「6月、コトハとサトウとボンボニエール」10.サトウとコトハ、とは
【2024年7/20(土)】
作品タイトルを変更しました。
(旧タイトル「超常も日常ですごしていく ~優月のモノ対応、活動記録1~」)
これからもよろしくお願いいたします。
「初めて珠水村に来て、人の姿になるときあたりまでに、キッチンさんの今後の氏名を、決めていただきたいんです」
一時宿りの物をキッチンが試し終えたところで、月乃が言った。
本体がキッチンスペースではなくなっても、物の姿のときはキッチン呼びのままでもかまわないのだが、人の姿ですごすときの氏名を考えてほしい。
人の姿のときだけでなく、物の姿のときも、その氏名ですごすことにしても問題ない。
一度決めたら変えられないわけではない。長い年月をすごす中、その時々で変えるモノもいる。
テイク関係ではほぼ、名前で通すことになるが、ほかでは名字を名乗ったり呼ばれたりのほうが多いだろうし、両方とも現時点で気に入るものを。
月乃がそういったこともつけ加える。
「テイクの、名前で名乗る形式、けっこう珍しい気がするんですが……」
気になっていたので優月は切り出してみた。
「私もそう思います」
月乃は言ってから、テイク関係では基本的に名前で、となっている理由を、かもしれないだけですが、と前置き、話した。
同じ家族で何人もメンバーだったりと、名字が被る者が多い。
逆に、これまでの家族関係などから離れて活動したいと望み、名字をあまり使いたがらない者もそれなりにいる。
テイク関係以外では名字を名乗る場面が多い分、テイクでの名前での活動時と結びつきにくく、特定されづらい。
検索したり調べようとしたりされても、名前だけだと特定されづらい。
そういったあたりが理由では、ということになっている。
ここに正解があるのか、正しい理由を知っているメンバーが今いるのかは、月乃には不明。
かなり昔からのやり方。
とのことだ。
「そうなんですね……」
返す優月に続けるように、キッチンが文を出す。
〈そうなのね……。えっと名前ではなく、名字のほうなら、すぐに浮かぶものがあるの〉
ポポンの音が、明るく強めだ。
珠水村に行くまで、まだ数日あるが、はやくも決まりそうな勢いである。
「どんな名字?」
「伺わせてください」
優月と月乃が、それぞれ言う。
〈佐藤、よ〉
「なんだか……すごく、見覚え聞き覚えがあるよ?」
優月はキッチンにそう返す。
というかかなり、使い慣れている感もあるよ、とも言い足した。
〈ふふっ。初めて優月の名字を知ったときから思ってたの。きっといろいろ、とってもおいしいものができるわ、って〉
確かに、砂糖はいろいろな食べ物をつくるのに使われる。
とてもキッチンらしい発想だと優月は思った。
自分の名字に対して、優月としては今現在、漢字で思い浮かべ、花の印象が強い。
とはいえ、今後、優月の中で砂糖のイメージが優勢になったとしても、キッチンの肯定的な方向での発想がもとだし、それはそれでいいかなとも思う。
〈同じ名字にしてもいいかしら?〉
「私はかまわないよ」
〈よかった。では月乃さん、名字は佐藤にしたいわ〉
「かしこまりました」
〈ありがとう。お願いします〉
〈それでね……名前は、優月に決めてもらえると嬉しいなって思うのだけど〉
「えっ、私が? ……私で大丈夫かな」
優月は驚いて声を出したあとで、小さな声で続けた。
ユーザー名など、なんらかの名前を決めたことは、これまでに何度かある。毎回それなりに決断に不安にもなるし、緊張もする。
自分で使うものでもそうなのに、今回は、自分以外が頻繁に使う名前を決めるのだ。
〈荷が重かったら、候補ってだけでもいいの。私が気に入ったら使うって形にしたほうが挙げやすいなら、それでも。それに、今この場でじゃなくてもいいし。優月が、どうかなって挙げてくれる名前を聞いてみたいのよ、お願い〉
勢いよく文が並んでいく。
お願い、の文のあとに鳴り始めたポポンの音が、ポポポポポポンと連続した。キッチンの力の入り具合が音からも伝わってくる。
「わかった。そこまで言ってくれるなら、挙げてはみる。でも、その名前がいいって、キッチンさんが思わなかったら、ちゃんと別のにしてよ?」
〈わかったわ〉
「氏名をって聞いたとき、浮かんだ名前なら実はある」
〈あら! ぜひ聞かせて!〉
「カタカナで、コトハ」
言って、優月は続ける。
「言葉、ことのは、から浮かんだ。カタカナなのは、キッチンさんで、カタカナのイメージもあるなぁって思って。食べ物系の名前がいいかもとも思ったけど、名字で食べ物系、入れることができたから」
優月の中で、キッチンを表すものとして強いのが、食べ物と言葉だ。
名字のほうで食べ物イメージにできたので、最初に名前として浮かんだ、言葉イメージからのものを挙げてみた。
「たぶん、調べたら、いろんな解釈とか使われ方とかありそうだけど……私としてはけっこういい印象で、響きも好きで」
〈私も、いいと思うわ。それに、キッチンさんも悪くないけど、優月に、コトハって呼ばれるの、いいわ! そう呼ばれたいわ。というわけで、今後はコトハよ。そしてこれを機に、今度こそ呼びすてでよろしくね〉
ポポンの音が華々しく鳴る。
コトハという名前、採用のようである。
そして再三言われてはいるものの、なんだかしづらかった呼びすてを、優月はそろそろ採用する必要がありそうだ。
「えっとじゃあ……コトハ。これからも、よろしく」
〈ふふふっ。よろしく、優月。名前も、大事にするわ。ありがとう。――月乃さん、名前はコトハにします〉
「かしこまりました。佐藤 コトハさんとして、いろいろと手続きいたしますね」
名前決めの行く末を黙って見守ってくれていた月乃が、深く頷いた。
〈お願いします。テイクの方たちにも、今後はどの姿のときも、コトハのほうで呼んでいただけると。呼び方は、それぞれの方におまかせするわ〉
「はい。ではまずは、コトハさんと呼ばせていただきますね」
その後、いくつか話をして今日の面談は終了となり、月乃が帰っていった。
そして、九月上旬の平日午前。
優月は、初めての珠水村訪問に向け、出発した。
一時宿り用の、鳥の姿の物に入った、コトハも一緒だ。
キーホルダーとして、優月の小さめの肩掛けカバンにぶらさがっている。
どうしても必要なときだけ、優月は小声でコトハに話しかけ、コトハはモノ発声で優月に話しかける。
よほどの場合でなければ、鳥は動かず、キーホルダーとしてじっとしている。
家を出て、珠水村で結界内に行くまでの道中は、念のためそれで通そう。そう、事前に打ち合わせて決めた。
優月の家から珠水村へは、まず電車、そしてバスだ。
珠水村からは少し距離がある市の、特急が停まるような大きめの駅で電車を降り、珠水村行きの定期バスに乗る。
珠水村に一番近い駅まで電車を乗り継いでからでもバスには乗れるが、慣れていない場合、大きめの駅からのほうが乗りやすいかもしれない。
そう月乃から聞き、初めてだし、と優月は大きめの駅からバスに乗ることにした。
乗って、席に落ち着いてすぐに、テイクに連絡の文を送る。今日何度目かの連絡だ。
出迎える側として、状況をところどころで伝えてもらえると対応しやすいとのこと。
優月としてもよくわかるので実行中である。
テイクからの返事もすぐに来た。
増えていくテイクとのやりとり。
逆に、父親とのやりとりは、現在、ほぼない。
今回の珠水村訪問や、テイクで働くことを考えていることなども、優月はまだ、父親には連絡できていない。
知成と日出海相手の面談後、父親から連絡があった。
急な仕事が入り、いつにも増して、しばらくかなりの過密スケジュール。
連絡は急ぎのときのみで。
ただし、連絡が来たら大至急の用件なのだと判断して、きちんとすぐに対応する。
少し余裕ができたら知らせる。
そう書いてあった。
もともと、父親の意向として、かなり優月に任されている部分が多い。
中学を卒業するあたりからは、更にその傾向が強くなっている。
生活のあれこれや進学就職、どこで誰と暮らすかなどいろいろと、基本的に優月の希望重視で、進められる部分は進めてかまわない。
その過程で、父親としてのなんらかのことが必要そうなら連絡を。
お金についても、優月が自由に使える分と決めてある以上に、使うかもしれない場合は連絡を。間に合わなければ使用後でもいい。
そういう形だ。
それでも一応、ほどほどにこまめに、状況を伝えたりもしていたのだが、現在はそれもストップ中である。
ちなみに、この前の月乃との面談時、話の進行上必要となり、これらのことは月乃を通してテイクに伝え済みだ。
とりあえず父親のことはいったん意識の隅にやり、優月は窓の外を見ながら、バス内での時間をすごした。
バスはスムーズに進み、ほぼ予定どおりの時間に村に入った。
バスターミナルともなっている建物で、ほかの乗客とともに優月もバスを降りる。
「無事のご到着なによりです。ようこそ珠水村へ」
笑みを浮かべて月乃が迎えてくれた。
無事会えたことにほっとして、優月も笑顔で会釈を返す。
もともと時間に余裕のある移動スケジュールを組んだし、ここまで予定どおりスムーズに来ることができた。
そのため、結界内の使用開始予定時間まで、まだ、だいぶある。
建物内にある休憩スペースで待つのもいいし、ロッカーに大きめの荷物を預け、村内をぐるっと回るバスに先に乗ってみるのもおすすめ。
どちらが希望に近いか月乃に訊かれ、優月はバスに乗ることを選んだ。状況的にコトハには訊かず、優月の独断だ。
コトハは基本的に、同じ空間というくくりに入る範囲内なら、どの位置でも見える。
よって、車内で優月が、鳥のキーホルダー付き肩掛けカバンをどの位置に置いていても、コトハは窓の外を見ることができる。
なるべく動かない、話さない、をキープ中のコトハとしては、休憩スペースでじっとしているより、村内を見て回れたほうが楽しいのではないだろうか。
あくまでも推測だがそう思ったし、それに優月としても、さっそく村内を見てみたかった。
ずらりと並ぶ、様々なサイズの数多くのロッカー。
充実具合に驚きつつ、優月は旅行カバンをロッカーに入れた。
月乃とともにバスに乗る。
乗客はそれなりにいるが、座席数の余裕も、それなりにある。
右に窓が来る席に、優月は座った。
月乃はその後ろの席、鳥のキーホルダー付き肩掛けカバンは、優月の膝の上だ。
走りだしたバスが、順調に村内を進む。
窓の外に、様々な景色が現れては、すぎていく。
十階建て以上の建物が多数並び、建物間をつなぐ通路や広めの道路が各所に通るところ。
大きな公園や庭園。凝ったデザインの建物が、大きなものから小さなものまで各種あるところ。広大なスポーツ施設やグラウンド。
小ぶりな建物が並ぶ区域。畑や田んぼや林? に小山? まである区域。現在は未使用なのか、なにもない土地が広がっている区域。工場が集まっているような区域。
病院や研究所のような建物が並んでいる一画。
周りから少し離れた位置に、いくつかの建物がかたまって建ち、という形のところが何か所か。
背の高い木々や塀などで囲われているらしい場所がいくつか。
などなど。
見るごとに、ざっと分類していってみたが、本当にいろいろとある、という感じだ。
車窓からわかる範囲での印象だが、各所、各建物、それなりに利用者がいるもよう。
そして、いろいろな大きさのバス、いろいろな種類や用途の車、バイクに自転車、徒歩の人々。
山間部の村、という言葉が、しばしば優月の頭から飛んでいきそうである。
確かに、見ていく景色の向こうには、わりと山がいつも目に入っている気もするから、山間部ではあるのだろうが。
再びバスターミナルが見えてきた。ぐるっと一周したようだ。
「いろいろありますし、それに……すごく広い村ですね」
優月は言いながら、窓から月乃に視線を移す。
「はい。ただ、見てのとおり、移動はしやすいですよ」
建物間の通路やバスも充実していて、自転車用や歩行者用の道もきちんとあって、と、月乃が言う。
見てきたものを思い返したりもしつつ、優月は頷く。
月乃が言うには、一定時間借りて使用できる車や自転車も多く、予約して希望日時に希望の場所へ車で個別に送迎してもらえるシステムも気軽に使えるという。
バスターミナルに戻り、バスを降りた。
ロッカーから荷物を出し、今度は、結界内に行くのに近い場所で降りられるという、ルートのバスに乗る。
再び窓の外も眺めつつ、ネットで見た、村についての文を、優月はいろいろと思い浮かべる。
テイクが拠点にしている村。実験村という形になっている村。二十四時間稼働の村。
村に住めるかどうかには、なんらかの条件があり、テイクが住む人を選ぶということになっている。それが許可されている。
村で働くのも、ほぼテイク関係の人。そのテイクに勤められるかどうか、採用ルートも一般的な形式ではないようだが、それも許されている。
テイクという組織に、実験村という形の村に、特別に許可されたものが多く、なにかと特殊な村。
けれど便利。いろいろそろっている。一年中、一日中、日時問わず、使える場所が多い。
そして、村に短期滞在をしたり、頻繁に来て村内各所を利用することは、歓迎される。
相談ごとがあり、テイクを頼って村に来て、以降、頻繁に村を利用する人々も多い。
開放的なのか閉鎖的なのか、迎え入れたいのか排除したいのか、若干複雑な村。独特な村。
でも使い勝手は悪くない。というか、すごしやすい。
住むのにもよさそうだけど、住みたいからといって引っ越してこれるわけではない、残念。
「そろそろ降りますよ」
いろいろと思い浮かべていたところに、月乃の声がした。
優月は返事をし、降りる心づもりをする。
月乃と優月とコトハ入りの鳥。
三人でバスを降りて、月乃の案内で少し歩く。
背の高いフェンスがある場所に来た。植え込みなどで中が見えづらくなっている。
出入り口となっている部分を通り、フェンスで囲まれた内部、結界内へ。
優月の目に映るのは、広がる芝生と、ところどころにある低めの木々、芝生の向こうに、現代的なデザインの平屋の家、芝生の中、家に向かうためのアスファルトの道。
コトハや月乃にも同じものが見えているはずだ。
結界についての説明は、事前に月乃から聞いている。
使用許可がなければ、フェンス内を見ても、上空から見ても、庭園だけが広がる場所に見える。
今回使う結界内に広がるのは、洋風の整然とした庭園。
無理に中に入っても、あるのは庭園のみ。
そして、行き合ってはいけない同士は行き合わない。
どうやっても近づけない、入れない、見えない。
そういう種類の結界にしていないのは、村内にそんな場所が多数あったら、さすがに不自然すぎるから。
基本、許可がなければ立ち入り禁止、けれど中にあるのは許可者がすごせる庭ですよ、という形にしてある。
運用上の細かい工夫は、結界の能力者がいろいろとしている。
とのことだ。
「コトハさん、結界内に入りましたし、鳥の物のまま動いたり話したり、気にせずなさって大丈夫ですよ。今回の結界内では、飛ぶ場合は、フェンスより低く、フェンス内でお願いします」
いったん立ち止まった月乃が、コトハに声をかける。
高く、広く飛ぶことができる結界内もあるそうだ。
今回は、人の姿になってすごしてみることが目的で結界内を使うためここにしたが、今後、目的によっては、違う結界内を使うこともできるとのこと。
『いろいろわかったわー』
コトハが返事をしたので、優月は月乃に伝える。
『では。よっ、わほーい、ちょこん』
コトハ入りの鳥は、キーホルダーから離れて少し周囲を飛び回ってから、優月の右肩にとまった。
ちなみに、コトハが言うには、動作ごとに自分で掛け声をかけなくても、動くのに支障はないそうだ。
とはいえ気分としては、場面的に可能ならかけたいのよねー、ともコトハは言っている。
優月としては、掛け声があったほうが、小さな鳥の姿での行動を、こちらとしても気づきやすいかなと思う。
「えっと、コトハは動くときに掛け声をかけているんですが、お伝えしますか?」
そういえば確認していなかったと思い、この場で月乃に訊いてみた。
ほんの少し考えるような表情をしたあと、伝えなくてもいいと月乃が答える。
鳥の姿の動きと、掛け声を伝え聞くタイミングがおそらくずれるため、両方あると少々微妙かもしれない、とのことだ。
月乃の先導で、家に向かって歩きだす。
揺れないように気を遣わなくても大丈夫と、肩にいるコトハが言うので、優月はいつもの感じで歩いた。
『空って雲の見本市みたいよねー』
楽しそうなコトハの声。
転ばない程度に歩くほうにも意識を残しつつ、優月は空にも視線を向ける。
今日は晴れていて青空だが、雲も多い。
明るく白い雲、少し暗めの雲。
雲の形も様々だし、ある程度風があるせいか、それなりなスピードで、見える範囲の様相が変わる。
なかなか見応えのある、見本市だ。
一足先に月乃が家の前に着いたので、優月はそちらを見る。月乃が解錠して、ドアノブに手を伸ばした。
『いよいよねー』
コトハが明るく言い、優月は頷く。
そう、いよいよである。
家の中に入ったらまず、コトハが人の姿になってみる予定だ。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もおつきあいいただけますと幸いです。
次の投稿は、7/27(土)夜~7/28(日)朝あたりを予定しています【2024年7/20(土)現在】
予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。
------
【2024年7/20(土)、作品タイトル変更について】
作品の内容や雰囲気に、もう少し近そうなものを、と思い変更しました。
勝手ながら、新しいタイトル、気に入っていただけますと、そしてこれからも作品を読んでいただけますと、嬉しいです。
変更前のタイトルを気に入ってくださっている方、変更によりご迷惑をおかけしてしまう方、いらっしゃいましたら申し訳ありません。
ですがどうかこれからも、よろしくお願いいたします。
------
【公式企画用の作品について】
優月とコトハが出る話で、夏のホラー2024参加用の短編を書いてみるかもしれません。
いつ頃になるか未定ですが、もし投稿した場合は、連載中の今作品(優月と意思ある……)の後書きで報告させていただきたいと思います。
――――
【2025年3/5(水)に改稿しました。よろしくお願いいたします】
お勧め→おすすめ