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初めての召喚

誰しもが一度は夢見るであろう召還士。普段はドラゴンを使役しながら町を闊歩し、大冒険では町を不幸に陥れている悪魔を倒し契約を結ぶことでさらに強いステータスを得る。まさにモンスターがいる限り決して廃れることのない最強の職業ジョブ

であるのは確かなのかもしれないが、その高みに到達することは至って容易とは言い難いのだった。


「はあ……今日は何日目だ……」

「はい、今日でちょうど半分の七日になります。本日も気を引き締めて参りましょう」


独り言で発したつもりの言葉に後ろから返答が帰ってきて思わず後ろを振り向き今までにしたことのない速さで後ずさる。そこには顔がドーベルマン風の緑の訓練服を着た獣人がいた。その男は今日も犬のクセに顔の毛並み一つ崩れないきっちりとした姿で立っている。本当は名前があるのだろうが新都はたった二週間の付き合いの奴の名前なんて覚える必要はないとドーベルと呼んでいる。しかしそれを好意と取ったのかドーベルは馴染みやすい呼称感謝致しますと頭を下げるのだった。


「くそ……いつの間に背後に立ってやがった。後、いちいち反応するなよ、びっくりするだろ」

「ん? 何かおっしゃいましたか?」

「あ……いえ」


小首を傾げるドーベルについひるんでしまう新都。それもそのはず。いくら一週間とはいえついこの前まで誰とも碌に話してこなかった新都にとって対人でコミュニケーションを取るということはとても難しいことなのだ。ましてや相手が人間でないなら尚更である。


「そうですか、ところで新都様。後数十分で学科が始まるのですがあなたは今どうされているのですか? なぜ教室とは逆向きの方へ歩いておられたのですか?」

核心をつく質問。もう逃げられるはずもない。

「(ああ……せっかく今日は珍しく朝遭遇しなかったし早退してもバレないと思ったのに)」

そう、新都は今日こそ授業をバックレようとしていた。

「たまたまです……トイレに行こうと思っただけで……」

「そうですか。では私も付き添い致します。そして新都様がちゃんと教室に入るのを見届けさせて頂きます」


屈託のない笑顔。心から訓練生に従事したいという意志がひしひしと伝わってくる。新都は一週間にしてそのドーベルの表裏のない振る舞いに気付いてはいたのだがつい心からそれを信じることが出来ない。


「(くそ、このワン公犬の分際で人様を疑ってんじゃねえぞ! ああ、今日という今日はガツンと言ってやろうかな)」

「どうされました? トイレはこちらですよ」

「はい、すみません」


トイレで用を足していると獣人は困ったようにため息をつく。


「はあ……全く。それにしても今週の二日目にドタキャンされた時はビックリしましたよ。あんなに最速で引きこもったのはあなたが初めてです」

「はは……すみません」


新都はただ謝るしかなかった。召還士のジョブの訓練コースが始まって二日目。長年引きこもりをしていた新都にとって毎日どこかに通うという習慣づいた行いをすることは肉体的にも精神的にもなかなかにダメージのくるものだった。

新都は真っ先に外界との干渉を断つために部屋のドアの鍵をかけふとんを全身に被るとただただ時間が過ぎるのを待っていた。


「(はあ……初日は何となくいけそうな気はしたんだけどな。まあこうなることは分かってたさ。最初から……俺はああいったところに通うことは出来ない。そう、大学だって一年の夏休み明けから行けなくなっちまった俺にはな)」


そう自分に言い聞かせふとんという自分の殻に籠もる。あの日と同じように後悔の念が渦巻くのは最初の数日だけ。時間が立てばまたどうでも良くなっていつもの退屈な日々にでも精を出す気が起きるだろう。

そんなことを考えている時だった。


バンバンッバンバンッ


ドアがけたたましく悲鳴を上げる。いつもなら大家が家賃未納の件で来てるか金融業者が取り立てに来たのだろうと息を潜ませるのだが、今回はいつもとは違う予感がしてならない。

なぜかその予見している対象の方が本来なら怖いはずなのに今は物凄くドアの先にいる存在の方が怖くて仕方がない。


バンバンッバンバンッ


「おや? 居留守でございますかね。仕方がありません、とりあえず中に入らせて頂きます」

「ま、まさか」

ボゴォンッ!!


かつて色んな奴らに叩かれてきて尚無事であった耐久度に絶対的な誇りがあったそのドアは静かに新都の方に倒れてきた。そして視界に刺さる眩しさとそこに立つ一人の男。


「やはりいらっしゃいましたね。今日はまだ二日目でございます。いずれ借り出されるのは分かっていましたがまさかここまで早くこの日がくるとは思いもよりませんでした」


ドアの先に何事もなかったかのように立っている教官の一人、ドーベルは土足のまま僕の部屋に上がりこんでくるとさっと手を差し伸べてきた。

新都はそのあまりにも圧倒的静かな威厳にもう何も反論する気力さえ残らなかった。鎮静剤を打たれた動物のように大人しく連行されるしかなかったのだった。

あれ以来新都はドタキャンはしないと心に誓った。しかしそれは今日の転機の前ではあっさりと砕かれてしまった。毎日朝訓練先に行くと入り口で待ち構えていたドーベルがいなかったから今日はいなかったのだ。

そしたらそうしたでもしや休みなのかと思って。かつそう思い始めたならあらぬ思惑が交錯し始めるわけで。


「ささ、授業ですよ。頑張ってくださいね」


しかし結局こうやって捕まっている。


「(このワン公にとって俺は飼い犬同然なくらい手に取るように分かるのだろう)」


新都はそんな感慨を抱きながらしぶしぶまだ時間にもなっていない教室に入れられるのであった。


午前中の学科が終わり、教室を出るとすでに出口のすぐ横にドーベルが立っていてその辺から買ってきたパンを片手に昼食を催促される。午前中の段階であそこまでされたら逃げる気なんか起きるわけがないというのに他の訓練生には付いてない中俺にはついてくる辺りよっぽど警戒されているのだろう。

そして昼食もほどほどにすぐに午後の時間が始まる。午後は実技教習といって言葉通り実技の訓練である。午前中の座学に比べたら一見楽しそうに見えるのだがそれはあくまで才能のある奴限定の話なのである。

黒板には大きく『下級種族の使役』と書かれていて、いくつかあるテーブルに仲のいい人達でまばらに座りだす。新都はもちろん一人でしかも極力目立ちたくないので一番左端の席に座る。

この召還士のジョブコースには見渡す限り女性の姿は無く、男性でもいわゆる新都と同じリタイア組だけあって全体的に華の欠片も無い。


「(ふん、こんな奴らと一緒に仲良く過ごしてたら俺まで腐っちまう。悪いが俺はお前らとは根本的に違うんだよ)」


程なくして実技の訓練が始まる。

テーブルの上には事前に配られたパンフレット通りにチョークで描いた魔法陣と万が一のために使役を強める魔力のこもったブレスレットが置いてある。


「ええ、今回君達には前の黒板に書いてあるように下級種族である小人族を出して使役してもらう。何、そう難しいことはない。彼らは君達人間よりもさらにヒエラルキーが下の種族でかつ従順で大人しい種族ですからね」


そう前の教卓で話すのはこの召還士のジョブコースの実技担当、ルルーニ・ジ・ハウロ先生である。白色の肌とクリーム色の短髪に細長い耳を持っているところから見るにエルフといったところだろうか。


「しかし油断は禁物です。君達は今回が始めての個人での魔族召還だから忠告しておきますが、召還と言うのはそういった下級種族の方が実は奥が深いのです。魔力の大きい有名なモンスターを呼び出すほど絶対数が少ないから名前で絞ることが多少は出来るしある程度豪快に召還儀式を行うことが出来るのに対して下級魔族は絶対数が多いから見た目や性格をしっかり頭で絞り込んで呼び込まないと思い通りな固体はなかなか出てきてくれなかったりするのです」


ハウロ先生は周囲の訓練生にしっかりと忠告をする。訓練生はそれを聞きながら真剣な眼差しで魔法陣に手をかざす者からやる気があまりないのか勇気が足りないのか魔法陣の資料を読み込んで一向に魔法陣に触れる気配のない者まで様々だ。


「こうしちゃいられないな。俺も早く召還しないと」


新都も魔法陣に手をかざし頭でイメージを施していく。小さな身体から性格まで着々と頭の中で呼び出す対象をスクリーニングしていく。

そんな中新都は呼び出しながらもつい数日前の失敗を思い出していた。それは今回とはまた別の実技訓練のことだった。

その日はまずは生物でもさらにレベルの低い植物族を召還しろという訓練項目だった。

周りは苦戦しながらも着実に肉食花やマンドラゴラなどを召還していく。

それを見ていた新都も何となく自分も特につまずくことなく召還出来るだろう。そう信じて止まなかった。

しかし、悲劇は起こった。


「あれ……なんでだよ」

テーブルの魔法陣に現れたのは緑の丸い塊だった。どこからどうみてもそれはあの北海道などに生息するマリモでしかなかった。

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