「4月、うさぎさんの行動理由」3.いろいろ知りたい、コトがある
改稿については後書きで説明しております。
「あの……実はまだ、いつ訊こうか悩んでいることが……」
少しして、育生がためらいがちに切り出した。
「はい、なんでしょう」
優月は応じる。
「……ラビィの年齢、訊いてみてもらってもかまいませんか? その……器物百年を経れば、とか言いますよね。ずっと、長女のつもりで接してきたんですけど……もしかして祖母や、もっと上な感じだったり?」
「あら? でも確か、ラビィを買うとき店員さんが、新作が入荷して……って言ってたわよ? 新しく見えたし……え? でも百年以上? どうしましょ。ひいひい……いくつかしら? おばあちゃん? ……それはそれで大切にするけれど」
疑問を口にした育生に、まずゆかりが反応し、話しているうちに、ゆかりのほうも気になりだしたようだ。
その二人の間でラビィは、といえば、激しく首を横に振っている。
『長女で! 大丈夫!』
若干焦り気味の声で主張してもいる。
ラビィの仕草に気づいた育生とゆかりがラビィを見つめ、そして優月を見た。
ラビィの言葉を育生とゆかりに伝えてから、優月は話す。
「器物百年……は、そういうモノもいるという風に考えていただければ……。何年で、どんな条件やきっかけで、モノになるかは、実際はモノによってさまざまだというのが、テイクが事例から把握していることです」
説明後、優月はラビィに訊いてみる。
「覚えていらっしゃる中で一番古い出来事の記憶、お伺いしてもかまいませんか」
『ラビィが来てから二回目のチューリップ、って写真を撮ってもらったときのことです』
「あ、それは確かに、長女だな」
「そうね……おばあちゃん役は荷が重いわね」
優月からラビィの答えを聞いて、納得したように言う育生とゆかり。
その二人の間で、ラビィは、今度は激しく首を縦に振って頷いている。
「って、ラビィ。首の布とか綿とか、大丈夫か?」
ラビィの動作に目をやり、不安そうに育生が言う。
途端、ラビィがピキリ、と固定されたように動きを止めた。育生とゆかりも、あわせたように停止する。
「あの、限度があるとは思いますが、モノになってからは、本体もかなり丈夫になりますから。本来の素材基準で考えなくても大丈夫ですよ」
優月が言うと、動きだした三人はそれぞれ胸に右手をやり、ほっとしたように息をつく。
その仕草を見ながら、優月は話を続ける。
「その話とも関係しますが、ラビィさんがモノになったのは、お二人のもとにいらっしゃってからのようですので、それまでは年月相応に劣化する状態だったと思われます。その状態で新しく見えたのであれば、新作という店員の方の話で合っている可能性が高いかと……」
「あ、じゃあだいたい私たちが思っている感じでいいんですね。……店員の方の話といえば、うさぎの女の子をイメージしてつくったそうですよ、と聞いたので、ずっとそのつもりでいたんですけど……今の接し方でなにか違和感あったりするかしら」
『ううん、今のところ特には』
「そう? なら、この感じでいくわね。もしすごしていく中で、こんな風に接してほしい、っていうのがなにかあったら、また教えてね」
ラビィの言葉を伝えられたゆかりが、ラビィに話す。
頷くラビィを見ながら、今度は育生が口を開いた。
「接し方といえば……話戻しちゃうようですけど……年齢のわりにラビィの理解力、すごいですね。話聞いたり会話したりスムーズですし、受付面談のときに文を読む機会があったんですけど、漢字も含め、すんなり読んで理解していたし……それで年齢のことが気になったというのもあったり。モノの方たちの特徴ですか?」
育生の疑問に答えるため、優月は説明し始める。
「そうですね、モノの方たちのほとんどが、生じたときから、ある程度以上の理解力や読解力を持っているようです」
自分が話すときに、知識としてある語彙をどのくらい用いるかは、モノによるものの。
「それと、理解といえば……、生じた時点で、その自分の状態が、一般的によくある状態ではない、知られないほうが問題がない、ということも、不思議とわかっているようです」
優月の言葉を肯定するように、ラビィが頷く。
『本当はこれからもずっと、ぬいぐるみのままでいるつもりだったの。盗み見や盗み聞きをしているようで、後ろめたいこともあったけど、普通のぬいぐるみじゃないってわかったら、二人ともきっと、困るだろうと思ったから』
ここで言葉をいったん区切り、優月が育生とゆかりに伝えるのを待ってから、ラビィは再び声を出す。
『大事にしてもらってたし、普段の二人の感じなら、私がいるってことも受け入れてくれるんじゃないかなとも思ったけど、だからこそ、知らなかったことにはできなくて戸惑うかな、って』
「ご明察」
「そうね」
ラビィの予測を伝えられた育生とゆかりの声と表情は、苦笑と嬉しさがまざったような状態だ。
『仕事仲間の人と、テイクってところの話をしているのを聞いて、もしかしてそこなら……って思っているところに、今日のゆなちゃんのことがあって。事故に遭わせたくなかったし、思いきって動いちゃったの。飛び出るのを止めようとしたこと、パパもママもお礼言ってくれたけど……ゆなちゃんを転ばせちゃってごめんなさい。診察結果が問題なくて、すごくほっとした』
「そうね……ゆなが無事だったこともよかったし、ゆなを傷つけてしまったと、ラビィがずっと気にすることにならなくてよかったわ。そしていろんな面で助けられた私たちとしてはやっぱり……ありがとう、よ。ずっと気遣ってきてくれて、そして今日は思いきって動いてくれて、ありがとう」
優月からラビィの思いを伝えられたゆかりが返す。
「それに……盗み見盗み聞きって表現したけど、そんな風には思わないよ。明らかに、不可抗力。後ろめたいってもう、思わなくていいよ。……うん、今内心本当は、なに見せたか聞かせたか、頭の中で猛スピードで振り返り再生し始めちゃってるけど、うん、不可抗力不可抗力……えっと、なにかまずそうなのあったら、オフレコのままでよろしく」
『かしこまりました』
少し笑いまじりの育生の願いに、ラビィも会釈しつつ笑いまじりに応じる。
「あ、待って、私のも。心当たりほぼないけど、よろしくね」
ゆかりも笑ってそこにまざった。
「ときに……なかなかなダッシュ具合だったけど、体、大丈夫か? 筋肉痛とか……」
『大丈夫。私にはそういうの、ないかも……たぶん、二日後とかに出るとかじゃないと思うし』
「ナンノコトカナー。俺だって遅くても翌日には……ってまぁそれはともかく、今後も状況を見つつで、なかなか普段は、思うように動く場をつくってあげられないかもしれないな……。優月さん」
「はい」
ラビィの言葉を伝えつつ、育生とラビィのやりとりに耳を傾けていたら声をかけられ、優月は返事をする。
「秘密を暴きたいわけではないので、ある程度ぼかして答えていただければいいんですけど……、ラビィのように動くモノの方と一緒に暮らしている方って、現時点でいらっしゃいますか?」
「はい。いらっしゃいますよ」
「その場合、どうやって、好きなように動く機会や場所を、モノの方たちに用意しているんでしょう」
「そうですね……こういった、直接お会いできるような形での面談を、定期的にテイクのほうからお願いしているのですが、そのときは、モノの方が自由に動いても問題のない場をテイクが用意するので、そこでいろいろ動いてみることをなさったり」
ふむふむ、と、質問した育生だけでなく、ゆかりとラビィも、小さく頷きながら優月の説明を聞いている。
「あとは、面談のときでなくても、テイクが用意した場にいらっしゃったり、ときには、モノの方だけ一時的にこの村ですごされて、安心して動いていい場所で動かれたり、といった方法をとられる方が多いですね」
「なるほど……。場を用意していただけるなら、来てすごすことは、頻度はまだわからないですが、できそうですね……安心しました」
育生が言い、ゆかりとともに微笑んだ。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もおつきあいいただけますと幸いです。
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【改稿について】
【2024年4/22(月)】エピソードタイトルを編集しました。
【2024年7/7(日)】空白行を入れる位置を変えたり、空白行を増やしたりといった変更をおこないました。