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「6月、コトハとサトウとボンボニエール」9.選んだ理由


 ポポンの音の余韻が消えたあと、月乃つきのが口を開いた。


「お二人のお気持ちを聞かせてくださり、ありがとうございます。テイクで働くことに関しての具体的ないろいろは、今後、ほかの担当者もまじえて進めていくことになると思います。それにも関係しますが、珠水村しゅすいむら訪問のお願いについて、今このあとは、詳しいお話をさせてください」


 月乃の言葉に、キッチンと優月ゆづきはそれぞれ文と声で、わかりましたと返す。


「ありがとうございます。では、キッチンさん。先に少しお話ししましたが、初めて人の姿になるのは、村の結界内でしていただけるようにと、テイクとしてはお願いしたいのですが、いかがでしょう」


〈その結界には、優月も入ることができるのかしら。せっかくだし、優月がよければ、初めて人の姿になるのに立ち会ってほしいと思うのだけど〉

「優月さんも入れます」


〈では私としては結界内でかまわないわ。えっと優月、立ち会ってくれる?〉

 キッチンに訊かれ、優月はすぐに頷く。

「いるだけって感じになっちゃうかもだけど、立ち会い自体は、ぜひ」

〈ありがとう。では月乃さん。結界内で、お願いします〉


「わかりました。こちらこそ、お願いします。そして、ありがとうございます」

 そう返してから、月乃が続ける。


 村に来て、まずはキッチンと優月、二人とも結界内へ。キッチンが人の姿になって、一日ほどすごしてみる。

 そのあとはぜひ、二人で村の各所に行ってみたり見学してみたり、してほしい。


 実際に活動しているテイクメンバーが村にはたくさんいるから、今後の活動をイメージする助けになると思う。

 それに、二人のテイクメンバーとしての活動場所がどこになるにしても、拠点となる珠水村に来る機会は多いから、先に見ておくのもいいのでは。


 いろいろとそろっている村。遊ぶ、快適に時間をすごす、目的のことをする、など、仮にテイクとしての仕事に関係なく訪れたとしても、すごしがいがある村だと思うから、そういう面でも、この機会に村を知っていただけるといい。


 引っ越し先についても、村に来てもらったあとでなら、具体的な話ができる。

 なぜそのタイミングなのかという詳しい事情は、話せる場合はそのときに。ただ、場合によっては、話せないままになるかもしれない。


 そういったことを聞いたあとで、実際の訪問スケジュールを話し合い、テイク側と優月側の費用負担のうちわけについて説明を受けた。


 ひととおり話がまとまったところで、月乃が、カバンから取り出した物をテーブルに置く。

「こちら、キッチンさんの一時宿り用として、ひとまず用意してみた物です」


 サイズとしては、ペットボトルのキャップの上にバランスよく置けそうな大きさの物。


 透明で、ガラス製だろうか。くちばしがあるし、鳥と思われる。

 翼を閉じて立っているけれど、安定感はある感じだ。

 縦長というより少し平たいような、形的に鴨? アヒル? もしかしたら白鳥でもいけるかもしれない。


 色がついていないし、細かいつくりではないので、あくまでも優月が抱いた印象だ。


 この鳥らしき物には、艶消し銀色の、小さめのフックと輪っか、両方の金具がついている。


『これ、キッチン、チッキン、チキンってわけじゃないわよね。ニワトリじゃなさそう』

 観察している優月の耳に、首をかしげていそうなキッチンの声が聞こえてくる。

 優月の目にも、ニワトリには見えない。


『でも、そこからの発想で、鳥というチョイスかもしれないわよね?』

 それにしては、月乃の言葉遊び反応スイッチがオフのままだ。

 ここに来る前の用意段階ですでにオンになって、おさまったあとかもしれないが。

 それとも、キッチンからチキンでは、スイッチが入るほどではないのだろうか。


〈こちら、鳥よね? どうして鳥なのか、なんの鳥なのか、伺ってもいいかしら〉

 キッチンは月乃に直接訊くことにしたようだ。


 今回のポン、ポポン、の音は、どことなく、鳥の鳴き声がまざっているように聞こえた。

 気の持ちよう、受けとり方では説明がつかないほど、明らかにその時々で違う、ポン、ポポンの音。どうやって用意したのだろう。


 そう、優月は思ったが、月乃がキッチンの質問に答え始めたので、そちらに意識を向けた。


「種類としては、白鳥でも雁でも鴨でも。歩けて泳げて飛べるような鳥からでしたら、お好きなように、お考えください」

 そう言ったあとで、なぜこちらを用意したのか説明します、と月乃が続ける。


 まわりくどいかもしれないうえに、それなりに長くなりますよ、と月乃に宣言された。

 今更な気もしますが、とも月乃はつけ加えている。

 月乃に勧められたので、優月は楽な姿勢で聞くことにした。


 月乃が説明を始める。


 その時点での本体が無事な状態で、出ようと考えて、精神体のみで本体の物の外に出ること。

 その時点での本体以外の、なにか別の物に、入ろうと考えて精神体のみで入ること。

 その時点での本体以外の物に入った状態で、動くこと。


 それらそれぞれが可能かは、モノによる。

 モノ本人が知っていて、自力で実行できるかどうかも本人による。

 どの程度容易にできるかも、モノ本人次第。サポートが必要な場合もある。


 キッチンは、本体から出ることや別の物に入ることが、かなり容易にできるほう。

 また、それを本人が知っていて、しようと思えば自力で実行できると、話を聞いてわかった。

 場合によっては、サポート担当とともに後日また来てから、とも思っていたが、今日もう、一時宿り用の物を渡すことにした。


 一時宿り用の物に入って、どの程度動けるかも、個々による。

 キッチンは、一時宿り用の物でも、ある程度動けるはずだけど、してみて実際どんな感じかは、動いてみないと、という状況だと考えられる。


 本来の物の形にとらわれず、自在に動くモノもいる。

 例えば、つるんとしたビンの形状をしていても、スタスタと歩けたりもするモノもいるように。

 けれど、動けてもそこまでは、ということも多い。一時宿り用だと、更に自由度が落ちることも。


 歩けて泳げて飛べる鳥にしておけば、行動や移動手段をイメージしやすそう、動きやすそう。

 顔や翼を動かすことで、意思表示できそう。

 そう考えて、この形にした。

 ちなみに、どの形であっても、物ごと動けば目立つことが多いので、動く場面は選んだほうがいい。


 なお、鳥の見た目だけど、鳥の言葉ではなく、自分が普段話せる言葉がモノ発声で出せる。モノの声が聞こえる相手と、いつものように会話可能。

 物なので、鳥を狙う存在から狙われてしまうことはない。


 引っ越し時にキッチンスペースを本体として継続したいか確認前だったが、もし、次の本体を考えるなら、こういう動きができる物という選択肢もあると、伝える意図も含め選んだ。

 次の本体を、本来は各所動かない物にしたとしても、動いてみた感覚は無駄にならないだろうと考えた。


 鑑定についてだが。

 それができる、それができると知っている、それが自力で実行できる。

 そのうち、鑑定でおもにわかるのは、できるかどうか。

 ほかは、本人に確認が必要なことが多い。


 鑑定でわかっていること、本人に確認する必要があること、本人の気持ちを訊いてみる必要があること、実際にしてみないとわからない部分が残っていること、などがまざっている状態で、今日の訪問の用意をした。

 事前にリモートで訊くより、できれば直接会って話して知りたかった。


 テイクとしては頻繁な訪問でも問題ないし、求められれば応じる用意がある。

 ただ、迎え入れる労力的に、回数を最小限に、なるべく用件をまとめて訪問してほしいと言う相談者もいる。


 優月やキッチンの意向がどちらかわからないながらも、今日渡せるなら渡せる状態を用意していこうと考えた。

 その場の展開次第ながらも、できれば今日のうちに対応できればと、いろいろ考えたことで、いろいろなことがまざった感じになっている。


 素材は、一時宿り用の物を用意する、能力者の事情によるもの。

 色をつけていないのは、好みがわからない段階で先に用意したので、クリアなら、好み問わず使いやすいのではと考えたから。


 金具がついているのは、優月が持ち歩く際、方法をいろいろと選べるように。

 とはいえ、物ごと動ける場合、どこかにつながっていると、やりづらいという面はある。

 けれど、キッチンは、ある程度の範囲の物なら遠隔操作で扱える。それを知っていて実行できれば、キッチンが自分でつなげたり外したりもできるだろうから、金具をつけるだけつけておこうと考えた。


「理由の説明は、ひとまず以上です」

 月乃がそう言ってしめた。


〈いろいろ考えてくださったのね。ありがとう〉

『キッチン、チキン、どころの話じゃなかったわ……』

 月乃にお礼を書きつつ、キッチンは若干反省気味の声で、そう言っている。


 会釈をしてから月乃が口を開く。

「どういたしまして。ですが、もちろん、違う物がよければ対応可能です。一時宿り用の物は、素材がガラス含め石なのは、基本的には変えられませんが、違う形の物とか、同じ鳥で違う色の物をとかなら対応できます」


 ちなみに、一時宿り用の物は、汚れない、壊れない、お手入れ不要。

 保管する際や動く際や持ち歩く際などに、気を遣う必要なし。


 また、渡ってはいけない相手の手には、渡らないようになっている。

 その危険がある際は、ひとまずテイクの安全なところに引き寄せられる仕組み。


 優月やキッチンでは、物がどこにあるかわからなくなった場合でも、テイクに連絡してもらえば、そのときも仕組みを作動させて引き寄せられる。


 そして、危険も連絡もないときにテイクが勝手に引き寄せたりは、基本的にはしないと考えてもらっていい。


 そういったことも、月乃がつけ加える。


〈すごいわね。えっと、鳥という選択、いいと思うし、形も、これもいいと思うわ。色は……私としては、現時点では何色なにいろって決められないし、こちら綺麗だし気に入ったのだけど。優月は、こちらどう?〉


「私も綺麗だと思うし、今の時点で何色なにいろっていうのはないかな。それに、鳥ってこともこの形も、違うのにしたいとは思わないよ」


〈では、月乃さん。こちら、受けとらせていただくわ〉

 キッチンの文にあわせ、優月は姿勢を正す。


「どうぞお受けとりください。なお、あやしいと思っているからではなく、あくまでも、お渡しする際にお伝えする決まりなので、申し上げるだけですが」


 月乃が、一時宿り用の物を持ち上げて優月に差し出しつつ、続ける。

「お二人とも、くれぐれもこちら、悪用はしないよう、お願いいたします。おどすようですが、お二人、継続チェックの対象者でもありますので、そのことも心に留めておいていただけると、とも思います」


〈わかったわ〉

 力強い、ポンとポポンの音が響く。


「ご注意、確かにお聞きしました」

 はっきり言ったあとで、優月は月乃から、一時宿り用の物を受けとった。


 物自体は、それほど重くない。

 けれど、実際の重さ以上のものを優月は感じた。


 手にしたものをどう使うか、なにかができる状況で、どう考え、どう選択して、どう動くか。


 この、一時宿り用の物についてだけではない。

 これからは、いろいろなことに対して、それらが問われ、チェックされてもいるのだと、優月は強く意識した。


 それを、息苦しいと思うか、踏み外さないための心強いストッパーととらえるかは、考え方、受けとり方次第だろう、とも思う。


 渡し終えた月乃が、優月に頷いてから、キッチンを見る。

「もしよろしければ、さっそく移って、動きを試していただいても、かまいませんか? 実際どんな感じか、できれば帰るまでに拝見したいと考えているのですが」


 そう言ったあとで、月乃は再度優月に視線を向け、優月とキッチンを順に見てから続ける。

「ちなみに、一応、念のため申し上げておきますが、移ったところで閉じ込める、連れ去る、封印する、というような意図はありません。そのために用意した物ではないです。事前に証明するのは難しいですが」


〈ふふっ。もし、そうされなきゃいけないような状況が来たとして、よ。そんな、だまし討ちのようなことをしなくても、テイクのいろいろをもってすれば、問答無用で無理やり、あれこれできちゃうでしょうに。こちらがいくら警戒したところで〉

 そう、すぐ月乃に返すキッチン。

 ポン、ポポン、の音まで少し笑っているようだ。


 少し目を見開いてタブレットを見つめていた月乃が、優月に視線を移す。


 優月は少し笑みを浮かべてから、表情をあらためて口を開いた。

「私もそう思います。それにテイクは、いざとなれば力づくでできるからこそ、こういったことをしたいんですが、って、まずは相手にはっきりと言って、お互いが納得できる地点を、さがそうとすることも多いのでは、と。まだきっと、端っこにちょっと触れさせてもらっただけで、あくまでも、その状態での印象ですが」


「私も、お二人と同じような印象をテイクに持っています。もっとも、私が立っているのも、テイクの中心とは到底言えませんが」

 キッチンと優月に真顔で返してから、月乃がほんの少しだけ笑う。


〈どこかには助けていただく必要があるのだし、思いきって頼る場所として、テイクはけっこうよさそう、とも思っているわ。そうなると、まず疑っていたら、進まないとも思うし〉


 同感である。


 優月は頷いてから、鳥を、小さめの肩掛けカバンにつけてみることにした。

 外出時に持ち歩くとしたら、このカバンにつけていく形にする確率が高い。

 ひとまず、フックを使って、ファスナーの引手部分へ。


「あれ? こちら、移るときや戻るときは、キッチンスペースの近くに持っていったほうがいいんでしょうか。どう?」

 優月は気になり、月乃とキッチンの両方に尋ねた。

「キッチンさんから見える範囲なら、ある程度距離があっても大丈夫なはずです」

〈大丈夫よー。さてさて、ではでは〉


『とうっ』

『るんるん、しゅびっ、しゅびっ、よっ、ぱたぱた』

『そしてとうっ、おぉー、へぇー』


 おそらく、最初の、とうっ、で鳥に移った。

 そのあと、頷くように鳥の顔を縦に動かし、続いて左右に振ってみせ、今度は左右の翼を挨拶をするようにいろいろと動かし。

 ある程度の範囲内の物なら遠隔操作で扱えることを利用して金具を外すと同時に、飛び立った。

 そして今は、部屋の中を飛び回りつつ、感嘆の声を上げている。


〈泳いでみたいけれど、食器使っていいかしら〉

 飛びながらキッチンスペースのほうに行った鳥が、遠隔操作でタブレットの画面に文章を出した。

「いいよ」

〈ありがとう〉


 鳥にはいちゅうのキッチンが、遠隔操作でスープカップを棚から取り出し、水を入れ、シンク横にカップを置いた。

 優月と月乃は、カップの中が見える位置に移動する。


 鳥が、カップのふちに器用に立つ。

『今はちょうど夏。水泳シーズン真っ盛り。ぽちゃん』

 そんな声とともに水に入った鳥は、スイスイと泳いでから飛び、カップ横に降りた。


 スタスタと歩いて振り返り、汚れないって、こういうこと込みなのねー、と言う。

 確かに、鳥の体に水滴はついていないし、歩いたところにも水が落ちていない。


『あ、よっと』

 再度飛び立った鳥が、カバンのところに行き、金具をはめて元の位置についた。


『精神体、戻るわよー。ほいっと』

〈キッチンスペースに戻ったわ〉

 ポポン、と、一連の動きをしめくくるように鳴らす。


 いきいき、というか、なんとも器用に、というか。

 はやくも入りこなし、自由自在という感じがした。


〈いいわね、鳥。かなり魅力的。――ええ、これで、人が食べるものが食べられれば、もっといいのにっ……〉

「あ、それは無理なんだ。物が鳥だから?」

 物が人の形ならいけるのだろうか。


 首をかしげる優月に、月乃が言う。

「いえ、どちらにしても、今のところ、物の姿のままでは飲食できないですね。人の食事は人の姿にならないと。食事がしてみたい、モノと一緒に食事を楽しみたいという声も多いんですが」


〈食べるのよリストは増える一方。まずは人の姿になって実行よ。そしていつかは! 食べたい場合は、物の姿のままでも食べられるってなったら! 喜ぶ声、きっと多いわよね。私も、どの姿のときでも食べたい!〉


 高らかに鳴る、ポポンの音。

 キッチンの強い気持ちを更に伝えてくるようだと、優月は思った。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もおつきあいいただけますと幸いです。


次の投稿は、7/20(土)夜~7/21(日)朝あたりを予定しています【2024年7/13(土)現在】

予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。


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【2024年7/7(日)からおこなった改稿について(2024年7/13(土)現在)】

今回の変更は、全体の展開には、ほとんど影響はないと思います。

詳細は、活動報告や、それぞれの回の後書きで説明しています。


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