「8月、夏にご案内」2.展示に、そして
縁側で足を伸ばして座る、薄いピンク色をした、ロップイヤーのうさぎのぬいぐるみ、ラビィ。
手には、棒付きのカラフルなアイスキャンディ。扇風機からの風に、気持ちよさげに目を細めている。
風実が描いた水彩画だ。
タイトルは、涼。
作品の大きさと向きは、優月が見慣れたもので表現するなら、A4に近いサイズで横向き。作品は額に入れられて、壁に掛けられている。
「ひきこまれるなぁ……すごい」
近づいて見たり遠くから見たりしていた育生から、声が聞こえてきた。
「ラビィのほわっとしてかわいい感じと、アイスのつやっとしておいしそうな感じと、扇風機からの風でさわやかそうな感じが、それぞれ表現されて、しかもうまくあわさってる……」
「ラビィ、気持ちよさそうだわ。ラビィの表情が変わるの、実際には見ることができないから、新鮮な感じ。でも本当にこういう表情もしそう」
作品を見つめていた、ゆかりが言う。
『本当にそこにいる気分……』
ゆかりに抱かれて作品を見ているラビィは、いまだ意識の大半が絵に向かっているかのような声だ。
八月下旬の午後、珠水村、結界内の一室。
テイク主催の、夏のイベントの一つとして、作品展が結界内でも開かれている。
優月の案内で作品展に来た、育生、ゆかり、ラビィの花山家の三人。
まずは、風実が描いたラビィの絵を鑑賞、となった。
ちなみにこの作品展は、自由に話しながら、どの順番で見てもよい。
モノであるラビィの言葉を、育生とゆかりに伝えるという役は、今日は、文字書き人形の文が担っている。モノにも扱えるよう機能付与済みのタッチペンとスマホを手に同行中だ。
文が入力した文章を、育生とゆかりが、それぞれ自分のスマホで見る、という方法である。
画面を見ていないタイミングで文章が表示されても気づけるよう、振動で知らせるように設定済みだ。音で知らせるように変更することもできる。
「描いていただけて、拝見できて、嬉しいな……」
育生が言い、ゆかりとラビィが頷く。
先月、ゆかりとラビィが、初めてひっつーと会い、言葉を交わした。
ひっつーは、もともとは筆に精神が生じたモノで、今は羊のぬいぐるみを本体としているモノだ。
そのあとわりとすぐに、育生、ゆかり、ラビィ、ひっつー、そして、ひっつーの家族である穂風と風実、その六人が会って話す機会を持つことができた。
話が弾んだ帰り際、風実が、ラビィさんを描きたいが描いてかまわないか、間に合えば結界内でのほうの作品展に出したい、という話をし、花山家の三人は喜んで頷いた。
「さて、ラビィの絵もじっくり拝見したし、ほかの作品も……。いろいろあるなぁ、俺はこのあとは入口から順にいこう」
育生が出入り口のほうへ歩いていく。
ゆかりとラビィは優月にも訊きながら考え、続けて風実の、そのあとは穂風アンドひっつーの作品を見ることにした。
まずは、風実が描いたひっつー。A4に近いサイズ、縦向きの作品である。
「わぁっ、講談師のひっつーさん! いきいきとしてるっ」
ゆかりが絵に、駆け足気味で近づく。
ラビィとゆかりに初めて会った際、自己紹介も兼ねて、テイクと出会った経緯などを語ったひっつー。
そのときの様子を、穂風や風実と会ったときにラビィやゆかりが話し、このような感じでっ、とひっつーがその場で少しの間、同じようにしてみせた。
それを見て思い浮かんだ姿を描いたのが、この、講談師・ひっつーとのことだ。
ちなみに、ひっつーがタブレットなどを使って、穂風たちをいろいろとサポートし始めたときに風実が描いたのは、執事のひっつー。
キリリとした姿がそこにあった。
「あのとき、執事のひっつーの絵を見て思わず、羊の執事? って言ったら、母がふんわり笑ったの。で、今回、ラビィちゃんって方の絵を見て、涼を愛す? って言ったら、またふんわりー……」
と、話したのは、穂風と風実の娘である景だ。
優月と一緒に話を聞いていたコトハは、そわそわうずうずしていた。
ラビィを抱いたゆかりが、書道部門に足を向ける。
穂風アンドひっつーの作品を鑑賞し、文の作品を見つけて文に声をかけ、一緒に鑑賞した。
そのあとは部屋の出入り口にいったん戻り、作品を端から順に見始めた。
この部屋には、いろいろな作品が展示されている。
強制されてはいないが、テイクメンバーもいろいろと出展している。
行は書道、トウヤは日本刺繍、奏はぬり絵、いちとせは組紐、知成はパッチワーク、日出海はレース編み、月乃は陶芸。
しかけ絵本、七宝焼、といった作品もあり、多種多様だ。
優月が機織り会でつくったコースターも展示されている。
優月の作品を見た花山家の三人は、プラスの方向での感想を口にしてくれた。優月はその気持ちをありがたく受けとった。
『〈失礼します! そろそろお時間です!〉』
文が声と文章で知らせた。
おっ、あら、と育生とゆかりが画面を見て声を出す。
「もう一回、風実さんのラビィの絵を」
「『私たちも』」
花山家の三人が同じ作品に向かう。
三人は作品をじっと見つめたのち、少し離れたところに立つ優月のほうに歩いてきた。
優月は会釈をしてから口を開く。
「次に向かうのは、同じ結界内ですが、違う建物の中の部屋です。ご案内します」
「「『お願いします』」」
優月の先導で次の部屋に向かい始める。文も引き続き同行中だ。
「しかけ絵本、つくるっていう視点で考えたことなかったけど……おもしろそうだ」
「私も気になった。それに、機織りも気になるけど、草木染め体験もしてみたいわ」
『いろいろ楽しそう。素敵な作品いっぱい見れたのも楽しい』
作品展の感想を話しだす花山家の三人。
それぞれの視点での感想をいろいろと言い、それに対して反応し、楽しそうに話している。
いい時間をすごせたようでよかったと思いつつ、優月はみんなを案内しながら歩いていく。
途中でほかの場所にも寄ったのち、目当ての部屋に来た。
ライトブラウンの床に、白い天井と壁。
室内を彩るのは、夏を思わせる色やデザインの、数々のガーランド。
部屋の中央あたりには、一人用のテーブルと椅子というセットが複数。円を描くように並べられている。
座った状態でお互いの顔が見えるよう、円の内側を向く形だ。
壁際にはいくつか予備のセット。それとは別に、座面の高い椅子も数脚用意されている。
棚には、ティッシュやウェットティッシュなど。
優月はまず、花山家の三人に、座る場所を選んでもらった。
ゆかり、ラビィ、育生の並びで、座る椅子が決まったので、ラビィ用の椅子を座面の高いものにする。
文の場所は、育生とゆかりのじゃんけんの結果、勝ったゆかりに近い側となった。こちらも座面の高い椅子にする。
文が椅子に座るのをサポートしてから、優月は出入り口近くに置いたワゴンのところへ。
途中で指定された場所に寄って受けとり、部屋まで押してきたものだ。
複数段あるワゴンには、三角に折られて三角の紙の袋に入れられたクレープと、アイスコーヒー入りのグラスが、それぞれ人数分、といったものを含むあれこれ。
モノも飲食可能となるよう機能付与済みである。
優月はまず、五人それぞれのテーブルにトレーを置く。
そして、アイスコーヒー入りのグラス、ストロー、ミルク、ガムシロップといったアイスコーヒー関連を、トレーの上へ。
続いて、丸皿もそれぞれのトレーに置き、クレープを、それぞれの注文のものと合うよう、袋に貼られたシールで中身を確認しつつ置いていく。
「お待たせしました」
することをひととおり終え優月が言うと、いえいえ、ありがとうございます、と花山家の三人と文が即座に反応した。
優月は会釈をしつつ、文の隣にあるテーブルセットの椅子へ。
「どうぞ、お好きな順で召し上がってください」
着席して優月が勧めると、準備万端整えていた花山家の面々は、クレープ入りの袋を手にした。
「チョコスプレー」
「チョコアーモンドー」
『チョコバナナー』
「「『いただきます!』」」
育生、ゆかり、ラビィは、はむん! と音がしそうな勢いでクレープを食べ始める。なかなかに大きな一口目だ。
そのまま無言で二口目。
表情や雰囲気が嬉しそうなので、おいしく食べているのだろうと優月は判断した。
『いただきます!』
文も食べ始める。文のはストロベリーソースだ。そのまま二口目三口目と、どんどん食べていく。
一口一口が大きく、スピードも速いので、入力のため急いで食べているのかと、優月は気になった。けれど。
『止まりませんね、おいしいです!』
文の言葉に安心する。
いただきますを言ってから、優月もクレープを口にした。優月のはキャラメルソースだ。こちらも、おいしい。
文がクレープを食べ終えた。
少しして花山家の面々もクレープを食べ終え、おいしかったーと満足そうな声を出す。
文と花山家の三人は、アイスコーヒーを飲み始めた。
あとから食べ始めた優月がクレープを食べ終えたあたりで、端末に連絡が来た。内容を読み、優月は口を開く。
「いちとせが、この部屋に向かい始めたとのことです」
「おっ、いよいよ」
「今度こそ」
『お会いできる?』
ストローから口を離し、育生、ゆかり、ラビィが言う。
ほどなくして、いちとせが部屋の前まで来た。優月が解錠し、いちとせが入室してくる。
「失礼します」
いちとせの声。中音、空気中を心地よく通ってくるような感じの声だ。
「お気になさらずそのままで」
立とうとした育生やゆかりに言ってから、いちとせが、円を形づくるテーブルセット群に近づいてくる。
長身、細身。和服姿のときもあるが、今日は洋装だ。
グレイッシュグリーンの襟付きのシャツに、白みが強めのベージュのスラックス。
いちとせが持っているトレー上のグラスの中身は、おそらく冷たい緑茶だろう。
「お目にかかれて嬉しく思います」
「「『はい! 同じ気持ちです! どうぞ、いちとせさんも、おかけください。お飲み物も、お好きなタイミングで』」」
いったん立ち止まって言ったいちとせに、見事に声をそろえて返す花山家の面々。
いちとせは目を見開きつつ聞いたあとで、柔らかな笑みを浮かべた。
会釈しお礼を言ってから、育生に近い側のテーブルにトレーを置き、いちとせが椅子に座る。
それを見つめる、花山家の三人。
いちとせの所作はとても美しい。見ていて心地よいし、憧れる。
優月含め、そう感じる者は多い。
ときには、いつの間にか見入っていて、意識の大半がそこに向かってしまうことも。
花山家の三人は、今まさにそのような状態という感じだ。
花山家の三人は、今日ようやく、いちとせと直接会った。
とはいえ、いちとせについての話は、優月からすでにいろいろと聞いている。
いちとせという名前は、ひらがなで、いちとせ。ひととせという言葉を少し変えたもの。
テイクメンバー。モノの声が聞こえる。モノ対応担当でもある。
それらのことは、最初に顔合わせを試みたあたりで、花山家に説明済みだ。
そして、いちとせは、着物に精神が生じたモノである。人の姿ですごしているときも多い。
ほかにも、もしかしたら花山家のみんなも目にすることがあるかもしれないため、説明しておきたい姿がある。そちらは、直接会っているときのほうが説明しやすいので、そのときに。
これらのことは、会う予定が二度、変更となったあたりで、いちとせの頼みで優月が花山家の面々に話した。
いちとせが直接話そうと思っていたが、いつになるかわからないし、けれどできれば、自分からでなくても、会っているときに直接という形で、ということで頼まれた。
「ではまずは、お会いしたときに説明を、とお待たせしていた、姿についてですが」
飲み物を一口飲んでから、いちとせが切り出した。
「「『はい!』」」
我に返った様子で姿勢を正し、花山家の面々が返事をする。
いちとせは立ち上がり、テーブルセットから少し距離をとった。
「鳥の……、すずめの姿にもなれます。このように」
言い終えて、いちとせは人の姿から、すずめの姿へ。
羽ばたくことなく翼を閉じたまま、木の枝に止まっているかのような姿勢で、空中にとどまっている。
代わりに、と言っていいのかどうか。
花山家の面々が、すずめの姿のいちとせを見つめ、羽ばたくように両手を動かした。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
次の投稿は、11/2(土)夕方~11/3(日)朝あたりを予定しています【2024年10/27(日)現在】
予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。