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ただいまと言うために戦った(夫視点)

王都に到着するとそこには驚きの光景が広がっていた。王宮へと続く道の両側は多くの人で溢れかえっていて、俺達の帰還を喜ぶ声で耳が痛く感じるほどだった。



「まさかこんなに歓迎されるなんてな……」


俺が馬上で顔引き攣らせながらそう言うと、並走している仲間達も頷く。


「どうすればいいんだ……」

「……」


剣聖――ジルはその巨体を丸めるように小さくしながら呟いた。彼は山奥で暮らしていたので人馴れしていないのだ。

その隣にいる賢者――アルドガルは無表情のまま何も言わない。別にお高くとまっているのではなく、人前で自分を表現するのが苦手なだけだ。

占星術で彼の右に出る者はなく、星を読んで戦術を指示する時は饒舌だが、普段の彼はあまり話さない。


しかし、俺は彼と不思議と馬が合があった。だから、つい彼には余計なことまで話してしまっていた。


『それって惚気ですね』

『いや、そうじゃない。ただ妻のことを客観的に話しただけで……』

『主観か客観かは不明ですが、惚気なのは確かです』

『すまない、つい……』

『でも、嫌じゃありません。こっちまで幸せになってきますから。もっと聞かせてください、ルト』


アルドガルは眼鏡の奥に見える一重を更に細めて笑ってくれた。彼とは一生付き合いが続いていくだろうと思っている。もちろん、妻にも紹介するつもりだ。



俺達のすぐ前を進んでいた一頭の白馬が、歩調を緩めて近づてくる。


「ルト様、手を振ってくださいませ。民衆の歓迎に応えるのも私達の務めですから。そんなふうに丸まってはいけませんわ、ビシッとしてくださいませ、ジル様。アルドガル様、笑ってください」


優雅に微笑みながら俺達にだけ聞こえる声で指示を出したのは、聖女であるライシャリアだった。王女だからこういう場面に慣れているのだろう。


その指示通りにしてみるが、俺達の動きはぎこちない。だが、民衆はそんなこと気にすることなく盛り上がっている。


「お帰りなさいませ! 聖女様」

「みなさま、魔物討伐有り難うございます!」

「おめでとうございます、聖女様、勇者様」

「お幸せに、ライシャリア様。お似合……い…す」


人々の歓声は渦となり聞き取りづらい。だが、帰還を喜ぶ声の中にそれ以外の声が混じっているのに気づく。


 お幸せ……、それにお似合い? だと……。


前者は国のために尽くした第三王女の今後を願っての言葉なのかもしれない。だが、もう一つはどういうことだろうか。彼女の婚約者はここにはいないはず……。


と思いながらも、俺にそれを確かめる余裕はなかった。民衆なかにいるかもしれない妻の姿を目で必死に探していたからだ。


 ミワエナ、早く会いたい! いるなら手を振ってくれ!


一年ぶりの再会――待ち望んでいた瞬間を前にして俺の気持ちは高ぶる。



最初こそ彼女から手紙は届いていた。だが、いつ魔物が出没するか分からないなかで王都から運ばれる手紙も途絶えがちになり、そしてここ数ヶ月は全く届いていない。


それは仕方がないことだった。俺だけじゃない、ジルもアルドガルも我慢しているんだと納得してはいたが、やはり愛する妻との繋がり断たれるのは辛かった。



――彼女のために戦ったんだ。



ミワエナには『みんなを守りたい』と告げた。それも嘘ではないが、俺が誰よりも守りたいのは愛する妻だ。気恥ずかしくて言い直してしまったが……。


恐ろしい魔物を前にして俺が踏ん張れたのは、多くの人の命が懸かっていたからじゃない、たった一人の元に魔物を行かせないため。


もし彼女がいなかったら、俺は間違いなく逃げ出していただろう。



最初なぜ俺が神に選ばれたのか分からなかった、心技体全てにおいて俺より優れた騎士は多くいたから。

だが今なら分かる。

神は俺の執着を越えた妻への深愛に賭けたのだろう。俺は平凡な男だから、そのうちに秘める熱を表には出さないようにしていたが……。

 

 神にはお見通しだったんだな。 

 

神は賭けに勝ち、人々は平穏を手に入れ、そして俺はまた愛する妻の元へ帰る。



「ルト様、良い顔で笑っていますね。その調子でお願いしますわ」


第三王女は笑みを浮かべたまま告げてきた。


ミワエナのことを想っていたから自然と表情が緩んでいたようだ。俺が彼女に向かって小さく頷くと、民衆からひときわ甲高い歓声が上がる。


「ライシャリア様、勇者様ー!」

「おめでとうございます!!」


その声に応えるように彼女が大きく手を振ると、他の二人も真似るように小さく手を振った。なので、俺も慌ててそれに合わせて手を振っておく。

すると『お幸せにー』という言葉が増したような気がしたが、聞き流した。



 ミワエナ、どこにいるんだ……。


もうすぐ王宮に着くというのに、俺は民衆のなかに妻を見つけられずに焦り始める。


彼女の背は高くないが、どんな人混みのなかにいようとも、俺は一度たりとも気づかなかった時はないのにと。



 見逃すはずはない、絶対に……。



もしや勇者の妻として出迎えるために、王宮にいるのだろうか。……そんな気がしてきた。

俺は逸る気持ちのまま無意識に馬の腹を軽く蹴り、歩みを速める。




――『ただいま』と言うためだけに。






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