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多少の犠牲②(聖女視点)

「魔物の毒に侵されて亡くなりました。せっかく生きて帰還したのに残念でなりません」


聖女の癒やしの効果は絶対ではない。

怪我が目に見える形で治癒するわけではなく、どれほどの効果があるのか私自身を含めて正しく分かっている者はいない。

だから、勇者は完治するまで薬を飲み続ける必要があり、本人にも伝えていた。


あの結果は勇者が招いたもの。


「なぜ家で待っている者は誰もいないと、勇者に教えなかったのですか?」

「彼は宴を欠席したいと願い出ましたが、どこへ行くとは言っておりませんでしたので」


あの場にいた者が証人だ。


「妻が亡くなった時、その死をなぜすぐに伝えなかったのですか?」

「士気が下がる連絡は討伐完了後に伝えることになっていました」


私は上に立つものとして規律を守っただけ。


彼の質問に対して、私の唇は事実だけを紡いでいく。


「……討伐完了後もあなたは伝え忘れていた」

「それについては申し訳なく思っています。帰還の手続きなどやるべきことがたくさんあり、私も疲れていたのです」


意図的に言わなかったわけではない。あの時は些細なことを失念していただけ、これは真実だ。


そのことを、後々活かす機会が訪れるなんて思っていなかった。


――本当に幸運だった。


聖女と勇者の噂は揉み消せないと判断した王家は、婚姻という形で終わらせようと考えていた。

国王の判断に第三王女が異を唱えても覆らない。……私は絶望した。


愛する人(ロルダン)を守るために戦ったのに。聖女という重責に歯を食いしばって耐えたのも――彼のため。


 ……こんな未来のためじゃな……ぃわ。


だから、私は勇者が家に帰るだろうと思ったが止めなかった。

愛する人を失う絶望がどれほどのものかを知っているから賭けたのだ。


勇者の傷ついた体に、絶望(妻の死)は死をもたらした。


――私はなにもしていない。


不幸な偶然が重なっただけ、それが事実。


勇者のことを嫌っていたわけではない、ただ私にとって大切な人は彼ではなかったというだけ。


もし、勇者があの時に亡くなっていなければ、私はどうしてただろう。きっと不幸な偶然が少しずつ 少しずつ続いていたに違いない。



「あなたは勇者の死に関与していないのですね」

「分かっていただけて安心しました」


私に向ける彼の眼差しは厳しいものだった。

薄々気づいているのだろう、私がなにを望んでいたか。


ロルダン・リールは清廉潔白な人だ。私の周りにはそんな人はいなかった、だから私は彼に惹かれた。


――私の運命の人。


今はどう思われていてもいい。いつか彼の心に私の想いが届く日が来ると信じて、これから毎日彼の耳元で愛を囁こう。




罪悪感はある。でもそれは私だけが背負うものではない。噂を流したのは民で、その尻拭いを私にさせようとしたのは王家だ。


私が微笑んでいると、彼は淡々と勇者の妻の死について語り始めた。


多くの人が荷物の下敷きになっていたそうだ。怪我人は順番に診療所に運ばれた。最初は子供、次に若者、その次に女性、それから男性と。

勇者の妻は比較的早く手当てを受けられるはずだったのに、最後まで現場に残されていたという。


「その理由を尋ねると、誰もが口を閉ざしました。あの頃は噂が盛り上がっていて、人々は無意識に邪魔者を後回しにしたのでしょう」

「ただの推測だわ」

「……そうですね」


私は関係ない。それに早く運ばれていても亡くなっていたかもしれない。


「意図的かどうか立証出来ない限り、誰も裁かれない。それはあなたも同様です、ライシャリア様。ですが臣下として、国王陛下に報告致しました」


予想はついているけれど、聞いてみる。


「……お父様はなんと?」

「魔物討伐という大義のためには《《多少の犠牲》》も致し方ないと」


立派な国王として生きている父。

一番大切なのは王家を守ることで、そのためなら多少の犠牲など気にしない。



「もうこの話は終わりに致しま――」

「第三王女ライシャリア、国費着服の罪で投獄する」


私の言葉を遮ったのは、許可もしていないのに勝手に入ってきた近衛騎士達で、身に覚えのない罪状を突きつけられる。


「……私は関与していないわ」

「第二王子が少しだけ国費を無断使用しておりました。ですが、裁かれるのは第三王女と国王陛下がお決めになりました。再婚約の話もなくなるそうです」


呆然と立ち尽くす私の耳元でロルダンがそっと囁く。


着服を有耶無耶にしたら重税に苦しむ民は王家を許さない。

父はスペアとして必要な第二王子ではなく、利用価値が低い第三王女を差し出すことにしたのだ。


――《《多少の犠牲》》として選ばれたのは私。


王族の国費着服は生涯幽閉と決まっている。


愛しい人に向かって伸ばした手は宙を彷徨い、その場で崩れ落ちる私を近衛騎士達が囲む。



「………っ、ふふ……、あははは、……」


笑いながら泣いていた。

どこからか耳障りな叫び声が聞こえてくる。……私の声だった、初めて聞くから分からなかった。


もう二度と愛する人に会うことは叶わない。私は絶望の本当の意味を知った。



――勇者はこんな気持ちで死んでいったのだろうか。





 



◇ ◇ ◇(賢者視点)


 

「有り難うございました」


私――アルドガルは目の前に立つ騎士に深々と頭を下げる。彼はルトの上官だった男だ。


勇者の死は第三王女にとって誘導されたものだと私は訴えたが、誰も相手にしてくれなかった。

唯一耳を傾けてくれたのが、彼――ロルダン・リールだった。


期待していなかった。だが、第三王女はルトの死から半年後に幽閉された。

罪状は国費の着服で、勇者の死と関係のないことだった。


裏取引があったようだが、私は詳細は知らない。知らないほうがいいと彼に言われた。


 ……どうでもいい、罪状なんて。


第三王女が生涯幽閉されるのなら。



今日、私はこの国を出る。行く宛がある訳では無いが、この国にはもういたくなかった。

噂を流した民を許せない、勇者がもたらした平穏を笑って享受する人々を見たくない。


「どこに行くか決めているのか?」

「……遠くへ」


お金が入った袋を差し出される。……こんな物が欲しくて告発したんじゃない。

受け取れないと袋を押し返す。


「私がルトと直接話したのは数えるほどしかない。だが彼は大切な部下だった。彼を陥れた者を野放しにせずに済んだのは君のお陰だ。たぶん、ルトにとって君は大切な友人だったのだろう。彼は君の安全な旅を願っているはずだ、彼のために受け取ってくれ」



『大切な友人だった』――過去形。


ロルダンにそんなつもりはないのだろうが、その言葉に心が抉られる。



『アルドガル、無事に帰還したら友人にも紹介したい。いいだろ?』

『……笑えませんし、喋れませんよ、私は』


鉄仮面がいると場が白けると言われていた。


『無理する必要はない。君は君のままでいいんだ。君は遅咲きなんだきっと。そろそろ君の良さに周りも気づくはずさ』



……そんなことを言ってくれる人はあなただけでしたよ、ルト。




私は半ば押し付けられる形で袋を受け取った。


 どこに行こうか……。


この国は他国との交流が一切なかったから、地図も存在しない。

だから占星術で吉と出た方角に進むことにした。



自分の幸せを望んだのではない、ルトに心配を掛けたくなかった。


きっとあなたは天国で私のことを気にかけてくれてますよね? ルト。だから、私は野垂れ死にしないように頑張ります。



「ルト、奥さんと一緒に見ていてください」


空から返事が聞こえてくることはなかった。




――私はたった一人で南へと向かった。





(続く)


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