めるか?』


『人の姿で、戸を開けられるか試してみましょう。無理そうでも、助けを求める先はあります。ひとまず、少々お待ちを』

 飛び立ちつつ、いちとせは言う。


『おう! 頼んだ!』


 風鈴の声に送られて、いちとせは飛び去る。

 佐々木宅、推定敷地内の物陰を利用して、人の姿になった。


 手早くテイクに連絡後、今度は人の姿で風鈴のところに行き、話しかける。


『風鈴さん、お待たせしました。音と声で気づいて、という形をとりましょう。先ほどのように風鈴を鳴らしてください』

『うぉっ、すずめさんと同じ声か?』

『すずめの姿も、この、人の姿も、私です』

『そうなのかっ? いや、それはあとでいいな。鳴るぜ!』


 激しく鳴りだす風鈴。

 直後、風鈴の音とは別に聞こえ始めた、あまり大きくはない声。佐々木のものだろう。

 これは確かに、道からは聞こえないかもしれない。


「どなたかいますかー? 庭の物置小屋の中ですー。この家の者ですー。うっかり転んでぶつかったせいで、戸が開かなくなってー」

 そういった内容をくり返している。


 聞こえづらいが、内容自体は、とてもわかりやすい。

 思いつつ聞いて、少ししてから、いちとせは物置小屋の前へ。


 風鈴の音と、助けを呼ぶ声によって、ここに来たというようなことを、いちとせは戸に向かって大きめの声で話す。敷地内に勝手に入ったことも詫びる。


 来てくださってありがたいです、佐々木です、と物置小屋の中から声。一貫して、落ち着いた口調だ。

 佐々木は続いて、状況を説明し始めた。


 すでに風鈴から聞いたと、この段階で明かすことはためらわれ、いちとせは佐々木の説明も聞く。


 とはいえ説明内容がよくまとまっていて、ほとんど時間はかからなかった。

 聞き終えたいちとせは簡単に自己紹介をしてから、開くか試してみますと告げ、戸に触れた。


 力を込めてみたり、持ち上げるようにしてみたり。

 ガタガタとしばらく動かしているうちに、なにかうまくいったらしい。

 スムーズではないものの、戸が開くようになった。


『開いたー! ありがとなっ!』

 風鈴の明るい声が響く。

 風鈴の音も軽快に鳴る。


「助かりました、ほんっとうに。ありがとうございます」

 物置小屋から出てきた途端、頭を下げる佐々木。


「ぜひお礼を、あ、でも先に電話をしなければいけないところが、えっとお時間は、申し訳ないですが、まだしばらくこちらにいていただくことは可能でしょうか」


 体を起こして、次々と言う佐々木。口調は抑揚控えめだが、様子は、閉じ込められていたときよりも、あわてているようだ。


「どうぞ先にお電話を。時間は大丈夫ですので。お礼にはこだわりませんが、お話ししたいことがありますので、お電話のあとでお時間いただけるとありがたいです」

 いちとせは言う。


 本当は、時間は大丈夫ではない。ある約束の時間が迫っている。今度こそは、と思っているのだが。

 しかし、おそらくモノであろう風鈴が、ここにいる。

 この件について、この流れで、ある程度話を進めておきたい。


「わかりました。じゃああの、すみません。僕はちょっと家の電話で連絡してきます。急ですぐに家の中にご案内することができない状態なので、暑い中、外でお待たせしてしまいますが」


「大丈夫です。お気持ちありがとうございます。それに、お急ぎにならなくて大丈夫ですので」

「ありがとうございます。ではのちほど」

 言って会釈をしてから、佐々木が家に向かう。


 いちとせは会釈を返したあとで、テイクとやりとりなどもしてから、風鈴の近くに行く。


『助かった。本当にありがとな。人目があるかもしれない場所じゃなきゃ、お辞儀したい』

 少しゆっくりめに、風鈴がいちとせに言う。

 どうやら、動こうと思えば、動くこともできるらしい。


『お気持ち、とても伝わってきました。お力になれてよかったです。風鈴さんに名乗るのが遅くなりました。ひらがなで、いちとせ、と申します』

『丁寧にありがとな!』

 返す風鈴に、いちとせは続けて説明をする。


 いちとせ自身について、テイクについて、テイクの役割と自分の担当について、など。


『今日はいろいろびっくりすることだらけだな!』

 聞き終えた風鈴はまずそう言い、続ける。


『関わってくれるのは、俺としては嬉しい。サポートか……いろんな面考えると、先々おそらく必要だよな。せっかく出会えたし頼みたいが、佐々木の気持ちも訊きたいぞ。費用負担が少なめなのはありがたいが、現時点では俺は用意できないしな、その点も佐々木とも相談が必要だ』


『かしこまりました。……これまでのお話の感じからすると、風鈴さんのことを、佐々木さんはご存じなのですか?』


『んー? どこまではっきりとわかってるかは。でもとりあえず、状況や話の内容を理解して、音で返事をしたりする存在だ、ってことは知ってるぞ。俺の声は聞こえてない感じだ』

 風鈴は答えてから、説明を足していく。


 数年前の夏に、佐々木が購入した風鈴。

 実は買われる前から、風鈴には精神が生じていた。


 周りへの音を気にしてか、昼間以外、佐々木は風鈴を室内につるすことにした。

 風鈴のシーズン中、佐々木は風鈴に、習慣のように都度都度挨拶をした。なにかと声もかけてきた。


 風鈴に精神を感じているからではなく、そこにあり、目に入る存在に、自然と挨拶したり話しかけたりしている。

 そういった様子だった。


 ある年のある夏の日、風鈴は、つい、音で返事をした。

 佐々木は少しだけ驚いたが、嬉しそうに笑い、以降はもっと話しかけてくるようになった。

 シーズン以外の日々も、風鈴を室内につるしておくようにもなった。


 佐々木が話し、風鈴が何種類かの鳴り方で返事をし、といった感じで交流中。


 夏は晴れた日の昼間以外、夏以外は昼間も、風鈴は室内にいる。

 今回は事態が事態だったため、外でも返事をしたが、普段はなるべく室内でのみ、やりとりすることにしている。


『俺は楽しくすごしているし、佐々木も楽しそうにしている、と思う』


 風鈴がそう言ったあたりで、お待たせしました、どうぞ中へと、佐々木がいちとせを呼びに来た。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


次の投稿は、11/23(土)夕方~11/24(日)朝あたりを予定しています【2024年11/17(日)現在】

予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。


――――

【2025年6/6(金)に改稿しました。よろしくお願いいたします】


・佐々木は二十代前後と言っても通りそうだが、→佐々木は二十歳前後と言っても通りそうだが、


・ いちとせは会釈を返したあとで、まず、テイクに連絡をした。

 そして、風鈴の近くに行く。

 いちとせは会釈を返したあとで、テイクとやりとりなどもしてから、風鈴の近くに行く。



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