「5月、ショウブで勝負、牡丹のボタン」4.アプローチ
改稿については後書きで説明しております。
薔薇園と表現できそうな庭を通り抜け、平屋の洋風建築の前へ。その建物は、住宅兼喫茶店やケーキ店といった雰囲気だ。
アンティーク調の木の扉を開け、靴のまま中に入る。
ピンクベージュの壁紙に、落ち着いた色の木の床。
部屋の中央に、茶色基調の丸テーブルと椅子が五脚。うち一つは、ラビィ用に座面が高くなった物だ。
長方形の上げ下げ窓からは、建物を取り囲んでいる庭の、薔薇がよく見える。ただし、外から室内を見ることはできないようになっている。
もっとも、ここは昨日いた結界内と同じ仕組みや効果の結界内であるため、許可外の存在には、そもそも建物自体見えないが。
「あれ……?」
優月に案内され、丸テーブル付近まで進んだ育生が、いろいろな方向に顔を向ける。
「いかがなさいましたか?」
気になって優月は訊いた。
「今日は、おもしろい言葉遊びを披露してくれる方が現れないなぁ、と。標準装備かと思っていたんですが……」
育生の返事に、優月は思わず苦笑する。
「言葉遊びは、この種類の結界内における標準装備というわけではありません」
「えっじゃあオプションかしら。ぜひ」
『セットで申し込むのかも。ぜひ』
ゆかりとラビィに期待に満ちた声で言われ、優月は苦笑を浮かべたまま首を横に振る。
「オプションでも、ラビィさんがおっしゃるような、セットでの申し込み形式でもありません。安定してお応えできるとお約束できませんし」
「「『残念です……』」」
優月の返答に、花山家の三人がそろって口にした。
「ですが今日なら――」
「ごめんなさい! お待たせしてしまって! コトハです」
――お応えできるかも、と続けようとしたところに、ほかの声がかぶさる。
中音で、耳に優しく響く声。右側のキッチンスペースから現れたコトハのものだ。
高めの身長。すらっとした体つき。とろみ素材が効果的に使われたベージュのパンツスーツ。新緑色のスカーフ。茶系のマニッシュショート。はっきりとしたつくりだが、派手な感じはない顔。
コトハは、飲食機能付与担当でもあり、モノの声が聞こえる存在でもあり、モノ対応担当でもある。
今日はこれから、花山家の面々とコトハとの顔合わせも兼ねた、お茶会だ。
コトハは、優月たちが来る前にいろいろと準備を終えて迎える予定だったが、急用が入って対応中と、少し前に優月に連絡をしてきていた。
その旨や、名前の表記、担当内容などは、花山家の面々に説明済みである。
「大丈夫ですよ。状況は優月さんから伺ってますし――って、あら!? あなたがコトハさんだったの?」
視線を移したゆかりが驚きの声をあげた。
「あら、昨日の! あなたが、ゆかりさんだったんですね。今みたいにラビィさん抱いていらしたら、わかったかも」
コトハが笑みを浮かべつつ返した。
「『ん? ん?』」
育生とラビィは、ゆかりとコトハを交互に見ながら不思議そうだ。優月も内心首をかしげる。
ゆかりが育生とラビィを見た。
「昨日の夜、部屋に戻って話したじゃない? 私の前で購入をやめてくれた方のおかげで、数量限定の飴の、最後の一つが買えたって。その方がコトハさんだったの」
「あっ! 四つ葉のクローバーの飴!」
わかった! という感じで声を出す育生と、何度か頷くラビィ。
昨夜コトハから少し話を聞いていた優月にも、なんとなく状況がわかった。
テイクメンバーであるトウヤ制作の飴細工。
数量限定で販売中だったそれの、最後の一つに間に合い買おうとしたところ、誰かが後ろに並びかけたことにコトハは気づき、購入をやめた。
結果、最後の一つを手にしたのが、ゆかりだったという話らしい。
ちなみに、飴細工の制作者であるトウヤは、ラビィの鑑定を担当したトウヤと、同一の存在だ。
メインの担当は、鑑定と、超常案件への緊急出動だが、いろいろなことを学んだり身に着けたりしていて、そのどれもが高レベルである。
なにかの折に制作したものを臨時販売することがあり、それらも毎回かなりの人気だ。
コトハもトウヤの制作物のファンだが、販売に行きあう機会が多いため、状況によっては買わない選択をすることもあると、前に言っていたことがある。
「ラビィの鑑定をしてくれた方が飴を売っていて驚いたけど、あのときの方がコトハさんだったなんて二重にびっくり。お名前伺ったり、名乗ったりしてみればよかったわ。あらためて、ありがとうございました」
「『ありがとうございました』」
笑顔でお礼を言うゆかりに続いて、育生とラビィもお礼を述べる。
ご丁寧にどうも……、と笑顔で返したコトハは、三人に着席を勧めた。
ラビィの右隣に育生、左隣にゆかりの、おなじみになってきた配置で三人が椅子に座る。
ゆかりの左隣にコトハ、コトハの左隣に優月の並びで席に着き、五人でいったん丸テーブルを囲んだ。
「……あら? そういえば、買ったあとで追いついてお礼を言ったとき、お休みの日に販売に行きあってって、コトハさんちらっとおっしゃっていたような……。昨日の柏餅への機能付与、休日出勤させてしまったかしら」
「大丈夫ですよ。ちょこっと出勤はしましたけど、そのあと休日もしっかり満喫しましたから」
会話を思い出して不安げなゆかりに、コトハが明るく返す。
そう、満喫していた。
コトハの同居人でもある優月は知っている。
コトハが昨日、お気に入りのスパに行ってきたのを。
そして、しっかり覚えている。
昨夜、帰ってきた優月に、おかえりなさいと明るく言ったあと、コトハがにっこにこの笑顔で、こう言ったことを。
スパ帰りにスパゲッティとノンアルコールのスパークリングワインで、はやめのお夕飯にしたの。トウヤさんの限定品もスパッと次の方がゲットできたわ。
早口で、なんの呪文かと最初は思った。
頭の中で昨夜を振り返る優月の横で、育生が遠慮がちに声を出す。
「……それでも、休日にお時間使っていただいたわけですし……すみません」
コトハは笑顔で首を横に振った。
「無理強いされてませんし、問題ないですよ。お気になさらず。それに、ちょうど菖蒲の葉も直接持っていけましたし、タイミングよく囲碁セットをお届けする役もできましたから、その点でも、とっても満足してるんです」
「あっ、あの人形の方たちが持っていた菖蒲の葉は、コトハさんが? ショウブで勝負! の」
育生が少し身を乗り出し、剣を振るような動作付きでコトハに言う。
「はい。いざ勝負って、いろいろしていたから、これは、と!」
コトハの声に力が入る。
確かに、うっきうきでコトハは菖蒲の葉を手配していた。
「お会いできて嬉しいです!」
弾んだ声で言う育生。
ふふっと声に出してゆかりは笑い、その後、首をかしげる。
「でも囲碁セットのタイミングって? 端午の節句とか? なにか深い関係だったかしら……」
コトハが右手でピースサインをつくり、ゆかりに示した。
「用意するよう頼まれたのが、二セットだったんです。囲碁がツーセットと来たら、ごがつーにお届けしなくちゃ! と今月お届けの手配を進めていたところ、五月二日や五月五日に使うのにも間に合って用意できて、更に五と二ーや、五がふたつーでも、ごがつーで」
コトハは右手で元気よくピースしたまま、左手の指を広げて、とぅーっと言いつつ手のひらをゆかりに突き出す。
聞いている優月の頭の中は、二だの五だの十だのの数字でぐるぐるだ。
少しの間、あっけにとられたように停止していた花山家の面々だが、コトハの言葉が浸透するとともに意味がわかったらしく、突如そろって笑いだした。
「標準装備どころかっ」
「オプションどころかっ」
『セットどころかっ』
「「『ボスがいた!』」」
育生、ゆかり、ラビィ、そして三人で。苦しそうながらも、楽しそうである。
「いえいえー。それほどでもー」
コトハはコトハで、謙遜しつつ胸を張るという、器用なことをしている。
花山家の面々の要望に応えられたようで、なによりだ。
だが、ケーキの前に、別の意味でお腹がいっぱいになってしまわないか。
優月は少しだけ不安にもなったが、この場の楽しい雰囲気を喜ぶことにした。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もおつきあいいただけますと幸いです。
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【改稿について】
【2024年7/10(水)】空白行を入れる位置を変えたり、空白行を増やしたりといった変更をおこないました。
【2024年7/10(水)空白行関係以外の変更】
・バラ園→薔薇園
・更に五と二ーで、五がふたつーで→更に五と二ーや、五がふたつーでも、ごがつーで