ニケ
巨大な魔石を頂戴することが出来て、ホクホク顔で家に帰ろうとする「上杉奈月」
迷宮を討伐する事で、でき始めた魔物の繭に興味を示す娘の「サンディー」に呼び止められ、人と魔物の共通性について説明する羽目になる。
この異世界では、人、魔物、魔獣が巨大な勢力を保っているのだが、その境界線はけっこう曖昧なものだと、改めて認識する主人公達だった。
『とーちゃん、なんか繭みたいなのがあるけど、あれなーに?』
迷宮討伐を無事に終え、報奨としてもらった巨大魔石をもって帰ろうとしたとき、ムスメのサンディーに呼び止められた。
『あぁ、あれな。迷宮の主が討伐されたからね。魔物たちが繭に変化したんだよ。しばらくしたら羽化して、人か魔獣として生まれ変わるんだ。』
『へー、そーなんだー、魔物は死んだら人になるんだね。』
『まっ、そういう事だ。魔物も人も元は同じ所から来てるのかもな。』
迷宮の主や領域の主が人の手に落ちると、今まで巣くっていた魔物達は、いったん繭になる。そして人や穏やかな魔獣として生まれ変わり、新たに誕生した人の領地の民となるのだ。
この異世界では魔物と人が中心になって、絶えず領土の奪い合いをしている。なんだか物騒なシステムだと感じるかもしれないが、俺はそうは思っていない。
なぜかというと、もと居た地球では、人間同士が日常的に殺しあっていたからだ。同族である人間が殺しあうよりも、敵と味方がはっきりしている人と魔物が争っている方が健全だと思うのだ。俺って変かな?
繭をぼんやり眺めながら、そんな世界観に思いをはせる。
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『じゃあ、みんな一度迷宮都市の家に帰って、ご飯にしよう。
お腹が落ち着いたら闘技場へ移動して、もらった魔石を使って魔物の召喚をしようと思う。使える奴が出て来たら、ファンチェルに渡すし、ダメだったら売って武器や防具を買う資金にするね。』
ミカエル :『了解です。』
ファンチェル:『まだ仕事するのかぇー』
サンディー :『可愛いのがでてきたらいいなー』
3者3様の反応だが、大体なにを言うか予想がつくようになってきたな。
皆、思い思いの食事をとって休息した後、セリーヌ地下要塞の闘技場へ集まった。
『ファンチェル!ちゃんと起きてるか?寝ぼけてないで、ホレ、領主様から賜った
巨大魔石だ。落っことすなよ。こいつを使って使役する魔物を召喚するんだ!』
『ふぅわーぃ。ネムネムだぁー。んじゃいくにょー。
八ツ目さす、出雲立ち出る、アマテラス!蘇生!ダ』
『うゎ、バカ。蘇生じゃないだろー』
時すでに遅し。
ファンチェルが呪文を唱え終わると、巨大魔石は最初、暗黒の光を瞬かせ、そして漆黒の闇を展開させていき、地獄のような球体へと成長していった。
俺は暗黒の闇へ、一人だけ吸いこまれる。。。
やがて頭の中に荘厳な言葉が語りかけてきた
種族を定めよ
・蟲人
・蟲魔獣
どれにしますか?
ファンチェルやってくれたな…魔物が生返ったらいきなり襲われるんじゃないか?でもこのイベント後戻りできそうもないし。前にすすめていくしかないか。。。
たしか、蟲人は魔物だったはずだから、穏やかな魔獣ならたまに人と仲良く出来る奴とかいたよな。ということで、仕方なく、、、
・蟲魔獣 「ポチッ」
名前を定めよ
・ゴッキー
・ベルゼバブ
・コキュートス
・ニケ
どれにしますか?
ゴッキーはさっき討伐した迷宮の主だから、パス。
前回のサンディーの蘇生では、名前が大事だとセリーヌが言ってたな。なるべく穏やかな性格のネーミングか。ベルゼバブは蠅の悪魔だったはずだから、ペケと。
コキュートスはダンテの「神曲」に出てくる嘆きの川だったはず。裏切りって意味だよな。裏切られたら嫌だからこれも、ペケと。
ニケか・・・確か戦の神だったような。勝利の女神だったかな?どっちでも同じようなものか、消去法でこれしかないか。。。
・ニケ 「ポチッ」
ジョブを定めよ
・無職
・暗黒騎士・槍術士
どれにしますか?
この際だから無職にしとくか・・・
いや、仲間になった時のことを考えてやっぱり
・暗黒騎士・槍術士 「ポチッ」
すべての設定が終わりました。
神から100ポイント賜った。
ポイントを分配してください。
ポイントまであるのか。余りチートなスキルを与えると後々困るのはいやだし…
後で取り返しがつくようにしよう。
#八咫鏡で、64ポイント消費
#勾玉で、16ポイント消費
#魔力回復で、12ポイント消費
#以心伝心で、8ポイント消費
合計100ポイント。神器にポイントを多めに振っておこう。これなら何とかなるかな?#以心伝心があればコミュニケーションも取りやすいし。
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設定がすべて終わると、暗黒の光が闘技場に拡散し一瞬で収束する。ニケは不気味な佇まいで、地獄の底から這い出して来たかのように聳え立っていた。
ニケは俺を無視して、サンディーの前まで進んでいき、片膝をついてうやうやしく騎士の礼を取った。
『魔王様、復活おめでとうございます。不肖ながらこの暗黒戦士ニケ、あなた様の覇道のお手伝いをいしたく存じます。どうか我が剣をお納めくだされ。』
なんか生まれて直なのに、ニケちゃんスゲー騎士道を発揮してくれちゃってるな。しかも相手は、サンディーだしさ。魔王とか言ってるし。魔王なのか!?
『ニケよ。わたしは魔物の王ではなく、人の王として生きていくつもりだ。それでもそなたはわらわについて来るのかえ?』
なんだか、サンディーも人が変わったように応対しているし。ついていけねーw
『そうなのですか。。。魔王様がそのように仰るのでしたら、拙者、これからは人の軍勢として魔物を撃ち滅ぼしましょう。魔獣は人とも魔物とも生きていける種族です。あなた様が行く道がわたしの道と心得ましたので、地獄でもどこへでもお供仕ります。』
地獄に行きたいのですね!
『ふむ。そなたの忠義あいわかった。ではそなたの剣を受け取るとしよう。
ただ、わらわは、ここにいる「上杉奈月」と領主「セリーヌ」の娘故、一旦そなたの剣はわが父である「上杉奈月」に捧げてはくれないだろうか?』
とーちゃんに振ってくるんですね!
騎士道の塊のようなニケは、俺を一瞥すると侮蔑したかのように首を横に振りながらうそぶく。
『このような腑抜けた人族に、一時なりとも我が剣を捧げなければならないのか…仕方ない、そなたの奴隷とするがよい。』
俺はとりもなおさず、ニケを奴隷にすることにする。奴隷化しても大して拘束力はないが、何もしないよりはマシだろう。。。
『タラチネは、いかにあはれと、ヒルコ生む!奴隷化!』
『儂を奴隷にしたからといって、安心するでないぞ。そなたが腰抜けであると分かれば、いつでもその素っ首、刎ねて進ぜるからな。』
これで永遠に俺の安眠は奪われたな。海人だから、ウタタネしかしないけどね!
俺はふと思いついて休眠ジョブを確認してみた。あったあった、あらたに取得した休眠ジョブ#魔獣士。
昔セリーヌとジョブの収集をしていたとき、#蘇生士や#英雄とともに探していた伝説のジョブの一つが、魔獣を操れるジョブだったんだな。セリーヌによると魔物や魔獣を奴隷化することが、取得条件の一つだったはずだ。
俺はなけなしのスキルポイントをつぎ込んで、ジョブ拡張し、#魔獣士を6つ目の職業にした。
『ニケよ。俺は家族のことがもっとも大切なのだ。もちろんお前のことも家族として迎え入れるつもりだ。セリーヌやサンディーのように、王となる野望はあまり持ち合わせていないが、それでも俺についてきてくれるか?』
『主殿。もちろんで御座る。貴殿の優しさ、重々心得ておるつもりじゃ。これからは主様一家の盾となることを、ここに誓おう。』
おっ。成功したようだな。これで安心してウタタネができる。
『ニケよ。そなたの忠義わが心に届いたぞ。これからは我がパーティーの盾として存分に働いてくれ。』
俺はニケから捧げられた剣を受け取ると、切っ先を逆向きにして、新たに加わった仲間に返したのだった。
思いがけない形で最高のタンクをえる事ができたな。ファンチェルのヘマは厳重に注意するつもりだが、あまり怒らないでおいてやろう。。。
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俺はニケのステータス画面を開いてみることにした。
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名前:ニケ
種族:蟲魔獣
性別:♀
年齢:20歳・レベル20
職種:暗黒騎士・槍術士
賞罰:なし
所属:上杉奈月の隷獣
階級:なし
称号:人に使えし者
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#称号に、人に使えし者が増えているから、これで人を襲う事はないだろう。あと言葉からして♂と思ったが、♀だったんだね。蟲だからあんまり関係ないんかな?
#暗黒騎士だが人がもっている#騎士とどこが違うのかな?後で検証しなくては。槍術士はたくさんのモンスターを、同時攻撃できるジョブだな。槍は投擲スキルもあったはずだから、遠距離の物理打撃はなかなか魅力的だ。
ついでに装備も見ておくか・・・
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頭装備:蟲の兜
体装備:蟲の鎧
腕装備:蟲の小手
足装備:蟲の脛当
武 器:ブロンズスピア
盾装備:八咫鏡(ダメージ反射90%・状態異常防御)
投擲具:ブロンズピルム
指装飾:なし
耳装飾:なし
首装飾:勾玉
外 套:蟲の翅
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蟲魔獣は、体の外骨格が武具になってるんだ。重装備は金食い虫だから心配したけど、これなら資金をかけずに済みそうだな。
虫だからか腕が4本ついているので、複数の武器を同時に扱えるんだ。かなり戦闘向きな体の構造をしている。翅は飛ぶことも出来そうだし、防具としての機能もあるようだ。
勾玉は特に必要ないので、スキルポイントに還元したあと、#必要経験値5分の1を開放しておいた。これで通常の5倍のスピードでレベルアップする。
もう一つの神器、八咫鏡だが、実物を見るのは初めてなので、この闘技場で実験していこう。模擬戦の相手はミカエルでいいだろう。
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『ミカエル、新しく仲間になったニケの戦闘能力を試したいから、ちょっと戦ってみてくれないか?ニケのジョブは盾職だから、弓の威力は半減するけどレベル差もあるから丁度良い模擬戦相手になると思う。』
ミカエル:『ご主人様、了解しました。ニケの腕試しですね。お任せ下さい。』
ニケ :『主殿、あい分かった。ミカエル殿、胸をお借りいたします。』
『特にルールはないけど手持ちの武器と防具、魔力で戦ってくれ。では、始め!』
俺はいきなり戦闘開始を宣言した。戦場では誰も待ってくれないからね。
常在戦場の精神で生きていってほしい。
二人の戦士は、いきなりの戦闘開始宣言にもかかわらず、良い反応を示した。まずミカエルは素早く蹴りをイッパツ食らわせたのち、弓矢の優位を確保するため距離をとる。
ニケも負けてはいない。ミカエルの奇襲の蹴撃を待ってましたとばかりに、八咫鏡で受け流す。八咫鏡の特性は相手の攻撃を反射することだ。しっかりと蹴り飛ばしを受け止めたので、ダメージを負ったのはミカエルの方だった。
"ビシュッ" "ビシュッ" "ビシュッ" "ビシュッ" "ビシュッ" "ビシュッ"
ミカエルは、ニケとの距離を十分にとったあと、目にも止まらぬ速さで連続攻撃を浴びせかける。
"カァンッ" "カァンッ" "カァンッ" "カァンッ" "カァンッ" "カァンッ"
ニケは雨のように降り注ぐ弓矢を、ことごとく盾防御で弾き飛ばす。
ミカエルのスピードが余りに速過ぎて、ニケは防戦一方だ。このまま押し切られてしまうのか?と思っていると、突然ニケはブロンズピルムを投擲した。ミカエルは余裕しゃくしゃくでそれを避ける。
振り向くとニケはその場にはおらず、闘技場の天井近くにまで飛びあがっている。飛翔のスピードはかなりなものだ。ソニックブームが起こるほどではないが、近くにいたら巻き込まれて大けがをするだろう。
『アハシシマ、流され居つく、海の神!スタージャベリン!』
ニケは投擲スキル#スタージャベリンを上空から放つ。投擲武器のブロンズピルムはすでに手元にないが、スキルは魔力で投擲武器を形成するので、無手でも相手を攻撃する事が出来る。
超速で迫ってくる魔法の槍をミカエルは避ける。(魔法まで避けれるんだね…)
ニケはミカエルがよける事を予測していたかのように、槍と一緒に突撃していた。ミカエルとの距離を詰めたニケは、必殺の槍突きを目にも止まらぬスピードで連続で叩き込んでいく。
"シュバッ" "シュバッ" "シュバッ" "シュバッ" "シュバッ" "シュバッ"
"シュッ" "シュッ" "シュッ" "シュッ" "シュッ" "シュッ"
必殺の連続突きをすべてかわし切るミカエル・・・
ミカエルはお返しとばかりに至近距離から、雨あられと弓矢を射かける。
"ビシュッ" "ビシュッ" "ビシュッ" "ビシュッ" "ビシュッ" "ビシュッ"
"カァンッ" "ズビュッ" "カァンッ" "カァンッ" "ズビュッ" "カァンッ"
さすがのニケも何発か食らってしまう。
八咫鏡を防戦一方にしてから、下段から連続蹴撃をお見舞いするミカエル。
"ドゥガッ" "ドゥガッ" "ドゥガッ" "ドゥガッ" "ドゥガッ" "ドゥガッ"
"ズゥギョ" "ズゥギョ" "ズゥギョ" "ズゥギョ" "ズゥギョ" "ズゥギョ"
勝敗は決したようだ。
ニケはその場で消滅して、闘技場の隅で復活した。
『二人共ご苦労だった。特にニケは凄くよかった。ミカエルはお前のレベルの4倍以上あるので、この結果に落胆することは無い。お前は間違いなく最高の盾職人に成だろう。ミカエルも予想以上に強かった。魔法まで避けるとは恐れ入ったよ。』
俺は二人を、特に負けたニケを激励する。
ニケ :『流石ミカエル殿です。今の拙者では一矢も報いることが出来なんだ。もっともっと精進いたす故、又お手合わせ下され。』
ミカエル:『ニケ殿もお強かったです。これからはパーティーの盾として期待しておりますので、ご主人様たちをお守りください。』
しっかり俺を守ってね、ニケ。期待してるよ!
八咫鏡の特性も大体わかった。神器の盾の反射機能は、近接攻撃にだけ効果を発揮するようだ。魔法や投擲武器によるダメージは相手に返す事が出来ないらしい。
ニケの能力も大まかに把握できた。ミカエルがいろいろと試してくれたおかげだ。
タンクがパーティーに参加してくれる事で、ファンチェルとか俺の紙装甲もカバーできるし、これからはハイレベルな狩場でも安全に稼ぐ事ができるだろう。
ファンチェルの失態で、召喚するはずの魔物を生き返らせてしまった「上杉奈月」
やむなく復活イベントを遂行していくが、地獄の底から黄泉がえってきた魔獣は、世にも恐ろし気な「暗黒騎士」だった。
蘇生させた暗黒戦士に、寝首を搔かれそうになるが、機転を利かせて配下にする事に成功する「主人公」たち。
瓢箪から駒で、貴重な盾職をゲット出来たので結果オーライだ。これからはもっと危険な狩場でビシバシ稼ぐと誓ったナッツだった。