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約束は果たされた②(賢者視点)

私がセイと呼んだ男の正式の名は『ライルカ・ヤルト・サイラス・セイ・ローゼン』で、この国の国王である。



私が彼と出会ったのは一年前で、この店だった。


きっかけらしいきっかけはなかったが、なんとなく言葉を交わすようになった。

たまに顔を出す彼は、毎日この店に来ている私と、気づけば当たり前のように相席するようになっていた。


最初の頃、私はお忍びで来ている彼の正体を知らなかった。


『……知らなかったとはいえ、大変失礼いたしました。蒼王様』


蒼の髪と瞳を持つ国王を、ローゼンの民は親しみを込めて蒼王と呼んでいたので、それに倣った。


『アルドガル老師、今まで通りセイと。ここにはただ飲みに来ているんだ』

『ですが、蒼王さ――』

『セイだ、老師。私だってたまには王をやめて楽をしたい』

『……はい、セイ様』


王族と関わり合いになんてなりたくなかった。


 だが、彼はかの国の王族とは違った……。


彼との関係を断つのは簡単だった。ただこの店来るのを私がやめればいいのだから。


でも、私はここに通い続けた。




「心よりお悔やみ申し上げます、セイ様」


この国の王妃が亡くなったのは数ヶ月前のこと。

私は王妃――リミーシャに会ったことはないけれど、彼は酒を飲みながらよく彼女の話題を口にしていた。


内容は他愛もないことだったが、それを話す彼はとても幸せそうな顔をしていた。……きっと素晴らしい人だったのだろう。



「淋しいよ、……本当にな」


彼は運ばれてきた酒を煽ってから、亡き妻のことを語り始める。

愛する人との思い出を愛おしむように話す彼の表情は、辛そうだが柔らかくもあった。


目の前には彼しかいない。だが、その隣に彼の愛する人がまだいるような気がした。たぶん、彼の心のなかに王妃がいるからだろう。


邪魔をしたくないと思った。

だから、私はただ耳を傾けていた。



彼は国王としての責務を果たしながら王妃に寄り添い、そして彼の腕のなかで彼女は天に召されていったという。



「最期の瞬間に一緒にいられて良かった。リミーシャの望みを叶えてあげられた。アルドガル老師、なんだったと思う?」


 王妃の望み……?


私は静かに首を横に振る。


「彼女は意識を朦朧とさせながら『言って』と紡いだんだ」

「言って……ですか?」


愛の言葉を最期に欲したのだろうか。


ローゼン国に後宮制度はあるが、彼は王妃ただ一人しか娶っていなかった。国王夫妻の仲睦まじさは周知の事実である。


天に旅立つ者に、別れの言葉として愛を告げる――たぶん、王妃はそれを彼に求めたのだろう。


私が口を開く前に、彼は言葉を続けた。



「私は『ただいま』と言ったんだ。彼女は『おかえりなさい……』と呟いてから、天に旅立っていったよ。私の腕の中で、微笑みながらな」


彼は腕の中でゆっくりと冷たくなっていく王妃の体を抱きしめ続けたのだという。


杯を持つ皺だらけの手が震え、注がれていた酒が年季が入ったテーブルに小さな染みをつくった。 



五十年前の懐かしい記憶が蘇る。

魔物の爪で傷を負ったルトは、ふらふらになりながら戦っていた。……私をその背に守りながら。


『ハァッ、ハァ……、約束したんだ』

『なにをです? ルト』

『絶対に帰ると。ただいまと言うと誓った。そして、ミワエナがおかえりなさいと言ってくれるのを、ハァッ、ハァッ、……俺は生きて帰って、この耳で聞くんだっーー』


そう叫びながら彼は狂ったように剣をふるい続け、見事魔物を倒したのだ。


 これは偶然……なのか……。



酒で潤っているはずの私の口から、掠れた声が出る


「……なぜ、その言葉だったのですか?」

「……分からない。だが、考えることなくその言葉が出てきたんだ。あれで間違っていなかったと今でも思っている、変な話だがな。老師、私はリミーシャの願いを叶えられたと思うか?」


そう尋ねる彼の声は微かに震えていた。

彼の目は、間違っていないと確信している。だが、心の何処かに不安もあるのだろう。


愛する人との別れとはそういうものだ。


「セイ様は願いを叶えました」

「有り難う、老師」


私が深く頷くと、彼は小さく安堵の息を吐く。



 ルト、大丈夫です。あなたは間違っていません、絶対に。



私は目頭が熱くなるのを、誤魔化すために一気に酒を煽った。



――目の前の男は間違いなく私のたった一人の友人だ。



私はなぜかセイとは話が続いた。ほとんど私が喋らないにも関わらず、老師は聞き上手だと言って笑ってくれた。……ルトと同じように。



今、占星術の『吉』の真の意味を知る。



国を出てから、私は神の存在を信じなくなった。今でも、信じてはない。


だが、今だけは言わせてください。……神よ、感謝いたしますと。




「セイ様。人を多く集めると『吉』と出ております」


私は王妃を亡くした彼に、上手く言葉を掛けられる自信がなかった。

だから、占星術の結果が慰めになればと思い、この国の行く末をいつか会えるだろうと思って事前に占っていたのだ。


「分かった。老師、方法は問わないのか?」

「……この老いぼれの話を信じるのですか?」


自分から告げておきながら聞き返す。

老師なんて大層な呼称で呼ばれているが、私はこの国ではただの老いぼれで賢者ではない。




「友の言葉だからな」



――『大切な友人だから』



五十年前に告げられた言葉と重なった。


 ルト、あなたって人は変わっていないのですね。


見た目や境遇や身分に共通点は一切ない。

でも、私の心をこんなにも温かくしてくれるところは同じだった。


「方法は問いません、セイ様」

「無意味に人を集めるだけでは国費の浪費だが、老師の言葉で、頭を悩ませていた問題を解決する妙案を思いついた。ガルナン、戻ったらすぐに動くぞ」

「……気づいていたのですね、陛下」

「当たり前だ。そんな大きな体をしていて何を言ってる」


一番離れた席に一人で座っていた男がこちらの席に移ってくる。


いつもセイは一人だった。護衛は外で控えていると思っていたが、今日は店のなかにいたようだ。


彼が口にした妙案については尋ねなかった。

……私は国政に関与するつもりはない。



「アルドガル老師、紹介する。この男はあの有名なローゼンの赤い盾だ」

「ガルナン・ザザと申します。陛下から老師のお噂は聞いております。占星術に造詣が深いとか。お話を伺ってみたいと思っていたのです」


ローゼンの赤い盾とは、この国の騎士団長の二つ名だ。彼は国王の右腕であり親友だと評されていた。




――『アルドガル、無事に帰還したら友人にも紹介したい。いいだろ?』 



五十年という時を経て、あの約束が今、果たされた……。



私は彼らと一緒に、テーブルを囲んで酒を酌み交わす。


こんな日が来るなんて考えたことなどなかった。

私は鉄仮面のまま、彼らが紡ぐ会話にただ静かに耳を傾ける。


無理する必要はなかった――友の前では。



亡くなった王妃(ルトの妻)にもお会いしたかったが、もうそれは叶わぬことだ。

届かないと分かっていたが、私は酒を煽りながら心のなかで呟く。


 王妃様、もうしばらくこの老いぼれにあなたの大切な人を貸してください。




 (私のことはリミーシャ(ミワエナ)と呼んでください。アルドガル様は、私の夫の大切な友人なのですから。彼のこと、これからもよろしくお願いしますね)


 ……リミーシャ様……?


 

私だけに聞こえた声は、とても柔らかく心地よい声音だった。


……私はもう酔っているのか。いいや、違う。間違いなく、セイの隣に彼女はいるのだ。


きっとリミーシャは愛する人に寄り添い続けるのだろう。そして彼が天寿を全うしたら、また二人で一緒に天へと昇っていくのだ。



『待たせて悪かったな、リミーシャ(ミワエナ)

『お疲れさまでした、セイ(ルト)



たぶんこんな優しい会話を、彼よりも先に天に召された私は聞けるのだろう。



頬に刻まれた皺に温かいものが流れていく。

泣き上戸なんですと私は嗚咽しながら、古くからの友と新しい友と一緒に酒を飲み続けた。



(完)



最後までお読みいただき有り難うございました。



このお話は『一番になれなかった身代わり王女が見つけた幸せ』(旧題『一番になれなかった私が見つけた幸せ』※出版規約により、なろうサイトから引き下げております)の前日譚となっております。

単体でも楽しめるお話として書きましたが、『一番になれなかった〜』を応援してくださった読者様が読んだら『そして、繋がっていくのか……』と思っていただけたかと思います。



『一番になれなかった身代わり王女が見つけた幸せ』(レジーナブックス)は12月下旬発売ですので、こちらもお手にとって頂けたら幸いです。


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