「5月、ショウブで勝負、牡丹のボタン」3.それぞれの場で、おこなわれるあれこれ
知りたいことを口にする花山家の面々に、行が答えていく。
人間の姿にもなれるし、毬香炉姿でもすごせる。
食事や睡眠などは、人間の姿のときは人間とほぼ同じ感じでできるけれど、しなくても支障はない。
病院で検査等されても、人間でないことが、ばれたりはしない。ただし、治療が必要な状態にはならないつくりになっている。
本来の姿以外にとれる姿は、人間の姿だけとは限らない。モノによる。
行が人間の姿ですごしているのは、人間の姿になれるのなら、人間と直接話したい、人間がすることを自分もしたいと思ったから。人間の姿でしたいことがあるから。
などなど。
この場の雰囲気は、若干テンション高め、全体的に和やか路線。
花山家の面々は、ぶしつけすぎないストレートさで質問し、含みのない素直さで答えを聞く。
行に対する興味は隠さなくても、そこには基本的に存在への肯定が感じられる。
答える行に、つらそうな様子はない。向き合ってしっかりと、でも適度にリラックスもして、楽しそうに話している。
優月はラビィの言葉を育生とゆかりに伝えながら、安心してやりとりを見聞きしていた。
花山家の面々リアクション集をつくってみたいな、と何度か思ったことは、ひとまず優月の中だけの秘密である。
そうしてしばらく時間がすぎ――。
『お知らせいたします! 打ち合わせの予約時間が近づいてきました! ――行さん! 念のためお願いしておいた保険のアラームは、オフにしてくださって大丈夫です!』
洋間の入口に茶運び人形が現れ、元気に告げた。
「お知らせありがとな。わかった」
行が茶運び人形にお礼を言い、優月が育生とゆかりに茶運び人形の言葉を伝える。
行がタブレットを操作し、少しあとで鳴る予定だったアラームをオフにした。
知らせに来そびれたとき用に念のためかけてほしいと、人形たち自身が行に頼んでいたものだ。
人形たちは現在、個別の持ち主がおらず、テイク所有という形で、今はほとんどの時間を結界内ですごしている。
動き方や生活の仕方などを学んだりしている段階だ。遊びも勉強もお手伝いも、と日々熱心かつ、楽しそうでもある。
いろいろ任されたいと頑張る人形たちだが、自分たちの失敗のせいでお客さまに迷惑をかけないようにと、基本的に保険をかける。
任されたことをきちんとおこなおうとする気持ちも強く持ちつつ、万が一のことも考える。
この、念のためを重視する思考、将来のテイクメンバー候補かもしれませんね。
モノたちの先生的な立ち位置であるメンバーが、以前、そう言っていたことがある。
『それでは、失礼いたします!』
茶運び人形は一礼すると後ろを向き、猛スピードで進み始めた。
「「『ありがとうー!』」」
茶運び人形の後ろ姿に手を振り、お礼を言う花山家の面々。
茶運び人形は器用に体ごと振り返って再度一礼し、また後ろを向いてスピードをあげ進んでいった。
「あの方は、もともとあのようなすばやい動きを?」
育生の問いに、行は首を横に振る。
「いえ、あれほどでは。でもどんどん速くなって、最近は、タイムを計ってみたくなるくらいのスピードで動き回っていますね。――速く動かなければいけないというわけではないので、それぞれが動きたい速度でいいんですが。文茶コンビはスピードを極めたいそうですよ」
「すごいですね。安心してのびのび動ける結界内ならではって感じも」
「結界の中に入るって最初に聞いたときは、ちょっと緊張したけど、気兼ねなくモノの方たちが動けて、私たちも関われて……こういうところがあるの、いいわね」
「しかも状態によい効果が……だもんな。すごい」
行に返した育生にゆかりが話しかけ、育生も応じる。
今いる家やその周りの日本庭園、それらは塀に囲まれていて、塀の内側が結界内だ。
もし、許可のおりていない存在が塀の内側を見たり、内側に来たりしても、日本庭園しか認識することはできない。許可外の存在にとって、今いるこの家はないのだ。上空から見ても同じである。
また、結界内なら、許可外の存在と行きあったり、許可外の存在に見聞きされたりすることはない。
結界内外を出入りする際は、許可外の存在から、急に消えた、現れた、と思われないよう、結界側でなんらかの工夫をしてくれているらしい。
許可外の存在に一緒に入られてしまった場合は、基本的には一度出てやり直すことになる。
許可された存在も許可外の存在も、自由に出られる。閉じ込める意図はないので、そういう仕組みになっている。
もともと、モノのような、思いきり動くには場面を選ぶという存在が気兼ねなく振る舞える場を、と用意された場所だ。
また、超常的存在の状態が、よい状態ならばそれを保ちやすくする、よくない状態の場合はよいほうに向かいやすくする、といった効果も、この結界内では得ることができる。
今回、何重かの保険的な目的で、この結界内の家での初飲食にした。
明日も、同じ効果が得られる結界の中にある家を使わせてもらう予定だ。
基本的には抱っこ移動のラビィだが、結界内で思いきり動いてみる機会もあると嬉しいな、と茶運び人形が去っていったほうを見ながら楽しそうに言った。
ラビィの言葉を伝えられた育生とゆかりは笑顔で頷き、次回訪問からのスケジュールにぜひ、と行と優月に会釈をする。
行も優月も、かしこまりました、と明るく応じた。
花山家の面々と行と優月は、洋間を出て縁側に向かう。
このあと花山家の面々は、ラビィ用の机と椅子について、家具担当のメンバーと打ち合わせだ。
五十音表や短文カードを使うのにも、タブレットを使い始めるのにも、ラビィのサイズに合わせた机と椅子があったほうがいいということで、育生とゆかりが購入を望んだ。
テイクメンバーには、ラビィがモノだと明かして大丈夫なので、ぬいぐるみのラビィ用ではなく、モノのラビィ用の物ということで、家具担当と話を進めていく。
ラビィの言葉を伝えるため、行も同行する。
ちなみに午前中は、ゆな用の机と椅子を用意するため、花山家は別の担当者と打ち合わせをしていた。そちらには優月も行も同席していない。
花山家の自宅で、ラビィが専用の椅子に座っているところを誰かに見られても、家具をぬいぐるみ用に用意して座らせるのは、ぬいぐるみ相手にあり得なくはない行動だから、まずくはない。
実際にタブレット等を使っている場面を、誰かに見られなければ大丈夫だろう。
もし見られた場合は、実験体で、の説明で、どうにか押し通すことになるが。
『ぜひまたお会いしましょうー』
『今度は一緒に遊んだりもしましょう!』
育生とゆかりと行が靴を履き終えたあたりで、和室のほうから声がした。
平坦ながらも親しみもこもった口調の熊の人形と、その上にいるハキハキ口調の文字書き人形。
「あれ? 組み合わせ……」
育生が呟き、ゆかりやラビィも少し不思議そうに首をかしげる。
けれど人形たちの言葉を伝えられ、花山家の面々は笑顔でお礼や次への約束の言葉を返した。
日本庭園を歩いていく花山家の面々と行を見送ってから、優月は洋間に戻り、片づけを始める。
金太郎人形が来て、手伝ってくれた。
片づけをしながら聞いたところによると、囲碁勝負で熊の人形に乗る順番を決めたそうだ。
『熊くんの上、とても快適なんですー。僕だけが知っているのはもったいないからー』
平坦な口調ながらも、少し胸を張って言う金太郎人形は誇らしげだ。
ちなみに、自分たちのほうがいつも乗るばかりなのはと、文茶コンビと金太郎人形で、熊の人形をかつごうとしてみたが、不安定すぎて断念したらしい。
次は熊の人形に台車に乗ってもらって、それを押してみようかと計画中だそうだ。
そして、時間お知らせのほうは、ショウブで勝負再び、だったと金太郎人形から聞いた。
今度は文字書き人形に茶運び人形が勝ち、お知らせ役を担った、とのこと。
その日の夜、優月は、飲食機能付与の能力者であるコトハに、ラビィの初飲食が無事にできたことを話した。
「よかったわー。相性よくうまくいきますようにって、柏餅に柏手も打ったのよ」
にっこにこの笑顔で、コトハは優月にそう返したが――。
初飲食用の機能付与の際、相性よくうまくいくよう、願う言葉を口にするコトハの姿は、優月も何度か目にしたことがある。
けれど、そのどのときも、柏手は打っていなかった。
「柏餅、柏手、柏に柏ー」
歌うように言うコトハの言葉が、しばらく優月の中で繰り返し再生されていた。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もおつきあいいただけますと幸いです。
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【改稿について】
【2024年7/9(火)】空白行を入れる位置を変えたり、空白行を増やしたりといった変更をおこないました。
【2024年7/9(火)空白行関係以外の変更】
・文茶コンビにルビを振りました。
・ラビィ用の机や椅子についてのあたり、段落の順番を一部変更しました。
・けれどそのどのときも、柏手は→けれど、そのどのときも、柏手は
【2025年6/6(金)】平淡→平坦