第5閉塞 八王子駅 臨時特急貨物列車 出発進行!
『こちら運行指令です、臨9211列車機関士さん応答願います』
無線で運行指令からの連絡が入る
『はい、こちら臨9211列車機関士です、どうぞ』
『臨9211発車願います』
『はい、臨9211列車発車了解!』
指令からの発車合図を受け、発車体制に移る
ブロアーは閉め、インジェクターも止めてある
「臨9211発車ァ!!!!」佐倉さんの気合いの入った歓呼に合わせて復唱する
「臨9211発車ぁ!!!」
長笛一声雄叫び上げて、単弁と自弁が緩解まで払われて、空気が流れる音がキャブを包み緩解が終わると、加減弁がグッと引かれる
途端機関車に連結器の重さが加わり衝動が運転台を揺らす、すぐに逆転器が少し戻されて更にドレイン弁が払われて盛大に蒸気を噴き出しながら、まるで隠れ身の術の如く、白く煙った場内を列車は進んでゆく
「制限45!」
「ハイ!制限45!」
出発信号機を通り過ぎ、八王子駅中3番線から、中央上り本線へと渡り線を渡っていく、既に夜の帳が辺りを支配し機関車の吐き出す息の音が八王子駅構内を包み込む、中3番線から上り本線への分岐器を踏み越して列車は中央上り本線へと進入した。
「制限解除!本線進行!」
「制限解除!本線しんこぉ!」
線路脇の編成目安をみながら佐倉さんは加減弁をだんだんと開けてゆく、ここから先は豊田駅までは下り勾配、ここで蒸気の使用量を抑えつつ重力を利用しながらグングンと加速をしていく。
八王子駅から並走している貯油場の高架を見上げながら、発車から使い続けている蒸気圧を戻すべく投炭再開する、現圧は1400kgまで減っているのでなるべく投炭を続ける必要がありそうだ、列車は左カーブに差し掛かり中央奥を狙って投げたはずの石炭が僅かに左側へそれる、ふと顔を上げると圧力は少しだけ上がっているけどこのままでは多摩丘陵を攻略するには厳しそうだ、カーブの遠心力に負けないよう再び体勢を整えて圧をあげるために投炭を再開する、フランジが線路に絡む音が不意にやんで不規則な継ぎ目を踏む音がかなりの音量で響き始める、列車は浅川橋梁を渡り始めたようで盛大に列車の足音を辺りに轟かせ進みゆく
それもすぐにやんで今度は右カーブへと差し掛かる、
ここは所謂多摩丘陵の崖の下、機関士側つまりは左側には急斜面の下に住宅が軒を連ねている筈だ、右カーブを抜けると瞬く間に踏切を通り過ぎて、今度はまたもや左カーブを進んでゆく、このカーブを過ぎると右側に豊田車両センターをみながら、まもなく豊田駅へと突入する、豊田駅までは下り勾配だけれど豊田駅上り第1場内当たりから平坦区間に入り、出発信号を過ぎて跨線橋を潜るとすぐに上り勾配が始まる、ここまでにせめて圧力を少しでも上げておかないと多摩丘陵登坂中に蒸気圧が心許なくなって後部補機の助けが必要になる、ふと圧力計を確認すると、さっき1430位あった蒸気圧はまもなく1500kgに到達しそうで、これ以上圧を上げてしまうと、逆に弁を吹かしてしまって登坂最中に空転を引き起こす可能性もあるので、投炭を1度終わらせる。
「次!豊田通過!豊田1場内進行!」
「豊田通過!1場内進行!」
ワンスコを戻してすぐに佐倉さんの歓呼があり
それに応答ししながら機関士側から前方を確認する。
豊田駅第1場内信号機は青色を灯しており、ホームには警備員さんたちがトラロープを張って厳戒態勢のようだ、機関助手側からは2面4線の豊田駅のホームが白昼色の蛍光灯の光で辺りを照らしているのがよく見て取れる。豊田駅手前の直線からポイントを乗り越し豊田駅のホームに沿ったカーブにかかる
「豊田、第2場内進行!」
「豊田2場内進行!」
豊田は勿論通過であるから微塵の速度も落とさずして列車は閉め気味の加減弁のまま豊田駅のホームを抜けていく
「はい、出発進行!」
「出発進行!」
出発信号機を過ぎてこれより登り切らなければいけない多摩丘陵攻略の為、加減弁が再びグイッと引かれる、逆転器はカットオフ50まで上げ戻される。
控えめだったドラフト音は豪快にその音を豊田の住宅街に響かせながら多摩丘陵を上る緩いカーブを段々と進んでゆく主蒸気圧は勿論グングン減っていくので再びワンスコを手に取って上り切るまでに必要な蒸気量を勘案しながら投炭を再開する。
段々と列車はドラフト音のその拍子を落としながらも確実に多摩丘陵を超えるための切り通しに近づき、甲州街道の下を通り過ぎ右側に小さな保線の基地を見ながら進んでゆく、ここまで来れば後は下るだけ、多摩川橋梁を渡った先の立川駅へ至る立川段丘を上るにしても、ここから先はやや閉め気味で走る、下り勾配で助走も充分、多摩丘陵を攻略するためとその後の加速分も考えて圧を上げたのでここから先は、涼やかな夜風と変拍子を刻みながら多摩川橋梁を渡りゆく列車の音を楽しめるだろう。
「次、日野通過!第4場内進行!」
「日野通過ぁ!4場内進行!」
多摩丘陵を登り切ると線路は一時の直線区間に入り、
制限75kmが掛かって日野の駅構内に入っていく日野駅の構内は緩やかな下り勾配なので絶気とまでは行かなくても加減弁はかなり閉められて逆転器も下げ戻される
「第3場内進行!」
「3場内進行!」
右カーブから入ってその後の日野駅の小さなSカーブをうねりながら進みゆく、まぁ想定はしていたけど各駅ごとにオタの数はかなり居る.....、豊田も日野も接車するんじゃないかって人数だった。。。
「日野!出発進行!」
「出発進行!」
そんな不安は勘案せずに列車は閉め気味のまま、快調に多摩川橋梁への下り勾配を走ってゆく。
「うはっ!マジかっ」
「そこまでして撮りたいんですかね?」
行く手の多摩川橋梁上り線側土手辺りから幾つもの投光器が橋梁を照らしてるのがわかる、これ列車往来妨害罪で訴えられはしないものか?
「みのぶー、目が眩んだらお前が立川で止めろなー」
「そんな無茶苦茶なぁ、まだ機関士訓練だって始まっちゃいないんですよ?」
「はははは、まぁ9割冗談だ安心しろ!」
「え!?1割は本気なんですか!?」
機関車は橋梁を渡り始め変拍子のリズムを先輪、動輪、従輪、炭水車と奏でながらキャブの軽口をかき消してゆく。
「開けるぞー」
「了解!」
橋梁も中程に来たところで加減弁が再び引かれて、ドレイン弁が開け放たれ、春先の夜の冷えた空気に触れたドレインが視界の下を白く滲ませ過ぎ去っていく
佐倉さんはサービスとでも言うように汽笛を鳴らして
列車は立川第一段丘へと突入する。
再び力強いドラフト音を出しながら段丘の切り通しの右カーブを立川駅へ向けて上ってゆく、途中何本もの跨線橋の上では人の群れがこちらにカメラを向けているようで時折フラッシュが焚かれたりしたりで、溜息を載せたまま立川駅第1場内に差し掛かる。
「次!立川停車!停目共通12両!」
佐倉さんがスタフを指で追いつつ歓呼する
「立川停車!停目共通12両!」
立川駅では快速列車を1本先に通して発車、立川第二段丘を登って、国立、西国分寺と通過し国分寺まで通過だ。
「第2場内注意!制限45!入線中3番!」
「2場内注意!制限45!入線中3番」
段丘の右カーブを抜けて僅かにブレーキが込められ列車は立川駅第2場内に掛かって青梅線から中央上り線へ渡るクロッシングを通り越しそのすぐあとの通過線へ入る分岐器を渡り始める、貨物や回送が使うしかないポイントなのでお世辞にも分岐器番数は大きいと言えないのでそれ相応の振動がキャブを揺らしていく。
惰性のままポイントを渡り越し、段々と速度は落ちてゆく、「ハイ停目、共通12両!」「停目、共通12両」機関士側の扉から体を出して停車を確認して
圧力計に目を向ける、多摩川橋梁の中間地点から力行を再開し、立川第1丘陵を駆け上がったとだけあって主蒸気圧は13kg/hまで下がっており、出発前までにある程度の昇圧が必要だと考えられる。
立川からの発車、とりわけ中3番線からの発車できついのは本線合流後、直ぐに新製高架区間に入り尚且つ10両編成が抜け切るのは高架区間へのアプローチ線の中間地点ということ、それまで加減弁を開けようにも思うように開けれず、速度も出せないのでここの区間は蒸気圧を盛大に使いつつアプローチ線を上るしかないとりわけキツい場面になるということ、まぁ傍から見れば盛大にドラフト音を轟かせ息せき切らして機関車が勾配を登ってくるという、映像映えする区間になるのだけれど。
「身延、立川では特急と快速の通過待ちだからそれなりに余裕がある、水分の補給等しっかりしとけよ?」
スタフを確認しつつ佐倉さんはのんびりと構えてる。
「はい、ありがとうございます、少し休憩したら発車準備移りますね!」
「あー、身延、身延、発車前の投炭、俺やるわ」
「へ?」
あら、焚き方少し不味かったかな?
「あ、言い方悪かったか、いや座ってばかりだからよ、少し体動かそうと思ってな、身延は足周り見てきてくれるか?」
「あっ、はい了解です!」
佐倉さん、気を使ってくれたのかな?勾配区間多い線路だから少し休ませようと、それならありがたくお言葉に甘えよう。
立川駅は今も昔も変わらぬ、ターミナル駅で
南武線はもとより中央快速線、中央本線、青梅線、そして1番新しい多摩モノレールが乗り入れる結節点の役目の駅、今は平日も南武線と青梅線が1時間に2本の割合で乗り入れをしたり、立川始発の長距離普通列車もラッシュ時間の前後には30分に1本の割合で設定されている。
駅構造としては北側が1番線と2番線で1番線は青梅線、五日市線などの始発が2番線は中央快速線へ直通する上り列車が使ったり1番線と同じような使い方もされる、その隣に中3番がありこれを挟んで中央快速線上りホームの4番線と5番線が、その次が中央快速線、中央本線の下りホーム6番線7番線、中8番線を挟んで南武線ホームの9、10番線と留置ホーム2線のかなり巨大な駅構造になっている、ちなみに青梅、南武線直通列車は立川駅では南武線9番線に入っていく。
某青春系経口補水液で喉を湿らせて、佐倉さんに足周りを見てくることを告げキャブのタラップを下りてゆく、非接触型体温計を手首に提げて動輪を接触検温しつつ体温計での温度も確認し、身体で機関車の事を覚えていく、第1から第4動輪までさほどの蓄熱も確認されず打音検査にも異常は見られなかった、非公式側つまりは機関助手側の検温中にホームから何かしらの罵声が聴こえた気がしたが、わざとゆっくり作業をしてやった、特急1本が通り過ぎ、続いて通過待ちの快速がホームに入ってくる頃には検査を終えて既にキャブに戻ってきていた。
「佐倉さん、異常蓄熱確認されませんでした!
打音検査も異常なしです!」
「あいよー、了解した」
短いやり取りの後佐倉さんは時計を確認しスタフを見る
「はい、発車まであと5分、次国分寺まで通過」
「発車まで5分、国分寺まで通過」
後追いで歓呼をしたあと、機関士側に移って佐倉さんの投炭を眺める、ワンスコでリズミカルにしかし的確に狙った場所に石炭を投げ込んでゆく、流石はベテランだ.....。
50杯ほど投炭した所でブロアーを少し開けて、燃焼を促す、そんなこんなをしているうちに隣の快速が立川駅を出ていって中3番の信号機が停止現示から注意現示、進行現示へ色を変える、それを確認し自席へ戻り圧力計を見ると定圧寸前、ブロアーは締められて発車準備は完全に完了している。
「立川中3番、進路開通、出発進行!」
「立川中3番、進路開通、出発進行!」
「はい、発車!」
「発車ぁ!」
歓呼のあと盛大に長笛一声、ブレーキ弁が緩められ加減弁が開けられる空転もなく列車は再び新宿へ向けて走り出す。
「制限45!」
「はい、制限45!」
立川中3番出発信号機をすぎると、上り本線への合流の為に制限がかかる、蒸機列車は初速が重いので加速しながらそれでも制限を越えないようにポイントを踏み越して行く。
『ボッボッボッボッボッ』
盛大に威勢よく煙を吹きながら、新製高架へのアプローチ線をゆっくり確実に上ってゆく
「6両クリア!」
「6両クリア!」
架線柱に付けられた通過標識を頼りに制限ギリギリで
坂を上がってゆく
「はい、8両クリア!」
「8両クリア!」
8両通過したあたりでもいまだアプローチ線の途中、最後尾のC58が抜けるまで制限45kmが掛かったまま上らねばならない。
「10両クリア」
「10両クリア!」
編成自体は客貨車入れて10両編成なのだが、その実有効長そのものは11両編成分に値するので、12両の通過標識が見えてくるまで、苦しい上り方を強いられる
「はい、12両クリア!」
「12両クリア!」
ようやく編成全体が中央上り線へ転線し加減弁がぐいと引かれて逆転器が引き下げられて、加速を更に強める為ドラフト音が更に強く響き渡る。
編成全部が抜けて少し経つとアプローチ線は一直線の勾配のほぼない新製高架区間へ突入する、さすがに12両分の編成を坂に上げるために奮闘しているので、先程まで安全弁が吹く寸前まであった蒸気圧もかなり減っており投炭を再開する、国立から国分寺まではほぼ平坦区間の為速度を求められる、アプローチ線で減った蒸気圧を補いつつ国立、西国分寺、を制限いっぱいの90kmで走り抜けて、新製第1高架区間へ弾みをつけて登らなければならないのだ。
JR時代の蒸機なら不可能であろう高速運転も、罐圧が引き上げられた統括1社化したからこそ出来る芸当である。
どんどん目減りしていく蒸気圧を少し不安に感じていたところに、長笛一声短笛一声が鳴り響くこれは重連運転時の力行再開の合図で、「待ってました!了解!」とでも言うように直後に後部補機のC58から汽笛の返答が返ってきた。
「身延、こっからはキツい!長坂さんと石和くんに少し甘えようじゃないか、ま、それでもキツイのは変わらないがな!ハハハハ!」
「はい!頑張ります!」
後ろの方からドレインを排出する音を聞きながら、休むことなくドンドン投炭を続けていく。
「国立、第3場内進行!通過ぁ本線!制限90!」
しばし投炭の手を止めて機関士側から前方を見つつ
復唱をしていく
「国立、3場内進行!通過、本線!制限90!」
新製高架区間は表定速度、並びに通過速度向上を目的として線形が見直され中線が本線、通過側になり外側が側線、待避線に割り当てられた。
その結果、通過速度は今まで60km~70km程度だったのに対し見直し後は30km~20km程引き上げられた90km制限で統一されている。
後部補機の助力を得ながらも列車はまだまだ加速を続けて国立駅へと突入する、80km近いキャブの振動はかなりの物で狙った場所へ投炭するのも精一杯な程。
先輪が分岐にかかり動輪が分岐器を直線、本線側に渡る振動が左右への振りがキツくキャブを襲う。
「国立第2場内進行!」「国立2場内進行!」
通過線となった中線は完璧な直線で分岐器を渡り追えるとすぐに振動が軽く収まる、言わずもがな通過する3番線側には黄色いトラロープを持った警備員さんと駅員さんたちが厳戒態勢で列車の通過を固唾を飲んで見守っている。
「国立、出発進行!」 「国立出発進行!」
そんな風景もすぐに後ろに飛んでゆき列車は、地下へ潜っていく武蔵野線への連絡線を隣に見ながら本線を突っ走ってゆく、国分寺崖線を切り通して作られたこの区間は西国分寺駅まで続き、線路より上に住宅街や道路が存在している、ここはだいぶ線路改良が行われて、複々線もかくやという状況になっている、元々この切通区間には3本の線路が走っていたが、資材置き場になっていた武蔵野線連絡線の真横に中央線の上り本線を移設し、元々の上り本線があったところに、中央鉄道学園高校の専用研修線が通る事になったのだ。
学校の研修高架アプローチ線を横目に見送ると、すぐさま新府中街道の真下を通って、西国分寺駅が近付いてくる。
「西国分寺、通過!第3場内進行!」
「ハイ西国分寺通過!3場内進行!」
切り通しの下にホームがあり改札口は国分寺崖線の上に、そしてその更に上に高架で武蔵野線がクロスをする特徴的な西国分寺駅、そこも僅かたりともスピードを落とすことなく臨時貨物列車は新宿を目指して走り抜ける
「ボーボッボッ!」
「ボーボッボッ!」
絶気合図が鳴らされて後補機からも了解の汽笛が帰ってくる。
ふと、主圧力計を見やると連続投炭で作り続けていた圧力はスピードの乗ってきた列車の影響で15kgまで上がっていた。
「身延!気を抜くなよ?国分寺発車直後からキツっい新製第1高架に入るからな!」
「ハイ!頑張ります!」
「おう!」
新製第1高架区間、開かずの踏切問題を解決すべく作られた区間で三鷹~国分寺までの間が該当区間で蒸気機関車の入線実績はない、高架アプローチ線はどちらの入口もそれなりの勾配があり、しかも国分寺側からだと武蔵野台地の下から上がる分アプローチ線の距離が少し長くなっている、それ即ち勾配区間が長く続き蒸気機関車にはキツイ状況という事である。
もう目前に迫りつつあるそんな状況を頭の片隅におきながら、次の投炭に向け席について体を休める。
西国分寺を通過すると進行方向の線路左側は開けて低地となり住宅街が広がり、右側には相変わらず国分寺崖線がそそり立っている、西国分寺からの直線は途中で西武国分寺線と並走して国分寺駅へと突入していく
「国分寺、停車入線3番!第4場内進行!制限60!」
「国分寺停車、入線3番!4場内進行制限60!」
国分寺駅の上り線の分岐器を制限ぎりぎりまで落として渡り、国分寺駅へと入線していく。
『ボボボボヴォーーーー!!』
接車しそうなくらいホームに人が集っている様子を見て堪らず佐倉さんは警告の汽笛を鳴らす
「第3場内減速進行!」
「3場内減速!」
国分寺駅も待避線を設けた駅でここでも特急通過待ちのために止まる、信号確認が終わってホームを見ると黒山の人の向こうにオレンジ色の帯を巻いた『新型車両』がちょうど発車していくところだった。
段々と速度を落としながから接車ギリギリのホームを横目に見ながら、主圧力計に目を戻す。国立から西国分寺手前まで投炭を続けていたお掛けでなんとか、新製高架第1区間を上れる程の蒸気圧まで昇圧が終わる、と言っても国分寺発車後は三鷹まで無停車なので、少なくとも東小金井まで全力疾走する為の蒸気をまた拵えなければならないが。
「国分寺、定着!編成11両停車位置よし!」
「国分寺、定着、編成11両停位置よし!」
国分寺駅のホームから機関車だけが飛び出して停目11両の位置に列車は止まる、忙しなく複式の圧縮機が動きそれと合わさるようにホームの喧騒が聞こえてくる。
凡そ機関車が飛び出て止まったことで駅先端に群がって撮ろうとするオタ共の場所取り合戦であろう。
「軸温度見てきますね!」
「あいよ、出発は20:36だダイヤ通り乗ってる、立川での点検にも異常はなかったし接触だけでいいぞー」
「了解です!」
タラップを後ろ向きに降りて最終段から、地面の位置を確認して飛び降りる、相も変わらず写真を撮る人は絶えないらしく時たまフラッシュが焚かれるようで一瞬辺りが明滅したりする、公式側第4動輪から帯熱確認を開始する、触る場所は車軸部と各ロッドの軸部、ここまでの走行で以上は確認されていないから多分大丈夫だと思うけど、確認せずに大宮行きなんて事にはさせたくないし、この列車事態が帯びている任務の重大さからするとこんな所で止めていい列車じゃない。
「ピョーー!ファランファランフアァーーン!」帯熱確認を行ってると、反対側ホームから特急の空笛と警笛が聞こえてくる。概ねこの列車の情報を把握してる運転士さんが通過合図に鳴らしたのだろう、暫くして薄い紫色を薄墨色を車体に纏った頭の大きな振り子式特急が前の快速に追いつかないように少しゆっくり目に反対側の上りホームを抜けていった。
先程、国分寺で発車を見守った快速は東小金井で特急を躱してそのまま新宿へと向かう、そしてこの列車は対向ホームに列車が到着する前に国分寺を出て三鷹まで逃げるダイヤを組んである。
公式側、非公式側とも帯熱は確認されず、ここまではすこぶる順調である、タラップに足をかけて手摺りを支えにして体を持ち上げリズム良くキャブへ上る、丁度佐倉機関士は投炭をし終えて一服をするタイミングだったらしく掬い出し口にワンスコを刺しているところだった。
「問題なかったか?」
「はい、帯熱確認されませんでした。順調です。」
「そうか、今しがたここを上り切る分位の投炭はしておいた、水も気持ち多めに盛ってある、あとは発車直前にブロア掛ければ平坦区間に入る迄は持つと思うぞ?」
「ありがとうございます!」
佐倉さんに習って荷物置き場からスポーツドリンクを取り出して三口程飲んで、キャップを閉めて荷物置き場の戸をしめる。
機関車の後ろからは人の喧騒が聞こえてきて、ここが本線上だと言うことを再確認させる、ふと懐中時計を取り出して見ると時刻は20:33、発車まであと丁度3分と言った所、同じく懐中時計を見やった佐倉さんが3分前歓呼を開始する。
「発車まであと3分、次三鷹まで通過!」
「発車まであと3分、三鷹まで通過」
後追い歓呼をしてブロアー軽くを開く、煙突から空気の流れる音が微かに聞こえ始めて、焚口戸の穴から漏れる火室の色は黄色くなり始める、水面計は平地での目安点より少し上目に盛られて水が揺れている。
再び時計を見やると既に発車1分30秒前、主圧力計を見れば針があと一振れでもすれば、安全弁が吹く頃合いとなりブロアーを閉める。
「3番出発進行!」
ブロアーを閉めたと同時に、佐倉さんの歓呼が響く
機関士側から右斜め前を見遣り、3番線出発進行の現示を確認して後追いの歓呼をする。
「3番線出発進行!」
それを見計らったかのように列車無線が流れてくる。
「臨9211列車運転士さん応答願います」
「はい、こちら臨9211列車運転士です、どうぞ」
「はい、それでは臨9211発車願います」
「臨9211、発車了解!」
しばしのやり取りの後、発車合図が出される。
「臨9211発車ァ!!!」
「臨9211発車!」
長笛一声が鳴り響き、キャブの中に再び騒音の開始とでも言うようにブレーキのエアーが流れる音がけたたましく響き、制輪子が離れるか離れないか位のタイミングでD51が動き出す、ガツン!と衝撃がキャブを襲い連結器の遊間がしまって列車重量を再び機関車が背負い10.1‰~22‰へと変化する勾配を攻略する戦いが始まる。
「ハイ、後部オーライ!」機関士側のキャブ出入り口より後方を見遣り、列車接触がないか確認しつつ歓呼を行う、佐倉さんもそれに続いて振り返り歓呼がつづく「後部オーライ!」ドレインが払われ、国分寺駅構内は白の景色に色灯信号の色を差し込ませ、出発信号機が後ろへと過ぎてゆく。
「制限80!」
「制限80!」
待避線から本線へと列車は差し掛かり分岐器番数のよく考えられた配線に感心しながら機関助手席に座り、主圧力計の蒸気の減りと、沿線に異常がないか目を凝らしながら、目の前に迫ってくる22‰の勾配のキツさを改めて体感して、そこを目指しながらブラスト音のテンポが段々と上がっていく佐倉機関士の運転技量に尊敬の念を更に深く抱くのであった。
国分寺~武蔵小金井の区間は線路構造が少し特殊になっている、元々車庫のあった武蔵小金井の駅を高架に上げる際国分寺止まりの列車をどうするかという議論があった、いっその事廃止でも良かったのだが利用者数の調査をしたところそれなりに使ってる人がおり、かと言ってこの国分寺止まりの列車を高尾行き、もしくは立川行きとすると、ダイヤ改正で大規模な改正をする必要がある、その為国分寺~武蔵小金井駅間は線路が3本存在している、東京に向かって1番左の線が車庫に入る引き込み線、中線が中央線の上り本線、そして右の線が下り本線である、実は先程国分寺駅でこの臨時列車が止まった線は下り本線で待避線ではなかった、そこら辺の臨時ダイヤに関しては機関区長の尽力の賜物で今日に限って内線を待避線として使わせて頂き、出発の際速度ロスの出ないようにしたのだった。
列車は駅発車直後の10.1‰へ差し掛かる国分寺崖線の残りを登り切る為の切通しである、ブラスト音のテンポを微塵も落とすことなく順調に勾配を登り続けていく、それと共に主圧力計の針も段々と下降を始める、水面計は少し上目に持っていた事もあり少なくともヘソが出ない迄の水量を保っている。
圧力計の針は徐々に振れ幅を大きくしながら下降を続ける、掬い口のワンスコを手に取り体制を整え投炭を始める、火室の中は奥と真ん中が薄くなり始めていて手前はあまり焚べる必要が無さそうだ、石炭をガラッと掬い取りまず左奥へ真ん中奥へそして右奥へ、左中央中央右中央と薄くなってる所へ多めに投げ入れる、通風に負けないように石炭を火床に叩き付ける伏せシャベルを心掛けながら投炭をどんどん続けていく。
30回ほど繰り返したあと気付くと勾配は更にきつくなっている、10.1‰から新製高架第1区間へのアプローチ22‰へと機関車が差し掛かっていたのだった、焚べたお陰か圧力の下降は収まっていて14kpa程で保っている様になった。
先程と露も変わらずのブラスト音を響かせて機関車は高架橋を登ってゆく。
「第2閉塞進行!」
「閉塞進行!」
国分寺を発車して早二分経つが上り急勾配の影響で速度は上がらず、ようやく第1閉塞を抜けるのだった、
「いつも思うが、ここの勾配は蒸機で登る事を前提にしてないからキツすぎるな」そんな佐倉さんのボヤきをかき消して残り数mの上り勾配を苦しげにD51は登坂していく。
機関車は既に勾配を抜けきったが後ろに続く客貨車はまだまだ勾配の途中にいるので、まだまだレギュレーターは大きく開けられたまま、蒸気を威勢よく使いながら編成を勾配の上に引き上げる運転が続く、圧力は下がる兆候を見せ始めて、再び投炭を再開するのだった。
ここから武蔵小金井、東小金井、武蔵境と完全に一直線の線路が続いていく、ただ機関助手の仕事としては登坂で大量に蒸気を作るのがほぼ直線線路に変わるのでストーカーを併用出来るようになって作業負担が軽減されるようになる、とてもありがたい区間ではあるのだ。
ブラスト音は幾分か復調をし始めて、速度は段々と上がり始める投炭を一旦止めて流れる風景を見ると、高架よりも屋根が低い家が多いので見晴らしが凄くよくてポツポツと桜の木が照らされて淡い鴇色をライトアップされてるのが所々見える、キャブからは引き込み線越しの武蔵小金井電車区が見え始めて緑白色の構内灯に照らされる鼠色の屋根とまだまだ数は少ない新型車の銀色の屋根がズラっと並んでいる。
「武蔵小金井通過!2番線第1場内進行!」
「武蔵小金井通過!2番1場内進行!」
そんな風に景色を見ていると既に列車は武蔵小金井に差し掛かりつつあって復唱しつつ機関士側から場内信号を見やる。
『ブゥワァァァァァァァァァァ』
ホームには蛍光灯に照らされた黒山の人だかりと、ホームから出ている手が見え始め堪らず踏み込み鋭く汽笛が鳴らされてキャブを分岐器を踏み越す振動で揺らされる。
『ブァ!ブァ!ブゥワァァァァア!』
警報汽笛を鳴らして機関車は速度を落とさずに武蔵小金井のホームを通過し始め、ギリギリの所で接車事故は起こらずにホーム中間に差し掛かる。
「第2場内進行!」
「2場内進行!」
緊張を保ったまま、キャブからホーム上を監視しつつ勢いは落とさずにどんどんと人だかりの横を通過していく、佐倉さんはいつ転落が起きても良いように逆転器に手をかけて前方注視を続けている。
「2番通過進行!」
「2番通過進行!」
出発信号機が見え機関車が客車が貨車がホームを抜け去り後ろの方から小さく怒号が聞こえるも列車は無事に武蔵小金井を通過してキャブ内に安堵の溜息がこぼれる。
「いやぁ、これほどに気を張るのは疲れるな。駅員も大変だがこんな所で列車が止まったら復旧が更に遅れるから、入場規制でもして欲しい所だが、まぁそうも行かないんだろうなぁ。」
溜息混じりに佐倉さんがボヤく。
「ほんと、その通りですよ。この緊急事態に列車止めたらどうなるか分かってないんですかね?もう既にめちゃくちゃでようやく立て直しつつあるダイヤが崩壊するのに...」
「まぁ、とは言ってもギリギリを見極めてこの資材を是が非でも新宿へ届けねばならないからな、まだまだ遠い、体力以上に気力を削るがあと9駅走りきるぞ!」
「はい!」
複複々線もかくやというだだっ広い武蔵小金井の場内を走り抜け速度はさらに上がって東小金井が遠くに見え始める、まだこの辺りは人家の間に畑がポツポツと存在して郊外の雰囲気が全体的に漂っている。
複線の線路は真っ直ぐ続き高圧電線の航空障害灯が遠くで赤く点滅してるのと併走しながら、もう眼前に東小金井の場内信号が迫ってくる。
「さぁ、東小金井だ身延も頼むぞ!」
「はい!」
「東小金井2番線第1場内進行!」
「東小金井2番1場内進行!」
待避線のポイントを踏み越して列車は勢いそのまま東小金井駅へと進入をする、機関士側から顔を出してホームを見やると案の定またも黒山の人だかりで呆れながらも緊張感を持って接車がないか見張りながら景色は後ろに流れていく。
「第2場内進行!」
「2場内進行!」
後追い歓呼をして過ぎ行く信号を見やって、再びホーム監視をしながら後方と前方とを交互にみやり機関車は有効長の外へと抜けていく
「2番線本線通過進行!」
「2番本線通過進行!」
東小金井を過ぎるとここから家々の間にあった畑が減っていきベッドタウンの様相が強くなってくる編成は東小金井を完全に抜けきって直線の線路を新宿へ向けてひた走る。
「はい閉めーる!」
「閉めるー!」
十全な加速がつきこのまま惰性走行で武蔵境を抜けて三鷹へと滑り込むべく加減弁が閉められ逆転器が引き上げられる、バイパス、ドレイン両弁が開けられてブレーキは運転位置から保ち位置になる。
ここから先、前方注視のみで走れるから心持ちがかなり楽になるのは変わりない、何しろ運転しながら加減弁を開けたまま、蒸気の減りを気にしながらのホーム監視はなかなかに気を使うからだ、その分ここから三鷹駅までは完全な平坦区間で武蔵境を過ぎてしまえば少し行けばもう下り勾配に差し掛かり、そのまま三鷹駅に滑り込めるのだから。
シュクシュクシュクシュク...カランカランカランカランとピストンに空気の出入りする音とロッドの擦れ合う音を響かせて機関車は進む、右手に他に系列会社に繋がらない私鉄の線路が高架橋で上がってくるのが見え始めるとすぐさま武蔵境へ列車は進入となる。
「武蔵境2番線第1場内進行!」
「境2番1場内進行!」
武蔵境の駅も当然のように黒山の人だかり、鋭い長笛一声と共にホームを轟音を立てて通過し始める。
「第2場内進行!」
「2場内進行!」
時たま浴びせられるフラッシュにうんざりしながらホームを見張る、誰もが機関車が迫り来ると手を慌てて引っ込める、まぁそれはそうだろう真っ黒の期待が轟音を立てて煙をたてて高速で突っ込んでくるのだから威圧感は相当のものだろう、これに懲りたら二度とホームから手を、身を乗り出しての撮影などやめて欲しいところだ。
「2番線通過進行!」
「2番通過進行!」
武蔵境も無事に通過し、次は停車の三鷹駅。
列車は本線の線路を走っていくここまで続いた直線はここで少し左へカーブをして少し走るとまた右へとカーブを経て三鷹駅構内まで少しの直線に戻る、このカーブに制限はないけどどうにかならないかなぁと思ってる間にブレーキ弁が込められる。
「三鷹駅5番線場内減速!」
「三鷹駅5番場内減速!」
新製高架区間が終わって三鷹より先は蒸気機関車も入線経験のある既存高架区間、幾分気持ちは楽にはなるけど新製区間よりも厄介なのが既存区間で、なぜかと言うと、既存区間は駅間の勾配がかなり激しくどの駅をとっても、駅発車から下り勾配上り勾配を経て駅というとんでもなく蒸気を食う運転を強いられる。
「制限65!」
「制限65」
列車は分岐器の制限に架かってキャブを大きく揺らして本線から中線へ入っていく、機関助手側からは広い三鷹駅の構内とその先に地下からあがってくるアンダーパスが見え後ろ側には三鷹の総武各駅停車線が主に使う車庫が緑白色の構内灯に照らされてずらりと並ぶ山手線からのお古の車両が屋根を輝かせている。
「さぁ、三鷹なぁ判断が賢明であってくれよ?誠ちゃんよ!」
「せいちゃん?ですか?」
「あぁ、三鷹の駅長なんだけどな昔馴染みなんだ、鉄道学校から一緒で同期で腐れ縁つうかよ。」
「なるほど。」
キャブ左側に移動してホームを見やる、今までのどの駅よりも『安全』に進入出来そうでありがたい、ホーム端っこから身を乗り出してるのもいなければ、手が伸びてきて居ても接車のしない範囲、機関車に身体が当たりそう!なんて様子は見られない、そして何より人の密度が今までのどの駅よりも低い、流石は佐倉さんの同期だなと関心をしながらも、列車は三鷹駅5番線の線路にゆっくりと入っていく。
『ジリリリリリリリ、ティントンティントンティントンティントン、次は、停車。次は停車。』
ATSが鳴動して確認扱いがなされて、停車を促す過走防止音声が流れ始める
「三鷹停車、編成10両!停止目標12両!」
「三鷹停車、編成10両、停目12両!」
下手な事が起きなければ接車や転落が起きない事に少し緩んだ、それでも停車直前の少し緊張した空気のキャブ内にブレーキの圧縮空気の流れる音が響き渡る。
ホームからシャッター音が聞こえるものの、今までの通過駅では少なからずあったフラッシュは1度も焚かれることも無く、駅員さんや警備員さんの怒号も余り聞こえずに機関車は第3場内までするすると入っていく、列車前方を見ると12両停目の辺りで白旗が掲げられている、いわゆる駅長による停車目標合図で平成に入ってからは見かける事がほぼ無くなった鉄道仕草の1つだったりする。
「ボッ!」
停目合図を目にした佐倉さんは短笛を一声鳴らして、後ろから見ていても分かるくらい嬉しそうに笑顔を浮かべている。
人が歩くより遅く、衝動も少なく駅長さんの掲げる白旗の横に機関士席が来て止まる。
「三鷹、到着定時!停車位置、ヨシ!」
「三鷹定時、停位置ヨシ!」
声色に喜色を含ませた歓呼に追って歓呼をする。