「5月、ショウブで勝負、牡丹のボタン」2.その言葉は、驚きを表現するときに使うものだった……?
改稿については後書きで説明しております。
行がタブレットを使って、状態把握機能による、ラビィの状態チェック結果を表示する。
機能が常に状態をチェックしているし、対処が必要な状態であれば、関係各所に自動で通知が行く。
けれど、それ以外のときにチェック結果を知りたい場合は、こちらから結果のページにアクセスする必要がある。
「飲食機能とラビィさんとの相性、問題ないようですね。次からは、念のためミニサイズにといったことは、しなくて大丈夫だと思いますよ」
チェック結果の画面を花山家の面々に見せつつ、行が言って微笑む。
付与される機能や機能付与されたなんらかのものとの相性は、モノによって違う。
今回、初飲食で、飲食機能とラビィとの相性が不明だったため、念のためミニサイズの飲食物を用意した。
飲食後のチェック結果に現時点で特に問題がないので、飲食機能とラビィとの相性は、ほぼ大丈夫ということだろう。
「飲食可能な量は本体サイズに比例しないので、理論上は、ラビィさんいくらでも食べられます」
「「『わお』」」
「今後は、用意する量も、花山家のみなさまに決めていただく形になりますね」
「「『おおう……』」」
行の説明に、驚いたり、ちょっとおののいたりしている、花山家の面々である。
超常的存在と関わり続けること、超常的存在のサポートをすることは、テイクがもともと持っている役割の一つでもあるから、定期面談や機能付与に対する花山家の費用負担はほとんどない。
けれどそのときに実際に購入する物の費用は、基本的に花山家が負担することになる。
「ラ、ラビィ……」
育生が苦しそうな声を出す。
「お寿司食べ放題とか満漢全席とかフルコースのディナーとかは、ごくごく……ごくごくごくたまに……で。あ、いやそこまで減らさなくてもいけるのもある……か? いや無理か? そもそもいくらするんだ?」
『落ち着いてね。いくらでもいけるからって、量も内容も突き進むつもりはないから』
苦笑まじりのラビィの声というのも、それはそれで新鮮である。
優月は、ラビィの言葉と口調を育生に伝えた。
ゆかりも育生を見て苦笑している。
「まぁ、ラビィに関することだからって、いくらでもは出せないけど、ラビィに関することだからって、出し渋るつもりもないわよ。家族の一員として、その都度考える、そこは一緒だから。変に遠慮もしないでね」
笑顔に変えてラビィに言うゆかりに、ラビィが頷いて小さくお辞儀をした。
落ち着きを取り戻した育生も、ラビィに頷いてみせている。
「では明日のお茶会に用意するケーキの数は、のちほどゆっくり決めていただくとして……明日も念のため結界内で食べていただくか?」
「うん。大丈夫そうだけど、一気に保険がなくなるよりは、そのほうがいいかも」
後半、行は優月に問いかけたので、優月も行を見て答えた。
行がそばにいると、モノがよい状態を維持しやすい。それは行が持つ能力による効果だ。
ラビィと飲食機能との相性が悪かった場合を考えて、今回、顔合わせも兼ねて行が同席した。
明日はスケジュールの都合で行は参加しないが、結界からもモノの状態に関して得られる効果があるので、そちらによる保険はまだ、念のためかけておきたい。
「そうだな。じゃあ申請しとく」
「ありがとう」
ちなみに、チェック結果を見れば、飲食物のサイズ選択や行の能力や結界の効果でラビィの状態が問題ないのか、もともと飲食機能との相性が問題ないのかわかる。
ラビィそのものに組み込む形の機能との相性ではなく、機能付与されたものとの相性であれば、よい状態を保ちやすくするよう保険をかけつつ、機能との本来の相性をチェックすることができるのだ。
状態把握機能のその仕組みも、大変ありがたい。
なお、行の能力について、結界について、結界内で得られる効果について、状態把握機能の仕組みについて等も、花山家の面々に説明済みである。
「そうだ、保険といえば、結界担当の方へのお礼は優月さんに言付けを頼んだんですが、行さんには直接お礼をと思っていたんでした」
育生が少しあわてた口調で言った。
花山家の面々が行のほうに体を向ける。
「「『ありがとうございます!』」」
「お気持ち嬉しく受け取らせていただきます」
お礼とともにお辞儀をした花山家の面々に、行も綺麗なお辞儀を返した。
それぞれに顔を上げたあと、育生がふいに、首をかしげる。
「……そういえば、食べ終わったら行さんについてなにかお話があると、お伺いしていたような。先に優月さんから教えていただいたのは、どういう漢字のお名前かと、モノの声が聞こえる、モノ対応担当の方だということと、行さんの能力によって得られる効果についてと……」
「はい。それと……」
育生に頷いた行が、話し始める。
行もタイミングを考えていただろうし、育生が話題に出してくれた今が、話しどきだろう。
「普段は人間の姿で生活し、テイクメンバーとして活動していますが、本体は毬香炉であり、私もモノです」
「「『ほえい!?』」」
牛乳やヨーグルトやチーズが周囲に飛び交いそうな言葉で、花山家の面々が驚きを表現する。
その個性的な言葉さえ三人一致していることのほうが、優月にとっては驚きだ。
行もその合いの手に驚いたのか、次の言葉を出すまで少し間があった。
「……人間として生活や仕事をして問題がないよう、テイクによって関係各所と必要なやりとりがされています。気にせず関わっていただいて問題ありません」
「「『わかりました』」」
今度はずいぶんと普通の返事だ。
「ラビィさんがモノであると明かせる相手となら、私の正体についての話もしていただいてかまいません」
「「『承知しました!』」」
そろって右手を挙げながら言う。
返事にいつもの感じが戻ってきた。
「自分で直接お話ししたいと思い、事前にお伝えしませんでした。聞いてくださってありがとうございます。驚かせてしまい、申し訳ありません」
若干かたい口調で話していた行が、謝罪でしめた。
「「『いえいえ! 話してくださってありがとうございます』」」
「それに、こちらこそ、盛大に驚いてしまってすみません……」
花山家の面々で返してから、育生が言った。
「えっと、伺ってもかまいませんか? モノの方って、ほかの姿になれるんですか? モノとして強い……?」
ゆかりが、まだ少し驚いた様子のまま行に訊く。
「気にせずお訊きください。――ほかの姿になれるかは、モノによるようです。きっかけも、条件もさまざまだとか。モノとしての力の差というよりは、個体ごとの特徴の一つという感じのようです」
「そうなんですね……ほかの姿になれるかどうかって、自分でわかるんですか?」
「わかって、姿を変えるモノもいるようです。状態把握機能によって知るモノもいます。私の場合は、最初に鑑定を受けたときに、その結果で知りました。初めて姿を変えるときは、テイクにサポートしてもらいました」
ゆかりと行のやりとりを聞いたあとで、今度は育生が口を開く。
「今、行さん、三十前後の男性かなという姿だと思うんですが、人間の姿の中でも、モノの方それぞれに、とりやすい姿とかあるんですか?」
「はい」
「えっとちなみに……行さんの声が俺たちに聞こえるのは、今、行さんが人間の姿だから?」
育生の更なる問いに、行は頷く。
「そうです。毬香炉の状態のときは、モノの声が聞こえる相手でなければ、私の声は届きません」
「「そうなんですか……」」
『正直、少し、うらやましいです……って、行さんのことをよく知っているわけでもないのに、たぶん簡単に言っていいことじゃないですよね……』
「ご配慮感謝いたします。それに、正直なお気持ちを伝えてくださって嬉しいです」
『ありがとうございます。……行さんのことも、またいろいろ教えていただけると嬉しいです。……きっといろいろなモノの方がいるんだろうなぁ……。でも、私は私ですね。それを忘れないようにしようと思います』
ラビィの言葉を育生とゆかりに伝えた途端、二人が勢いよく頷いた。
「そう。ラビィはラビィ。自信持って。そりゃ、人間の姿のラビィも見てみたい、直接言葉を交わせたら、って思う気持ちは正直あるけど」
「でもそれは、今のラビィじゃ嫌ってことでは決してないからね」
育生とゆかりの言葉に、ラビィは嬉しそうな声で、うん、と返した。それも優月はすぐに伝える。
隣で、行は、ほっとした雰囲気だ。
話さないまま接していても、長くつきあううちに、知らせたほうがスムーズ、知らせないことには始まらないという場面が来る確率が高い。そういう種類の事実。
それをそこで初めて打ち明けて、あらためてスタート、よりは最初から。話しても問題がない相手には早々に話しておく。それがテイクの基本姿勢だ。
行も納得しているし、その方向で行動する。
とはいえ、同じ、モノという存在だけど、それぞれ違う状態であるということや、その違いの内容を、聞いた相手がどう感じるか、実際に話してみるまでわからない。相手の心を乱したいわけでもない。
だから打ち明けるときは毎回緊張すると、以前、行は優月にそう話したことがある。
ラビィたちは、浮かんだ気持ちを口にしつつも、行への気遣いも示し、自分たちのあり方への前向きな姿勢も見せてくれた。
行にとって、ありがたい反応だったのだろう。
行は花山家の面々に向かって一度お辞儀をし、体を起こして微笑んだ。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もおつきあいいただけますと幸いです。
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【改稿について】
【2024年7/9(火)】空白行を入れる位置を変えたり、空白行を増やしたりといった変更をおこないました。