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プロローグ「5月、ショウブで勝負」

初投稿です。よろしくお願いいたします。




 五月に入ってすぐの昼下がり。

 日本の中部地方、ある県の山間部に位置する珠水村しゅすいむら


 よく手入れされた日本庭園の中を歩いていくと、和洋折衷住宅が現れる。

 珠水村を拠点として活動する組織、テイクが使用している、建物の一つだ。


 育生いくおとゆかり、ラビィという、花山はなやま家の面々を、その住宅に案内してきたテイクメンバーの優月ゆづきは、縁側に近づこうとして思わず立ち止まる。

 育生とゆかりも、あわせて立ち止まった。

 優月は急な停止を詫びる意味で花山家の面々に小さく頭を下げてから、縁側に視線を戻す。


 グレーのパンツスーツを着た、シンプルなつくりの顔の、優月。

 ナチュラルベーシックな服装に柔和な顔立ちという、よく似た印象の育生とゆかり。

 そして、ゆかりに前向きに抱かれ若干身を乗り出している、薄いピンク色のうさぎのぬいぐるみである、ラビィ。


 四人が見つめる縁側で向き合う、茶運び人形と文字書き人形。

 縁側の空気が、張りつめている。


『いざ、尋常にしょーぶっ!』

 右手で細長い緑の葉を剣のようにかまえ、左手で茶托を持った茶運び人形が、少し高めの声を勇ましくあげる。


『我こそは! しょーぶ!』

 やはり右手で細長い緑の葉を剣のようにかまえ、左手で和紙のような紙を持った文字書き人形が、りりしく応じる。

 葉はおそらく、菖蒲しょうぶだろう。


『『とうっ!』』

 両者すばやく動き、勝負は一瞬でついたようだ。

 紙が茶托に載せられ、茶運び人形が、がっくりと膝をついた。

 お互い、持っていた葉の意味は、あったのだろうか……。


 茶運び人形が立ち上がり、向き合い直った両者、礼をする。

 優月はそれを機に再び歩きだした。育生とゆかりもついてくる。


 人形たちは近づいてくる優月たちを見て、一礼した。

『『こんにちは! いらっしゃいませ! こうさんにお知らせしてきます!』』

 体を起こした人形たちは声をそろえてハキハキと言ったのち、縁側から続く畳の部屋のほうを向いた。


『『優月さんたち、いらっしゃいましたーっ!』』

『そして行さんー! 勝ちましたー! ミニ柏餅は私がー!』

『行さんー! 負けましたー! 私はミニ湯のみをー! たまにはお菓子のほうをと思ったのですがっ』

 文字書き人形と茶運び人形が大きな声で言いながら、猛スピードで和室を斜め横断して廊下へ出ていく。


 二体の人形たちは、どちらも精神体を持つ存在だ。

 物に精神が生じた場合、テイクでは、モノと表現する。一人、二人といった数え方をしたりもする。


 和服姿の人形部分だけだけど、いろいろ仕組みのある台座部分は?

 正座姿かと思ったけど、立って動いたりとか……いろいろな動作を?


 文字書き人形を見て、そういったことなどを思う人もいる。


 とある空間に、本体の、ある程度の部分を入れておくことができたり、本体が持っている物なども入れておくことができたり。

 くっついている部分を離すことができたり、ない部分をあるようにできたり、いろいろな動きができたり、等。


 変更度や動き具合などは、個々のモノによる。


「お知らせありがとう。じゃあ、ぶんちゃんはミニ柏餅、ちゃっくんはミニ湯のみをよろしく。ちょっと待っててな」

 凜としつつもあたたかみのある低音の声が、そう言っているのが聞こえてくる。

 人形たちに、行さんと呼ばれている存在の声だ。


『ほかの柏餅はー、僕たちが運ぶー。何回かにわければー』

『がんばるー』

 いささか平坦な口調ながら力のこもった、新たな二つの声も聞こえてくる。茶運びや文字書きの人形ほどではないが、こちらも少し高めの声だ。


「おっ、金太郎くんも熊くんも、さすが力もち。ありがとな。お客さまたちいらっしゃったぞ。あとは運ぶから、お出迎えよろしく。囲碁勝負に勝って、二人の役目に決まったんだろ?」

『そうですー』

『お出迎えしてきますー』


 行に答える熊と金太郎人形の声はやはり平坦ではあるが力強く、意気込みが伝わってくる。

 優月は花山家の面々と小声ですばやく相談し、人形たちが出迎えに来るのを待つことにした。


 ちなみに優月には、どの声も次々と聞こえてくるが、育生とゆかりが、この場でリアルタイムで聞き取れるのは、育生、ゆかり、優月、行の声だ。

 あとは、なるべくタイムラグがないよう心がけながら、優月が育生とゆかりに伝えている。


 優月はモノの声が聞こえるという超常能力を持っている。

 行も、モノの声が聞こえる存在だ。


 そして、ゆかりに抱かれた、薄いピンク色のうさぎのぬいぐるみであるラビィにも、人間だけでなくモノの声も聞こえている。

 ロップイヤーと、ふわふわの長い毛足が特徴的なラビィも、精神体を有するモノだからだ。


 モノだと判明する前も判明してからも変わることなく、ラビィは花山家の一員である。

 そして花山家にはもう一人、今は村の保育センターに一時的に預けられている、五歳の、ゆながいる。


 熊と金太郎の登場を待つ間、育生とゆかりは、見たり聞いたり優月から伝えられたりしたやりとりを小声で振り返りながら、思わず、といった感じで笑っている。

 特に人気なのは、人形たちが菖蒲しょうぶの葉を剣に見立てながら、しょーぶ! と言っていたくだりだ。


 それに、文字書き人形の文ちゃん、茶運び人形の茶っくん、という呼び方に親近感を強く覚えたようである。

 これまで深くつっこみはしなかったけど、ラビィの名はやはり、ラビットからなのかな、と優月は思った。


 屋内からは、持ち上げるぞー、という行の声や、お願いします! と応じる文茶コンビの声が聞こえてくる。

 それらを育生とゆかりに伝えているうちに、縁側から続く和室に、熊の人形と、その熊にまたがった金太郎人形が姿を現した。


『お待たせしましたー』

『ようこそいらっしゃいましたー』

 立ち止まって礼をしてから、熊と金太郎が言う。


『おじゃまします』

 育生やゆかりとよく似たソフトで落ち着いた声でラビィが挨拶をし、内容を伝えられた育生とゆかりも、おじゃまします、お出迎えありがとうございます、と礼を返した。


『ご案内しますー』

『おあがりくださいー』

 金太郎が上にいる状態で熊は器用に片手を挙げて言い、金太郎も危なげなく姿勢を保ったまま手で室内を示す。


 この家は縁側からの出入りも頻繁なため、靴を脱いで置いておくスペースも屋根付きで用意されている。

 優月は言葉を伝えるのに追加してその説明もし、花山家の面々とともに縁側から家にあがった。


 熊と金太郎は、優月たち一行を洋間に案内する。

 椅子のほうがテーブルの高さにラビィの座る位置を合わせやすいから、洋間を使う。

 そう、優月は行と事前に打ち合わせ済みだ。


 あたたかみのある白壁に木の床。出窓やアーチ型の窓。


 丸テーブルには、小皿と、その上に小さな柏餅。中が空の、ガラスのミニ湯のみも置かれている。

 丸テーブルの中央には、お皿に一つ載せられた、いわゆる通常サイズの柏餅。ウエットティッシュと箱ティッシュ。


 丸テーブルを囲うように、大人用の椅子が四脚と、ラビィ用の、座面が高めの子ども用椅子も用意されている。


 行や文茶コンビの姿は、現在、洋間にはない。


『『それではどうぞ、ごゆっくりー』』

 あとの相手を優月にまかせ、熊と金太郎は洋間を出て廊下を去っていった。

 熊と金太郎に会釈をしてから、育生が興味深そうにテーブル上を見た。そしてテーブルと優月に交互に視線を向ける。


「こちらがさっき文ちゃん茶っくんという方たちが言っていた、小さな柏餅と湯のみですね」

「そうですね。あの会話の感じですとおそらく、テーブルが高いので、抱き上げられて置いたのではないかと」

「あ、持ち上げるぞー、って、それですか」

 育生が納得したように言う。

「と、思います」


 行が受けとって代わりに置く方法もあるが、自分で置いたという達成感を文茶コンビが味わえるよう、行なら二人を抱き上げてテーブルに近づける方法を選ぶ気がする。


「人形さんたちは、みなさんどちらへ……?」

 ゆかりがあたりを見渡した。


「それぞれお手伝いをしたので、場所を移動したみたいですね。なにかまた勝負をしているかもしれません」

 菖蒲しょうぶの葉もまだ使えそうだし。囲碁セットもさっそく、使われ始めたようだし。


『自分以外のモノの方たちが実際に動いているの、初めて見ました……!』

 ラビィの声に、興奮がにじむ。

 ラビィの言葉を伝えられた育生とゆかりも、うんうん、と大きく頷いた。


 ラビィが動いたのを初めて見た育生とゆかりが、テイクに相談に来たのが先月四月。


 今日は花山家の面々の、二度目の珠水村訪問だ。泊まりの予定で、いろいろとスケジュールが組まれている。

 まずはここで、ラビィの初飲食を試すのと、優月以外のモノ対応担当と、花山家の面々の、顔合わせパートワン、だ。


 花山家の面々に椅子を勧めてから、優月は台所へ向かった。おそらく行は、そちらにいる。


 残りの柏餅、小皿、ガラスの湯飲み、冷たい緑茶入りのピッチャー。

 台所から運ぶものを考えつつ廊下を歩くうちに、優月の思考は、ラビィたちとの初面談の記憶へと移っていった。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もおつきあいいただけますと幸いです。


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【改稿について】

【2024年5/13(月)】珠水村のルビを変更しました。しゅすいそん→しゅすいむら

【2024年7/7(日)】空白行を入れる位置を変えたり、空白行を増やしたりといった変更をおこないました。

【2024年10/21(月)】

・ピンク色→薄いピンク色

・一人、二人といった数え方をしたりもする。と、「お知らせありがとう。との間に、文章を追加しました。

・行が受け取って→行が受けとって

【2025年6/6(金)】

・グレーのパンツスーツを着た優月。→グレーのパンツスーツを着た、シンプルなつくりの顔の、優月。

・平淡→平坦



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