ドーベル
「剣王の踏み込み(クローズソード)!」
ドーベルの剣が線を描く。本来ならそれは確実に敵を必殺するものであったはずだろう。しかし、現役から何百年というブランクは残酷である。
パウロはそれをギリギリのところで受身をとる。ヴァインソードは砕け散り跡形もなくなる。
「さすがでございます……カッ!」
「ヴァインソードは砕け散ったようだけどギリギリのとこでまだ神の加護は発動してくれていたみたいだね」
「なんっという……」
ドーベルだけでなくパウロ以外の誰もがその攻撃は予期していなかったことだろう。地面からいきなり生え出た土の鋭くなった断片はしっかりとその剣士の胸中を貫いていた。
「知っていたかい。自然の加護っていうのは敵に攻撃をすることによる防衛って意味合いも含まれているのですよ」
地面から生え出た土はドーベルの身体から抜け出ると再びズプズプと元の形状に戻っていく。その場に力なき戦士は倒れる。
「ド、ドーベル!」
新都は叫んで駆け寄ろうとしたが、足が動かなかった。あんなに自分に尽くしてくれた者が絶命のピンチに苛まれているというのに結局自分の命が犯されるという恐怖の前に一歩たりとも動くことが出来ないのだ。
「私としてはそこの落第生だけで、君は出来れば殺す気はなかったんですがね。まあどちらにしても証拠隠滅のため喉や手は潰す予定ではありましたが」
「……メア様」
「何かしら」
「その、魔法の準備の方はもう出来てるんですか」
「はあ、とっくに出来てるわよ。ただここであたしが横であそこのエルフを倒しちゃったら場が興冷めじゃない。さすがのあたしも空気ぐらい読めるわよ」
そう淡々と話すメア。それに対して若干の苛立ちは覚えたもののそれは仕方のないこと。メアからしたら何の思いいれもない上にモンスターの死など長い寿命から見たら死ぬほど見てきているのだ。ただの人間であり、その上その中でも一際何も経験してこなかった一ニートの感情の幅で冷酷な奴だと推し量るのは愚考に他ならない。
「じゃあ、あいつを再起不能にしてくれ」
「してください……でしょ?」
「してください! お願いします!」
新都は敵に背を向けメアに向き直り頭を地面に磨り減るほどつけ土下座をする。敵をせめてドーベルに代わって排除してやる。これが弔いになってくれるはずだ。
「はあ……何を熱くなってるんだか」
メアの魔法陣が光り、発動準備状態に入る。
「ふふふ、先ほどの戦闘を見ていなかったのですかね。あなたがどれだけ攻撃魔法を起こそうとも物理・魔法共に対人である以上この自然の加護の前では無力と化すというのに」
「はあ……そんなの関係ないわよ。私の技はね、あんたみたいな対人に対しては最強なのよ。じゃあさくっと終わらせますか」
「ほう、最強クラスの悪魔のくせしてなかなか話の分からない方ですね」
「生命の根源たる情緒よ。その情性の内を今ここに解き放ちたまえ!上級魔法ソレイシャス!」
「ぐふうううううううううううううううう!!」
パウロは声にならない叫びで悶絶しながらその場に倒れる。草木は彼を守ることはなく何も反応しない。何かエフェクトが見えたわけでもなく何か干渉を受けたのであろう彼自身にも外傷は見当たらない。ただこの空間で術の前と後で男が一人倒れただけだ。
「一体これは何が起きたんだ」
「あたしの魔法は淫奔の魔法。さっきのはあたしの得意技ソレイシャス。相手の性器を消滅させて不能にする魔法よ。ちなみに性欲が強い奴ほど効果抜群らしいわ」
「ひえっ……」
新都は自分の股間を押さえ縮こまる。消滅とは簡単に表現されているもののそれはきっと物理的になくされるのとはまた違った苦痛に違いないだろう。
「でも、確かにそんな魔法使えたら最強と謳われる理由も分かります」
「まあね。とはいってもこの魔法、男にしか使えない上に男でも性欲が全く無い僧侶ジョブには使えないわ発動までに時間はかかるわでなかなか難点も多いんだけどね」
そうだとしても自分には効果抜群に違いないわけで。一生逆らうのは辞めようと新都は心に誓う。
「それよりあんた、そこの駄犬は早く応急処置してあげないと本当に死んじゃうわよ?」
「え?」
「だから、そこの犬の騎士さん。まだ生きてんだから早いとこ処置してあげなさい」
「ほ、本当ですか!?」
新都は急いでドーベルに駆け寄り様子を見る。すると微かに聞こえてくる寝息。新都は慌てて部屋から出て助けを呼びに行くのであった。
それから数日後。
結論から言うとあれから唯野新都の人生は特に変わってはいない。相変わらずパソコンでネットサーフィンに没頭する毎日だし相変わらず外には出たがらない。
しかし、政府からの襲撃は今のところ無い。なぜなら新都はただのニートからジョブを持ったニートに昇格したからだ。思うに働く可能性が見出されたから削除対象には変わりないものの優先順位、執行猶予が少しだけ延びたのだろう。
「はい、これがあなた様、唯野新都様が正式に召還士であることを証明する書類と証明プレートになります」
「あ、ああ、ありがろん……あっ、ありがとうございます」
リズムが壊れた振り子のようにガクガクと足を震わせながらパウロ先生から二つのものを渡される新都。それは自分に見合っていない大層なものをもらっているという緊張もあるがもらっているパウロ先生の容姿に対してのものでもある。
パウロ先生の目は澄んだ目をしていてあの事件から見るともはや別の人物のようだ。というか若干髪は長くなり、顔には薄化粧。なんというか女性っぽくなってしまった。性器の喪失と共に生気もなくなることを危惧していたがこの様子ならかえって術を喰らって良かったのかもしれない。
遠くで女性の影が消えていくのが見える。
「ほ、本当に俺は召還士に……」
「はい、そうですよ。それにあなたには感謝しています。以前の私は欲望にまみれ本来有望な訓練生を生み出すためになったこの職を私利私欲のために使っておりました。本当に、愚かでした。しかしそれに気付かせてくれこうして新しい私に生まれ変わらせてくださったのは新都さん、あなたに他なりません」
白い細い手で握られ顔が赤くなってしまう新都。後ろからはバッカじゃないのというピンクの悪魔の声が聞こえてくる。
「(待て待て、パウロ先生は確かに女性的にはなったが本当に女性になったわけじゃないんだぞ)」
「ほら、早くいくわよ」
メアは若干飽きたように後ろから足でゲシゲシと太ももを蹴ってくる。
「わ、分かってますよ」
あまり長居は無用だと後ろを向き直ろうとし、訓練所の入り口に立っている人物に目がいく。その人物はニコッと優しい笑顔で心から自分を祝福しているものだと分かった。
「メア様、もう少しだけお時間を下さい」
「はあ? 下僕のくせに私をさらに待たそうなんて……まあ、いいわ。少しだけよ」
メアは入り口に立っている人物に気付くと許可をくれる。
「ありがとうございます」
頭を下げその人物の元へと駆け寄っていく。
「あの……」
「新都様。無事単位取得おめでとうございます。これで晴れて召還士になられたわけですね」
「ああ、まあ、ドーベルの力じゃなくてこの俺様の力でここまできたんだけどな」
口をついて出た言葉はそんなしょうもない虚栄だった。
「ええ、新都様のおっしゃる通りでございます。このドーベル、新都様の成長を傍らで見届けることが出来、本当に嬉しく思います」
「へっ、か、勝手に言ってろ! もうこんなとこ二度と来ないからな! これからは最強にして最恐の召還士としてこの世界を轟かせて世界を混沌に陥れてやるのだ」
「ええ、良い噂にしろ悪い噂にしろこのドーベル。新都様のご活躍を心から楽しみにしております」
「ふ、ふんっ言ってろ! じゃあな」
「ええ、最後に新都様。握手をして頂いてよろしいでしょうか」
「あ、何でだよ気持ち悪い」
「私事ではございますが、ここを卒業された方が将来有名になられた時に少しばかり自慢させていただきたいなと思いまして」
「ほ、本気で俺が有名になると思っているのか」
「ええ、それはもちろんでございます」
その笑顔は全く裏を感じさせないものだった。普段の厳しい顔、パウロとの戦闘の時の騎士の顔、そして今の心からの優しい顔。全てが心からのものなのだと感じさせられる。
「へっ! 俺が有名になったからには精々そうやって金魚の糞みたく自慢でもしてるんだな」
これが最後のドーベルとの会話になったのだった。




