危機を救ってくださったのは、森の友人でしたわ。
流行りの婚約破棄をざらっと。
あんまり深く考えずにお読みください。
初めてかつクソ長いです。
今宵、絢爛豪華な王城にて行われている国王陛下、並びに王妃陛下の結婚記念日の祝宴にて。
わたくし、ガーネット・マファエルも参上しております。父は公爵位を賜っておりますので、公爵令嬢でございます。
公爵令嬢としてのマナーや知識を受けるため、国随一の学園に通っております。
本日の祝宴にも、同級生の皆様方が招待されておりますの。
_____ただ、よからぬものもいるようですけれども。
「みな、本日は我が父、母の結婚の記念の宴に参加していただき感謝致す。
このような場で申し訳ないが、少々時間を頂戴したい」
国王陛下、王妃陛下が着席なさる席のお隣。
ご子息であるカーマイン第一王子の堂々と響くお声により、招待された皆様方が一斉に注目なさいました。
さらりと靡く短い銀髪に、国王陛下と同様の深海の瞳を持つ美丈夫のカーマイン第一王子。
細身ながら鍛えられた肉体は、礼服の上から見ても分かるほどしっかりとしていらっしゃいます。
誰の目から見ても麗しいと評される美貌が少々歪んでいらっしゃいますが。
こんな場所で、一体何を為さるおつもりかしら。
「ガーネット・マファエル公爵令嬢、前へ!!」
……あら、わたくしが呼ばれましたわ。
もしや、このタイミングで?
「ガーネット・マファエル。ただいま参上致しました。
殿下、本日は国王陛下、王妃陛下の結婚記念の祝宴でございます。そのようなおめでたい場で、一体なにをなさるのでしょう?」
「白々しい。貴様のその能面のような顔、見ているだけで嫌気がさす」
特段、嫌気をさすようなお顔はしていないつもりなのですけども。
公爵令嬢たるもの、そうそう簡単に感情的になってはならないと再三教えこまれましたので、基本的に感情は無、ですわ。
それを分かってらっしゃるうえで目を吊り上げておられるとは、どういうことかしら。
「ガーネット・マファエル。今この場において、貴様との婚約を破棄させていただく!!」
言った。
とうとう言いましたわ。
この方、カーマイン第一王子とわたくしは幼き頃に王命を受けて婚約を結ばされました。
それなりの身分というものもあったのでしょうけれど、わたくしの父が現国王陛下の弟、つまり王弟であったことでより王家の繋がりを強く持ちたいという国王様のご意向によりなされたものです。
幼き頃は、お互い誕生日にお祝いの品を贈ったり、たまに城下に降りてはお買い物を楽しんだりしておりました。
この頃、それがなくなったのは恐らく『あの方』のせいなのでしょうけれど。
「理由をお聞かせ願えますか?」
「聞かずとも分かるだろう。貴様は身分を笠に着て、か弱いエシャロット・ロザリア子爵令嬢を虐げた。
報告は上がっているぞ。階段から突き飛ばし、あまつさえ制服を踏みつけ破いた。彼女の教科書を隠し、破損。取り巻きの令嬢を使い、インクを頭からかけて嘲笑した…
身に覚えがあるだろう!!」
いいえ、まったく。
そのエシャロット・ロザリア子爵令嬢はというと、いつの間にか殿下の隣にてふるふると震えながらこちらを睨みつけておりました。
エシャロット・ロザリア子爵令嬢はカーマイン第一王子の肩ほどの背丈で、ふわふわと跳ねる金髪に桃色の瞳を持つ可愛らしいお方。そしてカーマイン第一王子の髪色であるプラチナのドレスをお召しになられております。喧嘩を売られているのかしら。
対するわたくしは、お母様譲りの金髪を腰まで伸ばし、アメジストと称される紫の瞳をしております。背丈はカーマイン第一王子よりやや低いのです。
紫の瞳は先代国王様の瞳であり、お父様もその目を受け継いでおります。王族の血筋というれっきとした証でもあります。
今回は国王陛下と王妃陛下の結婚記念の祝宴ということで、カーマイン第一王子の瞳のお色であるサファイアのマーメイドドレスを着用しております。
ああ、お話が逸れましたわ。
「殿下、そのようなことをした記憶はございません。
わたくし、そもそも身分を笠に着て下位貴族の方を虐げるような恥ずべき行いをするような人間は嫌いですの。
それは殿下もご存知であったと思いますけれど」
「黙れ!! 人間とは数年で変わってしまうもの、貴様のその考えも数年の間に変わってしまったのだろう」
「では、その根拠とは? 人間はそう簡単に変わりはしないとは思いますが」
「貴様が、森に住まう化け物と会っているからだ」
「化け物……?」
それは、もしかしてわたくしの友人かしら。
人ならざるもの、と言われてはおりますけれど、見た目は立派な人間ですわよ。
「これを見ろ」
かつん、と床に転がったのは、小型の水晶。
いわゆる魔導具ですわ。
この国に住まう人間は、皆魔法を扱えますけれど、より生活を豊かにしようと作り出されたのが魔導具。
用途は様々ですけど、これは場面記録の魔導具かしら。
「水晶よ、記録を起こせ!!」
殿下のお声により、水晶が光った後とある場面を映しました。
それは、森へ入ろうとするわたくしの後ろ姿。
これ、盗撮というものですわね。
「これが何よりの証拠だ。
森には、国から迫害を受けた化け物が棲み付いているという。
どういう経緯で通じたのかは知らんが、我が国を嫌う化け物によって貴様は感情を失くし、慈しみを忘れ、身分に縋る醜い存在となった。
我が国を何より憎む化け物は、我が国の人間を何よりも嫌う。それにお前は影響を受け、このような事態になったのだ」
……勝ち誇ったようなお顔をなさって、何を仰ってるのでしょう。この馬鹿王子は
確かに森に住まう方に会っていたことは認めますけれど、化け物ではありませんしれっきとした人間です。
魔物や魔獣が多い森にツリーハウスを建てて、毎日家事よりも火事を起こすことを得意とする方は、殿下からすれば化け物かもしれませんが。
「発言を、よろしいでしょうか」
「なんだ。今更言い訳か?」
「いいえ。訂正でございます」
「訂正だと?」
「はい。
まず、先程も申し上げましたようにエシャロット・ロザリア子爵令嬢に何かした、というのは事実ではありません。わたくし、そのような馬鹿げたことはしておりませんし、何より学園の勉強と王妃教育に費やしている時間が一日の大半です。
必要とあれば、こちらも場面記録の水晶を持参しておりますので証拠として提出致します。
次に、森に住まう方に影響されたとのことですが……
彼女はれっきとした人でございます。この国において不吉の象徴とされている黒髪、黒い目の持ち主ではありますが、ただそれだけの人間です。彼女とは、幼い頃に森へ迷い込んだときに魔物から助けていただいた幼き頃より縁がありますの。
彼女には、我が家の庭で栽培されたいちごやオレンジのジャムを届けているだけですわ」
「ジャムだと?」
「はい。彼女は甘いものを大層好んでおります。
ちなみに、使者を遣わそうと思いましたが彼らは森に住まう彼女を畏れており、誰もが足を踏み入れようとしなかったのですわ。
それで、わたくしが毎回向かっておりましたの」
「ふん、口ではなんとでも言える」
「では、わたくしがエシャロット・ロザリア子爵令嬢を害したというのはどなたからの報告ですの?」
「エシャロット本人からだ。可哀想に、毎度怖い思いをして泣いていたのだぞ!!」
「では、わたくしが害されたと殿下に報告致しましたら、殿下はそれをお認めになられますの?」
「貴様のような悪女の言うことなど、誰が信じるか!!」
貴方、今『口ではなんとでも言える』と仰いましたけれど、それがブーメランになっていることに気づいてらっしゃらないのね。周りの貴族の皆様方は白い目でご覧になっていらっしゃるのに、お気づきにならないのかしら? それ程までに無能だったのね。
嗚呼、国王陛下が頭を抱えていらっしゃいますわ。
王妃陛下に至っては、真っ青を通り越して真っ白のお顔になられてます。あれでは白粉要りませんわね。
「……婚約は王命でございます。この婚約を解消するには、国王様のお許しが必要となりますが?」
「この期に及んでまだそんなことを言うか。見苦しい女め。
婚約破棄はできるとも。この書類がなくなればな」
上着の内ポケットから出されたのは、折り畳まれた一枚の書面。
わたくしと殿下の婚約における契約書です。
あろう事か、殿下は自らの手に出した炎にそれを放り込み、跡形もなく燃やしてしまいました。
「これで婚約は白紙だ。
そして、私は今ここに宣言する。カーマイン・フォン・ダンロットは、愛しきエシャロット・ロザリア子爵令嬢と婚約を結ぶ!!」
高らかに宣言されましたけれど、拍手なんて起きませんわよ。
むしろ、皆様方は軽蔑した目で見てますけれどね。
中には隣国からいらっしゃった国賓のお客様も招待されているので、おそらく来週にはこの婚約破棄の騒動は隣国にとってニュースになることでしょう。
こんな不名誉なことはありませんわ。
「ガーネット・マファエル公爵令嬢。貴様は人ならざるものと通じ、我が国を脅かす存在となろう。
よって、貴様を国外追放とする!!」
「はい?」
今なんと仰いましたの、この馬鹿は。
国外追放は、国家転覆や敵国への情報漏洩などの重罪を犯した人間にのみ科せられる厳罰。
しかも、西は隣国と繋がっているからいいものの、国外追放は東で行われます。東には国がありません。つまり、海のみが広がっております。
いわゆる、島流しといわれる刑ですわ。
冤罪もいいところですわ。何もしていないというのに。
「衛兵、その女を捕らえよ!!」
第一王子の命令により動く衛兵団。国を守る騎士団は、確か今魔獣の討伐に向かっているさなか……
国王陛下が必死に制止を命じますが、衛兵団は基本的に国王陛下の命は聞かないのです。
何故ならば、カーマイン第一王子のみに服従するよう魔法をかけているから。
これを解くには、術者の意識を失わせることが必要なのですが、衛兵団自体強いのです。
元は騎士団から、第一王子が選抜したメンバーで構成された衛兵団。いくら服従で己の意思がなくとも、その能力は目を見張るものがあります。
わたくしも捕まるわけには参りませんので、己の魔法で抵抗しますわ。
――パキッ、
「わたくしの属性を、お忘れではなくて?」
「氷で足止めだと……!!」
この国の人間は魔法が扱えますが、それぞれ『属性』というものを一つ持っています。
わたくしは氷、殿下は炎。国王陛下は闇、王妃陛下は樹木。
相性はあれど、それはその人を好きになる理由にはなりませんわ。
――ゴォオッ!!
「な、」
「行け、衛兵!! 女を捕縛しろ!!」
衛兵の皆様の足を凍らせ、後は魔導具にて遠方へ飛ばそうとしたのがいけませんでしたわ。
殿下の炎により氷が溶け、あっという間に縄を結ばれてしまったのです。
膝をつき、顎を強打しました。口内炎ができそうですわね。
「うっ……」
「いいざまだな、ガーネット・マファエル。貴様はもう令嬢ではない。平民以下の人間だ。
貴様の友人である、森の化け物と同様の存在だ、よかったじゃないか」
「友人を……メアリを、愚弄しないでくださいませ。
わたくしの、数少ない友人、ですわ……」
「減らず口を……!!」
汚らわしい人間を見る目の殿下の両手から大きな炎の珠が創られ、一気に室内の温度が上がります。
それに呼応するかのように、美しい銀髪も毛先が浮いております。まるで彫刻のよう。
憎い笑顔を浮かべ、それを投げられて、わたくしの身体が炎に包まれようとします。
嗚呼、万事休す。もうわたくしの命は文字通り燃え尽きるのだと、目を閉じました。
その時でした。
――パキンっ
「……え」
わたくしの目の前、あと数センチというところで、炎の塊が凍ったのです。
わたくしはもう命を諦め、魔法を出すことも考えませんでした。
にも拘らず、なぜ……
「おい」
激しい殴打の音と同時に、縄が床に落ちました。
震える膝を叱咤し、振り向くと見えたのは、黒いローブ。
「お前ら、わたしの友達に何してんだ?」
肩で短く切り揃えられた純黒の艶髪に、宵闇の目。
薄橙色の肌に桜色の唇。
見た目は十五、六歳ほどの美少女が、わたくしの後ろに立っていらっしゃいました。
黒のローブとパンツを纏う姿は、大昔の物語に出てきた黒魔法使いのよう。
あらあら、招待された皆様は、泡を食って逃げ出していらっしゃいますわね。酷いですわ。
彼女こそが、森の化け物の蔑称を受けるわたくしの友人。
メアリ・デュール・カーロス。
恐らく、どこかの王族の生まれなのだと思いますが、出生に関しては何も言わないので、わたくしも知りません。
何をどうしてここに来たのかは分かりませんが、彼女の勘は恐ろしく鋭いので、今回のような事態を予め予測していたのでしょうね。
「とうとう現れたな、森の化け物め!!」
「好きに森に住んでて何が悪いんだよ。黒を嫌悪してるのはこの国の慣習らしいけど、好きなんだからいいだろうが。お前ら夜とインクも嫌いなの?」
「何をしに来た。我が国への報復か!?」
「『我が国』って、まだ王位継承してないじゃん。何もう自分の国にした気でいるの?後ろに現国王いるってのに、どこまで先走ってんだよバカなの?」
「な、なっ……」
こんなことをストレートに言えるのは彼女くらいですわ。
王族に『馬鹿』を言えるのは、恐らく彼女しかおりませんわね。
「不敬な! 貴様誰に向かってものを言っている!!」
「え、浮気相手横にはべらせて婚約者追放しようとしてる目の前のうるさい馬鹿にだけど?」
「浮気相手ではない!! エシャロットは正式に私の婚約者となったのだ!!」
「じゃあ、その婚約者の家がめっっちゃくちゃ悪どいことしてんのも知ってんのな?」
「は?」
ロザリア子爵家は、元々は隣国からこの国に来た移住一家。
数年前、商会を立ち上げ功績を残した商会長が子爵を賜ったのがはじめとされております。
普通なら男爵を賜りますが、功績は国内の流行病を治し、かつ干ばつ地帯をも潤すという偉業を達成したので、異例中の異例待遇だったのですわ。
しかし、商会長は二年ほど前に他界。今はエシャロット子爵令嬢のお父上が商会長を担っていると聞きました。
そして、それと同時期に彼女は学園へと入学したのです。
「わ、私のおうちを疑うのですか!? 急に出てきて、あなたなんなんですか!!」
「急に出てきて、はガーネット側のセリフだと思うけどな。
二年前、あんたの父親が商会長になったと同時にあんたは学園に入学した。
そして、クラスも違うはずの馬鹿王子と『偶然』出会って『一目惚れ』された。
さて何故でしょう?」
「か、カーマイン様は私を気に入ってくださっているのよ。私がガーネット様に嫌がらせをされたときも、慰めてくださって……」
「お前レベルの令嬢は道端の小石並みにどこでもいる。なのに、なぜか馬鹿王子はお前だけを気にかけた。『ガーネットに嫌がらせをされている』という一方的な主張を鵜呑みにしてな。
属性も風魔法のみ。特に突出した点はない。でも馬鹿は婚約者のガーネットを放置し、ただの子爵令嬢であるお前に高価なプレゼントを与え続けた。
その理由は一つ。お前が魅了魔法を使ってたから」
魅了魔法。
かつて、他国でも実際に起きたお話ですわね。
教養、容姿全てが優れていた皇太子が、婚約者である隣国の王女から突然婚約を破棄されたというお話。
その理由は、皇太子と同国の騎士が魅了魔法を使い、王女を『一目惚れ』させたから。
これに怒り、皇太子は騎士を処刑。隣国の王女との婚約は解消し、怒りのままに隣国を襲撃し自らの支配下に置いたとか。
数百年前のお話ですが、これにより魅了魔法は使用が固く禁じられております。
それを使用することは『自分は罪を犯して処刑される予定の人間です』とでも豪語しているようなものですわ。
それを受けて、また口を開いたエシャロット様。
聞いていて耳障りなお声をしてらっしゃいますのね。
「言いがかりはやめてください!! どこにそんな証拠が……」
「証拠ならあるぜ。王妃が身に付けているアミュレットだ」
王妃様の首には、お輿入れの際にご実家である帝国から贈られたというネックレスがございます。
それがアミュレットとなっており、魅了魔法や黒魔法など禁じられた魔法を使用された際、反応するようになっております。
王妃陛下がそれを手にとると、はっとして手を離されました。
ということは、魅了魔法の反応があったのですね。
「こんなことに気づかないなんて……わたくしは母失格だわ……
いいえ、それ以前に、国母として失格よ……」
「おまえ……」
肩を抱いて蹲る王妃陛下を支え、近衛兵に託された国王陛下。
どうやら、この場に最後までいるようですわ。
「何を出鱈目を!! 貴様の言うことなど信じぬ!!」
「いいから黙れよお前。さっきから鬱陶しい」
「なにっ、」
パチン、と指を鳴らすと、まるで水の中にいるように静かになりました。
殿下を見ると、口をぱくぱくさせてこちらに何かを仰っております。
メアリが、静音魔法を仕掛けたのでしょう。
「お前は魅了魔法の使用。実家のロザリア家は、先代ほど商会の経営が上手く立ち行かず、遂には借金まで手を出したか。
他の商会からの取り引き中止が重なり、窮地に陥った商会長は隣国から術者を呼び、他の領地のみ枯らせ自分の領地だけ雨を降らせ潤すよう画策した」
「だからっ、何を証拠に!!」
「今この城に、被害者の会が駆け込んでるよ」
「えっ?」
「下見てみな」
祝宴が行われた大ホールからは、窓ガラスを通して王城の門を見ることができます。
覗いてみると、確かに多くの領民と思しき平民が押しかけてきておりますわ。
「メアリ、これは……」
「自分とこの領主に言っても仕方ねえから、こっちに来たんじゃねえの?
幸い、今日の招待客はお貴族様ばっかりだ」
つまり、自分が住む領地の領主もいるということ。
謀りましたわね。
「ちなみに、ガーネットがあんたを虐げたとか言う馬鹿げた情報は、あんたの自作自演だ。
インクは平民街で買える安物。普通、お貴族様が使うインクってのは国内で生産される純正品だろうが。制服を踏みつけ破かれたっていうけど、まずガーネットとあんたのクラスも校舎も違うってのにどうやって会うんだ?教科書も同じ。
前提を考えなかったお前もお前だけど、それを全部信じ込んだ馬鹿王子も馬鹿王子だな」
「あっ……う、ぁ……」
「これら諸々の罪状を引っ括めて、国王。あんた、これをどう見る?」
「メアリ!! さすがにそれは不敬罪にあたりますわ!!」
「わたし、この国の人間じゃないから」
「だからって……」
「よい。
この場の采配は、我が執り行う。
禁忌とされる魅了魔法の使用、公爵令嬢ガーネット・マファエルへの虚偽の虐げの申告。
また、他領地の侵害、隣国との密通。
以上の罪により、エシャロット・ロザリアは国外追放、ロザリア子爵家は取り潰しとする!!」
「そんなっ、あんまりです!!」
「貴様が犯した罪は重い。被害を受けた平民は、命を落とす危険もあるのだ。
貴族たるもの、何よりも国を、民を思いやらねばならん。それを蔑ろにしたのは、誰だ」
それを受け、膝をついて泣き出したエシャロット。
自業自得、ですわね。
「次に、カーマイン。貴様は第一王子の権威を剥奪、ブリュイット修道院への追放を命ずる」
「っは!! な、何故ですか父上!! 私はただ、自分が正しいと思い―――」
「自らが正しいと思うことは、必ずしも益になることではない。自らの過ちを認めることも、また正しいことであるのだ」
「くっ……」
今回、カーマイン様は側近である皆様のお言葉さえも聞き入れず、ただエシャロットの言葉のみを聞いて動いたそうですわね。
他者の意見を聞くこともせず、何が『正しいこと』なのでしょうね。
ブリュイット修道院といえば、通称『片道切符の島流し』と言われるほど厳しい規律と生活で知られる国の牢獄。
国外追放になさらなかったのは、せめてもの温情でしょうか。
「き、貴様らが……貴様らが、こんなことを…
こんなことをしなければ――――!!!!」
またあの炎の珠を、しかも今度は特大サイズ。
これはわたくしはおろか、メアリでさえも燃え上がってしまいますわ。
「メアリ、逃げてくださいまし」
「なんで?」
「なんでって……あなた、このままじゃ燃え尽きてしまいますわよ!!」
「たかが火の玉で? ガーネット、お前大丈夫か? 勉強のしすぎで頭やられた?」
「あなた、この状況分かっておられまして!?」
「やめぬか、カーマイン!!」
「うるさい、私が正しいんだ、私が、誰よりも、何よりも正しいんだ!!」
放たれた特大の火の珠は、幾つかに分裂し四方八方からこちらに向かってきます。滅茶苦茶ですわ。
氷で止めようにも、こちらの能力にも限度がありますの。
と、そこへくっと腕を引かれ、メアリが前に立ちます。
何をするかと思えば、手のひらを炎に向けています。
燃える!! とぎゅっと目を瞑れば、またパチンという音が聞こえました。
恐る恐る目を開ければ、炎はどこにもなく、ただメアリの背があるだけでした。
「ば、バカな……炎を、吸い取っただと……!?」
「こんな赤子でもできるようなことで驚くの? どんだけ遅れてんの、この国」
「うそ……」
炎を吸い取ることは、闇魔法のみ可能なのです。
全てを覆い尽くす闇、そのため重宝されますが、同時に危険ともされる魔法です。
それを扱える人間は、現在わたくしの知る限りでは国王陛下ただ一人。
氷、闇。さらには上級魔法である静音魔法までさえ扱うメアリ。
本当に、何者なのかしら……
「さて、今お前は私に刃向かったことでより重い罪を犯した。
それは何故だか、分かるか?」
「知るか!! 貴様如き森の化け物に危害を加えて、一体何の罪になるというのだ!!
父上、この女を退出させて……」
「黙らんか、無礼者!!!」
「えっ、」
そして、玉座からゆっくり降り、床に足を付けた国王陛下。
わたくしはカーテシーをもって礼を致します。
エシャロットは依然、泣いたまま。カーマイン様は呆然と立ちつくしていらっしゃいます。
そして、メアリは冷えた目で国王陛下をじっと射抜いていますわ。
国王様は、わなわなと唇を震えさせ、あろうことか膝をついて最上級の礼を取られたのです。
「……氷、闇、静音…属性に縛られぬ貴方様は、もしやと思いましたが……」
「やっと分かった? ゼアロット。随分お偉くなりやがってよ」
「貴方様の前におきましては、私なぞ只の童にございます。
ご無沙汰してございます。
『皇王』メアリ・カルバロッサ・ステューサフィ様」
「こう、おう……」
「皇王、様?」
皇王様、と言えば、数千年前にこの国を含めた多くの土地を創られた、いわば創造主。
守護神を生み出し、精霊を創ったとさえ云われる……
メアリが、皇王様?
メアリ・カルバロッサ・ステューサフィ様は学園でも習う名前。
けれど、初対面ではメアリ・デュール・カーロスを名乗ったはず……
「分かってるよな、ゼアロット」
「はい。皇王様の仰せのままに」
「民に罪はない。今回の事態はお前が把握しておくべきだった。なぜだか分かるか?」
「『国王は、国を守り慈しむ者として、如何なる時でも苦しみを生み出してはならない』……
貴方様が、幼き私に仰られたお言葉でございます」
『幼き』?
ということは、メアリは国王陛下が幼少期……まだ王太子でいらっしゃった頃からのお知り合いなの?
「今回のことで、民がどれだけ苦しんだか見てこい。
んで、1週間くらい民と同じ生活してみろ。自分達がどんだけ恵まれてるか、よぉおっく知ることになるぞ」
「仰せの、ままに」
「処分はさっき言ったので構わないけど、アホ令嬢にゃ魔封じしとけよ」
「かしこまりました」
承諾の言葉を聞き入れると、メアリはさっさと振り向き、わたくしの腕を掴んで片足を振り上げました。
――――ダンッ!!
メアリの靴底が大理石の床を鳴らした瞬間、へその奥から何かに引っ張られるような感覚とともに、場面は急展開していきます。
嗚呼、わたくしこの後どうなってしまうのでしょう……
後日、メアリのツリーハウスにて彼女が約1300年程前に天界から降臨し住んでいることを知りました。
『メアリ・デュール・カーロス』はあくまで偽名で、メアリという名は人間の間でもよく使われる名前なのでそのまま用いたとか。
国王陛下とは、彼が王太子時代の頃にお会いしておられたらしいですわ。
一方、あの場で処分を言い渡された元第一王子はブリュイット修道院へ送られました。
エシャロット元子爵令嬢は、実家の取り潰しと国外追放を受けて、今は隣国の娼館にて借金を返済しているとか。
今の借金は、利子が高くつくそうですわ。
わたくしはというと、もう王族との婚約はまっぴらということで、学園を卒業した後王城の文官として就職しました。
そして、そこで偶然知り合った騎士のコーウェンと婚約を結ぶ運びとなりましたことを、ここに報告致します。
婚約破棄のつもりなのに、友人のチートが目立ってしまった…
むしろこっちがメインかも。
4/7 加筆修正。