いじめられっ子
三題噺もどき―さんびゃくに。
「ぁ――」
はたと気づき、止まったときには、すべてが手遅れで、何もかもが終わっていた。
つい先ほどまで聞こえていなかったのが、不思議なくらいのうるさい悲鳴と怒号のようなものが聞こえてきた。
こちらが止まったことで少しは治まったかもしれないが、それでもうるさい。耳を塞ぎたいくらいだ。
まぁ、手が汚れている以上、それをすると不要なところまで汚れてしまうので、出来ないししたくはないので、耐えるしかない。
「……ぁ」
手が汚れているで、気づいたが、よく見たら馬乗り状態じゃないかまったく……。
我ながらお行儀が悪いなぁ……。
まぁ、きっとこうでもしないと、ひ弱なこの身ではどうにもできなかったんだろう。
全部、衝動的にやったこととはいえ、普段頭の回転はわるいくせに、こういう時は比較的効率的に動けるのは何なのだろうな。
「ん……」
これ以上手が汚れないように、上に上げた状態で、頭だけを口元に寄せる。
馬乗りをしていた、今現在私の下で寝転がっているコイツの口元に。
短めにしている髪が、ぱらりと落ちてくる。
鬱陶しいなこの髪……今度また散髪に行かないとなぁ。
コイツが鋏持っていたから、あわよくば切れないかなぁとなんとなく思っていたような気がするが……はて、全く覚えていない。
でもまぁ、変わってなさそうな感じ、無意識に切られないようにしたか、これが弱かったか。だな。
「よし……」
息はしているみたいだ。
幽かだが、呼吸している音は聞こえる。
生きててえらいなぁ。
よかったよかった、人殺しにならなくて済みそうだ。うんうん。
こんな奴消えたところで、なにもならないが、ここで死なれては困る。
まだ、罪人にはなりたくない。
なんなら、これは、正当防衛なのでは。
「てかまぁ……」
わざわざ、呼吸音を確かめる意味もなかったな。
馬乗りになっているせいで、全体重かけてコイツにのっているわけだが。
丁度その辺に心臓があるのか、太もも?のあたりで、何かが震えている感じがしてキモチワルイ……。
肉体越しでも、触れるとこんなにわかるんだなぁ、心臓の動きって。
それでいくと、ちゃんと動いているし、こう、なんだ。ゆっくりになっているわけでもないし、弱弱しい感じとかはしないから、生きてはいるだろう。
「よいしょ……」
これ以上ここにのっている意味もないし、何より気持ち悪さが増してきたので、立ち上がることにする。
あー、体が重いなぁ。
全く、こうなるのが嫌だから、変に暴れないようにしていたのに……。
二の腕とか、掌とか、足とか、あらゆるところが痛い。腕もついさっきは割と動いたのだが、もういうこと聞きそうにないな。力が抜けた。
ほとんど記憶はないが、馬乗りでどんな勢いというか、どんな感じでやったんだ私。
そこまで力はないんだよ、まじでさ……。ひ弱もいいところだ。
まして相手は異性……じゃないなコイツ。同性じゃないか。
どうりでやけに体が柔いわけだ。
だとしても、コイツは私より強いと思うんだが。
ま、考えたところで意味はないし、覚えても居ないから、必要もない行為ではあるな、この思考自体。
「おっと……」
身体をまたがる形で立っていたので、その場をどこうと横に動く。
その時に思いきり腕を踏んでしまい、転びそうになった。
まぁ、何とか耐えたが。
必要以上に靴が汚れた。ついでにはねたやつで靴下も汚れた。
ま、これはもともと汚れていたし、いい。どうせ捨てる。
目立たないように黒とか履いているが、汚れが落ちないものは履けない。
汚いコイツのやつがついていると考えると尚更。
「……ん?」
そういえば、さっきから悲鳴は少なくなったが、何かが呼んでいるんだよな。
無視していたら諦めるかと思ったが、なんだなんだ。
私はもう疲れているから、帰りたいんだが。
風呂にも入りたい。
ここからいなくなった方がいいってことは、分かりきっているんだから、声を掛けるな。
「……」
と、よく見れば、先生というやつだった。
あぁ、そうだ。
ここは学校で。
私が通っている教室で。
その教室の一番後ろで。
馬乗りされていたコイツは、まぁ、いわゆるいじめっ子ってやつで。
馬乗りしていた私は、いじめられっ子ってやつだ。
「……」
なにかいっているが、なんだ。
ただの綺麗ごとじゃないか。全くもう。頭抱えたくなる。
今更何もかも遅いってのに。
もっと早く助けに入ってくれれば、こうはならなかったのに。
何度私がお前に対して、助けてと言ったか、分かっているのかコイツは。
そのうえで、そういうことを言っているんだったら、どうかしている。
自分のことはすべて棚上げってところだ。
まぁ、大人の汚い生き方としては、正しいかもな。
「はぁ……」
思わず漏れた溜息は、存外大きな声だったらしく。
その上聞いたこともない低い声だったようで。
怯えたような目でこちらを見やり、口をつぐんだ。
「……」
せっかく。
せっかく。
こちらが、こうならないように、いい子ちゃんを演じて弱者を演じて。
けれど、こうなりそうだったから、助けをお前に求めたのに。
いじめられているから助けてくれと、何度も言ったのに。
そこで何もせずに、事が終わってから喚くのか。
「……」
弱者を演じなければいいのかもしれないが……それはそれでよくないのだ。
私の中には、基本、零か百しかない。それもどうかと思うが、もうどうにもできないから、どうにかして付き合っている。
零の弱者か、百のコレだ。
社会でいきるなら、零でいくしかあるまい。
……それをこうして砕かれない限りは。
「はぁーぁ……」
また無駄な口を叩こうとしたので潰す。
ホントに喧しい。
私は、帰る。
このままここに居たくない。
いい加減色々と限界が、き始めている。
汚れている事への気持ち悪さと。
起してしまったことへの罪悪感とか。
内側で犇めいていて、吐きそうなのだ。
帰らせてくれ。
どうせ、助ける気なんてないだろう。
お題:助けて・演じる・心臓