「6月、コトハとサトウとボンボニエール」8.いろいろ語る、ポン、ポポン
では続けさせていただきます、と月乃が説明を再開した。
「所属員としての活動の仕方は、メンバーによって、さまざまです。なにを担当し、どこで働き、どの時間帯にどのくらい働くか。希望、要望、提案など、メンバー個人とテイクがお互いにいろいろと出し合い、すりあわせて、決めていく形になります」
現時点で、できること、したいこと、してみたいこと。してみてほしいこと、してほしいこと。
試してみたいこと、学んでみたいこと。そうしてみてほしいこと。
ゆくゆくは、できればと思うこと。ゆくゆくは、そうしてもらえればということ。
テイクが活動している場所の中で、ではあるけれど、働きたい場所。働いてほしい場所。
いずれはこういうところも、活動場所になればいいのに、という場所。
どのくらい働くか、どの時間帯に働くか、休日はどういう感じにするか。
そういったことなどを話し合うのだという。
月乃が続ける。
「お互い出し合い、共有して、今後の個々の活動をともに決めていく。こういった話し合いは、最初に所属員としての活動を開始するときだけでなく、その後も定期的におこなわれます。また、それ以外のときであっても、メンバーかテイク、どちらかが希望した段階でいつでも、場が設けられます」
説明を聞いて、魅力的だと思う一方で、優月がその場に臨んだとして、そこまで今や今後を優月自身しっかりと描けるだろうかと、心配にもなる。
そういったことを優月が口にすると、一つ頷き、月乃が口を開いた。
「しっかり描いて伝えるメンバーもいれば、ものすごくざっくりしているメンバーもいますよ。自分から伝えられることが少なくても、テイク側の提案や要望に対して、どう思うかを返すのでもいいですし。それに、今はわからない、決められないということ自体も、自信を持って伝えていい、立派な情報です」
大事なのは、偽らず、繕わず、飾らず、遠慮せず、現時点での状態を伝えること。こまめに共有すること。
そう、月乃は続けた。
「それに、優月さん。優月さんが所属員になると決めて、その話し合いの場につくとして。一緒に暮らしたい相手がいるから、その相手と生活できるような、場所と時間と仕事内容で考えたい、という希望の仕方も可能ですよ?」
「あ、それなら」
優月は少し弾んだ声を出した。
一方的な望みでない場合に限るという条件はあるが、誰と暮らしたい、誰と働きたい、といった方向からの決め方をするメンバーも実際いるそうだ。
「ちなみに、細かくてもざっくりでも、希望の全部が通るわけではない点は一緒です。ギリギリまで譲りたくないことや、優先順位をちゃんと伝えることは、お忘れなく」
人差し指を立てつつ月乃が言い、そして、と続ける。
「これがしたい、こうしたい、がまず大事です。これはしてもいい、これは嫌じゃない、これとこれならこちらのほうがいい、もありです」
〈好感の持てる話だけど……そうやって、それぞれの希望を重視していたら、かなり偏ってしまわないかしら。なにか人気の担当や場所や時間に集中してしまいそう〉
ポンという音とともに、キッチンが文を表示させる。
〈以上よ。ちなみに、ひとまず文は以上、を表す音も決めたから、次からは音で伝えるわ〉
そう表示し、ポポンという新たな音を出してみせた。
音が鳴り終わり、月乃が頷く。
「音の件、承知しました。そしてご質問の件ですが。これが案外、どれが人気という感じではなく、ばらけるんですよね。希望の中でも特にここはこだわる、これが優先、としていくと、みんなけっこうまちまちで」
〈なるほど〉
「それでも選択希望者が少ない部分には、ほかになにか条件が追加されたりもして、なんだかんだで誰かは希望するものになったり、とかもありますね」
〈そうなのね〉
「いろいろと決める際ですが。嫌々ではなく、できるだけ好んで選択できるものを、というのが基本形です」
もし、なんらかの事情から仕方なく選ぶ場合も、その感情や状態をテイクに隠すのはなし、とのことだ。
また、テイク側としても、ときには、メンバーがあまり乗り気でないと承知のうえで、割り振るしかないこともある。
けれどその際は、半ば押しつけるような形で決めたと、テイク側がきちんと認識することを忘れないという。
〈……気になることがあるのだけど……〉
少しして、ためらうような弱めのポンという音とともに、キッチンがそう切り出した。
〈もし、私も優月もモノ関連の能力を活かした仕事を担当するとなった場合、月乃さんの、モノ対応担当という分野を私たちも、ということになるのじゃないかしら……と思うのだけど〉
好んで選んだものがほとんどなら、担当分野にメンバーが増えるかも、自分のすることが減ってしまうかもというのは、実のところ複雑なのでは。
そう、キッチンはだんだん心配になり始めたという。
〈実際、所属員になったとしても、なにを担当するかはまだわからないし、そもそもこれをご本人に訊いていいのか、ご本人にだからこそ訊いてみるべきなのか、わからないのだけど、でも、気になってしまって……〉
ポポンの音が、若干控えめな感じで出された。
読んでいる間、月乃に、特に様子の変化はなかった。
「気になったことを心にためられるよりは、訊いてくださったほうがいいです。想像や配慮には限界があるので、本人に正直に表に出していただいて、それにどう対応するか考えるのが、ある意味スムーズだしはやい。そう私は思いますし」
そう話し始めた口調も、これまでと特に変わらないものに感じる。
「私だけではなく、テイクには、そう思うメンバーが多いかと」
もちろん、想像や配慮をしないわけではないし、相手の状態や希望や要望を知ったうえでどう対応するかは、時と場合と内容と対応するメンバーなどによりますが、とも月乃は加えた。
「そして、担当分野の件ですが」
そう言って月乃は続ける。
例えば、モノ対応担当という分野であっても、その中の仕事内容は、とても細かくわけられている。
担当分野の中で、それぞれがなにも選べないということは、ほぼないと考えていい。
減るにしても、優先順位を決めてそれぞれ選んでいけば、希望に近いものがそれぞれの手元に来ることも多いだろう。
「空いたところに、これまで気になっても手を回す余裕がなかったことから選んで、新たに仕事内容や勉強内容として入れることを、考えたりもするでしょうし」
マイナスな出来事としてとらえず、今は今で大事に、そして状況が変わるときには、またそこでいろいろと考えていこうと思っている。
そう、月乃は話す。
そして、なぜか、という表現にしておきますが、と前置いて月乃が言う。
「担当メンバーが増えて、選び直しはしたけれど、仕事が減ったわけではないということも、各所で多い気がするんですよね」
担当できるメンバーが増えたね、じゃあこれまでは手が足りないから手出しはあきらめていたところにも手を伸ばせるぞ、これも対応可能になった、これからはこれも選択肢に加えるよ。
そうテイクが考えて、すかさず動いているとか、いないとか。
月乃はそう、表情も口調も変わらないままで、語った。
〈えっと、うん、ひとまずわかったわ。答えてくださってありがとう〉
ポンとポポンの音が、ほんの少し、恐る恐るといった感じに聞こえたのは、優月の気のせいなのかどうなのか。
〈それにしても、対応範囲も仕事内容も多いでしょうけれど、メンバーも減ることより増えることのほうが多そうな感じよね〉
私が気にするのもどうなのとは思うけれど、活動費用とか人件費とか、頭をよぎっちゃうわ、とキッチン。
ポンとポポンの音まで首をかしげていそうだ。
「そのあたりは、特殊な組織なので。役割とか存在している理由とか依頼ルートとかいろいろと。あれやこれや巡り巡って成り立っている、という返し方にさせてください」
そう月乃は答え、それとも関連しますが、と続ける。
テイクは、いろいろな面で特殊。
一般的なルールや制度や仕組みなどをベースにしなくてもよいという立ち位置。
テイクだから、テイクでしか、テイクなら、ということがいろいろ。
世間的にはどうか、テイクではどうか、違うところはどこか、などを意識することや確認することが必要。
この特殊なあり方には、メリットもあれば、危険性もある。
ただ、もちろん、特殊だからといって、好き放題できるわけではない。
いろいろできるからこそ、踏み越えてはいけないラインもある。
「お二人ともテイクと長く関わることになると思います。知っておいていただく必要があることですので、お話ししました」
月乃の言葉に、優月とキッチンは動作や文で頷いた。
「それとこれからお話しすることも、テイクで働くかを決めていただく前に、お伝えすべきことなので、お聞きください」
月乃が言う。
「超常ありきの組織で働ける者が必要。いろいろと対応するために、多くのメンバーが必要。超常に関わる者にテイクで働いてほしいとテイクが望むのは、そういった理由からだけではありません。ほかにもテイクにとってメリットがあるからです」
超常に関わる者、中でも、超常に関する知識が豊富、超常的な能力がある、超常的存在である、といった者は特に、テイクの継続サポートやチェックの対象となる。
狙われないように、さらわれないように、危険がないように。
悪用しないように、悪用を強制されないように、踏み越えてはいけないラインを踏み越えないように。
すごしづらくないように、すごしていけるように、自分のあり方を肯定していけるように。
守ったり、支えたり、状況や状態を把握したりといったことを、継続的かつ頻繁にする必要がある。
所属員など、テイクのメンバーに対してであれば、それらがいろいろとやりやすくなる。
そういう事情もあるという。
テイクが働きやすい場であるよう、いろいろと考えているのも、ほかに行くよりここにいようと思ってもらえるように、という意図もある、とのことだ。
「もちろん、テイクで働かなくても、守りますしサポートもします。やりやすいというのはテイク側の都合であって、メンバーでないから、ちゃんと対応されないということは、ありません」
ただ、同時に、と月乃は続ける。
メンバーにならないとしても、関わりを避けようとしても、テイクからの継続的なチェックは続く。
テイクとのつながりは切れない。テイク側が切らない。切るわけにはいかない、とも言える。
「そして、いろいろな顔がある組織です。それぞれに知らせていないこと、知らせることができないこともいろいろとあると、テイク自身も、言える相手に言ってはいます」
せめてそれを言うことが、できることである、とも。
「以上です。このあとの面談内容は、テイクで働くことに対しての、お二人のお気持ちを伺ってから組み立てたいと思います。ひとまず現時点では、というものでもかまいませんので、聞かせていただけるとありがたいです。しばらく考えたい場合は、そう言っていただければ待ちますので」
月乃がそこまで言い、話を終えた。
優月の中ではすでに、向いてみようと決めた方向がある。
キッチンは、どうだろうか。
〈今現在どうしたいかを、どっちが先に言っても、相手のを気にしちゃいそうね。同時に言うのはどう?〉
「そうしよう」
『では、せーの!』
『テイクで働くほうに動きたいわ』
「テイクで働く方向で考えたいです」
二人で言い終え、月乃にもわかるよう、キッチンはすぐに同じ内容の文章を表示する。
部屋に軽快に響く、ポン、ポポンという音。
踏み出そうとする一歩を彩るような、なかなかいい感じの音だと、優月は思った。
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優月、超常も日常ですごしていく、
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