「6月、コトハとサトウとボンボニエール」7.さくさくと
「このあとの話を進める前に、優月さんに、いくつか質問をさせていただきたいんです」
面談再開後、月乃が言う。
「優月さんの今の生活のこととか将来への考えとか、そういったあたりのことなのですが。なにかを評価するために伺うわけではなく、状況にまったく合わないことを提案したり説明したりしないために、できたらあらかじめお訊きしておきたいからという、こちらの都合によるものです」
優月としては正直なところ、答えづらい部分ではある。
その方面の質問に答えたあとの相手の反応や対応が、これまでだいたい、優月にとっては、つらいと感じてしまうものが多かったからだ。
とはいえ、月乃の質問を聞くことを拒否した結果、面談の方向性がずれたり、内容が遠回りや的外れになったりしたらと思うと、聞かないという選択はできなかった。
「……どういう感じで、どこまでお答えできるかは、わかりませんが、質問内容を伺います」
「ありがとうございます。ではまず、優月さんは今年度内で十七歳になると、代理で申し込んだ方から伺っているのですが、合っていますか?」
「はい」
「わかりました。では、学校や仕事やなんらかの活動など、定期的にどこかに通う必要がある、決まった時間を使う必要があるといったものは、今現在ありますか?」
「……いえ。今は、ほとんど家にいます。……高認は合格していて、そのあとも自分で勉強はしていますが、なにかを必ずこの時間にというのは、これといって……。買い物とかは、行きます」
月乃は優月の答えに小さく頷きながら、テンポよく質問を重ねていく。
「どこか行きつけとかありますか? この部屋を出るにしても、この近所には住み続けたいとか、あの場所には通える位置に住んでいたいとか、そういった場所は」
「特には……。今よく行く場所がないわけではないですが、この先もそこでなければ、という感じではないような……」
「わかりました。では次に、今後についてですが、進学先や就職先など、なにか具体的な予定や希望などはありますか?」
月乃に訊かれ、優月は一瞬、息を止めた。
落ち着いてそっと呼吸を再開し、言葉を出す。
「……いえ……なにも……。なにか決めないと、とは思っているんですが……」
答えて、そっと窺うが、月乃の様子は、これまでと変わらないように見える。
返事も、わかりましたと、これまでと同じくシンプルなものだ。
月乃の態度は、評価するためではない、できたらあらかじめ訊いておきたいからと言った、質問前の言葉と一致している。
そう感じて、優月は呼吸のしやすさが戻った気がした。
月乃が質問を続ける。
「では、こちらの次に住むところについて、なにかご希望は」
「これからもキッチンさんと暮らしたいです。ここが取り壊されるし、引っ越さなければいけないけれど、キッチンさん、どうしようというのが、テイクに相談しようと踏み切った大きな理由で」
答えつつ、優月は自然と前のめりになった。
「わかりました。キッチンさん。キッチンさんも、優月さんとの生活をお望みですか」
〈私も優月と暮らしたいわ〉
とてもすばやく、返事の文章が表示された。
「わかりました。事前質問は以上です。ありがとうございます。お二人が一緒に暮らせる方向でサポートしていけるよう、考えたいと思います」
言いながら月乃は、優月とキッチンを交互に見る。
「いくつかお二人に伺いたいのですが。まず、キッチンさんという存在がいらっしゃるということを、テイク以外のどなたかに、お話しになりましたか?」
「いいえ」
〈いいえ〉
優月もキッチンも同じ返事をする。
「アパート関係者に、存在を知ってもらいたいですか」
〈知ってほしいという気持ちは、特にないわ〉
「私も、ないかな、と」
キッチンの文の表示を待ってから、優月も答えた。
「では続いて。キッチンさんは、取り壊されるとなったら別の宿り先に、とおっしゃっていましたが、キッチンスペースを本体としたままでも引っ越しが可能だとしたら、今の本体のままのほうがいいですか?」
〈いいえ、かしらね。この本体にも思い入れはあるけれど、この先のことを考えると、別の宿り先のほうがいいかしら、という気持ちが大きいわ。移動するにしても、どこかに置いておくにしても、あまり大きくなくて固定もされていない物のほうが〉
次々と画面に文章が表示されるのを、優月と月乃で見つめる。
〈ほかの物に宿っても、今のように、ある程度の範囲の物体なら扱えるようだし。ただ、いずれにしても、できれば基本的には人の姿で、働いたりもして、すごしていきたいと思うのだけど。――以上よ〉
キッチンがそこまで表示したあとで、月乃が口を開く。
「では、別の宿り先に移って、人の姿で、働いたりもしながら、優月さんと一緒に暮らす、という方向で考えてかまいませんか?」
〈私はそうできたら嬉しいわ〉
「優月さんとしては、どうですか」
「私は、キッチンさんと暮らしたいですが、正直なところ、キッチンさんがどの姿でも、話ができるなら、私としてはそれが大事なところかなという気持ちもあって」
『だいどころ、より、話ができるのが、だいじなところ』
微妙に韻を踏んだようなキッチンの言葉が、耳に届いた。
月乃に不自然に思われない程度に、優月は小さく頷く。
そして続きを話すため、優月は再び口を開いた。
「でもそれと同じくらい大事なのが、キッチンさんが、キッチンさんの希望する姿で、してみたいこともしたりしてすごしながら、一緒にいられることかな、と思います。なので、その方向でお願いしたいです」
〈嬉しいわ。ありがとう〉
文とともに、音符マークが現れる。
月乃が少しの間微笑んでから、口を開いた。
「ではその方向で考えます。それと、キッチンさん、仕事内容のご希望があるか伺ってもかまいませんか?」
〈ええ。できれば避けたいのは、ずっと黙っていなければいけない仕事ね〉
キッチンらしい答えだと、聞いた優月は思う。
月乃も再び微笑んだのち、頷いた。
「わかりました。勤務先や引っ越し先の候補については、このあとお話ししたいことがあるので、のちほど。あとに回す内容が多いですが、きちんと回収しますので」
〈そうしていただけると思っているわー〉
「はい。それは心配していません」
たとえ優月が忘れても、月乃がきっちり対応するだろう。そしておそらく、キッチンもしっかり覚えていると思われる。
「ありがとうございます。お二人の引っ越しに関してですが、のちのち問題にならないよう、テイクでいろいろと対応いたします。今後、各方面の担当もまじえ、話を進めていく形になると思います」
月乃がそう言い、続ける。
「なお今後、テイク以外の方に、キッチンさんのことを話したい、話す必要があると感じたときは、先にテイクに相談してくださいますよう、お願いします」
〈はい〉
「はい」
キッチンと優月、そろって返事をする。
「話しても問題ないとなった場合も、最初の段階では、ある家のとか、ある場所の、キッチンスペースだったという感じに、あまりはっきりさせず話す形になると思います。その頃に優月さんと出会ったと話すにしても、優月さんが住んでいた部屋のキッチンスペースとは、こちらからは明言しない方向で」
〈わかったわー〉
「わかりました」
キッチンと優月はそれぞれの言葉遣いで、同じ意味の返事をした。
「話す相手との関係が進めば、また違う判断になるかもしれませんが、まずはそういった感じでお願いします」
〈はい〉
「覚えておきます」
キッチンの返事に続いて優月も言う。
ここで月乃が、優月とキッチンの許可を得て、入力タイムに入った。
〈さくさくと話が進んでいくわー〉
「クッキーみたいだね」
キッチンと優月のやりとりを見て聞いた月乃は、口角を上げつつ、猛スピードで入力を続ける。
『道筋も、くっきーりしていくような。すごいわね』
そう、キッチンが声で言ったところで通知音がし、失礼しますと言って月乃がスマホの画面を見た。
「知成と日出海から返事です」
月乃が顔を上げ、優月とキッチンに告げる。
先ほどの入力時にメッセージも送ったと、月乃から聞いていたが、もう返事が来たようだ。
月乃が読み上げてくれた返事は、優月とキッチンが安心できる、あたたかい内容だった。
「お待たせしました。再開できますが、かまいませんか?」
それから少しして月乃が訊いた。
優月は頷き、キッチンも文で、はいと言う。
「では、さっそく。お二人とも、テイクで所属員として働くというのは、いかがでしょうか」
〈あら〉
「え?」
優月には三つの超常的な能力がある。もしそのうちの一つであるモノ発声を、しようと思ってうまくできなかったとしても、二つの能力が使える。
キッチンはモノの声が聞こえ、モノ発声ができ、人の姿になってもそれらが可能なまま、人間発声もできるということになる。
優月もキッチンも、それらをテイクで活かし働くという選択もできる、とのことだ。
「あの……活かすとして、でも能力って、ずっとあるんでしょうか。いつか消えてしまったりは……。そうなったらテイクには」
最近知った能力で、いつからあったかも知らなくて、では、いつまであるのだろう。
活かすことを決めたとして、もしそれが消えたときはと思わず考えてしまい、優月は不安を口にした。
月乃が口を開く。
「例外がないとは限りませんが、鑑定結果で、能力は一時的なものと出ていないので、基本的には一生あるものだと思ってよいかと。説明が遅くなり申し訳ありません。そして、もし能力がなくなっても、テイクで所属員として働くことは可能です」
テイクでは、超常の能力者や超常的な存在が、たくさん働いている。
また、テイクの活動システムには、超常的なことが多く組み込まれている。
対応内容も、超常に関するものも多くある。
超常的な能力がなかったとしても、超常を知り、超常に関わる活動、超常とともにある活動を受け入れることができるならばテイクで働いてほしいと、テイクは希望する。
テイクの対応内容はとても多いため、優月が持つ能力を活かせる仕事以外にも、たくさんの仕事がある。
能力がなくなっても、担当できる内容は多い。
月乃は優月を見てそれらを説明したあとで、キッチンのほうを見る。
「働くことを希望する超常的な存在の方の、勤務先候補としてもテイクはあります。人の姿での勤務はもちろん、ほかの姿で働きたくなった場合でも、そのときどきでテイク内での担当内容を考えていくことができます」
〈わかったわ。頭に入れておきます〉
キッチンに頷いてから、月乃は優月とキッチンを交互に見つつ、再び口を開いた。
「能力を活かすということを最初に話しはしましたが、能力を活かす仕事内容を担当するよう、強制されるわけではありません」
能力を活かしてくれればテイクとしてはありがたい、という部分が多いのも事実ではあるが、あくまでも、本人が希望するかどうかが重視される、という。
仕事内容は多いし幅広いし、いろいろ触れたり、学んだり、研修を受けたりといった機会も多く用意されている。
違うなにかを、おもに担当するという選択も可能だ。
能力を活かす仕事を担当もしつつ、ほかも兼任する、ということもできる。
超常ありきの組織の中に入れても問題ない者。
超常ありきの組織の中で働いていける者。
求めているのは、そういった者たち。
中でなにをしていくかは、ともに考える。
「そういった感じが近いかと」
月乃がいろいろと説明を重ねてくれる。
ちなみに、メンバー端末から警告されていない、つまり組織の中に入れて問題のない二人だということは、話す前に確認済みとのことだ。
「そしてお二人とも、今のところ、どうしてもどこか別の場所に勤めたい、すでにある今の職や生活を、現時点では、大きく変えたくない変えられないといった状況ではないと考えられましたので、テイクの所属員として働くことを検討してみてはと思い、お話ししました」
月乃はそういったことも言ってから、優月とキッチンの反応を待つためか、口を閉じた。
〈テイクで働くことについて、引き続き、いろいろと説明を伺いたいわ〉
ほとんど時間が経たないうちに、キッチンが文を表示させる。
「私も伺いたいです」
優月も言って、月乃を見つめた。
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