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眠れない君へ

作者: 藤井 悠

「“プツン“電気が消えるように突然世界が終わったとする。それは、ある意味では安らかで、幸せな事なんだと思う」


 あなたは、たまにそう言っていた。


「私はそうは思わない」


 その度に私は否定した。当たり前だ。人間は、この世に生まれて、楽しい事、辛い事をそれぞれ経験しながら色んな人と出会い、幸せを掴んでいく生き物だから。そして、私は今幸せで、あなたもそうであって欲しいから。そんなことを願う日々の中、あなたは私の事を気にしてか、だんだんその事は言わなくなった。でも、たまに何処か遠くをぼやっと見ている時がある。きっと、世界の終わりに思いを馳せてるんだろう。私にはそれははっきりと分かった。それを見ていると、まるで死神に嫉妬するような、そんな不思議な気持ちになる。おかしな話だけれど、彼には死神が見えているんだろうから、仕方ない。死神が現れた日には、私は早く寝る事にしている。あなたが相手してくれないから。だからその日も早く寝た。

           §

 目が覚めると彼は死んでいた。正確に言うと、その日はベランダに綺麗に並べられたスリッパを見ただけだった。ベランダに行って下を覗いてみようとした。しかし、鍵が掛かっていた。彼がかけたんだろう。ただ、彼が死んだことは何となく分かった。机には遺書があったからだ。内容は読む気にはなれなかった。私は脱力してしまってその場に座りこんだ。あなたは1人で永遠の眠りについてしまった。その事実を受け止められないまま、時間は経っていく。私は、床に座ったまま明けていく空をぼーっと眺めていた。

 それからは、毎日を朦朧と過ごした。常に浮遊感があり、必要最低限のこと以外はやる気にもなれなかった。世界は日を追うごとに少しずつぼやけたものへと変わっていった。私はこのまま年老いて、独りで死んでいくんだろう。そう考えると、酷く寂しい感じがした。この世界に幸せなど一つも無いように思えた。そんな生活は半年程続いた。ある日の夕方、「今夜は満月です。外に出て夜空を見てみるのも良いかもしれません」ニュースキャスターが言っていた。私は窓から生きていた頃の彼が見ていたのと同じように空を見た。そうしていると、ふと彼の言葉が思い出された。


「“プツン”電気が消えるように突然世界が終わったとする。それは、ある意味では安らかで、幸せな事なんだと思う」


 「そういうことか!」私は声を上げた。やっと分かった。彼の考えていた事が。彼のやった事。それは、最後まで自分でいるという事だ。私たちは生きていたらいつか死ぬ。そして、死ぬときの心中、そこには悲しみや苦しみなど単純なものではない、もっと辛い凄まじい何かが渦巻いているだろう。そんな終わりを迎えるくらいだったら、自ら死を選んだ方が良い。急に世界ごと無くなってくれるようなご都合主義は絶対に起きないのだから。彼は幸せじゃなかったんじゃない。幸せだったからこそ、そのままで彼の世界を終えたかったんだ。視界ははっきりと透き通り、意識も冴え渡る。両足で床をしっかりと踏み、立ち上がる。そして、ベランダへと向かって行く。何かに吸い寄せられているような感覚と、反対に自分の意志で一歩ずつ踏みだすような感覚が共存している。多分、どちらも本当だろう。私は歩みを止めない。ベランダに行く途中で机が目に入った。その上にはそのままにしておいた遺書があった。封を開ける。中には、ベランダの鍵と便箋が入っていた。そこには彼の文字でこう書かれていた。


「眠れない君へ」


 私は月夜の下、空に向かって1人笑みを浮かべた。

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