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「5月、ショウブで勝負、牡丹のボタン」5.『お皿から、ケーキが消えた』

改稿については後書きで説明しております。




 花山はなやま家の面々の笑いがおさまってきたあたりで、コトハが少し姿勢を正して口を開く。


「飲食機能付与も含め、いろいろな面でのことですけど、ご希望を伺ってから、対応可能か検討します。スケジュールのほうも、無理のない範囲で調整できるよう考えますし、どうしても難しいときには、変更をお願いしたりもします。いずれにしても、ご希望をおっしゃっていただくところから始まりますから、あまりこちらのことを考えすぎず、遠慮せずに、お話しくださいね」

 言ったコトハは、にっこり笑って会釈をする。


「「『わかりました!』」」

 花山家の面々は明るく返した。


「それと……これもお伝えしておかないと……なのですけど」

 そうコトハが前置き、続ける。


「私、もともとは、本体が、あるおうちのキッチンスペースだった、モノです。今は違う本体に宿っていて、普段はこの人間の姿で生活したり、テイクメンバーとして活動したりしています」

「「『ほ。ほほい』」」

 好々爺がなにかをかつぐか、穴掘りでもしそうな返事だ。


「あとの説明は、昨日、みなさまがこうとお話しになったことと、だいたい同じ感じかと……。もちろん、ご質問等ありましたら、いつでも対応いたします」


 昨日の初飲食時のことは、優月ゆづきが行と協力し、記録書としてまとめてある。

 コトハもすでに目を通している。

 記録して、必要な相手と情報を共有することは、花山家の面々に説明済みだ。


「「『承知しました。話してくださってありがとうございます!』」」

「こちらこそ、聞いてくださってありがとうございます」

 花山家の面々とコトハが互いにお辞儀し合った。


 昨日の行のときと比べて、伝えるほうも受けとるほうも、だいぶあっさりしている。


 体を起こしたゆかりが笑みを浮かべる。

「ちょっと驚いたけど、昨日行さんにいろいろ伺えたし、受け入れ態勢バッチリよ」

「それに……コトハさんはなんか、コトハさん、っていう存在だよなぁと思ったら、みんな、それでいいんじゃないか……という気もしたり……。もちろん、情報の扱いは気をつけますが」

 しめの部分は、しっかり姿勢を正して育生いくおが言う。


『私は私、の面でもきっとボス級。見習いたい』

 ラビィが秘密を共有するかのように少し低めの声で言い、笑う。

 言葉を伝えられた育生とゆかりが、ボス再び、と楽しそうに続けた。


 コトハが、ふふふと声に出して笑い、立ち上がる。

「お褒めの言葉と受けとりますよー。ケーキ、お持ちしますね」

「「『イエッサー! ありがとうございます』」」

 花山家の面々は、右手を挙げて応じつつ、お礼を言って会釈という動きをした。


 優月はそれを見ながら立ち上がり、コトハのあとからキッチンスペースに向かう。


「はーい、ではこちら、イチゴのショートケーキとチョコレートケーキ、そして、アイスコーヒーです」

 ワゴンを押してテーブルに近づくコトハの、明るい声が響く。


 コトハと優月で手分けして、ケーキのお皿やアイスコーヒーのグラスなどを、それぞれの前に置いていった。

 今日は、お茶会に参加ということで、コトハと優月の分もある。テイクメンバーの分の費用は、テイクが負担する。


「あああ、そうだ! お礼!」

 お皿やグラスなどが置かれるのに合わせて会釈をしていた育生が、あわてたように大きな声を出した。

「飲食機能付与のお礼を、お会いしたら直接と思っていたんでした」

 そう続けながら育生が姿勢を正し、ゆかりとラビィも姿勢を正す。


「「『ありがとうございます!』」」

「ラビィと食べたり飲んだりできて、本当に嬉しいの。ありがとう」

 三人でのお礼のあとで、ゆかりが言葉を足した。

「喜んでいただけて、私もとても嬉しいです」

 コトハがふわりと、幸せそうに笑う。


「さぁ、では食べましょうか。どれからでも大丈夫ですよ」

 椅子に座ったコトハが、優月も座るのを待ってから、ラビィに笑いかける。


 ラビィはこくりと頷き、アイスコーヒーのグラスに手を伸ばし持ち上げた。

 ストローを口元に近づけ、ブラックのまま飲み始める。

『うびゃ』

 ラビィがストローを顔から遠ざけ、奇妙な声を出した。


 なるべく聞こえたそのままが伝わるよう、育生とゆかりに優月は説明する。

 その間にラビィがグラスを置き、ガムシロップの入った器を手にとった。思いきりよく、わりと多めに、アイスコーヒーに投入する。


「苦かったのね」

 ゆかりがその動作を見て、苦笑しつつ言う。

『大人の味覚は、遠かった……』

 器を置いたラビィは、遠くを見つめるような雰囲気だ。


 伝えられ、育生も苦笑した。

「そうなると俺たちも遠いなぁ。普段からブラックで飲まない……」

『そうだった……!』


 コトハがラビィに笑いかける。

「ブラックでも、ガムシロップやミルクを入れても、どのバランスでも、それぞれのおいしさが味わえるのを売りにしているコーヒーなので、飲みやすい風にして大丈夫ですよ」


『では……ここは素直に』

 ラビィは今度はミルクの器を持ち、ガムシロップよりは控えめに、アイスコーヒーに注いだ。

 ストローでかき混ぜ、飲む。


『おいしい』

 満足げな声が聞こえた。

 伝えられた育生とゆかりも笑顔になる。


 グラスを置いたラビィは、次はフォークを使って、イチゴのショートケーキを一口分、口元に運んだ。


『……なんか……幸せ。ほっとする気がする』

「え、え? ケーキの感想がそれって……どんな?」

 ラビィの、思わず出ましたという感じの感想を伝えられ、育生が戸惑いつつフォークを手にとる。

 それより少しはやく、ゆかりがショートケーキを口に入れた。

「あ……うん、なんかわかる……」

 ラビィとゆかり、二人して、なんだかリラックスムードだ。


「あーなんか、ちゃんと存在し続けているあったかさ、シンプルさ、みたいな……おいしいな、これ」

 育生の言葉に頷きつつ、ラビィもゆかりも、どんどん食べ進めている。


 コトハも食べ始めた。優月もフォークを手にする。

 上に飾られたりスポンジ間に入れられたりしているイチゴの赤、生クリームの白、スポンジの黄色。

 眺めたあと、やや大きめサイズに切りとり、まずは一口。


 イチゴの甘酸っぱさと、生クリームの強すぎない甘さと、パサつきすぎないスポンジ部分のしっとりさ。

 それらが口の中であわさり、おいしさに自然と笑みが浮かぶ。

 と同時に感じる、いつとかどことか明確に浮かぶわけではなく、けれどわき上がる懐かしさと、包まれ守られているような安定感安心感。


「俺、ケーキすごく好きってほどじゃないと思ってたんですけど、これはすごく好きかも」

 食べ終えた育生が、お皿を見つめて言う。


 ショートケーキを食べ終えたラビィが、アイスコーヒーを間に飲むか悩むそぶりを見せたのち、フォークを持つ手をチョコレートケーキに伸ばした。

 全面が濃いめのチョコでコーティングされた、四角いチョコレートケーキ。


『わ……なんかすごい。私チョコレートケーキ食べてる、って感じ』

「えええ、そりゃチョコレートケーキだし」

 一口目を味わったラビィの感想を伝えられ、育生が返事をしているうちに、今回もゆかりが先にケーキを口に運んだ。

「わ、すごくチョコ……そして止まらない」

 しばらく口の中でケーキを味わっていたゆかりは、ケーキを口に入れては、うっとりし、またフォークを動かしと、し始めた。

 隣のラビィも似た感じである。


 二人の様子に戸惑いを見せつつ、育生もチョコレートケーキを口にする。

「おお……。どっちのケーキも、それぞれの方向に極めました、って感じ」

 分析するような感想を言ったあとは、育生もチョコレートケーキ食べのループに入ったようだ。


 コトハと優月もチョコレートケーキを食べ始める。

 確かに、口の中だけでなく意識全体が、チョコ、チョコレートケーキ、となるような濃厚さと存在感。

 けれど、くどくはなくて、口の中からなくなると惜しくて、次がほしくなる。ゆっくり食べたいのに、手が止まらない。


『お皿から、ケーキが消えた』

「ほんとだわ! いつの間にかない!」

 ラビィの言葉を伝えられると同時に、ゆかりも自分のお皿を見て言っている。

「大丈夫。二人ともしっかり自分で食べてたよ。……こちらもおいしかった」

 育生が二人に冷静に返し、フォークを置いてから、満ち足りたような口調で言った。


 全員がケーキを食べ終え、アイスコーヒーに手を伸ばす。

 そしてまずはひとしきり、今食べた二種類のケーキの話になった。


 今回、花山家から出された、ケーキの数と種類の希望をもとに、品を選んで用意したのはコトハだ。

 それぞれの制作者と得意分野。村内のどこの店舗で買えるのか。村内の店舗で食べるなら。テイクのサイトから事前に注文するなら、商品を検索しやすいキーワードは。ほかにはどんな種類のケーキが、どんなつくり手が、等。


 花山家の面々の質問に、おもにコトハが答え、優月がラビィの言葉を育生やゆかりに伝えたり、必要時にはタブレットで情報を示したりした。


 アイスコーヒーや、昨日の柏餅や緑茶についても話題になる。それらも好評だ。選んだのは同じくコトハである。

 ちなみに村内の店舗で働く面々や、いろいろなつくり手も、テイクメンバーだ。


 話の内容が、ラビィの腕輪の件に移っていく。このあと制作担当と会う予定になっている。


 腕輪は、タブレットなどの使用時に用いるタッチペンを固定するためだ。

 実際は、タッチペンに機能付与するため、腕輪等で固定する必要はない。ラビィが持ちたい、扱いたいと思えば使えるようになる。


 けれどそのまま使うと、見た目としては、ラビィがタッチペンを握ってもいないのに、タッチペンが持ち上げられ……ラビィの手によって自在に動かされ……ということになってしまう。


 誰かに見られたときに、ぬいぐるみ好きの持ち主が、ぬいぐるみがおこなっているような形でいろいろとしている、という説明で通せる状態にしておきたい。

 もしくはその説明では無理でも、実験体で、の説明でどうにか押し通せる範囲には、とどめておきたい。


 その条件で考えると、補助がなにもないのにラビィがタッチペンを操るという状態は、なしだ。よって腕輪を、となった。


 今回制作を担当するメンバーと花山家は、すでにリモートで打ち合わせを進めていて、素材やデザインなど、ある程度決まってきてはいる。

 けれどやはり、実際にラビィがつけて試したりしてみたほうがつくりやすい、ということで、直接会うことになった。


 テイクメンバー相手なので、ラビィは、モノのラビィとして会うことができる。

 ラビィの言葉を伝えるために、コトハも一緒に行く。


 候補となったデザインや素材の画像をあらためて見て、みんなで盛り上がっていたところで、アラームが鳴った。制作担当との約束の時間がもうすぐだ。


 おやつにはまだはやいかな、という時間から始まったお茶会も、楽しいムードの中、今回の分の終了予定時間となった。

 このあとは、保育センターにいるゆなを迎えに行く夕ごはん前までに、腕輪制作をできるだけ進めたいところだ。


「「『ボスも一緒だし頑張るぞー』」」

 花山家の面々は、コトハとともに意気揚々と薔薇園を歩いていった。


 倒されるボスではなく、同行するボスでなにより。

 思いつつ見送って、優月は片づけにとりかかった。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もおつきあいいただけますと幸いです。


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【改稿について】

【2024年7/10(水)】空白行を入れる位置を変えたり、空白行を増やしたりといった変更をおこないました。

【2024年7/10(水)空白行関係以外の変更】

・優月のルビ位置変更(優月はそれを見ながら、から、優月が行と、のところへ)

・コトハがふふふと→コトハが、ふふふと

・意気揚々とバラ園を→意気揚々と薔薇園を



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