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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集2 ワレスは素敵なジゴロ〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第九話 王女さまの猫
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王女さまの猫6



 その夜。

 ワレスは公爵に頼んで、もう一晩、泊まらせてもらった。

 晩餐を大食堂でとるようにし、そこへ客人を全員集めてもらう。


 椅子の上に置かれたチェチェは、最初、おとなしくしていたものの、退屈したのだろう。長いテーブルの下にもぐりこんでいく。


 一瞬、ワレスの足元に毛皮の感触がよぎったのは、王女の匂いが残っていたせいに違いない。

 しかし、すぐにその感触は消えて、ナオーンという鳴き声とともにチェチェが姿を現した。それはワレスが思っていたとおりの人物のもとだ。


 アーティ。次期アルメラ大公になる少年。

 チェチェは足元を何往復もして体をすりつけたのち、少年のひざの上に自力でとびのった。ものすごくなつかれている。あれは一度や二度でなく、定期的に遊んでやったり、おやつを与えたことのある人間に対する態度だ。


「あはは。くすぐったいよ。チェチェ」

「ナーン」


 王女が目を丸くしている。


「まあ、チェチェは人見知りするのです。わたくし以外の人に、そこまでなついたところを初めて見ますわ。いつのまに、そんなに仲よくなったのですか?」


 アーティは顔を赤くして口のなかでモグモグ言った。


「僕は……動物にはすごく好かれるんだ」


 王女の顔が輝いたので、もう一人の夫候補ファデリアはあせった。あわてて王女の気をひこうと、あれこれ話しかけるのだが、王女はまったく相手にしていない。


 食後の歓談も王女とアーティがとなりになって、二人で猫やその他の動物のことを話していた。


 落ちついたアンネマリー王女と子どもっぽいアーティでは、姉と弟のようにも見える。しかし、あと三年もたてば、少年は大人になる。背丈だって見る見るうちに伸びて、やがては王女を越してしまうだろう。そのときには、ほんの三、四つの年の差は気にならない。


 その夜、ワレスは賓客室をぬけだして、王女のもとへ行った。王女の寝室は角部屋だ。毎夜の《《亡霊》》の声も、ここまでは届かない。


「ワレス。待ってたのよ」と、王女は言うが、その瞳には迷いが感じられた。以前とは別の迷いだ。誰を夫にするか、ではなく、夫にする人をさしおいて、愛人をベッドに誘ってもいいのかどうかという迷い。


 ワレスは微笑む。


「アンネマリー。おれの生涯でも、王女さまの恋人はあなた一人きりだ。でも、もうあなたもわかっているはず。自分がどうしたいのか」

「ワレス……」

「今夜、下のテラスで待っていたらいい。亡霊の正体を知りたいだろう?」


 王女はじっとワレスを見つめ、ゆっくりまばたきしながら、そっと唇をふれあわせた。


「ありがとう。わたくしの最初の恋人。あなたのことは忘れないわ」

「お幸せに。おれの王女さま」


 チェチェを抱いて、王女は出ていった。しばらくして、窓外で猫の鳴き声が聞こえた。そのあと、男女の笑い声も。


 やはり、亡霊はアーティだったのだ。年上の美しい王女にひそかに憧れていた。でも、その気持ちを素直に伝えることができなかったというところか。


 これでいい。きっと、あの若草色の瞳に、これからの人生は幸福の光がともる。

 それが、ワレスの望み。ルーシサスと同じ色の瞳に、生涯、くもりがないことを願う。



 *



 後日、ワレスは異国の王女が、アルメラの次期大公のもとへ輿入こしいれしたことを知った。侍女二人と猫一匹をつれて、大公の領地であるアルメラ州の州都へ旅立っていったと、人伝に聞いた。


 若い夫婦はたいそう仲がよく、人もうらやむほどだとか。

 ただ、王女はときおり、こんな話をする。


「猫は好きよ。とくに愛しいのは、金色巻毛に青い瞳。優美で、しなやか。とても魅力的。あまりに美しいので誰もが恋するけど、でも、誰のものにもならないの。彼は自由な猫だから」


 まるで恋人を語るような口調で、年下の次期大公を妬かせるという。


 そんなウワサを、ワレスは少しくすぐったい思いで聞く。




 了

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