「8月、夏にご案内」1.空間に
八月上旬の午後、珠水村。
テイクメンバーの優月は今、結界内にある建物の中の一室にいる。
ライトブラウンの床、白い天井と壁。
壁には切り絵や折り紙細工。朝顔や向日葵、スイカやかき氷、青空と白い雲や夜空と花火などを表現した作品が飾られ、壁を彩っている。
部屋の中央付近にベージュのテーブル。
テーブルは長方形で、長辺側にそれぞれ椅子が三脚ずつ。
うち五脚にはすでに座っている者がいる。優月もその一人だ。
優月の向かいに、ゆかり。ゆかりの右隣にラビィ。ラビィの右隣に育生。
優月の左隣、ラビィの向かいに、茶運び人形の茶。
ラビィと茶が座っている椅子は、座面が高い。
ラビィは薄いピンク色をした、うさぎのぬいぐるみだ。
毛足が長くふわっとした見た目で、ロップイヤー。耳を抜かした部分は、高さ二十センチほどといったところ。
ラビィと茶は、物に精神が生じた、モノである。
優月は人間だが、モノの声が聞こえる。
結界内は、超常的存在であるモノたちが、安心して動いたり話したりするための場としても使用されることが多い。
育生、ゆかり、ラビィの花山家の三人も、村訪問時に結界内をよく利用する。
ナチュラルベーシックな服装に柔和な顔立ちという、よく似た印象の育生とゆかり。
三十代前半の人間で、ラビィの持ち主、そしてラビィの家族だ。
育生とゆかりにとって、ラビィは大切な娘である。
そしてもう一人の大切な娘、ゆなは五歳、人間だ。今日この時間は、村の保育センターですごしている。
ゆなにはまだ、ラビィがモノであることを明かしていない。
育生とゆかりはラビィがモノだと知っているが、モノの声が聞こえない。
茶は、入力によってモノの言葉を育生とゆかりに伝える役割を担い、同席中だ。
座った茶が操作しやすい位置にスマホがセットされ、タッチペンも用意されている。機能付与してあるので、茶にも扱うことができる。
育生とゆかりはそれぞれ自分のスマホで、テイクが用意した専用ページを開く。そこに、茶が入力した文章が表示される。
今日は、そういった方法で伝えている。
テイクでの仕事として伝え役を担い始めた茶は、いろいろな方法での伝え方を経験中という段階でもある。
花山家の三人にも、それらのことを説明済みだ。茶が伝え役を担うことに対して同意も得ている。
壁に飾られた作品や、季節のイベントなどについて言葉を交わす中、強くなってくる、ソースの香り。
「「『おいしそうー』」」
音符が踊っていそうな様子の、花山家の三人。
続いて、ゆかりとラビィが顔を見合わせ、育生とラビィでも顔を見合わせ、ゆかりと育生で顔を見合わせ、再び前を向いた三人が小さく頷く。
そこに聞こえてくる、中音で明るい感じの声。
「用意できたわよー。お待たせしました」
すらっとした長身に、涼しげな麻のツーピースを身につけたコトハが、ワゴンを押しながら部屋に入ってきた。
コトハもテイクメンバーだ。モノである。普段、人の姿でいることが多い。
ちなみに口調は、以前、花山家から提案があり、それぞれ好きなように自由にということになっている。
コトハがテーブルに近づいてきたところで、育生が小声で、せーの、と言った。
「「『花山家のー!』」」
そろって大きめ声を出した育生、ゆかり、ラビィ。
三人ともよく似た感じのソフトな声を、今はわりと張っているようだ。
続いて、キレのよい動きで、三人はコトハにしっかりと顔を向ける。
「「『めんめん! よろしく!』」」
コトハを見たまま威勢よく言った三人は、得意げな様子だ。
コトハが、ふふふっと笑う。
「では花山家の面々にー。麺! 麺! 麺!」
コトハがテーブル上、ゆかり、ラビィ、育生、それぞれの前に、焼きそばが盛られたお皿をテンポよく置いた。
花山家の三人は、ボスに通じた、と嬉しそうに言ってから、少し身を乗り出すようにしてテーブル上を見る。
コトハは、たこ焼きが三つ並んだお皿と、お箸、サイダーが入ったグラスも、三人それぞれの前に置いていく。
優月はその間に、茶、コトハ、優月の分を並べ始めた。
ラビィと茶の分も、ほかと同量、同サイズだ。
飲食可能となるよう、コトハが食べ物や食器などに機能付与を済ませてある。モノが物の姿のままでも、いろいろとスムーズに食べたり飲んだりできる。
全員分がテーブル上にそろった。コトハと優月も着席する。コトハは茶の左隣、育生の向かいだ。
「それではー、どうぞ!」
ほがらかなコトハの声。
「「『いただきます!』」」
育生、ゆかり、ラビィが、焼きそばを食べ始める。
「「『ソースー』」」
「紅ショウガー」
「キャベツー」
『青のりー』
「「『おいしいー』」」
まずは数口食べて言う、育生、ゆかり、ラビィ。
続いて三人は、それぞれたこ焼きを一つ、口へ。
「「『はふはふっ』」」
「「『ソースー』」」
「おかかー」
「マヨネーズー」
『たこー』
「「『こちらもおいしいー』」」
そしてサイダーを一口、二口。
「「『しゅわぷちー! いい感じー!』」」
「気に入っていただけたようで嬉しいわ。私もいただきまーす」
笑顔で言ったコトハが、焼きそばを口に入れ、おいしーい、という雰囲気と表情で、喜びにひたる。
『いただきます!』
茶が、たこ焼きをパクン。うまく熱を逃がしながら食べている。
「いただきます」
優月はまず、サイダーを口に含んだ。強すぎない炭酸に甘すぎない味で飲みやすい。
そこからは各自、思い思いに食べたり飲んだり。
たこ焼きを食べ終えたラビィが、お皿にちょこっと残ったソースとマヨネーズを、お箸で集めて口に運ぶ。
『おいし……』
ラビィの行動と、画面に表示されたラビィの言葉を見て、育生がにやりと、芝居がかった表情をつくる。
「ふっふっふっ。あっという間にラビィも、ソースアンドマヨネーズの大ファンになったな」
「魅力的よ! このコンビ!」
ゆかりが、つくったような高めの声を出す。
『好きー! きゃー』
ラビィも普段はあまりしないような、はしゃぎ方をしてみせた。
花山家の面々、寸劇、楽しそうである。
コトハはそれを見て笑いつつ、幸せそうに味わい中。
茶も、入力をおこないながら、タイミングをはかって飲食もし、満足げだ。
それぞれの様子を嬉しく見ながら、優月もおいしく食べ進めていく。
そして全員が、食べ終えた。
「「『ごちそうさまでした!』」」
元気に言う花山家の三人。
「『「ごちそうさまでした!」』」
コトハと茶と優月も続いた。
おかわりのサイダーを飲みながら、お祭りの食べ物について話が弾む。
その途中、なにかを思いついたように育生が、ちょっと失礼して調べものを、とスマホを操作しだした。
「思ってる感じのでいいみたいだ」
小声で言った育生が、すみません話は変わりますが、と前置いて、自分のスマホの画面をラビィに見せる。
「ラビィ、これがさっき、やまびこーさんのところで話した窓」
育生のスマホ画面を見たラビィが、コトハに顔を向けた。
コトハが口を開く。
「やまびこーさんから、あのお話聞いたのね」
『はい。許可はいただいている、って』
「ええ」
コトハが微笑んで頷いた。
花山家の三人は、今日この部屋に来る前に、やまびこーがいる部屋を訪れた。
そのときのことを、花山家の三人は、コトハに話し始める。
やまびこーは、現象に適した、ある場所から生じた存在だ。
やまびこも好きだが、会話もしたい。
しかしここで会話を試みたら、驚かせてしまう。
どこかに話せる相手はいないか。話せる場はないか。
現象が起こる場に自分の一部を残して、やまびこーは旅に出た。
いろいろな地を訪ね、ある日テイクを知ったやまびこーは、相談した。
テイクとやまびこーは、それ以来のつきあいである。
やまびこーという名は、やまびこー自身が決めたのだという。
やまびこと、よく言われる、やっほーという言葉をあわせたそうだ。
やまびこーは、一部でも全部でも動けるし、もし、ある場所が現象に適さなくなったとしても、自分の存在が消えてしまうことはないそうだ。
旅好きにもなったやまびこーは、いろいろなところへ出かけ、珠水村にもよく来る。
テイクは、やまびこーの存在を明かしても大丈夫な相手、そしてやまびこーと話すことを望む相手を、やまびこーに紹介している。
やまびこーから村訪問予定と連絡が来ると、テイクはいろいろな相手とやまびこーが会えるようスケジュールを組む。
初対面の相手もいれば、お互い望んで何度も会っている相手もいる。
花山家の三人に、やまびこーの存在を明かしても大丈夫。そう、テイクはけっこう前から思っていたけれど、案内するにしても予定が合わなそうでタイミングを待っていた。
今回、ちょうど滞在スケジュールが重なるため、花山家の三人に事前に説明し、部屋訪問を提案してみた。
花山家の三人は喜び、やまびこーに会うことを望んだ。
やまびこーからも速攻で、歓迎と返事が来た。
そういった経緯で、本日、会う予定が組まれた。
優月の案内で、花山家の三人は、やまびこーがいる部屋へ。タッチペンとスマホを持って、伝え役として茶も入室した。
シックな深緑色の、ふかふかのソファたちに、育生、ゆかり、ラビィ、茶、優月が並んで座る。
向かいには、同色のソファが一人分。
やまびこーの姿は基本的に見えないが、今は、そのソファにいる。
「よく来てくださった。わしは、やまびこーと申す。お話しできて嬉しいですぞ」
あたたかみのある渋い声が、前方から聞こえてくる。
やまびこーの声は、人間やモノにも聞こえるし、やまびこーも、人間やモノの声を聞くことができる。
花山家の三人も自己紹介をしながら、やまびこーに挨拶をし、会話が始まった。
季節の花の話をしたり、それぞれがこれまでに見てきた景色の話をしたり、これから行ってみたい場所の話をしたり。
育生やゆかりが携わる、音楽の仕事についての話に、やまびこーが強い関心を示したり。
食べ物の話になり、やまびこーは飲食の欲求はないが、香りを楽しむことはすると話す。
それを聞いた育生が、今日はラビィをソースの世界につれていくんです、と言った。
「ソースの香り、わしも力強くおすすめしますぞ。それに、とてもおいしいと聞く。素敵な時間になるとよいの」
「はい! ありがとうございます」
前のめりで語っている雰囲気のやまびこーに、明るく返事をし、お礼を言う花山家の三人。
いろいろと話が弾み、あっという間に、そろそろお互い次の予定へ、という時間になってきた。
「どれ、せっかくだから、お帰りになる前に、やまびこを体験していかんかね?」
「「『いいんですかっ?』」」
「もちろんじゃよ。わしは、会話も好きじゃが、じゃがバターの香りも好き」
やまびこーの言葉に、花山家の三人が、じゃがじゃが、バターと楽しそうに体を揺らす。
じゃがバタじゃがバタと、やまびこーも歌うように言った。
「さて、それも本当じゃが、やまびこも好きじゃ。はりきってするぞい」
話がやまびこ体験に戻る。
「あ、しかし、ラビィさんが言った場合は、わしの声になる。それと、いわゆる、やまびこの感じでもよいし、お望みとあらばアレンジも」
「「『アレンジ?』」」
花山家の三人、そろって首をかしげる。
「そうだの……ではまず、いわゆる、やまびこのほうじゃ。なにか言ってみてくだされ」
「やっほー!」
ゆかりがすばやく反応し、思いきりよく声を出した。
そのあとで、同じ感じのやっほーが、二度ほど室内に響く。
「「『おおー』」」
「次はアレンジするぞい。どうぞ」
「ラビィー!」
育生がためらいなく声を出した。
すると。
ラビィーラビィーラララビィー。
声は育生の感じのまま、内容が途中で変化した。
「「『なるほど! アレンジ』」」
「ほっほ。それと、うまくくり返されることを期待して、言葉を選ぶ方も」
「「『えっ、例えば……?」」
「うむ、わしの声でしよう。教える許可はいただいているからの。いくぞい」
「どーまーまーどー」
どーまーまーどーまーまーどーまーまーどーまーまーどーまーまーどー。
やまびこーの声のあとで、やまびこーの声で豊かに響き渡る、数々の、ど、と、ま。
育生とゆかりが顔を見合わせる。
「なんか……選んだ方の顔が思い浮かぶような」
「……私も」
『えっえっ? 土間と窓?』
不思議そうなラビィ。
「ラビィさん、土間と窓ではなく、ドーマー窓と言ったのじゃよ。ドーマー、屋根窓」
やまびこーの言葉を聞いて、画面も見て、育生が口を開く。
「屋根から突き出た感じの窓だったような……」
「あの、選んだ方のお名前を、伺うことはできますか」
ゆかりがやまびこーに訊く。
「許可はいただいているぞい。コトハさんじゃ」
「「あ、やっぱりボス!」」
『ボスなんだ!』
盛り上がる花山家の面々。
「んん? コトハさんはボスなのかの?」
「「『言葉遊びのボスなんです!』」」
「おお! なるほどの。わしのところには、回文が載った本などを用意して訪ねてくださるぞい」
そして、これはどうかしら、こちらもどうじゃ、と楽しそうにやりとりする場に、優月もこれまでに何度か同席させてもらっている。
ラビィたちの、やまびこーとの話を聞いて、コトハが口を開く。
「毎回楽しいわよー。それに、いろいろな空の景色についてのお話も好きよ」
『素敵! 私たちも、またお会いする約束をしたんです。楽しみ!』
ラビィが弾んだ声で言い、画面を見たあとで、育生とゆかりも笑顔で頷く。
これからも、楽しい空間何度でも、である。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
次の投稿は、10/26(土)夕方~10/27(日)朝あたりを予定しています【2024年10/20(日)現在】
予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。
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【2024年10/20(日)以降に、プロローグと7月9を改稿予定です。よろしくお願いいたします】
〈プロローグ〉
・ピンク色→薄いピンク色
・行が受け取って→行が受けとって
・【一人、二人といった数え方をしたりもする。という文のあとに、以下を追加】
和服姿の人形部分だけだけど、いろいろ仕組みのある台座部分は?
正座姿かと思ったけど、立って動いたりとか……いろいろな動作を?
文字書き人形を見て、そういったことなどを思う人もいる。
とある空間に、本体の、ある程度の部分を入れておくことができたり、本体が持っている物なども入れておくことができたり。
くっついている部分を離すことができたり、ない部分をあるようにできたり、いろいろな動きができたり、等。
変更度や動き具合などは、個々のモノによる。
〈7月9〉
・育生、にルビを追加
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【2025年3/5(水)に改稿しました。よろしくお願いいたします】
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