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「5月、ショウブで勝負、牡丹のボタン」1.「初!」「飲!」『食!』

改稿については後書きで説明しております。




 座面の高い子ども用椅子に座った、ロップイヤーとふわふわの毛が特徴の、ピンクのうさぎのぬいぐるみであるラビィ。

 その前、丸テーブル上の小皿に置かれた、二つのミニ柏餅。


 ラビィが右手を、片方のミニ柏餅に伸ばす。

 右手でミニ柏餅を持って自分のそばへ、左手に持ちかえ、右手で柏の葉をむき、葉を小皿へ。

 それらの動作が、ぬいぐるみのラビィの手でされていく。


 ラビィの手先は、両手それぞれ丸いひとまとまりだ。細かい動きができるつくりではない。

 そもそもそれ以前に、ミニ柏餅も、葉も、ラビィの手にしっかり接しているかすら微妙なところだ。

 けれど、ミニ柏餅を持ち、葉をむき、そして、口元にミニ柏餅を持っていく、その動作がラビィによってスムーズに進められていく。


『いただきます』

 会釈とともに言ってから、ラビィはミニ柏餅を更に口元に近づけた。

 手の長さ的に、ミニ柏餅は口まで届かない。ラビィの口元も動かない。

 けれど、ミニ柏餅が半分、消えた。


「「おおおおおおー」」

 ラビィがミニ柏餅を扱うたびに声をあげていた、ラビィの持ち主である育生いくおとゆかりが、ひときわ大きな声を出す。

 ラビィの右隣に座る育生と、左隣に座るゆかり。

 二人の視線は先ほどからずっと、ラビィやミニ柏餅に向かっている。


『こういう味なんだ……楽しい。残り、一口でいっちゃおう』

 誰かに聞かせるためというよりは、自然と出たという感じのラビィの声がしたあと、空間から消える、ミニ柏餅。


「「おおおおおおおー」」

 ラビィの周囲をさがすように顔を動かしながら、育生とゆかりは声を出す。


「柏餅は消えましたけど、お、は、ちゃんと増えてますよ……」

 優月ゆづきの隣に座るこうが、思わずといった感じで口にする。

 声量を抑えての発言だったため、初飲食に盛り上がる花山はなやま家の面々に届いた様子はないが、優月はギリギリ聞き取れた。


 ラビィの動作に対して育生とゆかりが出している声の、お、の数が順に増えていることに対してのコメントだ。

 確かに、優月もラビィの初飲食の様子を見つつも、思わずカウントしてもいた。


『季節のお菓子、私も味わえた』

 嬉しそうに言うラビィ。

 優月は育生とゆかりにラビィの言葉を伝える。一口目を食べたときに言っていた内容も、あわせて伝えた。


 物に精神が生じたモノであるラビィの声は、育生やゆかりには聞こえない。


 優月はモノの声が聞こえる能力持ちだし、行はモノの声が聞こえる存在だ。

 どちらもラビィの言葉の伝え役を担うことができる。


 今日は事前に打ち合わせをして、場の進行や受け答えの優先は行、ラビィの言葉の伝え役はおもに優月、と決めてある。


『もう一個食べるけど、一緒に食べる?』

 右手を少し小皿のほうに伸ばし、ラビィが育生とゆかりに交互に顔を向ける。


 優月が伝えると、育生とゆかりが口をそろえて、食べる! と返した。

 育生とゆかり、それぞれの前の小皿には、一般的なサイズの柏餅が一つある。


 テーブルの上に置かれた、それぞれの小皿上の柏餅やミニ柏餅に、花山家の三人が、それぞれ手を伸ばす。


 柏餅を持ち、柏の葉をむいて皿に置き、柏餅を口に近づけ、いただきます。

 柏餅をかじり、かんで飲み込み、次の一口。

 何度か繰り返して柏餅がなくなり、ごちそうさま、と三人そろって声を出す。


「おおー」

 今度の、おの声の主は行だ。小声ではあるものの、声音から感動が伝わってくる。


 柏餅の大きさ、一口のサイズ、食べる速度、それぞれなのになぜか、食べ終わるタイミングとごちそうさまの声がぴったりそろう、花山家の面々。

 シンクロ具合は、本日も絶好調である。


 話に聞いてはいても、目にするのはほぼ初めての行は、繰り広げられる光景を楽しそうに見ている。

 優月にとっては初めてではないが、何度見ても感心するし、楽しい。


 柏餅を食べ終えた花山家の面々は、といえば、今度はそろって、それぞれの前に置かれた、ガラスの湯のみに手を伸ばしている。ラビィの前のはミニ湯のみだ。

 冷たい緑茶を口に含み、飲み込み、満足そうな声を出す。

 それもやっぱり見事に三人そろっていて、行はとうとう小さく拍手をした。


「「『美味しかったです!』」」

 いったん湯のみを置いた花山家の面々が、そろって声を出した。


「なによりです」

 微笑んで返した行が、すっと姿勢を正し、綺麗なお辞儀をした。

 渋い深緑の着物姿の行や、茶室の風景が、優月の頭の中に浮かぶ。

 実際の、今隣にいる行の姿は、艶やかな黒髪ショート、深緑の長袖カットソー、ブラックジーンズといったものなのだが。


「ラビィとおやつタイム……まさか叶うなんて」

『びっくり……でも嬉しい』

 感動しているゆかりに続いて言い、ラビィが上半身を左右に小さく揺らす。

 音符や花のマークを周囲に浮かべてあげたくなるような雰囲気だ。


「あくまでも、こういう希望もありまして……と話に出してみるだけのつもりで書いたんですが……。優月さんのお返事が、ちょうど説明させていただこうと考えていました、飲食がラビィさんのご希望でもあるかを、まず確認させていただく必要があるのですが……っていう、なんか実現に向けての具体的な確認っていう感じで驚いて……しかも本当に実現している……すごい」

 育生にとっては驚きのほうが強かったようである。


 花山家の面々が村を訪問する日が決まってから、今回の滞在期間中の予定などについて、優月は花山家の面々と、おもに文のやりとりで打ち合わせをした。

 そのとき、やりとりの最初のほうで花山家の面々が書いてきたのが、こういう希望もあるにはあるんですけどね、という前置き付きで、ラビィも一緒に食べたり飲んだりできる、おやつタイムをいつかできたら……ということだ。


 何年か前であれば、そうですねいつか、と返事を書くしかなかったかもしれない。

 だが今は、テイクのメンバーに、モノが食べたり飲んだりできるよう、機能付与ができる能力者がいる。


 モノのほうにではなく、飲食物や食器などのほうに機能付与をする形になるし、一度の付与での持続時間にも限りがあるため、どこでもなんでもとはできない。だが、いつなにを食べるかあらかじめ決めて用意すれば、対応可能だ。

 ただし、モノ本人が飲食を希望しているかを、必ず事前に確かめる必要がある。


 今回、予定を決めるにあたって、すること候補の一つとして説明をしようと考えていたら、先に花山家の面々が書いてきた。

 そのため、では、まず必要な確認をと思い、その旨を書いたというのが優月側の状況だ。


 花山家から来た返事によると、ジェスチャーや五十音表や短文カードを使いながら、育生、ゆかり、ラビィの三人で話している中で出た、三人共通の希望とのことだった。


 それならば、ということで、どんな物を食べてみたいかも話し合って、結果を教えてほしいと、優月は花山家の面々に依頼した。

 その結果、希望第一位が、和風の季節のお菓子と、お茶。

 いくつかテイク側があげた候補の中選ばれたのが、柏餅と冷たい緑茶、というわけである。


『一緒に食べたり飲んだりできるのも嬉しいし……私ともこういう時間が持てるってなれば、ゆなちゃんと食べたり飲んだりしてるときに、二人が私を気にしすぎないで済むかなって……それもよかったなって』


 控えめな口調ながら述べたラビィの言葉を育生とゆかりに伝えると、ゆかりがラビィをぎゅっと抱きしめた。

「ラビィ! ありがとう。そうなの、実は気になってたのよ、ラビィとだけ食べれてないわ、って。もちろん、ゆなとの時間も大事だし好きだけど」


 育生とゆかりの人間の娘である、ゆなは五歳。

 まだ、ラビィが動いたり話したりすることは伝えていないため、別行動となることも多い。

 今回も、村には一緒に来て、いろいろと一緒にしたりもしているそうだが、この時間は、ゆなは保育センターですごしている。

 また、ゆながいる場では、ラビィは、ぬいぐるみのラビィでいることがほとんどだ。


「ありがとな。これからはそれぞれとの時間にしっかり集中するよ」

 育生が、ゆかりの腕越しに、ラビィをポンポンと優しくなでる。


「飲食が可能になる機能か……なんだか、いろいろ不思議が積み重なっていく感はあるけど……ラビィが大変になるわけじゃないのは安心かな」

 育生が少しだけ遠い目になりながらも、そう言って微笑んだ。


 この機能付与で、なにかを味わうという経験をしたのちも、空腹感や飢餓感、渇望感というような苦しさを覚えることはない。

 味わって、美味しくて、楽しくて、でもそれをしていないときに、それに焦がれることはない。そういう類の機能だ。

 機能付与して苦しくなるのはだめよ、と強く言う、この飲食機能付与能力者の意思が、機能にも込められている。


 また、無理やり飲食させないというのも、この付与能力者の強い希望だ。そのため、モノの意思をまず確かめることが重視されている。

 そして実はそもそも、モノが望んでいなければ、強制したところで飲食できないように、保険的機能も一緒に組み込まれている。


 細かいことを気にしなくても、食べよう飲もう、それに関する物を扱おうと思えば、そうなって飲食できるわよ?

 実際にあった食品、食べたり飲んだりしたあと、どこに行くのかしらね? あれやこれやで、味わった感、食べた感だけ残るのよねぇ。


 これらもまた、付与能力者自身の言葉である。

 こだわらないところはこだわらないおおらかさと、譲れない部分への気持ちの強さとが、同居した機能であると優月は思っている。


 この付与能力者、コトハは、機能付与担当兼、モノ対応担当だ。

 花山家の面々とコトハは明日、顔合わせをすることになっている。

 今日ここではまず、初飲食関連と、行に関しての話がメインだ。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もおつきあいいただけますと幸いです。


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【改稿について】

【2024年7/9(火)】空白行を入れる位置を変えたり、空白行を増やしたりといった変更をおこないました。


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