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パウロ戦

「で、せっかく呼び出してくれたからあんたの願い事を一個は聞いてあげるとは言ったけど……ここどこよ」

「メア様。もう少しで付きますから少々お待ちください」

「まったく。早くしなさいよね」

「おい見ろよアレ……」

「あれ確かこの前召還士コースで問題起こしたって騒がれてた……」


周りの野次馬が次々と新都の方を向き、口々に困惑や侮蔑の感情を吐露する。

契約を済ました後、新都とメアは訓練所に来ていた。それだけならここまで周りの視線は痛くはなるはずもないのだが、構図がそうさせてしまう。


それもそのはず。新都の今の姿勢は手の平と膝で地面を支えて前にゆっくり歩くと言う四足歩行の状態であり、その上にメアが頭に足を乗せふんぞり返っているという誰が見ても男が下僕であることを象徴している格好であるからだ。


「くそ……俺をそんな目でみるな」


周りの視線がグサグサと体の内部に刺さる。痛みなどないはずなのに。誰も彼も何かをしてきているわけじゃないのに。どんどん胸はしめつけられ、のどからは全然酸素が入ってこなくなる。それは普段の運動不足によるものなのかと新都は思う。


彼のプライドと彼女への忠誠心がせめぎ合って出来た感情の大洪水など新都には分かるはずもない。ただただ、永遠にも感じる果ての無い苦しみが新都を襲う。


「新都様!?」


そんな苦痛に一つの声がかけられる。視線の一部がその声の主に向かう。そこにはドーベルが驚いた様子で立っていた。


「ド、ドーベル」

「新都様……召還士の講義を抜け出してしまわれたと聞いて驚きましたがまさかそんな大悪魔の召還に成功されていましたとは」

ドーベルは周りの温度とはかなり違った様子でハンカチを取り出しおろおろと泣き出す。

「ま、待ってくれ。これには訳が」

「いいえ、私も昨日はなんとか実技を再度受けられないものかとパウロ先生にお願いしたのですが断られ正直途方にくれていたのですよ。いやあ、本当に良かった」


ドーベルは全く聞く耳を持たないと言った感じである。それに加えメアは何をもたもたしている早く行けと頭をかかとでガシガシと蹴ってくる。


「ちょっと待ってくれ。じゃあ俺の召還士の訓練はどうなるんだ」

「(まあ、どちらにしても単位だけもらって卒業してやるつもりではあるんだが)」

「そうですねえ、私としても新都様がまだ召還士の訓練を続けてくれるとおっしゃるのであればそれは嬉しい限りです。もう一度私の方から交渉を持ちかけてみましょう。ところで今からどちらへ?」

「ああ、丁度今からそのパウロ先生のところへ行くところだったんだけど」

「それはそうでしたか! では私もお供させていただきます」

ペコリと礼儀正しく一礼をするドーベル。

「こいつはあんたの何なの? 下僕のクセに下僕がいるわけ?」


その様を見ていてメアが少しだけ怪訝そうにそう言ってかかとの力を強める。それにつられ頭がゆっくりと下がる新都。


「いいえ、私はただの新都様の生活観察担当でございます」

「あっそ、つまりこいつとは何でもないわけね。じゃあいいわ。付いてきたければ付いてくれば?」

「ありがとうございます。失礼なことをお聞きしますがあなた様の魔力を見る限り只者ではないように思えます。本来あなたほどの大魔王ともなれば余程の供物があるか何か目的がなければ現界に応じないはずです。何か、こちらの世界に目的がおありで?」

「ふん。ただの暇つぶしよ」


メアは一瞬思いつめた表情をしたが、すぐにツインテールを翻した。ドーベルは失礼しましたとだけ言い、これ以上何も聞くことはなかった。


パウロの部屋の前の扉は閉まっていたものの鍵はかかっておらずあっさりと中に入ることが出来た。

部屋の中は閑散としており、パウロの机の書類は紙吹雪同然といった具合に辺りに散らばっている。新都がワイズの書を盗んだ後のパウロの暴れた様子が見てとれる。


「なんだか汚い部屋ね。部屋の中も本ばっかりで退屈そうだし」

「まあ、部屋に関しては元はこうじゃなかったんだけどな」

「で、何してるの? その先生って人なら地下にいるみたいだけど」

「え? どうして分かるんだ?」

「はあ? あんたもしかして魔力感知も出来ないわけ? よくそんなんで私を呼ぼうと思ったわね」

「いやっ別にそういうつもりじゃ」

「うるさい口答えするな!」


それは魔力による制圧なのか、はたまた今までのサキュバス風俗で身体に刻まれてしまったサキュバス族への変態的な忠誠心なのか口は縫い付けられたかのように開かなくなる。


「まあまあ、新都様は人間族のお方。種族的にも魔力感知は難しいかと」

「ふん、そんな下等な種族に呼ばれたなんてつくづく汚点だったと思い知らされるわ! さあ、早く行きなさい! このノロブタ!」

「ふごお!」


サキュバスは異次元ポケットを出現させ黒い長い鞭を取り出すと新都のお尻をこれでもかという程叩く。それに応じて新都は部屋の隅に見つけた地下室への階段を四つん這いのまま下りていくのであった。


「うおっ……これはこれは何とも素晴らしい体つきだ」

「やめ……て」


一人のエルフは目に涙を浮かばせそれを恍惚の表情で見るパウロ。エルフはバタバタと暴れはするものの鎖は外れることはない。奴隷囚のようなその服は既にところどころ破られていて露出の方が多い状態である。


「ふふふ、かわいそうだけどここは私の部屋の地下室。誰も助けになんてこないよ」

「なんで……私はただ治癒による護衛の召還に応じただけなのに」

「ははは、ある意味治癒だよ。私の心の治癒になるからねえ」

「いやあ!」

「あはは! いい顔だねえ! もっと良く泣いておくれ!」

「きもいったらないわね」

「え? 誰だ」


パウロが後ろを振り返るとそこにはピンクの髪のツインテールの幼女と同じ訓練所の職員、ドーベル。そして前日訓練所から姿を消したはずの男が幼女の尻に敷かれていた。少なくともバランスが全くとれてないパーティであることは間違いないだろう。


「なんですか君達は。私は今日は留守にしていたはずですが」

「留守にするならせめて自分の部屋の鍵ぐらいかけていったらどう? それにしても自分と同種族のエルフを召還で呼び出して淫行するなんてね。ここの世界は悪魔より倫理観のない奴がたくさんいるようね」

「う、うるさい! くそ、なんで鍵がかかってなかったんだ。確かに私は」

「すみません。先日私が交渉しに行ったときに地下室から奇妙なうめき声が聞こえましたので。あなたが違法召還を行っているという噂の真偽を確かめていただくべく少しばかりドアに細工をさせていただきました」

「くそお、生活指導の分際で……」


パウロはガシガシと悔しそうに足踏みをする。


「まあいいでしょう。どちらにせよここであなた達に消えてもらえば済むだけの話です」


そう言いパウロは一冊の本を取り出し、エルフを呼び出した小さな魔法陣とは別の部屋全体に大きく刻印されている魔法陣に手をかざす。


「ふん、消えるのはどちらかしら」

「ど、どういう意味だ」

「いいえぇ。でも、唯でさえ異性は苦戦するであろう私にとってあなたはその中でもはなかなかに不利な特性に見えるから」


メアは余裕の表情を一切崩さない。この戦闘をすればどちらが勝つかなど戦略を考えるまでもなく明白なことのように。


「ま、待ってくれ!」


しかし、その戦闘の雰囲気は一人の男によって水をさされる。


「何口出ししちゃってんのよ。こいつが憎いから私に倒して欲しいとかじゃなかったの?」

「違う。俺はこいつと交渉しに来たんだ。ここで戦闘を始めてしまうと最悪あいつが交渉不能な状態になってしまう可能性だってあるんだろ?」

「ええ、まあ?」


メア様にしては口を聞いてくれたと感動を覚えながらも新都は提案を続ける。


「じゃあここは一つ」

「ふーん、えらくその女を高く買っているようじゃないか。落ちこぼれには講座から私の凄さは伝わってこなかったというわけですか」

「そ、そういうわけじゃない。パウロ先生。この方、メア様の魔力が見えないとは言わせませんよ」

「ああ分かるさ。どこから捕まえてきたのかは知らないけどそこまで高い魔力を秘めた魔物はいくら経験豊富な私といえど久々にお目にかかるレベルだ。一体どこでこんな凄いモンスターを連れてきたのやら」

「そ、その質問を待っていましたよ。き、聞いて驚け! この魔物はあなたが呼び出すはずだった魔物。机に置いてあった『ワイズの書』で呼び出された魔物なんです!」


そう言い放ち全力で手で称えた表現をする新都にそれに合わせ髪をかきあげうっすらと笑みを浮かべるメアはもはや敵のボスとその側近さながらの振る舞いであった。


「ほお、あの書で呼び出せる魔物の中であなたが用意できる供物で応じる者がいたとは。まあ、その結果サキュバスというあたりその中でも最弱を引いてしまったようですけど」


しかしパウロもそれに負けじと笑みで返し、皮肉で応戦する。それに対してメアの額にうっすらと青筋が浮かぶ。そこにはさっきまでの涼しい顔はない。

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