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ジゴロ探偵の甘美な嘘〜短編集2 ワレスは素敵なジゴロ〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
第三話 ワレスは素敵なジゴロ
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ワレスは素敵なジゴロ4



 マルクは魚が毒にやられ腹を見せて浮かんだところを見て、すっかり気分が悪くなったらしい。ベッドで寝込んでいるという。


 ちょうどよかった。

 そのときのようすをいっしょに食事していたマルクの母に聞いた。父侯爵はかなり高齢で皇都への旅がつらくなっている。今回は見あわせたらしい。かわりに叔父が相談役としてついてきている。


「マルクはこのごろはリンナールは飲みません。いつもリンナーナかコーニン茶を。それも魚で毒味させてから」


 リンナールは苦くて甘い。砂糖とミルクで茶葉の粉を煮立てるのだ。味をごまかせるので、ユイラでは毒が混入されることがもっとも多い飲み物だ。


 そこまで用心しているのに毒を仕込まれる。だが、屋敷に住んでいる者なら、マルクがじっさいに毒入りの食事を口にすることはまずないと推察できる。


「マルクは誰かに殺されるほど恨まれていますか?」

「いいえ。まさか! あの子はそれは優しい素晴らしい子ですよ。誰かの恨みを買うなんて、ありえませんわ」


 やはり、母は息子を盲愛している。話にならない。

 ワレスは早々にマルクの家族の相手をジェイムズに任せ、屋敷のなかをうろついた。


 恋人ならば、気疲れで倒れたマルクを案じて看病にむかうだろう。第三の恋人に会うには、そこへ行けばいい。


 そう考えて、マルクの寝室へ行くと、すでに修羅場が始まっていた。


「エロディー。やっぱり、おまえなんだな? 私が憎いのか? だから、私を殺そうとしているのだな?」

「若さま。それはあまりにもヒドイおっしゃりようですわ。わたしがそんなことするはずありませんのに」


 マルクとエロディーが言い争っている。


 ワレスはそっと扉をあけて、なかをのぞいてみた。

 もちろん、争いが激しくなりそうなら止めるつもりではあった。しかし、それ以上に、エロディーがどんな女か見てみたかったのだ。


 ひとめ見て納得する。

 小柄でほっそりして胸も小さいエリアーヌとは正反対だ。背はさほど高くないが、とにかく胸や尻にいいぐあいに肉がついて、唇も厚く肉感的だ。美形というよりはキュートな顔立ち。ユイラ人にはめずらしいタイプ。


「だけど、おまえ以外にいないじゃないか! 屋敷のなかにいて、いつでも私の食事に細工できるのは、おまえだけだ」

「若さま。わたしを信じてはくださらないのですね。エロディーは悲しいです」


 エロディーは泣きながら中庭へ走りだしていった。

 ワレスはすばやく隣室へ移り、そこからあとを追う。


 さすがに金持ちの皇都の別荘だ。中庭は華麗な花が咲き乱れている。とくに八重咲きのクチナシが芳香をはなっていた。肉厚な花びらの質感も、なんとなくエロディーっぽい。


 エロディーが貴族の御曹司との恋に有頂天になっていたであろうことは容易に想像がつく。なにしろ、身分違いの恋だ。プレゼントだって(センスはともかく)そのへんの平民の男がくれるものとは、わけが違う。


 マルクにすてられれば自害しかねない——と思ったが、クチナシの木のもとまで来ると、エロディーは大きく嘆息した。が、その顔つきはどこか冷めていて、涙のあとかたもない。


「エロディー」


 声をかけると、あわててうつむいた。

 ワレスは思わずクスクスと笑い声がもれる。


「さっきのは泣きマネだったのか。したたかだな」

「なんだ。若さまじゃないんだ。誰? めちゃめちゃハンサムなんだけど。上の上。特上ね!」

「おまえの若さまに頼まれて、彼の命を狙っている者を探してる」

「ふうん。お金持ち?」

「おれはジゴロだよ。貴婦人たちに養ってもらってる」

「ああ。色男、金と力はなかりけりかぁ」


 やけに古くさい格言を持ちだし、白い歯を見せて笑う。

 これは……魅力的だ。マルクが別れたくない気持ちはよくわかる。


「おれはみんなのものだ。でも、誰のものでもない。おまえも、そうかな?」

「わたしは的をしぼってるよ。若さまの愛人になれば、一生、楽して暮らせると思ったのになぁ。誰があんなことするんだろう?」

「要するに、金めあてか」

「あなたとわたしは同類! わかるでしょ? お金はたくさんあって困るもんじゃないわ」

「そう。つまり、金づるの若さまに死なれては元も子もない」

「当然」


 エロディーは犯人ではない。それは屋敷に来る前からわかっていた。毒を飲ませる方法で殺すことは不可能だと、屋敷の住人には知れているからだ。


「エロディー。誰が若さまを狙ってるんだと思う?」

「うーん。わかんないけど、前に屋敷の近くを変な男がウロついてるのは見たことがある」


「どんな男?」

「平民のふりしてたけど、ほんとは貴族ね。あれは。お屋敷のことをのぞきこんで、怪しかったわ」


「なるほど。ところで、エロディー。おれが犯人をつきとめて、若さまと別れなくてすむようにしてやると言ったら?」

「お願い! ぜひ、たのむわね」


「おまえが第二夫人に落ちつけば、たまに遊んでやるよ。おまえもあの若さまの相手だけでは退屈だろ?」

「わたし、兄妹が多いし、両親のめんどうも見なきゃいけないのよね。あなたを養うことはできない」


「おまえからは金をとらない」

「ほんと?」

「魅力的だから」

「もう、うまいこと言って」


 エロディーの腕がワレスの首にからみつき、豊満な胸が二人のあいだで押しつぶされた。

 クチナシの茂みに倒れこむ……。

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