ライデン
村からはずれ気が付くと森の奥まできていた。凶悪そうなモンスターはいないもののヘビ族だの小さな子供の獣族などの弱いものは多く、足元は不安定なこともあって気をつけないと足場を取られてしまいそうだ。
「なんでさっきあの人の依頼を受けたんだ? ここがどんな村なのか聞くのが最良だったと思うのだが」
ライデンは心底疑問そうに、かつ若干不満そうに質問をなげかける。
「だってあの人、困ってたじゃないですか。困ってる人がいたら助ける、ライデンさんもそう思ったから私を匿ってくれるって言ってくれたんですよね?」
「いや、俺はただ手頃でかつピュアそうな女の子が手に入りそうだから」
「え?」
「いや、なんでもない。そ、そうだな」
ライデンはばつが悪そうにそう答えた。
「あ、あれじゃないですか! 髪ピンクですし!」
森の少し入り組んだ先、広場のようになったそこではピンクの髪の人間で言う九歳ほどの女の子がそこには立っていた。その女の子は自分の身長ほどのワイルドボア相手に対峙しているところだった。
「やばい、あの子モンスターに襲われてるんじゃ」
「え、そうなんです!? どうしましょう、ライデンさん!」
「今パソコン持ってないしなあ、敵の情報分析しないとなんとも」
「そんなこと言ってる場合ですか! 早くなんとか!」
「ええ!? でも召還術もうまくいくかわかんないし」
「もう! じゃあ私がなんとかするです!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
そうこう揉めていると二人で茂みから出てしまう。ワイルドボアはそれに気付くと標的をこちらに変える。
「いやあ! こっち来るなあ!」
ライデンは屈んだままシッシと手で必死に追い払うジェスチャーをする。その姿は完全に負け犬そのものだ。
「初級魔法 ファイラ!」
「ブギャアアアアアアア!」
ワイルドボアは断末魔を上げ、黒焦げに変わりその場に倒れ伏す。
「戦闘中に敵に背中を向けるなんて私が子供だからって見くびりすぎよ」
小さい少女はその黒焦げになった死体をヒールで踏みつけツインテールをサッと掻き揚げるのだった。
その素振り、容姿は若干の違和感はあるものの物凄く見覚えがあった。
「もしかして、あなたは……」
「ん? もしかしてあんた。私を知ってるの?」
「はい! メア様! 崇高なるお方、メア・ソニオ・モエウニ様!」
「い、いかにも! って本当に知ってる!?」
「え?」
ふと頭を上げるとメアは怯えながら距離を取り、警戒の構えをしている。本来のメアなら「よく分かってるじゃない。この下僕」とでも言ってヒールを顔の前にでも差し出してくるというのにそれがない。
「メ、メア様?」
「ひいっ、な、なに」
自分の知っているピンクの悪魔はそこにはなく、いるのは天使のような無垢な幼子だった。
「もう、小さな女の子を怖がらせちゃダメダメです!」
と、ここで菜々瀬に横槍をさされてしまう。
「あ、つい身体が反射的に」
「どんな反射なんですかそれ! いいですか、見ててください。女の子ってのは優しく話しかけるもんなんです!」
そういうと菜々瀬はメアの顔の位置に屈んでにっこりと微笑みかける。その顔には当たり前ではあるがライデンと違って全くの下心が無い。
「メアちゃん、実は私達ママにメアちゃんを探してくるように言われてここまで探しに来たです」
「え!? ママが!?」
「そうですー、もしかして普段より何かに夢中になっちゃったのかな」
「う、うん! 実はパパから最近習った魔法を早く完璧に使えるようになりたくて」
メアは嬉しそうに返事をすると、はっとした表情をしそれが照れくさかったのかモジモジとそう話す。
「あの様子だとバッチリみたいですね! じゃあ一緒に帰りますですか!」
「うん!」
もうそれまでの警戒心はそこにはなかった。メアは菜々瀬に差し出された手を少し恥ずかしそうに握ると笑顔で一緒に元来た道を戻っていった。取り残された新都と黒焦げのワイルドボアだけがその場に取り残される。
「なんだあの技は。さては彼女チャーム系の魔法を持っているとかか? 今度聞いてみるか……」
ライデンは握り損ねたその手のひらをワキワキとするのだった。
村に戻ってくるとそこにはメアの両親がお家の前で待っていた。それを見つけたメアは菜々瀬の手から離れお母さんの身体にダイブする。
「もう、こんな時間まで心配したじゃない。どこまで行ってたの?」
「あのねあのね!」
今日の訓練の成果を嬉々として話すメアとそれを頭を撫でながら優しく相槌を打ち聞く母。まさに絵になる親子という感じだ。
「こら、パパが教えた魔法に熱心なのは関心だがちゃんと門限は守らないとダメだぞ。約束を守れてこそ一人前になれるってもんだ」
「はいパパ、ごめんなさい」
「まあメアが無事ならそれが一番だからいいさ。それよりもよく娘を探し出してくれた。君達には本当に感謝しているよ」
そういってメアの父がライデンに手を差し伸べてくる。
「いえ、自分は特に何も」
「いやいや、もし娘に何かあったら俺は……。おっと自己紹介がまだだったな。俺はソウル・ソニオ・モエウニ、インキュバスだ。でこっちが妻のメル・ソニオ・モエウニ、サキュバスだ。見た感じそちらさんはこの世界ではあまり見かけない種族のようだな」
「あ、自分は人間っていう種族でして……」
「人間!? 人間っていうと違う世界にいる知能に長けてあらゆるものを創造するっていうあの人間かい。こいつはすごいのに助けられちまったみたいだ」
すごいとばかりに目に手を当てオーバーに驚く父、ソウル。そのインキュバスという種族とは言われなかったら分からない程の筋肉質な身体も相まってなんともチグハグなリアクションに見えてしまう。
(それにしてもそんな創造神みたいな定義なのか。ここの世界での人間って種族は)
「ささ、立ち話もなんだ。晩御飯でも食べながら続きを聞こうじゃないか。ママ、もちろんいいよな」
「それはいいですね。お二方今晩まだ宿がきまってないようでしたらぜひ娘の礼も言いたいですし今晩は家に呼ばれてくれませんか」
「え、いいんですか!? ぜひぜひです!」
唐突に降って出たチャンスに菜々瀬は今晩の野宿を回避した喜びから腕をブンブンと振り喜ぶ。家出少女は誰よりも家に入りたがるのだった。
小さな村に夜の帳が訪れ、賑やかだった村も徐々に寝静まり始まる。
「え、寝るのってここの家じゃないんですか!?」
「申し訳ありません。本当は我が家にお招きしたいところではあるのですが、うちは狭いので別館の物置をご利用になさってください。掃除は行き届いてますし、布団もセミダブルではございますが上質のものを用意してますわ」
「別館です!?」
「え!? セミダブル!?」
「あのー、お気に召しませんか?」
「いえいえ、全然です!」
別館という何とも高級感漂う響きに目を輝かせる菜々瀬に対しライデンは思わず別の部分に反応してしまう。
(それって菜々瀬と一つ屋根の下一つのふとんで寝るってことか!?)
「ん? どうしたの? なんか顔怖いですよ?」
「いや、今セミダブルって……」
「んー? おふとんのメーカーか何かです?」
小首を傾げる菜々瀬には何のことかさっぱり分かっていないようだ。ライデンはその反応にやましい感情を悟られまいと顔を隠しながらなんでもないと答えた。
「こちらが別館になりますわ」
「うわあ、すごい部屋です!」
その部屋は物置というにはとても整理整頓されており、物もそこまで多いようには見えない。強いていうなれば地面に見覚えのある魔法陣が書かれているくらいだ。
「あ、あのこの魔法陣って」
「ああ、それは夫のものです。ああ見えてとても強くていくつかの国王と契約してるんですよ」
「それって……」
ライデンはその見覚えのある魔法陣がただの似た魔法陣とは思えなくて。
「そうなんですか! すごいです! お父さん」
この先の展開に不穏なものを感じるライデンとは裏腹に素直に褒め称える菜々瀬。
(……もしかしたらあの魔法陣の契約はお父さんから譲った位なのかな。だとしたら無事にお父さんのレベルまで追いつくことが出来たんだろうけど。じゃあお父さんは……)
「ありがとうございます。自慢の夫なんです。でも最近有名になってきて仕事が増えたのはいいんですけど、結構危ない依頼も増えてきててね」
「そんな……」
「はは、心配しないで下さい。あの人は誰よりも自分が分かってますから。それを私が信じてるんです。あ、話が過ぎましたね。では、ゆっくりなさってください」
ライデンの不安そうな表情を見かねたのか母、メルはそう慰め肩を優しくポンッと叩くと部屋から出て行った。
月は雲に隠れ夜闇はどんどん深くなっていくのだった。




