第一話 喜び
「いらっしゃいませ、魔洋王服店へ」
「すいません、私たちは取材に来たものなのですが。」
「あーそうでしたか、どうぞこちらへ。」
「早速ですが、まずこの魔法で服が簡単に作られる世の中で、わざわざ人の手で服を作り始めたという初代社長についてお聞きしたいのですが」
「はい、この魔洋王服をお作りになった方はひとりの女性でした。名前は」
「いらっしゃいませ、お客様のお望みの服はなんでもお作りします、魔洋王服店、アニマ・スカーレットです。」
目の前に現れた勇者は、とても私の配下全員を殺した者とは思えなかった。
その姿は可憐で、美しく、まるでこの城に踊りにきたお嬢様のようだった。
「あなたが魔王ですか?」
少女は息一つあげず、淡々と質問をした。
私は作業をやめ、椅子から立ち上がった。
「いかにも、私が魔族の王、スカーレットだ。」
「では、その命、頂戴します。」
「はぁ、はぁ、さすがは勇者だね、負けだよ。」
激戦の結果、私は魔王の椅子までぶっ飛ばされ、瀕死の状態に陥った。
目の前の少女は傷一つなく、体についた血は、全て私のものだった。
トドメを刺そうと、少女は私のすぐ近くに歩いてくる。
すると、少女は魔王の椅子の横にある机に視線を向けた。
「私がここに来る前、なにを、していたのですか?」
「へぇ、配下から聞いた話では、君はロボットのようだと聞いていたけどね。」
私は少し笑みを浮かべる。
「はい、私は周りの方々からは、ロボットだと言われています。」
「そうか。君がここに来る前は、私は服を作っていたんだよ。」
「服?服でしたら、魔法で直ぐに作れます。しかし、その魔法で作るのに、このような道具は使いません。」
「違うよ、魔法で作るんじゃない、自分の手で、一から作るんだよ。」
「一から......なぜですか?」
「さぁ?何故だろうね。でもね、君が倒してきた私の配下は、必ずひとつ、私が作った服を持っているんだよ。」
「全員が......」
そこで、私は口からごほっと血を吐き出した。
「最後にひとつ、聞いてもいいかい?君の名前はなんと言う?」
それを聞いた少女はなおも淡々と私の質問に答えた。
「名前はありません、私は周りからはおい、や、ロボット、などと言われてきました。」
「あぁ、そうかい、なら、私が名前をつけてもいいかな。君の名前は、あぁ......君の魂は......とても......アニマ......アニマ・スカーレットだ。君はとても、人間らしい。」
そう答えた途端、少女は少し驚いた顔をした。
「私が......人間らしい......?」
「さあ、トドメを刺しなさい。」
「......はい」
「よくぞ、悪しき魔王を倒してきてくれた。ロボットよ。」
目の前にいる少女は儂の前に跪き、顔を下に向けていた。
「ありがとうございます、陛下。」
いつも通りの無機質な声で儂に礼を言うその少女を、気味が悪いと思いつつ、
「魔王を倒してきた褒美をやろう、なんでも言うといい。まぁ、貴様のような感情を持たないロボットのようなものに欲しい褒美など」
そこで、少女は初めて儂の顔を見上げた。
「では、名前と、店を開きたいと思います。」
「名前に、店だと?ふん、ロボットが褒美を欲しいなどとはな、いいだろう、店に使う金は好きなだけ持っていくと良い、名前は......何がいいかな、うーんと」
「名前でしたら、既に考えてあります。私の名は、アニマ、アニマ・スカーレットです。」
「イザベラ、お父さんたちは、先に屋敷に向かっているからね。」
「......うん......」
父と母を先に新しい屋敷に向かわせ、私はこの国を歩いてみることにした。
少し前までこの世界には悪い魔王がおり、人々はいつこの日常は奪われるかと、恐れていた。
しかし、つい最近、ようやく魔王が倒されたという情報があった。
(もう少し、早く魔王を倒せていれば......)
「いや!ダメダメ、感謝しなきゃ!せっかく魔王を倒してくれたんだから!」
国を歩いていると、いつの間にか人通りの少ない道についた。
「他とは全然雰囲気が違うわね。」
その光景は先程まで活気のあった場所とは違い、道にはゴミがあり、店もなかった。
「まぁこういう道も歩けば、少しは気が紛れるでしょう。」
その道をしばらく歩いていると、ひとつだけ、妙に綺麗な建物があった。
「こんなところに、こんな綺麗な建物......服屋?」
建物の前に看板があり、魔洋王服店という名の服屋だった。
「......」
何故かその店が気になり、私は店のドアを開けた。
「......」
中には誰もいない様子だった、と思ったら、店のカウンターにひとりの少女がいた。
私と同じくらいの歳で、髪は美しいブラックで毛先は銀色の少女は黙々と作業をしていた。
しかし、その表情は何を思っているのか分からないほどに無機質、汗ひとつかかず、淡々としていた。
「あ、あの!」
私が声をかけると、少女はこちらを振り向き、作業をやめ、その場にピンと立った。
「いらっしゃいませ、お客様のお望みの服はなんでもお作りします、魔洋王服店、アニマ・スカーレットです。」
そう言い、しばらくお互い無言の状態が続くと、その少女、アニマは作業に戻った。
(ロボットみたいな人ね。)
服を見ようと、店の中を見て回る。
が、
(うーん、どれも下手ね。)
ほとんどの服が素人の私から見ても下手と分かるような出来だった。
(これじゃ、着れないわね。)
そう思い、店を出ようとすると、
ががー
という音がかすかに聞こえ、気になり、音のする方向に歩いた。
そこはカウンターのようでアニマが服を作る作業をしていた。
「ねぇ、これ、何を作っているの?」
アニマの周りには見たことの無い機械や、ハサミなどの道具があった。
「ここは服屋なので、服を作っています。」
「え!?服って、こんなので作れるの?普通、服ってプロが魔法で作るものよ!?」
「一般的にはそうでしょう、しかし、私は自分の手で、一から作ってみたいのです。」
淡々と話すアニマの顔を見ると、最初は無表情で無機質な人と思ったが、目だけは真剣だった。
「どうして、わざわざこんな機械を使ってまで服を作りたいの?」
そう質問すると、アニマは作業をやめる。
「......知りたいのです、感情を......」
「感情......?」
「はい、私は周りの方々からお前はロボットのようだ、や、お前には感情がない、や、魔族と同じだな、と言われてきました。しかし、私は魔族と戦っている際、魔族の中にも、感情というものをを感じました。なら、私は、感情を持たない私は人でも、魔族ですらないのではと、思ったのです。ですが、私はある方からこんなことを言われました。君は、人間らしい......と......」
「人間......らしい......」
「私は感情を知って、人間らしいと言われた意味や理由を知りたい。その方がやっていた、服を作るという行動を通じて......」
(そうなんだ、この子はそのために)
「じゃあ、私たち、友達になろう!」
「友達、ですか?」
「そう!感情を知りたいんなら、友達を持っててもいいんじゃない?私はイザベラ!今日この国に越してきたの。よろしく、アニマ!」
アニマの前に手を差し出す。
その手をアニマは掴むと、
「よろしくお願いします、イザベラ様。」
「敬語は使わなくていいよ、様もいらない。それじゃ、私からひとつ、依頼をしようかな。」
「依頼......服のご依頼ですね、わかりました。」
「もう......えとね、私、彼氏がいるんだ......小さい頃から一緒で......でもね、彼、重い病気を持ってたの。だからそんな彼に贈り物をしたいなつて......」
「わかりました、殿方への贈り物として洋服を選んだのですね。では、どんな服がいいのでしょう。」
「それじゃぁ」
「ご依頼、承りました、予定日は今から1ヶ月後、殿方の誕生日でよろしいですね。」
「うん......それじゃ、よろしくね、アニマ!」
私は店の前で笑顔をアニマに見せると、アニマはキョトンとした顔になった。
「ただいま」
「おかえりイザベラ、随分遅かったじゃない」
「うん、ちょっとね。」
母が出迎えをし、私は新しい自分の部屋に入った。
ベッドに寝転がり、しばらく天井のシャンデラを見つめていると、涙がこぼれてきた。
「うぅ」
枕に顔を沈め、必死に涙を我慢する。
しかし、涙はどんどん零れていく。
「無理だよ、笑顔なんて......」
「はいもしもし、はい、ちょっとー!イザベラー!」
あれから数日経ち、部屋で本を読んでいると、母から呼ばれた。
「なに?」
「あなたに電話よ、アニマって方から。」
「アニマから!?」
直ぐに電話を取り、耳に受話器を押し付ける。
「イザベラ様、お洋服ができあがりました。」
「こんなに早く!?まだ一週間だよ!わかった、すぐ行く。」
直ぐに家の召使いに出かける準備を手伝ってもらい、アニマの店へ向かった。
「アニマ!お待たせ!」
笑顔で店のドアを開け掃除が行き届いた店の中を歩き、カウンターで作業をしているアニマに声をかけた。
「イザベラ様、お待ちしていました。こちらご依頼の服でございます。のですが......」
「?」
アニマが持ってきた服は、店の中に飾られた服と同じような、とても出来の悪い服だった。
「わ、わー」
「申し訳ございません、一生懸命作ったのですが。」
よく見ると、アニマの服も、自分で作ったのだろう、他の服と同じような、出来の悪い服だった。
「だ、大丈夫だよ、アニマが一生懸命作ってくれたんだもの。そうそう、お代よね。」
「いえ、お代はいただきません、このような出来の悪い服を作ってしまったのですから。それに」
「それに?」
「イザベラ様の殿方にも悪いと思いますので。」
「......どういうこと?」
「服を作る際、イザベラ様、あなたの事を調べさせてもらいました。貴族であるあなたは元々別の国に住んでいた。しかし、何故か最近、この国に越してきた。」
胸がドキンとする。
ダメ......やめて......
「イザベラ様、あなたは彼氏であるヒンメル様を、亡くされていますね。」
その名前を聞いた途端、涙が零れる。
今まで見せていた笑顔が無くなり、めいっぱい泣いた。
「なんで、なんでなのよ!どうして......」
アニマの膝に顔を沈め、服が涙で汚れるほど泣いた。
「落ち着きましたか?」
「......うん」
泣きやみ、落ち着いた私はアニマに過去のこと、ヒンメルのことを話した。
これは1年と少し前のこと。
ヒンメルが病室で本を読んでいるところを、私は目撃すると、外からこっそりと近づき、窓の下で待機した。
タイミングを見計らって、窓の下から勢いよく顔を上げると、
「わっ!」
「わああああああ!」
目の前にはヒンメルがわっという顔をしていた。
それに驚いた私は後ろに転んだ。
「それ私がやるやつだったのにー!」
「ははは、ごめんごめん、でも君、最初からバレバレだったからつい」
ヒンメルの病室の中に入り、椅子に座ると、ヒンメルの読んでた本を手に取った。
「またこの本を読んでるの?」
その本は昔私がヒンメルにあげた本だった。
「うん、何度も読んだけど、内容が面白くてね。」
「そう、ねぇねぇ、また予言を聞かせてよ。」
「うん、いいよ。」
ヒンメルは他の人にはない特別な力があった。
それは、予言。
近い将来起こることが一ヶ月に一回、ピンと分かるのだという。
「明日は雨が降るよ」
「えー、それだけぇ?」
「明日は雨が降って、それが一週間も続くんだ。」
「それはやばいわね。」
(洗濯物が干せないし、召使いさんたちは大変そうね。)
「そうだ、イザベラ、これを貰ってくれないかい?」
そう言うと、ヒンメルはベッドの横の棚からひとつの花のつぼみを取り出した。
「これは?」
「僕が魔法で花からつぼみにしたんだ、これを1ヶ月に一回、君に渡す。」
「これを、どうすればいいの?」
「育てて欲しい、花が再び咲くまで。」
私はつぼみをじっと見つめると、直ぐにヒンメルの顔を見た。
「うん、わかった!絶対に咲かせるから、それまで死んじゃダメだよ?」
「ふふふ、わかったよ、それにしても、やっぱり君の笑顔は、世界で1番美しいよ。」
2ヶ月後
「ちょっとヒンメル、結局あの後雨は降らなかったわよ?」
「あれ、そうかい?ははは、珍しいなぁ、いつもは当たるのにねぇ。」
「もしかして、体の具合が良くないの?」
私は心配した目でヒンメルを見つめる。
「大丈夫だよ、この前はちょっと調子が悪かっただけさ。そうだ、新しい予言はね、君の家の犬が子供を産むよ。」
「えーまっさかー。」
私が笑うと、ヒンメルは棚からつぼみを取り出した。
「それじゃ、今月の分、ちゃんと育ててね。」
3ヶ月後
「ヒンメル!ちょっとちょっと大ニュース!私の家の犬が、子供を産んだのよ!」
ヒンメルはいつものように私があげた本を読んでいた。
「だろ?だから言ったじゃないか。この前はちょっと調子が悪かっただけだって。次はゲリラ豪雨が来るからね、気をつけてよ。」
予言を聞くと、今月の分のつぼみを貰い、私は病院から家に帰っていった。
4ヶ月後
「僕が死んだら、体は海がよく見える場所がいいな、ここからじゃ、海が見えないから。」
私がヒンメルのいる病室の前に立ち、ドアを開けようとすると、そんな声が聞こえた。
「......」
(大丈夫、そんなわけない、ヒンメルの病気は、死ぬほどでもないし、魔族との戦いに参加させられるほど、弱くもない。)
いつもの笑顔でドアを開け、ヒンメルに挨拶をする。
5ヶ月後
「君の笑顔はほんとに美しいよ、イザベラ。」
「そう?」
いつものようにヒンメルと話をし、つぼみを貰う。
それから6ヶ月、7ヶ月と過ぎ、遂に、12ヶ月後となった。
その間、私はヒンメルからつぼみを貰い続けた。
「え、退院?」
「うん、いつも大人しくしてたおかげでね、すっかり良くなったんだ。」
「よ、良かったー!!」
私はヒンメルに抱きつき、必死に涙を流した。
「それじゃ、これからはいっぱい遊べるわね!一緒にランチしたり、散歩したり、あそうだ!海にも行きましょう!」
そうやって想像を膨らませていると、
「ごめん、イザベラ、それは出来ない。」
「......え?」
「実は僕、魔族討伐隊に加わることになったんだ。」
私は驚いた。
「そ、そんな、ヒンメルは体が弱いから、討伐隊には加わらないはずじゃ。」
「すっかり治ったって言っただろ?それを聞いた軍が強制的に入れてしまったんだ。」
(そんな......)
「大丈夫だよ、討伐隊と言っても、末端の末端さ、死にはしないよ。」
(それでも、嫌だ......)
「今からでも断って!もしくは、隠れて!」
「無駄だよ、軍は魔法で必ず僕を見つけだす、断っても、どうせ聞き入れちゃくれないよ。」
「そんなの......そんなのって......」
「だから、イザベラ、待ってて欲しい、僕は君の笑顔が好きだ。僕が帰ってきた時、その笑顔で、出迎えてくれ。」
「......死なないでね」
それが、私とヒンメルの、最後の言葉だった。
それから数日
ヒンメルから貰ったつぼみをひとつずつ、花瓶に入れ、水の入れ替えを行っていると、突然その全てのつぼみが咲き始めた。
つぼみはみるみるうちに花となり、周りの召使いさんや、母はそれを見て、嬉しそうだった。
しかし、私だけは何故かそれが、なにかが壊れたような気がした。
その後、ヒンメルが魔族との戦いで戦死したことが告げられた。
「ひぐっぐすっ」
自室でヒンメルから貰った花たちを机に置き、私は机のそばの椅子に座り、ずっと泣いていた。
ヒンメルの遺体は他の遺体と同様に回収できなかったらしい。
「ヒンメルぅ......」
花のそばで泣き、ふと花を見ると、花の中心に手紙があることに気がついた。
「......?」
それは魔法によって小さくなった手紙でヒンメルから貰った花全てに付いていた。
「......無理だよ......」
手紙を読もうとしたが、手が動かなかった。
読みたくても読めない、読みたくないから読まない。
「君の笑顔は美しい」
ヒンメルのこの言葉を思い出す。
「ヒンメル、あなたが美しいと言ってくれたこの笑顔を、私は忘れないわ......」
「これが、私とヒンメルの過去、わかった?」
「はい、わかりました。」
アニマは声色ひとつ変えず、私の話を聞いてくれた。
「この国に越してきた理由は、ここからなら海がよく見えるから、ここにヒンメルの墓をたてようと思ったの。」
「そうでしたか。」
「ごめんね、あなたには関係無いものね、やっぱり、依頼はなしにしてもらっていいかしら、せっかく作ってもらったのに、悪いわね。」
私は直ぐにその場から立ち上がり、店から出ていった。
(これ以上話すと、また泣き出しそう。)
「......」
店にはアニマが一人だけだった。
「イザベラ、ヒンメル君の墓ができたって。」
「うん」
あれから数週間、電話でヒンメルの墓が出来上がったという連絡が入った。
何を着ていけばいいのかわからないままヒンメルの墓ができあがった。
母から喪服を着なさいと言われたので、仕方なく喪服を着る。
屋敷から墓までしばらく歩き、その間、私は何も話さなかった。
お墓に着くと、そこにはたくさんの人の墓があり、海が見える場所だった。
「ヒンメル、あなたの望み通り、海が見える場所にしたよ。」
「ねぇヒンメル、私は......あなたの......言ってくれた笑顔をずっと......ずっと......」
上手く言葉にできない、目の前が涙で見えない。
すると、
「待ってください!」
突然後ろから声がし、振り返ると、そこには
「アニマ......」
アニマは私に近づくと、あるものを渡した。
「これって......なんで......」
それは、私がヒンメルから貰った12本の花とその花たちに付いていた、手紙だった。
「読んでください。」
アニマがそう言う。
「む、無理よ、私には無理......」
「あなたはヒンメル様が亡くなられてから今の今まで、ずっとヒンメル様について考えてきました。なので、今度は、ヒンメル様がどうあなたを思っているのか、知ってください。」
出会った時と変わらない、無機質な声でそう言った。
私はゆっくりと一ヶ月目の手紙を読んだ。
「やぁ、イザベラ、この手紙を読んでいるということは、僕はもうこの世にいないと思う。なんでわかるのかって?それはこのつぼみは僕が死んだ時に全てのつぼみが咲くように魔法を加えたからさ。それじゃ、2ヶ月目」
「やぁ、イザベラ、君がくれた本だけどね、実は内容はあまり面白くなかったんだ、じゃあなぜこの本を読み続けたかって?それは、君がくれたからだよ。3ヶ月目」
「君がいつも病室に来てくれて、本当に嬉しかった。僕は忘れられてない、こうして生きているんだって、そう思えたよ。」
「思ったんだが、僕がもしもこんな病気にもならず、討伐隊に加えられることもなかったら、僕と君はどうしていただろう。」
「きっと、毎日楽しく暮らしているのだろうなぁ、子供の頃は泥んこになるまで遊んで、大人になったら、そこらの国を一緒に散歩したりして。」
6ヶ月目、7ヶ月目、8ヶ月目、9ヶ月目、10ヶ月目、11ヶ月目と続き、
「やぁイザベラ、これが最後の手紙だ、最初にだが、君に言わなきゃいけないことがあるんだある。前の手紙で薄々勘づいていたとは思うが、実は僕は予言でいつ死ぬのかを知っていたんだ、一ヶ月目の時だね、あの時は雨が一週間降るなんていうくだらない嘘をついてしまったが、許してくれ。その予言が来てから僕は、本当に怖かった。死ぬ日がわかったら、その日までに死ぬことはないのだが、それでも怖かったんだ。でも、そんな僕を君は変わらず、一緒にいてくれた。それがどんなに嬉しかったか。イザベラ、君の笑顔は素敵だ、でも、これだけはやめて欲しい、喜びのない笑顔なんて、僕は嫌いだ。笑顔は喜ぶ時に使うものだ、僕はそうあって欲しい。ではさよならだ、イザベラ、最後のメッセージを送ろう。」
「最後の......?」
手紙を読み終え、自身の瞳から涙が数え切れないほど流れているのに気づき、ハンカチで拭う。
拭ったあと、花を見ると、真っ白だった花たちがそれぞれの色に変わった。
「これって......」
「これも、ヒンメル様の魔法なのでしょう、手紙を読み終えた時、本来の花に戻るのです。」
「これらの花には花言葉がございます。一ヶ月目から順番にお伝えします。」
「カンパニュラ、感謝、メランポジウム、元気、シオン、忘れない、ラン、美しい、ジャスミン、一緒にいたい、リンドウ、長寿、ツンベルギア、美しい瞳、ハーデンベルギア、出会えてよかった、コチョウラン、励まし、ネリネ、また会う日を楽しみに、ワスレナグサ、私を忘れないで、そして、薔薇、あなたを......愛しています。」
それを聞いた瞬間、また涙を流すのかと思った。
しかし、涙は出ず、逆に私は笑顔になった。
今までとは違う、作り物の笑顔じゃない、本当の笑顔。
「ありがとう、ヒンメル、私も忘れない、私もあなたを、愛してる。」
手紙を大事にしまい、アニマが持ってきた花たちを私はヒンメルの墓に供えた。
「私も同じ気持ちだよ、ヒンメル。」
振り返り、アニマの方を向くと、アニマはもうひとつ、何かを持っていた。
「これって......服?」
「あなたの話した過去をこの頭でずっと考えてきました。そして、考えながら、その服を作りました。当初の依頼の内容とは違う出来になりましたが、これは私が初めて上手くできた服です。」
アニマから服を貰う、すぐに着替え、アニマに見てもらう。
「すごいよ、アニマ、こんなに綺麗なの、見たことない、私の家にあるどんな服よりもずっとずっと綺麗。」
アニマの手を握り、
「アニマ、本当にありがとう!」
笑顔でそう言うと、
「これが、喜び、なんだね、イザベラ。」
アニマも少し、笑顔になった。
この日、アニマは、喜びという感情を知った。
ペース遅めで投稿するので気長に待っていただけると嬉しいです。
一応12話か13話構成の話で進めていく予定です。