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「8月、夏にご案内」3.いちとせに


 鳥の、すずめの姿で、翼を閉じたまま空中にとどまっている、いちとせ。


「すずめだ……」

「『すずめさんだ……』」

 育生いくお、ゆかり、ラビィの、花山はなやま家の三人が声を出した。

 三人は、羽ばたくような両手の動きを止めて、座る姿勢を整え直す。


『この姿でも、人の声もモノの声も聞くことができます。モノが発声しているのと同じ感じでならば話せます』

『……はい。わかりました』

 すずめの姿でモノ発声をしたいちとせに、ラビィが返事をする。


 育生とゆかりが、それぞれ自分のスマホ画面を見た。

 ぶんが入力した、いちとせとラビィのやりとりを読んだのだろう。

 育生とゆかりは再びいちとせに視線を向けてから、わかりましたと言う。


『人の姿になりますね』

 いちとせが言い、人の姿になる。先ほど人の姿だったときと同じ服装だ。

 テーブルセットに近づき、椅子に座る。


「スムーズに、瞬時に違う姿になるんですね……」

「パッと姿が消えて、そこにパッと違う姿が現れる感じ……」

『違う姿になっていく間の、途中の見た目があるわけではなく……』

 育生、ゆかり、ラビィが順に言う。


 小さく頷き、いちとせが口を開いた。

「そうですね。私の場合はそういった感じです。それぞれですので、ほとんどの説明において、私の場合は、という話として聞いていただければと思います」


「「『わかりました』」」

「……あの、いちとせさん先ほど、翼を閉じたまま空中に浮かんでいました……よね?」

 花山家の三人で返事をしたあとで、ゆかりが自信なさげに問いかける。


「はい。見た目はすずめですが、本来のすずめのあり方に、あまり影響は受けないようで……。いろいろな姿勢でいろいろなところにいることができますし、飛ぶ姿勢やスピードや飛び続ける距離も、わりと自分の思うようにできますね。人間の姿のときは、そこまで自由度は高くないですが」


 いちとせの説明を吸収しようとするかのように頷く、花山家の面々。


 次に声を出したのはラビィだ。

『すずめさんと会話はできますか?』

「いえ。私はすずめとしての声は出せませんし、やりとりもできません」


「えっとだいぶ、すずめなのは見た目だけ、ですか?」

 いちとせの答えを聞いて、育生がためらいつつ口にした。


 いちとせはあっさり頷く。

「そう言えなくもないですね。ちなみに、すずめとしての食事はしません。人の姿では、人が口にする食べ物や飲み物を味わいますが」

 言って、グラスを手にする。


 飲み物を一口飲んでグラスを置き、いちとせは再び声を出した。

「すずめの見た目で、いろいろ必要なことをしているというのが、近いかもしれません。距離のある場所へも時間をかけずに行くことができ、いたい位置にとどまれますし、そうやって空中などにいても、見た目としてはすずめなので、あまり不自然にならない」


「「『不自然に、ならない……?』」」

 首をかしげて口にする、花山家の面々。

「翼を閉じたまま……?」

「空中に浮かんでいる……?」

『すずめさん……?』


 育生、ゆかり、ラビィにリレー形式で言われ、いちとせが少しあわてた。


「あのっ、先ほどのは、初めてお見せするので、すずめの姿だけどすずめではなく……というのも表現できたほうがよいかと思い……」

「「『あっ、なるほど』」」

 いちとせの言葉に、納得の声を出す花山家の三人。


 いちとせが更に説明を加える。

「不自然になりすぎないよう、普段はなるべく気をつけています。状況によっては、かなり不自然であっても目的を優先しますが」


「そのときどきの度合いなど……いろいろと考えながらなんですね。わかりました」

 育生が言い、ゆかりとラビィも頷く。


 少し間を置いてから、えっと、では、と育生が切り出す。

「伺ったことも頭に入れつつ……。すずめではなく、いちとせさんを目にしているときもあるかもしれない。すずめの姿で、いちとせさんが近くにいらっしゃるかもしれない。そういったことを覚えておく、という感じでいいですか?」


 育生の言葉に、その感じでお願いします、と言ういちとせ。

 花山家の三人は、わかりましたと返事をした。


「ところで、いちとせさん。あの、心配なんですが、すずめとしての危険はないんですか? 狙われたりとか、危ない目に遭ったりとか」

 育生の問いに、ゆかりとラビィも張りつめた雰囲気になり、いちとせを見つめる。


「大丈夫です。危険はありません」

「「『よかったです』」」

「ありがとうございます」

 答えを聞いて安心した様子の花山家の三人に、いちとせは微笑んでお礼を言う。


 そしていちとせは、ほっとしたように息をついた。

「お会いできて嬉しいのももちろんですが、はやめに直接……と思っていた件を、ようやく説明できてほっとしています。それに……ようやく、予定変更ではなく、お会いすることができました。変更のたびに、心苦しく感じていました……」

 話しながら、いちとせが顔を曇らせていく。



 予定変更をお詫びや事情説明とともに花山家に告げるのは、花山家とのやりとりをかなり受け持っている優月ゆづきだったが、その優月にもいちとせは毎回、謝ってくれた。


 ただ、そもそも予定変更は、いちとせの身勝手や不注意などのせいではない。

 いちとせによる対応が必要な、モノかもしれない物関係の出来事が、毎回、会う予定と重なって、急に起きてしまっていたからだ。


 いちとせは、物の姿でなく鳥の姿で飛べる。つまり、見られることをあまり気にすることなく、飛んだり、そこにいたりできる。

 それでいて、飛行距離やスピード、姿勢などにおいて、かなり自由が利く。

 遠方や上空でも、すばやく柔軟に対応することが可能だ。


 それにいちとせは、その存在がモノかどうか、だいたいはわかる。


 モノによる件のようだが、鑑定の能力者が、すぐにその件には対応できない。けれど状況的に、なるべくはやく対応の方向を決めたい。

 そういったとき、いちとせが行けば、とりあえずモノ相手として対応するかどうか、決めることが可能だ。


 また、いちとせは、モノの精神体も見ることができる。


 いろいろな面で、いちとせは、モノによる、もしくはおそらくモノによる、急いで対応する必要がある件に向いている。


 もし、その時点で、明らかに攻撃的だったり、明確に危険とわかる状態だったりという存在への対応だと、違う担当による対応分野になる。

 そして、危険への対応を担当しているメンバーなら、ワープ移動できる状態になっている。


 けれどそういった状況状態に現時点ではおそらく当てはまらない件、でも、急ぎ、そして、モノ関係もしくはモノ関係のようだ、となると、いちとせによる対応が求められることが多い。

 結果、急な予定変更が多くなる。


 また、いちとせならばすぐに対応しやすい、いちとせでなければスムーズな対応が難しいという場所などでの件もある。

 そういった件も起きれば、その対応も含まれるので、スケジュール調整が更に難しくなる。


 予定変更は、いちとせの役割によるもの。

 そして、できる範囲で事情を話し、花山家に謝るのは、優月の対応範囲。


 後回しにされている、ないがしろにされている、と花山家が誤解しないよう気をつけるのも、優月の対応範囲だろう。


 だから、いちとせが優月に謝る必要はないと優月は思っているし、いちとせにもそう言った。

 けれど。


「それでも、申し訳ないと感じ、謝りたいと思う……一方的な気持ちからの謝罪なのですよ。どうしても嫌というのでなければ、言わせていただきたいのですが……それに、いろいろと気を配ってくださっていることへの感謝も」


 いちとせにそう返され、以降は受けとっている。



 自分の思考に入りかけていた優月の耳に、ゆかりの声が聞こえてきた。

「心苦しいと感じさせたいわけではないですけど、そう思ってくださるお気持ち、ありがたく感じています」


「あっ、ですが謝罪はもう、優月さんからと優月さんを通してとで、ちゃんといただいてますからね」

 育生が言う。


 二人の言葉に、頷いてその都度同意を示すラビィ。


 いちとせは、一度深く頭を下げた。

 そして体を起こし、微笑む。


 微笑み返したあとで、ゆかりが口を開いた。

「それに、予定変更になって、それでそこでは全部なし、ではなかったですし」

「できる範囲で事情を説明していただけて、モノの方について伺うことができましたし」

 ゆかりに続いて育生。


『こいのぼりさん、オルゴールさん、グリーティングカードさん、風鈴さん……いろいろな方がいらっしゃるなぁって……』

 予定変更の事情説明時に話に出てきたモノたちのことを口にし、ラビィが思い返すような様子になった。


 優月も、頭の中で振り返る。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


次の投稿は、11/9(土)夕方~11/10(日)朝あたりを予定しています【2024年11/3(日)現在】

予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。



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