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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集2 ワレスは素敵なジゴロ〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第八話 修道女のため息
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修道女のため息1



 あいかわらず、多くの恋人のあいだを渡り歩いて、ふらふらしていたワレスが、久々に下町にある自宅へ帰ると、見なれない使者が待っていた。


「あなたがワレスさまですね。姫さまから聞いていたとおりのおかたです」


 初老で身なりのいい男だ。ただ服装は華美ではなく、ひかえめ。位の高い召使いではないかと、ワレスは思った。


「あんたは?」

「アズナヴール伯爵家に使える家令でございます。もったいなくも姫さまからは、じいやと呼んでいただいております」

「ちょっと待ってくれ。思いだすから」


 貴族の令嬢は、ワレスにとって商売相手だ。今の恋人だけでも百人はいるが、すでに別れた過去の人までさかのぼると、そうとうの数になる。


「うーん。お姫さまのファーストネームは?」

「マノンさまでございます」

「マノン!」


 とたんに強烈な記憶が、走馬灯のように脳裏をかけめぐる。暗闇にクサリでつながれて、数日、監禁された思い出だ。


「おれはもうあの子とはかかわりあいになりたくないんだが?」

「そうおっしゃらず、姫さまを助けてあげてくださりませんか?」

「い、や、だ」


 男はしばらく考えこんだあと、ポケットからハンカチをとりだして目元にあてた。


「このままでは姫さまが殺されてしまいます。どうか、どうか、あなたさまのお力を貸してはくださいませんか?」

「…………」


 まさか、この年の男に泣きまねをかまされるとは。

 さらに男はハンカチのすきまからチロリとワレスを見て、もうひと押しと泣き声をあげる。


「姫さまー。姫さまー。申しわけありませぬ。じいの力およばず、大事の姫さまをお救いすることができませぬー」


 すごい大根役者だ。ここまであからさまにわざとらしいウソ泣きを生まれて初めて見た。幼児だって、もう少しマシだ。


「もういい。わかった。話だけは聞いてやる」

「おお、ありがとうございまする。では、こちらへ」


 近くに馬車が待っていた。最初から拉致してでも、ワレスをつれていくつもりだったのだろう。さすが、あの令嬢にして、この家令ありだ。案外、以前のときも、コイツの入れ知恵だったのかもしれない。


 馬車に乗せられて、移動していくのは皇都の中心地だ。宮廷にもっとも近いあたり。


「アズナヴール家を通りすぎたんじゃないか?」

「今現在、姫さまはお屋敷にはおられません」

「じゃあ、どこだ?」

「あなたさまの件で、イタズラがすぎるとお父上からきつくお叱りを受けましてな。ただいま行儀見習いのために、皇居内のレイグラ神殿にて蟄居ちっきょなされております。おかわいそうに。あの苦労知らずの姫さまが、ご家族とも離れて、お一人で神殿暮らしとは」


 またハンカチをとりだして泣きまねを始める。いちいちヘタクソな芝居をしないでほしい。


「言っておくが、おれのせいじゃないぞ? そもそも誘拐は犯罪だからな。いくらそっちが貴族で、おれが平民だからって、おれには貴族の後見人が大勢ついてる」


 家令は無念そうな目で、ワレスをにらんだ。可愛い姫さまのためなら人殺しくらいは平気でしそうだ。


 馬車は皇居の敷地内へ入っていく。宮廷を中心にして、敷地内には騎士学校や女学校、ユイラの十二の神を祀る神殿、貴族のための墓地などがある。

 そのまわりは財務所、裁判所、兵舎、図書館、食糧の国家備蓄庫など重要な施設だ。貴族の邸宅が建ちならぶのは、さらにその周辺である。


 墓が敷地内にある貴族なら、たいていの建物へ入っていける。騎士学校へ通ったことのあるワレスにとっても、見なれた景色だ。


「レイグラ神殿か」

「さようにございます」


 レイグラは月の神。法律と罰を司る神だ。だから、行儀見習いには《《うってつけ》》というわけだ。


 学校や墓所も通りすぎ、こんもりした木立のなかへ入る。ちょっとした森だ。各神殿のあいだはそれぞれの独自性を保つために林で仕切られている。


 ここまで来る者はめったにない。ユイラ人は特別な儀式のとき以外、神殿に集まる習慣がないからだ。また、貴族は自宅に祭壇を祀る家も少なくない。


「それで、マノンが殺されるってどういうことだ? 誰かに命を狙われているのか?」

「それをあなたさまに調べていただきたいのです」

「でも、何かあったから、おれのところまで来たんだろう? そうでないなら、今からでも帰るが?」


 家令はまたポケットからハンカチを出すべきかどうか迷うふうだった。一瞬、ポケットに手をつっこみかけたが、途中でやめる。


「なにしろお姫さまでございますから、侍女を二人つけておるのです」

「まあ、そうだろうな。一人で暮らせるわけがない」


 貴族の娘なんて、一生、自分で自分の風呂をわかすことも、自分の食べるスープをあっためることすらしない生き物だ。ジョスリーヌを見ていれば、それがよくわかる。


「交代で姫さまのごようすを報告させておるのですが、先日、姫さまがお茶を飲んだあと、急に気分を悪くされ、一日寝込んでしまわれたと」

「腹痛だったわけじゃ?」

「ありません。毒でございますな」

「なぜ、毒と断言できる?」


 家令はほんのちょっと口ごもった。


「お茶の残りを調べさせたのでございます」

「ふうん」


 イタズラがすぎる娘ではあるが、十三やそこらで殺されるのは哀れな気がする。後味も悪い。


「しょうがないな。とりあえず、ようすを見てやるよ」

「ありがとうございます!」


 初老の男に両手をにぎりしめられた。

 また、やっかいごとに首をつっこんでしまった。

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