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「4月、うさぎさんの行動理由」1.ぬいぐるみが、動きました

改稿については後書きで説明しております。




 四月の午後。

 珠水村しゅすいむらにある、テイクメンバーセンター内の一室。


 書類作業をしていた優月ゆづきは、小さな通知音を耳にした。作業を中断してスマホを手に取り、操作する。


〈ぬいぐるみが自ら動いたという相談が、受付センターに持ち込まれました〉

〈鑑定担当のトウヤが鑑定を開始します〉

〈記録入力担当のかなで作成による経過文等チェックを〉


 画面に表示された文を読み進め、優月は状況の把握にかかる。


 優月も所属しているテイクという組織は、様々な物事に対応することをメインの活動内容としている。

 各所から相談を受け付け、必要な対応をすることも活動範囲内だ。

 珠水村にあるテイク受付センターは、そういった相談の受付も受け持っている。


 その受付センターに、先ほど相談が直接持ち込まれたという。


 受付センターへの直接訪問、フォームやメール、郵便や電話で、等、多様な経路で持ち込まれる相談には、基本的には相談受付担当者がまず対応する。

 相談受付担当者のおもな役割は、相談内容や状況を把握し、更なる対応を各担当者に要請することだ。


 相談受付担当者であるたまきが聞いた相談内容は、うさぎのぬいぐるみが自ら動いた、というもの。

 相談主は、ぬいぐるみの持ち主である夫妻。

 夫妻は受付センターに、ぬいぐるみとともに訪れた。

 鑑定担当へ対応要請を出すなどしつつ、環は内容の聞き取りと状況の把握を進めた。


 ぬいぐるみに攻撃的な気配や行動は見られない。

 また、夫妻とぬいぐるみの空気感や関係性は悪くないようだと、担当者は感じている。


 ぬいぐるみは、状況説明時、動けるようなら動いてみてほしいと夫妻が求めてみたところ、お辞儀のような仕草をした。

 以降は、頷く、首を横に振る、といった動きも使って、問いかけなどに対応している。

 ぬいぐるみは話しかけられた内容をスムーズに理解している様子。


 ぬいぐるみが話せるか、夫妻が聞けるかも確認した。

 ぬいぐるみに、話してみてほしいと求め、ジェスチャーによると、ぬいぐるみ的には話してくれたそうだが、夫妻には聞こえなかった。


 話す際、ぬいぐるみの口元は動かない。

 表情も浮かべてみてもらったが、ぬいぐるみの見た目に反映はされなかった。


 現在、ぬいぐるみは、鑑定担当のトウヤが鑑定中。

 ぬいぐるみの正体、動ける理由の把握が、今回の鑑定のおもな目的となる。


 今、経過説明文からわかることは、ここまでだ。


 例えばぬいぐるみのような、一般的には自ら動かないとされている物が動く原因として多いのが、次の二つ。


 一つ目は、例えば霊など、物になんらかの存在が憑依していて、その存在が動かしている場合。

 二つ目は、物に精神が生じており、その精神体の意思によって動いている場合。この場合、テイクではその存在を、モノと表現する。


 今回、ぬいぐるみが動いている原因によって、この件を引き継ぐ担当者が異なってくる。


 再び通知音が鳴りスマホを見ると、画面に文が増えている。

〈ぬいぐるみはモノと判明。面談対応を要請します〉

 優月の出番だ。


 モノの声が聞こえる、モノ対応の担当者は、優月を含めテイクには何人かいる。この時間帯に業務中なのも優月一人ではない。

 ただ、本日の業務スケジュール的に、優月にまず対応要請が来ることになっている。


 要請に応じる旨を返信すると、受付センター内の向かうべき面談ルームの番号と、相談者たちや、相談の更なる詳細と状況経過がまとめられた文が、表示された。


 ここから先は、モノ担当の案件だと決まったから読める情報だ。

 優月は急ぎ、目を通し始める。


 相談に来た夫妻は、花山はなやま 育生いくおと、ゆかり。

 二人とも三十代前半。育生もゆかりも音楽に携わる仕事としているとのこと。

 娘のゆな、五歳は、珠水村までは一緒につれて来たが、今は保育センターに一時的に預けている。

 花山家の現住所は、この村と同じ県。ただし、隣接市町村というには、少し距離がある市だ。


 うさぎのぬいぐるみの名は、ラビィ。

 薄いピンク色、毛足が長くふわっとした外見。ロップイヤーで、耳を抜かした部分は高さ二十センチほど。

 ゆなが生まれるより前に、雑貨屋で育生とゆかりがそろって一目で惹かれ、購入を決定したそう。


 ぬいぐるみのラビィが動くのを、育生とゆかりが初めて見たのは、今日の午前。

 友人家族の引っ越しを見送った帰り道のことだ。


 突風で、友人からの手紙を飛ばしてしまったゆなが、声をあげたあとラビィを手放し、手紙を追って走り出した。


 だが、ゆなの手から落とされたラビィはすぐさま立ち上がり、車道へと向かいつつあるゆなを追いかけ走った。

 そして、ゆなの脚に抱きついて、ゆなを止めようとした。


 その前の突風時に転んでしまった歩行者のところにいた育生とゆかりは、そろってその光景を目にしたのだという。


 ゆなはラビィの動きによって転んでしまったが、車道には出ずに済んだ。

 ラビィの両手はゆなの脚にかかったままだが、力の入っていない、いつものぬいぐるみのような見た目に戻っている。


 そこまで見て、育生もゆかりもあわてて動きだした。

 ゆかりが、ゆなとラビィのほうへ急ぎ向かう。育生は歩行者への対応を取り急ぎ再開した。


 普段はラビィを、育生かゆかりが持つカバンに入れているか、家に置いてきている。

 だが、仲のよい相手の引っ越しに沈み込むゆなを元気づけたいと、一時的にゆなにラビィを抱かせていた。


 いつもなら、大事なものほど、すぐにしまおうとするゆなだが、もらった手紙を、なかなかしまえず手に持っていた。育生もゆかりも、しまうよう強く言うことはしなかった。


 ゆなと手をつなぐか、手の届く場所にいることを同行時には心がけている育生とゆかりだが、通りすがりの歩行者が、少し前にもあった突風の際に転び、車道に出てしまったため、そちらに意識も行動も向いてしまった。


 そういった、いろいろな状況が重なった結果のことだという。


 育生とゆかりは、自分たちの判断や行動も原因で、ゆなが飛び出してしまうところだったと、反省した。

 ラビィが動いたことには驚いたが、ゆなを止めようとしてくれたことに、育生とゆかりは感謝した。


 育生とゆかりが対応していた歩行者は、ラビィが動いたのを見ていなかったようだし、ほかの歩行者は付近にいなかった。

 行き交う車は多いが、停まって注目されているようなことはない。


 ゆなは、ラビィをどの時点で手から落としたか、しっかりとは覚えていなかったし、自分が転んだのも、自分がつまずいたからだと思っている。

 ラビィはすでに、いつもの感じと変わらない。自分で動くことなどないような、いわゆる普通のぬいぐるみとして、存在しているように見える。


 ならばいいか――とはできず、育生とゆかりはテイクに相談することにした。

 相談先をテイクにしたのは、少し前に聞いた、育生とゆかりの仕事仲間の言葉があったからだ。


 育生とゆかりの古くからの仕事仲間が、自宅で怪奇現象かと思うような出来事に遭遇し始めた。

 相談先に悩んだ仕事仲間は、テイクに相談してみることにした。

 どのような相談内容でも受け付ける、テイク内での対応が難しい場合は、外部への紹介と引き継ぎもする、と明言していて、相談してみやすく感じたからだ。


 テイクは、決めつけることなくよく話を聞き、フラットに調査し、原因を突きとめ解決に導いたそうだ。

 その過程で触れたテイクの対応姿勢を、仕事仲間は好ましく思ったという。


 仕事仲間は、明かしても問題のない範囲内で、経緯を育生とゆかりに話し、もしなにか不思議なことで困った場合でも、テイクに相談するといい、と伝えた。

 まさかこんな早くにそれを実行することになるとは思っていなかったものの、相談先を考えたとき、育生とゆかりの頭に、真っ先にその言葉が浮かんだ。


 育生とゆかりは、念のため、ゆなを病院で診察してもらってから、珠水村へと向かった。

 幸い、ゆなの状態に問題はなかった。

 ちなみに、飛んでしまった手紙は、育生が無事回収済みだ。


 優月が目を通している文の内容が、相談に至るまでの状況説明から、現在の状況を伝える内容へと移っていく。


 今現在の状況は、モノとはどんな存在かということも含め、鑑定結果を花山家の面々に説明しているところだという。


 モノに関しての対応も、テイクがメインで受け持てる分野であること。

 モノの声が聞こえる、モノ対応の担当者が、このあとを引き継ぎ、初回面談を行うこと。

 そういったことも、あわせて話しているそうだ。


 初回面談を担当するのが優月だと決まったので、名前やどういう字を書くのかも、このあと伝えるという。


 面談内容など各種情報を記録し、必要な範囲で、テイク内や外部の必要なところと情報共有をすること。

 テイクと相談者、互いに得た情報の扱いについて。

 テイクの面々は、活動時には名前のほうを、おもに名乗り活動していること。


 それらのことは、手順どおり最初に説明済みだそうだ。

 そして初回面談も、奏がこのまま同席して、記録入力を行うという。


 黒髪を一つにきっちりまとめ、細身のパンツスーツをキリリと着こなす奏は、優月の五歳上だ。

 ちなみに優月は今年度、二十三歳になる。肩につく程度の長さの黒髪、グレーのパンツスーツが、優月の中での、業務時の自分自身の基本形だ。


 奏の記憶力や入力スキルはかなりのもので、面談担当者は、入力状況をいっさい気にせず面談を進めることができる。

 相談者や面談担当者の気が散らないよう、極力喋らず、気配も薄くして記録入力を行うのも奏の特徴だが、いるのといないのとでは大きく違う。


 その奏が作成した文に目を通し終えた優月は、手早く荷物をまとめて、指定された面談ルームに向かうため部屋を出た。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もおつきあいいただけますと幸いです。


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【改稿について】

【2024年4/22(月)】エピソードタイトルを編集しました。

【2024年5/13(月)】珠水村のルビを変更しました。しゅすいそん→しゅすいむら

【2024年7/7(日)】空白行を入れる位置を変えたり、空白行を増やしたりといった変更をおこないました。


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