最高司祭の苦悩 2
最高司祭の吟味は朝から行われた。
吟味役の吉左衛門とその補佐役、そして書き留め役の3名が取り調べの部屋にいた。
吉左衛門が最高司祭に尋問を始める。
「姫御子様が《《陰の国》》に便宜をはかった事を認めましたぞ。」
「ほう・・、吟味役殿、私を誘導する意味をお分かりか?」
「!」
「嘘で誘導したとなると、そこもともそれなりの・」
「し、失礼した。
言い方が悪かったようだ。」
「ふむ、言い方ですか?」
「し、失礼を詫びよう。」
「まあ、よいでしょう。
で、今日は小泉神官は?」
「こ、小泉神官ですかな?」
「姫御子様の取り調べで居たはずですが?」
「・・・。」
「中立である吟味役が、神官を立ち会わせた。
そして神官に吟味をさせたとなると・・。」
「待たれい!
取り調べ方法は吟味方に任されておる!
最高司祭様に指図される謂われはない。」
「ほう? 姫御子様の取り調べを小泉神官がしてもよいと?」
「・・・。」
「もし、そうお思いならば官位が分からないということかな?」
吟味役は顔を青くする。
しかし、すぐに対抗した。
「吟味方は神殿に疎い。
そのため中立たる小泉神官に立ち会ってもらったのだ。」
「ほう・・、で、どうやって中立だと。」
「儂の部下が調べた結果だ。」
「その部下の調べを信じると?」
「な! 儂の部下を愚弄するか?」
「いかにも。」
「何じゃと!」
「無能な部下により、情報に嘘がまじってもよいのかな?」
「最高司祭! いい加減・」
そのタイミングで最高司祭は懐から一冊の調書を出した。
これは多忙の中、なんとか調べ上げた調査書だ。
それを吟味役の顔の前に突きつける。
「な、何をするか!」
「これを見ても有能な部下と言えますかな?」
その言葉に吟味役は言葉を飲み込んだ。
だまって調書を受け取り、目を通す。
読み進めるに従い、調書を持つ手が震え力が入る。
眉間には皺がより、真っ赤になる。
「こ、これは誠か!」
「吟味役殿、貴方の目は節穴以下のようですな。」
その言葉に真っ赤な顔が鬼の形相になる。
だが、目を瞑った。
押し黙ること5分くらいであろうか・・。
だんだんと顔の赤みが失せ、冷静になったようだ。
「この件、別途調査することを約束しよう。
だが、姫御子様は陰の国の祐紀殿に好意を寄せていたことを認めた。」
「ほう・・。」
「だが、好意であって恋愛感情ではないとも。
陰の国に肩入れもしていないとも。」
「そうでしょうな・・。」
「最高司祭様、姫御子様は無罪放免にできませぬ。」
「何故?」
「好意をよせたと認めたからです。」
「男女の好意ではないと否定しても?」
「女性は情に脆い、一途な面がある。」
「それは否定したのでは?」
「言葉ではなんとも言える。」
「姫御子が好意を持ったという言葉は信じた。
しかし男女のそれではないという言葉は信じないと。」
「うっ!・・。
ともかく、姫御子様は白ではない、灰色です。」
その言葉に最高司祭は黙って吟味役を見る。
「儂は既に国主に姫御子様の官位剥奪を進言した。
おそらく官位は剥奪され、巫女として都を追われ幽閉されます。」
「吟味役殿、それが貴方の結論ですか?」
「はい。」
「その結果、今後、貴方様の汚点とならぬ事を祈りましょう。」
「・・・。」
「さて、私への吟味は?」
「・・・。」
「どうされました?
小泉神官の助言があったのでしょう?」
吟味役は、その言葉に最高司祭を睨み付けた。
だが、最高司祭はまったく表情を変えず柔和の笑みを浮かべたままだ。
「どうぞ、尋問をして下さい。」
「では、姫御子様の御神託を、何故《《陰の国》》の祐紀様が知っている?」
「それは姫御子様から聞いたのでは?」
「私は貴方様から聞きたいのですが?」
「ふむ、よいでしょう。
姫御子様から個人におりた御神託だと聞いています。
そして、国には関係ない御神託であり困っていたと。
そのため、祐紀様に助言を求めたと聞いておりますが?
何か問題でも?」
「・・いや、ござらん。」
「他には?」
「陰の国との関わりです。
姫御子様に陰の国を助けて欲しいという書状がきております。」
「姫御子様の御神託を助けるかわりに、という説明が抜けておりますが?」
「うっ!・・。」
「吟味役殿、誘導尋問されるのは勝手だ。
儂を試すつもりならば・」
「あ! い、いや、そのつもりは無い・・。
し、失礼した。
説明が抜けただけだ。」
「ほう・・。」
「ともかく陰の国から呼ばれるなど異常ではないか?」
「陰の国の一大事だからではないのですかな?」
「・・・。」
「逆の立場なら、陽の国が陰の国に助けをもとめませんか?
姫御子が祐紀殿と懇意にしているから求めたと言いたいのかな?
では、懇意にしていないと求めるとでも?」
「・・・。」
吟味役は何も言えなかった。
だが、最後に一矢報いたいと後ろを向き部下に目配せをする。
部下は驚いた。
本来、使う気のない証拠を要求したと察したからだ。
部下は慌てて横に置いてあった書類の束から探す。
そして、見つけた書類を吟味役に渡した。
小泉神官が吟味役に渡した改竄の疑いがある書類だ。
「このような帳簿を見つけたのだが?」
「拝見する。」
最高司祭は紙縒りが挟まれた頁を開く。
軽く見たあと、前後の数頁に目を通した。
「で、これが何か?」
「不正な金額が記載されておる。」
「確かに。」
「では、認め・」
「ははははははははは!」
「な、何が可笑しい。」
「本当にこれを証拠として、私が罪になると?」
「な!」
「いやいやいや、吟味役ともあろうお方が。
いいですよ、しかし私は罪を認めません。
好きに裁定してもらって結構です。
ただし、勘定方には見せるのでしょうな?」
「うぐっ!」
「恥じをかくのは貴方様ですよ?」
「・・・・。」
しばし吉左衛門と最高司祭は目を合わせ睨み合った。
いや、最高司祭は笑みを浮かべている
やがて吉左衛門は、これにて吟味を終えると告げた。
あまりにあっけなく吉左衛門は引き下がった。
吟味を終え部屋を退出した最高司祭であるが・・。
顔は怒りを露わにしていた。
だが、誰もその顔を見た者はいない。
吟味役は一人部屋に残り、両手を固く握りしめた。
血が滲みでる。
やがて肩の力を抜いた。
そして、ボソリと呟く。
「儂は、小泉神官にまんまと填められたのか・・。
そして最高司祭を敵に回してしまった。
あれほど怖ろしい者を・・。」
吟味役は今まで最高司祭を個人的に知らなかった。
それが今回の吟味を通し、初めて知ったのだ。
そして吟味役の役職で居られなくなる予感がしてならなかった。
こうして最高司祭の嫌疑は晴れ、お構いなしとなった。




