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「5月、ショウブで勝負、牡丹のボタン」7.こいのぼりの自由形

改稿については後書きで説明しております。




「「『わぁ……!』」」

 部屋に入ってきたメンバーがドアを閉めるのを待ってから、花山はなやま家の面々が、その姿に歓声をあげた。


 整った顔立ち、ピンクブラウンのロングヘア、アンティークデザインのワンピースに、落ち着いた色のショートブーツ。

さくらと申します。このたびは顔合わせにお時間をいただき、ありがとうございます」


 人間大の、歩く西洋人形と思われることも多い桜が、深く丁寧にお辞儀をし、体を起こした。

梅幸うめゆきもあとから参ります」

 姿勢よく立ち、告げる。


「これはご丁寧に……あっ! すみません、座ったままで」

 育生いくおが言ってあわてて立ち上がりかけ、ゆかりもラビィを抱いて立ち上がろうと手を動かす。

「お気になさらず」

 手で制止しながら、桜が小さく笑む。


「ではどうか桜さんもソファに」

 ゆかりが正面のロングソファを勧めると、桜はお礼を言ってソファへ進み、腰をおろした。アンティーク風のソファに、桜の姿はとてもよく合っている。

 ローテーブルを挟んで、花山家の面々と桜が向かい合う形になった。

 ドア脇にいた優月ゆづきも着席を勧められ、桜の隣、ドアに近い側に座る。


 ラビィはといえば、桜の一挙手一投足を見つめるかのように、桜の動作に合わせて細かく顔を動かしている。

『きれい……素敵』


 熱のこもったラビィの言葉に、桜はあたたかみのある笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。ラビィさんも素敵です。愛らしいと思います」

『ありがとうございます』

 桜の言葉に、ラビィもお礼を言って嬉しそうに笑う。


 雰囲気に若干圧倒されていた感じだった育生とゆかりも、ラビィの言葉を伝えられ、二人のやりとりに微笑み、リラックスしたようだ。


 そこに、ノックの音がした。

 ノックの主は梅幸と名乗り、優月が応えるのを待ってからドアを開けて入室する。


「遅くなりました。梅幸です。よろしくお願いいたします」

 ドアを閉めた梅幸は、一度きっちりとお辞儀をし、体を起こした。


 つややかな、ゆで卵を思い出させるような感じの顔。白いワイシャツに、ブラウンのスラックス、使い込まれた感じの生成りのエプロン。

 花山家の面々を見て、こちらまで思わず笑顔になるような、気持ちのよい笑みを梅幸が浮かべた。

 そして次に、笑顔のまま桜を見る。


「桜さん、急ぎの資料、代わりに運んでくれてありがとう。助かったよ。それに、いつものことながら、カッコいいねぇ! 重い本を何冊も持って、スタターって!」

「梅幸さんがいつもそう言ってくださって嬉しいです」


「「『すごいんですね!』」」

「はい。私自身も最初は驚きました。そういうすごいつくりだったんです」

「「『つくり……?』」」

 桜の言葉に、花山家の面々が首をかしげた。


「このあとお話しする予定でしたが、私も、モノです」

「「『お人形さん!?』」」

「の、衣装に関する本が本体です」

「「『おおー!』」」

「以前は、ある方が所有していました。その方が亡くなり、ご家族が蔵書の整理を。そのときに呼ばれた方の助手として、大学生の梅幸さんも来ました」


 その時点ではまだ、桜という名前も持っておらず、意思がある存在だということも知られていなかった。

 蔵書整理中、事情があって本の姿で声を出した際、梅幸に聞こえた。

 本は驚いたが、梅幸はもっと驚いた。


 梅幸の驚きように、蔵書整理のリーダーが気づき、気にした。

 梅幸はためらいつつも、驚いた理由を話した。

 リーダーには本の声は聞こえなかったが、リーダーはテイクの役割を知っていた。


 テイクによって本の正体や状況がわかった。


 いろいろな相談の末、本は桜という名前になり、珠水村しゅすいむらに来て、人間の姿で暮らし始め、テイクメンバーに。

 梅幸もテイクメンバーとなり、大学卒業後、珠水村に来て本格的に活動を始めた。


 二十年以上前の話です、と、梅幸が懐かしそうに笑う。

 梅幸は、話の途中でソファを勧められ、今は、優月と反対側の、桜の隣に腰かけている。


「私の本体は、かなり重い本です。重い本の持ち運びに苦労される方々を目にしていて気になっていたせいか、私自身が重い本のせいかわかりませんが、私は人の姿でいる間、本であれば、かなりの重さでも平気で持ち運べます。そういうつくりなのです」

「「『限定力もち!』」」

「なんだかおいしそうな響きです」

 花山家の面々の合いの手に、桜が微笑む。


 確かに、優月の頭にも、きなことか、よくのびる白い餅とかが浮かんだ。

 力うどん、食べたくなっちゃうなぁと、梅幸も小さな声で言っている。


「そういった面も活かして、私は図書館スタッフも兼任しています」

「僕も図書館担当と兼任ですが、テイクのスケジュール担当はとっても頼りになるので、うまく調整してくれます。モノの方への対応担当もしっかりできますから、遠慮なくおっしゃってくださいね」

「私にもです」

 口々に言う梅幸と桜に、花山家の面々が大きく頷く。


「僕や桜さんは、早朝から勤務を開始して、午後に入って数時間後まで、というのが基本的な勤務パターンです。優月さんたちとは、お昼すぎの、この数時間が重なる形ですね」

 今回の急な顔合わせも、ゆなの参加ツアーが、ちょうどこの時間だったから予定を入れた。


「僕にできる方法で精一杯対応しますよ。頑張ります!」

「私もです」

 握りこぶしをつくってみせる梅幸と、隣で、静かな口調の中にも熱のこもった声で言う桜。

 花山家の面々も、よろしくお願いします! と、握りこぶしつきで熱く返している。


 と、そこに、優月のスマホから小さな通知音がした。失礼しますと断りを入れ、操作をする。返信してから、優月は花山家の面々を見た。


「一緒に顔合わせをと考えていた、いちとせですが、戻れる時間がいつになるかわからない状況とのことで……顔合わせはまた後日にお願いしたいと……申し訳ありません」

「「『いえいえ、お気になさらず!』」」

「優月さんたちも向かわれたほうがいいのでしたら……」

 謝る優月に三人そろって返してくれたあとで、ゆかりが言葉を足す。


「いえ、現時点でその事態に必要なメンバーで対応していますから大丈夫です。お気遣いありがとうございます。いちとせの許可が出ていますので状況の説明を……精神体で遠くまで泳いでいた、こいのぼりさんの、本体があるおうちが、まだ見つからないとのことで……」


 いちとせは、図書館担当と兼任ではないが、桜や梅幸と同じ勤務時間区分のため、ここで一緒に顔合わせをと予定していた。モノの声が聞こえる、モノ対応担当だ。

 現在、今回初めてテイクが存在を知り、モノと判明したこいのぼりの、本体の居場所をさがしているのだが、まだ時間がかかるとのこと。


 会えると言ったのに変更してもらうので、事情を話してもらってかまわないと、いちとせから許可が出ている。優月がそのことも伝えつつ話し始めたところ――。


「「『こいのぼりさんの、本体があるおうち……』」」

 そう言ってから、思わずといった感じで有名な歌を少し口ずさむ花山家の面々。


 梅幸が追加の説明をする。

「気持ちよく空を泳いでいるうちに、やっほーいと、いろいろな場所へ泳いでいってしまうことがあるんですよ。それで、おうちどこーとなっちゃうんですね」


 桜も口を開く。

「中には力強く泳いで自由になり、本体ごと移動する方もいます」


 梅幸が身を乗り出した。

「そうそう! それにどの方も自由によく泳ぐんです。屋根よりが、高層ビルの屋上かなってくらい高く泳ぐ方とか、背泳ぎみたいに体の上下を逆にして泳いでみたりする方とか、次々といろんな体勢で泳ぐ方とかもいるんですよ」


 桜が更につけ加える。

「すでにテイクが対応を開始している方なら、毎年、少しだけでも自由に泳げるよう、事前に相談や調整もします」


 梅幸と桜が交互に説明してくれたので、優月は横で頷く係になったが、特に不満はない。


「おうち、はやく見つかるといいですね」

 気遣う口調で言う育生。

「来年は、帰り道もわかったうえで気持ちよく泳げるといいわね」

 微笑んで言うゆかり。

 ラビィも育生とゆかりの言葉に合わせて深く頷き、桜と梅幸と優月も、三人に深く頷き返した。


 そのあとは、図書館や展示について話したり、バンドネオン奏者でもある梅幸と、音楽関係の仕事をしている育生とゆかりで、今度その話についてもゆっくり、と約束が交わされたりした。


 そうしているうちに、ツアーに同行中の保育センターのスタッフから、読み聞かせがそろそろ終わると、育生に連絡が来た。あらかじめ申し込んでおくと、知らせが来る仕組みになっている。


 今後もよろしくと桜や梅幸と挨拶し合い、花山家の面々は部屋を出る。

 スタッフ区画から出るまでは、優月が同行した。


 カバンに入ったラビィを持ち、育生とゆかりが歩いていく。

 姿が見えなくなるまで見送ってから、優月はスタッフ区画に戻った。



 その後、こいのぼりの本体の居場所を把握して、いちとせが戻ってきた。


 こいのぼりの精神体は、無事に本体と合流できたとのこと。

 ひとまず今日は最小限の対応をして、あとは後日あらためてとなったそうだ。


 こいのぼりは、最初、お空がこいしい、こいのぼりーと、自作のものらしき歌を歌いながらご機嫌で泳いでいて、おうちこいしい、こいのぼりーに歌詞を変えてから黙ったらしい。

 言葉の選び方的に、コトハと気が合いそうな、こいのぼりなのではないだろうか。


「かなりの距離を泳いでいました。海峡も渡れそうな勢いでしたよ。私は今度の休みに、水泳に行こうと思っています」

 いちとせが楽しそうに言った。


 着物を着て静かにたたずんでいるような雰囲気のいちとせだが、実際はずいぶんと行動的な面も持つ。

 こいのぼりの見事な泳ぎは、いちとせを空だけでなく、水へも誘うものだったようだ。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もおつきあいいただけますと幸いです。


次からは6月を題材とした話に入ります。

過去、優月とコトハが出会った頃、テイクと関わるようになった頃、あたりの話をメインにする予定です。

各章、各話、お好みに合うものがいろいろとありましたら嬉しいです。


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初投稿からひとつきが経ちました。

読んでくださっている方々、ブックマークしてくださっている方、継続してチェックしてくださっている方々、みなさまありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

【2024年5/17(金)】


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【改稿について】

【2024年7/10(水)】空白行を入れる位置を変えたり、空白行を増やしたりといった変更をおこないました。


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