第6閉塞 新宿に向かって 三鷹駅出発進行!
「お疲れ様です!」
「おう、誠ちゃん!元気してたか?見事な判断に助けられたぜ」
「ははは、まぁな?この位しねぇと明日の東京に影響が出るだろ、かき集められるだけかき集めたぜ」
「っと、そうだ身延紹介しとくな?こいつが三鷹駅駅長の鹿野誠一だ。そして、誠ちゃんこいつが俺の弟子の身延史人だ。」
「お疲れ様です、鹿野さんはじめまして身延です」
「うむうむ、機関士志望とはないいセンスしてるな!駅長の鹿野だ、困った事があったら頼ってこいよ?」
ガハハハと笑う鹿野駅長はとても豪胆な方のようで、佐倉さんとの仲の良さも空気だけでみてとれる。
「佐倉さん、動輪見てきますね」
「おうよ、頼んだぞー。」
積もる話もあるだろうし、停車時間もそれなりにあるので非接触型体温計を持ってキャブからホームに降りて機関車前面から線路へと降りる。
ここまで国分寺~三鷹間を高速で走行しているから、帯熱確認は必須で少し気になってたりもする、経験が浅くて前兆現象もまだ身についてはいないしこれも一つの経験だからそれを逃さないように。
元々このD51499は復活直後から好調機で高崎から
「498と変えてくれないか?」相談が来るくらい故障が少ない機関車だったりする、498も故障は少ないけれどそれと比べても格段と故障が少ないのが499号機だったりするのだ。
第4動輪から順繰りに接触、体温計を使って計測をしていく高速運行を行っただけあってほんのり暖かいがこれは帯熱とは言わず平常の範囲内、第3、第2、第1と各動輪に異常帯熱は確認されず続いて非公式側の確認へ移るちょうど反対側のホームには下り方面の特快が来ているようでオレンジ色と黒の顔の中に白地に青文字の「中央特快」の文字がよく見える、機関車の停車位置と反対ホームの列車停車位置ではかなり差があって人間の目であれば列車の顔がよく見えるのだ、対抗列車が来ないことを確認して非公式側も確認をするけれどこれといった以上は見られず一旦キャブへと戻る。
「ほぉー、そうか退屈はしなさそうで羨ましいなぁ」
「ってもな?油槽所に向かう勾配をえっちゃこら毎日上るのは結構大変だぜ?」
「なはははは、それは違ぇねぇ」
機関助手側からキャブに上がるとホームで話している駅長さんと佐倉さんの声が聞こえてくる、油槽所なんて言葉が出てくるのは多分八王子鉄道博物館の話でもしてるのだろうな。
炭水車の用具入れに体温計を掛けて、代わりにネズミ缶とオイルシリンダと油壷開けを持って再びキャブからホームへ出る
「佐倉さん、帯熱異常確認されませんでした。これから油の確認と補給行ってきます」
「おぅ、発車まであと15分あるからなーまぁゆっくりやってくれ」
「そうか、列車には異常なしか!それは良いこったな!まぁ、ここで止まってもらっちゃ困るがな!」
と駅長さんは豪快に笑う。
ホームに用具入れ一式を置いて第4動輪の油壷を開けてゆく、至近のスピーカーから「当駅では終日禁煙となっております、お客様のご協力をお願い致します」という放送を聞きつつこの作業をするのに少し不思議な感覚を覚えながら油壷の中を照らして減り具合を確認する、滴下は正常の様で大幅な減り具合にはなっておらず八王子~三鷹という短距離ゆえに蓋から1cmも減っていないので、満タンにするにもさほど時間が掛からずトントン拍子で給油作業が終わっていく。
次に軸箱の給油作業なのだけど、軸箱へ繋がる油壷は台枠の横に着いているので動輪があったりロッドがあったりで中が確認しづらい上に給油がしづらい、ここら辺が日本の制式機の整備常用性の悪さの一概ではあるとは思うけど、まぁそこを愚痴っても仕方ないので粛々と作業進めていく、各軸箱、動輪、シリンダーガイドと公式側を終えて非公式側に移りこちらも順調に台枠の油壷に苦労しながら作業を終わらしていく。
キャブへと戻るとちょうど佐倉さんが投炭をしているところだった、そして駅長さんが機関士席へ座っている。
「いやぁ、懐かしいなここに座るのも久しぶりだ」
「だろうなぁ、誠ちゃんとっとと運転士辞めちまったもんな」
「まぁ、色々あったのさ、色々とな?」
「佐倉さん、給油終わりました。」
「おうお疲れさんあんまり減ってなかったろ?」
「ですね、あんまり減ってませんでした」
「うっしこれで出発前準備も終わったぞ、投炭も済んでるし水も7分目で盛ってあるからな、そうさな発車3分前にブロアー開けりゃ出発の時に吹かないギリギリでいけると思うぞ」
「了解です」
「んじゃあよ、くらちゃん外出てるな」
「あいよ、前方監視ありがとよ」
上りの隣のホームで発車メロディーが響く、三鷹駅のご当地メロディーのめだかの学校の前半部分が、エアーが抜ける音がしてドアが閉まり空笛一声三鷹駅から離れていく。
「発車まであと3分!次、中野まで通過」
「発車まで3分、中野まで通過」
特別快速が発車して直ぐに出発前歓呼が響く、停車駅は特快と同等だけど旅客優先な分通過待ちが多い臨時の特急貨物列車、それでもダイヤは立っている都会の通勤路線を支えなければならないから、この列車に東京の明日が掛かっているから。
ホーム上で鹿野駅長が懐中時計を見やり顔を上げる、そして信号が青に変わる、スっと腕が上がると共に無線から声が聞こえてくる。
「臨9211列車発車願います」
「臨9211列車発車了解」
「三鷹、5番出発進行!発車ぁ!!」
「三鷹5番出発進行!発車!」
発車合図があり歓呼の後に長笛が三鷹駅を支配し、キャブにブレーキの解除される空気の流れる音が騒がしく響く、ピストンの動きがロッドに伝わり動輪がゆっくり回りだす、逆転器が引き上げられ更に加減弁が開けられてドレイン弁が開かれる、盛大に蒸気を排出しながらそろそろと列車は構内を進みゆく、今走っている上り待避線の右手には中央下り線と総武線の線路が三鷹駅に入るべく、複々線も同等の線路を広げている、第29閉塞の手前から始まった15‰の勾配をそこまで苦ともせずに汽車は登りゆく。
「制限60!」
「制限60!」
勾配を登り切った直後に迎えるこの速度制限は、昔三鷹駅の上り方にあった電留線の名残、三鷹駅5番線は駅を出てすぐに制限45km/hがかかる線形だったものが折り返し設備や電留線として役目を終えたことにより上りの待避列車はそのまま電留線を進んで勾配を登ったところで本線と合流するという線形に改良されたのだった。
視界は徐々に開けていきながら左手側には製菓学校の大きなケーキを見ながら線路は緩い上り勾配へと切り替わり、それを過ぎると高いビルが線路の周りにたくさん現れ始めて線路が平坦区間に入ると共に吉祥寺駅に突入をする。
「はい、しめーる!」
「閉めるー!」
ホーム上は言わずもがなの状態で、ホーム監視を怠らずに走り抜けつつ左手側バスロータリーが見えてるんだろうなぁと思う間に列車は吉祥寺を走り抜けていく
24、23閉塞とビルの合間を縫って走り抜けると一気に視界が広がって右手遠方には航空障害灯が煌めくこの列車の目的地の新宿が見えて、高圧電線をくぐって西荻窪駅へと突入していく、現圧はそんなに減っておらず14kpa程、今から軽く投炭を始めれば、荻窪駅から始まるアップダウンの激しい高架区間を走り抜けるには余裕で間に合うだろう。
あっという間に西荻窪を通り過ぎ予備動作の後に投炭作業を始めると佐倉さんはバイパス便を閉めて加減弁を開ける、シャッシャッシャッシャと小気味良くドレインが切られると下り勾配と合わせて加速がさらにつき始める、
なるほど、線路改良のおかげで制限が無くなった荻窪駅を弾みをつけて通過して、既存高架区間のアプローチ線を速度を落とさずに登ろうという話のようだ。
平坦区間が終わって、善福寺川橋梁を兼ねる高架線は下り勾配をそのままに環八通りを跨いでそのまま荻窪駅へと突っ込んでいく、投炭を終わらせて流れるバラストから推測される速度は凡そ80km/h程。
「ヴゥァアァァァア!」長笛を鳴らしながら次の勾配区間を攻略すべく高速を保ったままホームを通過していく、キャブに乗って通過をしながらいつも利用する駅を監視するのは何か変な気分になりつつあっという間に荻窪駅の出発信号が後ろに下がっていく、間隔の短かったブラスト音は段々とテンポを落としながらも勾配中腹で60km/h程を保っていてこの調子で行けばさほど心配することも無く既存高架区間も攻略が出来るだろう。
15‰の勾配は約500m続いて、それを登りきると少しの勾配もない直線区間に入る、阿佐ヶ谷~高円寺のアップダウンに備えるにはここでしか投炭のチャンスがない、缶水は上り勾配なので9分目程を示して蒸気圧は13.5kpa位まで下がり始めている、両スコを手に取り掬い口から通風と勾配に負けないように伏せしゃべる気味に焚べる作業を再開する、火床は薄くなっている所もなくとりあえず安定した状態で、少し安心が出来る。
都会の駅間はかなり短いので手早く投炭を済ませないと、もっぱら右側に現れるホームの監視が間に合わない、本来であるならば監視役という形で機関助手が2名乗務していても問題ないのだけど、まぁこの異常時に人がいないのは仕方ないと考えつつ投炭をしていく
「阿佐ヶ谷、第1場内進行!」
そんなこんな考えつつ投炭をしていると直ぐに歓呼が掛かって投炭作業を取りやめる
「阿佐ヶ谷1場内進行!」
汽笛を鳴らしてカーブのさらに緩くなった駅へ侵入する、元々の荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺駅は駅構内と前後のカーブが少しキツめで制限が75km/hに設定されていたのだけど緩行線を膨らませる形で線路改良工事が入って快速線は+10km/h既存高架区間で速度が上がったのだった、見慣れたでも少し目新しさを覚える阿佐ヶ谷駅を通過していく、速度は完全に復調していてここから高円寺駅まで上がっていくやる気は充分と見える
「ヴァーー、ヴァッ!」
出発信号を過ぎるか過ぎないかの辺りで力行合図を佐倉さんが鳴らしてそれに少し合間が会って後ろから了解の合図が帰ってくる、確かにここの区間は駅間に谷がある影響で線路高架も谷の地形を読み取ってアップダウンがある線路になってしまってる、阿佐ヶ谷駅を出ると桃園川を渡って2m程標高の高い高円寺駅に到着する、その間の谷の地形が要因であったりする、これが昨今の土木建築工事なら事情は違うので有ろうけど、昭和年間の終戦後高度経済成長期の高架化なので流石にそこを考慮に入れて高架化するというのは厳しかったのであろう、しかも新幹線高架ではなく在来線高架なので尚更という話になりそうだ。
といった感じでここから先は下って上る線路を列車は挑み始める、阿佐ヶ谷駅を出発信号を過ぎて線路は下り始めるいわゆる桃園川の河川段丘の下り部分、短い区間ながら如実に下り区間が存在する、それを過ぎると直ぐに高円寺駅へ上がるための登り区間に突入する駅の高低差高度差は2mなれど、最底辺からの高度は3m程斜度換算にして25‰、それが約500mと続く区間SL現役時代は勾配をできるだけ緩やかな線型に、そう設計された線路を走ってきたが時代も変わり電車、電気機関車が登場してから線路設計は大幅に変化した、モーターの出力は戦後すぐに蒸気機関車の牽引力を凌駕してSLが苦労していた勾配も易々と登り、ラック式で登るしかなかった66.7‰は粘着式で上れるようになった、そんな進化の只中に電車主流を前提に設計された高出力のモーターを使う路線を蒸気機関車で攻略するのだから重量級の貨物を牽いて登るのはキツい。
D51はブラストのテンポを落としながらも確実に勾配を上がっていく高円寺駅第1場内まで行けばある程度編成が勾配が抜けるがそれまでは気が抜けない、未だ勾配の途中だ
「ビィィィィィィイ!!!!」奮闘の声を消してキャブに警報が鳴り響く
「警報赤!非常発報確認!非常!!」
「非常発報確認!非常!」
警報受信してから2、3秒程で非常ブレーキが取り扱われる上り勾配の途中で非常発報はやめて欲しい....、罐は荒れるし下手したらプライミングを起こして凄く厄介な自体になる
「身延、しっかり掴まってろ!上り勾配とはいえすぐには止まらんから多少強引に止める!」
「分かりました!」
列車運転手の本分は列車を安全に運転し目的地まで運ぶこと、そこには停車も含まれている、非常自体が発生した時迅速に停車させ列車の安全・人命の安全を守ることが。
佐倉さんは逆転器を後進位置まで持っていく、そして加減弁が開けられる、推奨される運転方法では無いもののエンジンブレーキの取り扱い方、蒸気機関車の場合は逆リバと呼ばれる処置を進めていく、ピストンに蒸気が込められて逆方向に力が加わって非常ブレーキに加えてさらに速度が落ちる。
『グゥォングゥギィーーーーー』
制輪子が悲鳴をあげながら動輪に圧着されて速度が落ちていく、このままでは摩擦熱でタイヤに異常をきたしてしまうのでタイヤクーラーを作動させて制輪子と動輪外縁部を冷やしていく、非常受信から約2分程列車は高円寺駅のホーム先端を睨んで停車した。
「ティロタラン、こちら東鉄運行司令です中央線在線中の各列車に通告します、現在中央緩行線高円寺駅で線路上にお客様と荷物が落下したのを確認したとの事で非常発報が行われました、現在救護作業を行っています運転再開は至近列車から再開です、各列車連絡あるまで待機願います」
運行司令から情報がもたらされて、緩行線での旅客転落での非常発報が分かり重大事故に至ってないようで一安心の空気が流れる、それも束の間火室の様子を確認するとやはり火床は前に流れていて後ろ側はチラホラ穴が空いてるのが見える、ここで火床整理をするのは宜しくないがこのままでは緊急事態となって新宿に到着できない可能性が出てくる。
「佐倉さん!」
ウイングを開いたまま呼びかけて判断を仰ぐ
「....こりゃ、少し宜しくないなしょうがない整理をしてその後缶水放出で消すようにしよう、運行司令には俺から言っておく」
「了解です!」
デレーキを持って火室を馴らしていく、前によってしまった石炭を後ろにかき寄せて、火床の穴を塞ぐ。
すぐさま放水コックを開いて線路へ缶水を流して火種が消えるように消火をしていく、丁度多めに盛られていたから実は助かると言うのが内心だったりはする。
水面計が7分目まで減ったのを確認して放出を止めて、投炭作業に移る手前側と火床の中央に盛るように入れていく。
「ティロタラン こちら東鉄運行司令です、臨9211列車運転士さん応答願います」
「はい、こちら臨9211列車本務機機関士の佐倉です、運行司令どうぞ」
「臨9211列車、現在の停車位置はどの辺でしょうか?」
「臨9211列車は現在高円寺駅第1場内のプラットホーム進入手前で停車中です、どうぞ」
「了解しました、では臨9211列車はそのまま進行可能です」
「承知しました、運行司令に追加で連絡事項です、非常受信時に非常ブレーキ取扱のため火床が荒れました、そのため現在地において火床整理を行いました、缶水放出で消火作業をしましたが、消火不十分を考慮し報告します」
「運行司令、火床整理の件了解しました、駅係員による監視をつけます、それで臨9211列車運転再開準備が完了し次第発車願います、以上東鉄運行司令からでした」
佐倉さんと運行司令の会話の間に投炭作業も終わって、ブロアーを上げて圧力も整いつつある、制輪子によるタイヤ破損が無いかは不安だけれどとりあえず中野まで走ってからの点検になりそうだ、
「つう事だが身延、行けるか?」
「はい、発車準備整ってます」
「あいよ、後は後ろだな」
「こちら臨9211列車本務機関士、後補機機関士さん応答願います」
「こちら臨9211列車後補機機関士長坂です、どうぞ」
「運行司令より発車準備完了し次第の発車と合図が出ていますが後補機さん準備は如何でしょうか?」
「後補機、発車準備完了しています、何時でも大丈夫です」
「了解しました」
流石長坂さんと石和先輩ペアだ、つつがなく発車が出来る。
「んじゃ、行くぞ」
「はい!」
『ブゥァァァァァァァァァァァァァア!!』
気合い充分長笛が鳴り響き、編成の後ろからもそれに応えて長笛が帰ってくる、非常位置からブレーキが緩められて足取りを確かめる様に佐倉さんがD51を転がし始める、ブラストは強くドレインを吐き出してそろりそろりと高円寺駅のプラットホームに進入し段々と速度が上がっていく
「第2場内進行!」
「第2場内進行!」
機関助手側から見える場内信号を歓呼して瞬く間に駅端が迫ってくる、流石に目の前で緊急停車して恐れを為したのか、それとも気合い充分の長笛でびびったのか高円寺駅のホームに群がってた集団は控えめでヒヤヒヤせずに通過出来たのが不幸中の幸いという所だろう。
『ブゥァァァァ!ヴァッヴァッ!』
『ブゥァァァァ!ヴァッヴァー』
高円寺の出発信号を過ぎて直ぐに絶気合図がならされる、ここから先中野まではほぼほぼ下り坂でゆるゆると下っていくのみ視認出来るバラストから読み取れる速度は約50kmほど、非常停車してからこの短距離でここまで復調できたのはかなり凄いこと、それも列車編成が貨物だからできた技かもしれないけれど。
この先の火床整理諸々は中野駅での快速通過待ち中にする事にして、今は絶気で軽やかに絡み合うロッドの音と時折作動する空気圧縮機の音、カカカ、カカカ、カカカ、カカカとテンポよく速度を測る機械式速度計の音で耳を楽しませながらすぎる風景を目に映す、葬儀式場を過ぎて座・高円寺を通り過ぎ環八のガードを渡る、ここまで来ると中野駅は目と鼻の先、高架橋が終わる辺りで第1場内へと侵入をしていく。
「中野駅第1場内進行!入線5番!」
「中野1場内進行!入線5番」
広い構内に蒸気機関車特有の賑やかさを響かせて列車はあと一駅の所までやってくる、先程の緊急停車で何も無ければこのまま運転続行は可能だけれど、そこが今胸の中に過ぎるひとつの不安。
ポイントを振り分けを変拍子のリズムを刻みながら踏み越して上りホームの待避側へ進入をしていく、中野駅のホーム上にはこれまた黒山の人だかりフラッシュも何度か光って目を眩ませないように注意しつつ列車はプラットホームに滑り込んでゆく
『危ないから下がって!下がりなさい!!』
ホーム上で幾度も響く駅員さんの怒声の中それをかき消すように複式の空気圧縮機が動き出して列車は少しカーブのしたホームを抜けて5番線の出発信号機ギリギリに頭をつけて編成がピタリと収まる、
編成がキ、チキ、チキ、トキ、トキ、トキ、トラ、ヨ、オハ、キの10両編成で実質有効長は13両に当たるのだからそれも仕方が無いことなのだけどね
「足周り見てきます」
「はいよ、気をつけてな」
タラップから下りるとトタンから漏れる微かな光しか届かない暗闇に出発信号機の赤色が周囲をぼんやりと照らしている、機関車よろしくヘッドライトのスイッチを入れてLEDの青白く眩しい光源を頼りに公式側の動輪、ロッドの耐熱確認接触と温度計で行っていく。
ビックエンド....異常なし、第4動輪....、異常なし、第3動輪....異常なし、第2動輪....異常なし、第1動輪....異常なし、クロスヘッド....少し熱いか?ここまで来てここが熱を持つと厄介だ、ただこの程度の熱なら潤滑油を少し多めに盛れば多少は緩和されて解消される事もある、油壷の蓋を開けて通綿を少し頭を出して油溜りへ折る、油はさっきの急停車で流れたのか少しだけ減っている気もする、ネズミ缶から油を注いで穴に掛からない位置まで補給して蓋を閉める、非公式側の確認も行ったけど特段異常帯熱は確認されなかった
「佐倉さん、公式側クロスヘッドに少し怪しい兆しありです、それ以外に帯熱は確認されませんでした!」
「クロスヘッドかぁ、油は?どうした」
「一応、滴下を多くする調整をして油の補給も行っておきました」
「ふむ、分かった気に止めておこう、発車まであと7分と言ったところだ、こっから先はほぼ平坦区間だが信号現示で新宿で機外停車することもあるから、火床は万全に整えておいてくれな、俺はクロスヘッド見てくるわ」
「了解です!」
踏子を踏んでバタフライウイングを開けて、手動用テコを固定位置のテコ受けに架ける、薄暗いキャブが火室の勢いよく燃えるあかりに赤く照らされる、目を焼かないように注意しながら火室内を見回す、高円寺駅で整理をしたおかげもあって穴が飽きそうな箇所はないが、やはり手前側が少し薄くなっているのと奥側も火床整理の影響で少し燃えが悪くなっている箇所が見受けられる、手前と中央奥を重点的に投炭して圧を上げつつ火床を均す必要がありそうだ
ワンスコを握って体勢を整える、左右の両端はあまり投炭しなくても火床に問題はないので中央手前と奥をメインに投げ入れて行く、新宿駅まで走りきる蒸気圧とその後入れ替えをしやすいよう奥を厚めに盛っておくのが良いだろうか、中央線の山手貨物架線橋復旧で勾配の途中での停車もありそうだし、少し奥側を余計に投げ入れ焚口を閉める、ブロアーを上げて完全燃焼で発車できるよう調整をしておく。
「おう投炭終わったか」
「はい終わってます、奥を厚めに持っておきました」
「うむ、いい判断だ、してなクロスヘッドなんだが、まぁ確かに少し不安があるな、とりあえず新宿まで普通に走らせてみてそこで異常があればその時処置しよう」
「了解しました」
あれやこれやと点検整備を終えて、席へかけるともう既に発車間際だった、そりゃあ非常停止もあったし立って寝てるダイヤとはいえあれだけ色々やればそうなるか
「中野駅5番線出発注意!発車まであと2分、次新宿停車!」
「中野駅5番線出発注意、発車まであと2分次停車新宿」
キャブから見上げるようにして、出発信号機をみやり後追いで点呼をする、ブロアーを掛けているので勢いよく完全燃焼に近づいた煙が煙突から無風の空へ立ち昇っている。
ブロアーを止めて水面計を見やると缶水は5分目辺りか、もう少し持っておきたいので給水ポンプを作動させるキュルルルと水栓の中を水が通り抜けた音の後に規則正しい給水ポンプの音が聞こえ始める。
「こちら臨9211列車車掌です、臨9211列車機関士さん応答願います」
「こちら臨9211列車機関士です、どうぞ」
「それでは臨9211列車発車」
「臨9211列車発車了解」
列車無線による発車合図を確認して公式側から出発信号を見上げる
「出発進行!」
「出発進行!」
中野駅の広い構内に5室の汽笛が長く響き渡ると、それに連なって後ろから発車了解の汽笛が返って来る
「はい、発車ァ!」
ブレーキが緩められ逆転器が前進フルギアーへ引き下げられ加減弁が開かれる、動輪が動き出すと同時にドレイン弁が開かれてフシャァァァーーーーとドレインが勢いよく出ていく音が横の壁を伝って跳ね返ってくる、それと同時に連結器の遊間が無くなりD51の力が客貨車に伝わる衝動がキャブを震わせてそれに負けない力強さで今ぞ中野駅を発車していく、目的地まであと一駅距離にして約4.4km。
中野駅の地下へと潜っていく東西線の線路を右に見ながらまもなく詰所を左に見て本線に合流していく、と言っても中野駅自体も線路改良の結果5番線が本線になり6番線が待避線になったので実質的には待避線との合流ポイントを真っ直ぐ走り抜けていく、地下鉄が潜りきった右手には黄色の帯を巻いた総武線の車庫が広がってその奥に大きな家具屋さんの看板が煌々と輝いている、中野駅から新宿までの区間は線路形状として盛土区間と切通のほぼ二つしかなくて新宿駅まで推移をしていく、今走っているのも盛土区間でしかもただの盛土区間ではないのが特徴の一つ、中央線は新宿を起点として敷設が開始された路線で基本は武蔵野台地の上を走っている、しかしその台地も常に平らな訳ではなくそのへりが入り組んでいる、その入り組んでいる区間こそ中野~東中野間なわけだ、中野駅は台地面に建っていたがそこから新宿までは谷を通り抜け中野駅の台地面よりもさらに高い台地面を越さなければならない、しかし開業当初の蒸気機関車達にはそんな芸当は不可能な訳である(電車でも厳しすぎるが)、そこで新宿から徐々に盛土で高度を上げつつ台地を切り通してその切り通した土で中野駅まで埋めたのが現在の線路という形になる、まだまだ力行を続けるキャブの左手には線路から2階や屋根が見えて右手には1段低い中野車両区そして車止めのその先に見事な桜並木が満開の花模様を見せている、この辺りまで来れば編成は完全に駅を抜けきりあとは新宿に着くまで基本は下り勾配なのでキリのいいところまで力行をしてあとは絶気で走り抜けることが出来るだろう。
左右に広がる台地の低地は徐々にその高度を上げ始めて、目線と同じ高さに道路が来たかと思えばすぐさま線路を挟み込んでしまった、頭上には桜並木と幾本かの跨線橋、眼前には直線の線路が少し続いている
「はい閉める!」
「閉めるぅ!」
東中野の第1場内手前で佐倉さんの歓呼に合わせて、加減弁が閉められて列車は惰性で走り続けていく、やっぱりというか東中野には人が大勢いてやっぱり激パの撮影地になっていた、そんな中を少しも速度を落とすことなく列車は通り過ぎていく。
「東中野、通過進行!」
「東中野通過進行」
出発信号機を通り抜けるとここから線路は新宿を目指して南進を開始する、急行線の線路は高い堤の上を右にカーブしながら神田川の桜並木を一瞬で通り過ぎて、フランジが線路に当たる音を響かせて沿線の桜の木を目下に見ながら市場線との分岐を渡っていく。
『青果市場線』東京卸売市場の青果市場は新宿の外れにあって、ここに果物や野菜なんかを運んでくるのも1部は八王子機関区の持ち分であったりする、その卸売市場に入る為に分岐しているのが市場線でかなりの急カーブゆえ全体の線路長は短い癖に制限速度が低くホームに完全に止まるまで時間が掛かる、市場線が高架で別れていくのを機関士側から見送りつつ、列車は大久保駅を通過していく。
「予告、SL徐行制限45!」
「予告SL徐行制限45!」
歓呼がなされブレーキが込められていく、発車からの加速と新宿への下り勾配の加速がついていて大体60km/h位だろうか?凡そ新宿の保線区の人達が司令から連絡を受けて急遽設置したのであろう。
機関車は減速の為にブレーキを込めるが下り勾配の最中の重い貨車たちは、制動が掛かるとその体重を機関車へと預けてくる、連結器が遊間が開いてプッシングされながら尚も徐々に速度を落としていく。
「徐行45」
「徐行45」
大久保駅を過ぎて線路は直線になり都道302号線を越すと右側の視界が開けて複々線の山手貨物線、西武新宿線が見え始めてそれに向かうように線路は山手線の跨線橋の下を潜るべく線路は下りこみ始める、ここから広い新宿駅の構内扱いになる為眼前にはずらりと第1場内信号が灯っていて、急行上り線は停止現示になっている。
「新宿第1場内停止!」
「新宿第1場内停止」
列車はオンタイムで第1場内に到着し、停車と同時に運行司令から列車無線が飛び込んでくる
『こちら東鉄運行司令です、臨9211列車運転士さん応答願います』
『東鉄司令こちら臨9211列車運転士です、どうぞ』
『えーこれより新宿駅進路開通しますが、現在位置第1場内停車中でよろしいでしょうか?』
『臨9211列車、現在位置第1場内で停車中で相違ありません』
『了解しました、それでは進路開通し次第運行再開願います、以上東鉄司令でした』
無線による通信が終了してから少し間があって信号現示が青に変わる、上り本線8番線に入る進路が開いたようだ
「上り本線8番、第1場内進行!」
「上り本線8番、第1場内進行」
丁度すり鉢状の線路の上で止まってるので発車は至難の業でもあるのだが、佐倉さんの顔に不安はなさそうで迷わずに逆転器を「後進」方向へ引き下げていく。
『こちら臨9211列車本務機関士です、後補機の機関士さん聞こえますか?』
『こちら後補機機関士長坂、どうかしたか?』
『はい、これから新宿入線ですが圧縮引出しを試みますので、ブレーキ弁を統括重連位置から通常位置へ変更お願いします、圧縮引出し準備完了しましたら汽笛合図しますので、確認しましたら統括重連位置へサイド変更願います』
『了解、単機位置へ変更完了済みです』
通信が終わって、ブレーキ弁が解かれると機関車が重力に従って下がり始める、加減弁が少し開けられ人が歩むよりも遅い速度で編成を押し上げる、後ろの方から連結器同士が縮まる衝撃が1両分づつキャブに伝わり、ブレーキが込められ数m程下がった場所で再度停車する、短笛一声汽笛が鳴らされ返答の汽笛が聞こえてくると逆転器は前進80の位置へ。
「身延、ちいとばかし集中するが弁が吹きそうとかは無いな?」
現圧は1400丁度、安全弁反応が1650なので反応まで余裕はある、焚べても居ないので現在の発生具合ならあと5~6分は安全弁も吹かない筈
「はい、投炭は東中野手前でやめてるので発生量を見ても弁反応はしばらくないと思います」
「了解、揺れるから座っとけな」
キャブ内に響くのは山手線が走る音、複式の圧縮器が作動する音、そして道路を走りゆく車の音お世辞にも静かとは言えないけれど、環境音だけが辺りを包む
「シャァーーーーー」
ブレーキ管からエアーが流れて行く音が強く響いて、加減弁が瞬間的に開けられる、動輪がゆっくりと回りだし連結器同士が当たる音がビルの合間に響き渡る、都合11両編成の最後尾まで発車の衝動が届くのを音で計って、その音を頼りに重い貨物を上り坂の途中や長い編成の時に引き出すのがこの圧縮引出しという技である、今回の場合は編成が窪地にハマっているため安全策として試みられた方法で、それと同時に佐倉さんの「技術」を見て体感して覚えて欲しいという教官心故というのもあるのかもしれない、音を数えて10回目加減弁がガっと開けられる、その引き出しに後ろの客貨車と後補機は素直に動きだし編成が進み始める、もしこの引き出しをしなければどうなっていただろうか、中央快速線新宿駅第1構内は上り坂の途中にあり編成は10両近く持っている、すると8両目~後ろは下り勾配の途中でとまることとなる、この時点で上り坂にいる編成からは連結器が伸びた状態、つまりは遊間がなく機関車が全重量を背負ってる状態となる、逆に8両目以降は谷間の底辺にいる車両の両端が遊間が空くのみで9・10両目は8両目に寄りかかる形で停車している状態になっていた、上り勾配線路状態は通常、重量を背負った状態で発車となるとどうしても空転をしやすくなる前に進もうにも背負う荷物が進行を阻んでなおかつ加減弁を開け過ぎれば1発で空転が発生、引き出しに相当の時間が掛かったであろうと推測される、しかし現状は圧縮引出しを行い遊間を確保し全ての車両が動き出したところを慣性の法則を利用する形で引っ張り上げる事で空転もせず易々と発車が可能になったのだった、流石は歴戦の機関士佐倉さんと言った感じだ。
機関車は第1場内信号を通過していわゆる新宿大ガードをわたりゆく、ネオンが輝き液晶が煌びやかに映像を流す新宿を煙をブラストを高らかに響かせて新宿駅に入線する蒸気機関車さぞかし絵になる事だろう、もし撮る側なのであればどこか高層ビルの上から大ガードを渡るD51越しの新宿の街並みを映像として納めたいところだ
「入線8番!」
「入線8番」
大きなターミナル駅の特徴である入線振り分けの番線表記を通り過ぎて湘南新宿ラインに渡る分岐を越え、特急ホームとのクロッシングポイントをカラカラと乗り越えて今ぞ快速上り線のホームを目指して力行を続ける
「第2場内進行!閉める!」
「第2場内進行、閉めるー」
新宿駅のホームは人を立ち入れておらず、無人の明るいホームが目の前に迫ってくる、隣のホームで発車準備をしていた水色と白を纏った国鉄型の特急車両がライトをローにしてくれたお礼に佐倉さん短笛が鳴らして、それが新宿のビルにこだまをしていく、時速はだいたい45km、駅端の青色のLEDの光で湯気を染め上げ昼光色のホームの蛍光灯をその黒々した車体をに映して堂々と威厳たっぷりに進入をしていく、喧騒賑やかな新宿駅に貨物を率いたD51が入るのはさぞかし壮観の一言であろうなと思いながら、入れ替えの工程を考え始めるのだった。