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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集2 ワレスは素敵なジゴロ〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第十話 カルナバル
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カルナバル1



 修道院で悶着もんちゃくを起こしたマノンを見守るために、ときおり、アズナヴール伯爵家へ行く。マノンは強烈な個性の女の子だが、少女には違いない。


 そのせいか、近ごろ、ドリスのことをよく思いだす。一人きりの暗い部屋のなかで、じっとしていると、かつての、つかのまのぬくもりがよみがえった。


 ため息をついて孤独にひたる日々。

 だが、こうしているあいだも、あの血のつながらない娘が幸福に暮らしていると思えば救われた。


 ちょうど、そんな折だ。

 ジェイムズがやってきた。


「ワレス。君はバルニエ伯爵家のドリスのことをおぼえているか?」


 そんなふうに切りだしてくる。

 おぼえてるかも何も、忘れるわけがない。が、口に出しては、


「誰だっけ?」

「君がひろったみなしごのトリスタンだよ。ほんとは女の子で、伯爵家の令嬢だった」

「……ああ。それが何か?」


 気のないそぶりをしているものの、内心は落ちつかない。ドリスの身に何かが起きたのかと気が気じゃなかった。


 すると、そんなワレスの虚勢を悟ったように、ジェイムズはクスクス笑いながら告げた。


「ドリスが正式に伯爵になるそうだよ。後見のクーベル侯爵から手紙が届いた」


 ワレスはホッとした。いい知らせだ。それなら問題ない。


「だから? それがなんだって?」

「ついては襲爵しゅうしゃくひろうの宴をひらくのだそうだ。君にも招待状が来ている」

「…………」


 もちろん、会いたい。

 しかし、それではツライ気持ちを押し殺して別れた意味がない。

 もともとドリスは、バルニエ家の先代伯爵が愛人に生ませた子だ。いくら後ろ盾がついているからと言っても、人々は口さがないウワサをする。

 その上、貴婦人にたかるジゴロと知りあいだなんて思われるのは、ドリスの名誉にかかわることだ。もう二度と会わないほうがドリスのためだ。


「おれは行かないよ」

「そうかい? じゃあ、私は行くよ。ジョスリーヌからも名代を頼まれているしね」

「……おまえ、いつのまに、ジョスとそんなに親密になったんだ?」


「まあ、いろいろと。それより、君は行かないんだね? 君がひろった少女がほんとに今、幸せなのかどうか、見届けもしないなんて、案外、君は薄情なんだなぁ」

「ふん。どうせ」


 とは言ったものの、そう言われれば気になる。たしかに、伯爵家にひきとられて、暮らしはラクになっただろう。しかし、まわりの大人にイジワルをされていないか、財産を搾取さくしゅされていないか、確認したわけではない。


「……わかったよ。おれも行く。ただし、おれは城下町の宿までだ。伯爵家へはおまえ一人で行ってくれ」


 ジェイムズは意地っぱりだなぁと言わんばかりに苦笑した。

 しかし、それで話はまとまったので、急いで旅装を整えると、ワレスたちは馬に乗って南へむかう。


 バルニエ伯爵家の領地は運河ぞいに、いくつかの街と村を有している。馬を使えば、片道二日ていどである。広大なユイラ皇国のなかでは、かなり皇都に近い。


 途中で一泊し、ついた街は思っていたより都会だった。やはり、運河を通る貿易船から徴収ちょうしゅうする関銭せきせんで、バルニエ家の財政はそうとう、うるおっている。


「皇都と遜色そんしょくないな。ワレス?」

「そうだな。街並みは整い、人は活気に満ちている。さまざまな商品をならべる商店。北や南から送られてくる物資。豊かな街だ」

「よかったじゃないか。ドリスは子どもだから、まだ女伯爵としての地位は重荷だろうが、そこはクーベル侯爵がおぎなってくださるだろうしな」


 豊かな街で何不自由なく暮らす領主。

 ドリスの将来を思って安心する一方で、少女がほんとに遠い存在になったのだなと実感する。この街のすべてが今やドリスのものなのだ。貿易船が次々に落としてくれる金貨が、毎分ごとに彼女のふところを満たしてくれる。ちょっと前まで飢えて死にかけていたなんて嘘みたいだ。


「行けよ。ジェイムズ。おれはあの赤い屋根の宿に泊まる」

「ほんとに会わないつもりなのか? ドリスは君を待ってると思うぞ?」

「いいんだ。民に愛される領主になれと伝えてくれ」

「わかった」


 ジェイムズがあきらめて、一人、伯爵邸へとむかう。

 ワレスはひそかにそのあとをつけた。伯爵家の位置をたしかめておくためだ。運がよければ、遠くからドリスの姿を望めるかもしれないと考えた。が、それはかなわなかった。

 ジェイムズが伯爵家の門をくぐるのを見届けて、ワレスはさきほどの宿へ帰った。


 街はにぎわっていた。

 新しい領主が幼い少女だと聞いて、そのウワサで持ちきりだ。


「ほら、前の伯爵のヴィルジニーさまは、ほんとは偽物だったんだってさ。自分の娘をドリスさまのふりさせて、伯爵家をのっとってたんだって」

「悪い女だねぇ」


「だいたい、ヴィルジニーさまのころは税金も倍になったし、変な連中が《《はば》》をきかせてるし、やりにくくてしかたなかったよ」

「まったくだ!」


「橋がこわれても直してくれないしさ。強盗が出ても野放し」

「イヤなことばかりあったねぇ」


「でも、ドリスさまになってから、税金は前に戻ったし、橋も建てかえてくれるというし」

「まだ子どもなんだろ? よく領主がつとまるね」

「たいそう賢くて優しいおかただという話だよ」


 そんな会話を宿の食堂で小耳にはさむ。橋の建設はクーベル侯爵の采配さいはいだろうが、ドリスが領民に受け入れられているようで安心した。


 だが、そんなときだ。雑多な人々の話し声のなかに、不穏なつぶやきがまじる。


「何が賢い領主だよ。おれから、みんな奪っといて。絶対、復讐してやるからな」


 とても低いささやき声にすぎなかった。だが、そこにこもる憎悪の念を、ワレスはかぎとった。

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