祐紀への裁定
祐紀は山頂でコーヒーを味わうという前代未聞の状況を満喫していた。
「うん、美味かった~。」
と、独り言のように呟き、カップをソーサーに置いた。
そして背伸びをしようと椅子から立ち上がったときだった。
空いたコーヒーカップは机と椅子とともに、突然目の前から消え去った。
「え? 何これ? お代わりは無し?」
そうポツンと呟いた。
いや、本当はお変わりが欲しかったわけではない。
呑みたいのではなく、こんな何も無い狭い山頂での暇つぶしが思い浮かばないのだ。
でも、すぐにどうでもよくなった。
ここで《《じたばた》》しても始まらない。
仏様の御心に委ねるしかないんじゃない? そう思った。
そう、悟りを開いたのだ(やけくそ? いや、諦め、とも言う)。
やることもないし、それじゃぁ、ということで仰向けに寝転んでみた。
良い天気で空には雲一つも無く、そして太陽もない・・、そう太陽も。
不思議な明かりに包まれたこの山頂では、時間というものがないような気がする。
「不思議な場所だな~・・」
そう呟いて目を瞑る。
どの位時間が経ったのだろうか?
いつの間にか寝てしまっていたようだ。
目を開くと、寝る前とまったく同じ景色が見える。
すると突然景色が揺らぐ。
気がつくと、目の前にお寺によく飾られている閻魔像があった。
寝転んでいたため、見上げる形で見ると迫力がある。
いや、仏像にしては生きているようにみえるが・・。
まさか!
本物だ!
目がぎらりと光ったのが分かる。
げっ! と、心で叫び、反射的に立ち上がり、直立不動となる。
「そう堅くなるな。」
「あ、あのそう言われましても・・」
「まあ、無理も無いか。」
「は、はぁ・・・あの、私へのご沙汰でしょうか?」
「沙汰?
まあ、沙汰といえば沙汰か。」
「で、私は地獄とか・・。」
「ほう? 其方は地獄が希望か?」
「へ!? いや、希望してません!」
「そうか?」
「え? では天国に行けるのですか?」
「いや、行けないな。」
なんだか閻魔様、おれの沙汰を楽しんでいないか?
そんな気がしてならないと祐紀は感じた。
「あの、では私はどうなるのでしょうか?」
「別世界に転生してもらう。」
「はぁ・・転生ですか?」
「うむ。」
地獄でなく、天国でもなく転生か・・・。
チベットの死者の書とは違うな、この手順・・と考えていてふと気がついた。
「あ、あの《《別》》世界へ転生と聞こえましたが?」
「うむ、そう言ったが?」
「別世界? えっと前にいた世界の西暦が違う時代ということでしょうか?」
「いや、お前が住んでいた世界とは別次元じゃ。」
「え? ラノベでも有るまいし、そんなバカな・・」
「ほう、お前、儂に向ってバカというか?」
「いえ! と、とんでもないです!
違います、そういう意味ではなく、別次元に対してです!」
「まあ、よい、そういうことだ。」
「あの・・なんで別次元の世界なんですか?
転生すると普通は同じ次元なのでは?」
「ほう・・よく気がついたな。」
「・・・」
「まあ、よい。
其方、三途の川の流れを自力で止めたであろう?」
「はぁ・・自分ではそういう意識ではなかったのですが・・」
「ふむ・・まあ、そういうことだ。」
「あの・・何がなんだか分かりませんが。」
「わからんか?」
「ええ、全く。」
閻魔は呆れた顔をした。
いや、呆れられても分からないものは分からない。
分からないままでは不味い気がする。
閻魔は祐紀に説明を始めた。
「普通、三途の川の流れを自力で止めて立っているものはおらん。」
「え? でも巫女装束の子は希にあると・・」
「まあ聞け。」
「はぁ・・」
「修行もせず、神や仏から特別に使命を与えられていない者が三途の川の流れに逆らうことはできん。」
「え? そうなの?」
「お前、さっきから儂に《《ため口》》じゃが・・」
「す、済みません、つい・・」
「まあ、よい、そのままでよい・・。
でだ、お前はなぜ三途の川の流れを止められた?」
「さぁ・・」
この祐紀の答えを聞いて閻魔はニヤリと笑った。
「わからんか?」
「はあ、全くもって。」
「お前は前世でも同じことをやっておる。」
「えっ!」
「思いださんか・・。
しかたない奴よのう・・。
のう、奪衣婆よ。」
「ほんに・・」
若い女性の声に思わず後ろを振り向く。
妖艶な雰囲気の若い女性が巫女装束で立っていた。
「え? この方が奪衣婆?
婆さんじゃないの?
ええええ!」
閻魔と奪衣婆は笑いを堪えているようだ。
なぜ?・・・
「わからんでよい。
まあ、思い出してもらっても困る。」
閻魔の言葉に首を傾げ祐紀は思わず聞く。
「閻魔様、思い出しては困るって・・どういう意味ですか?」
「まあ、言葉通りだ。」
閻魔が言う気がないというのが伝わってくる。
「では、またな。」
「え、ちょっと待って・・」
そう言いかけたとたんに、閻魔の目の前の水晶玉が突然光だしとかと思うと祐紀は気を失い、その場から消えた。
祐紀の消えた場所を見ながら閻魔が奪衣婆に語りかけた。
「のう奪衣婆よ・・」
「なんで御座いましょうか?」
「我が分身の子に挨拶せんでよかったのか?」
「あら、あの子に記憶を取り戻させる気ですか?」
「いや・・そういうわけでは・・」
「ふふふふふ、でも、これでいいのですよ。
だって、あの子、何を考えたのか人間になってみたいと突然言って人間界に遊びに行ったんだもの。
何時までも我が儘をされても困ります。
市にはちょうどよい相手です。」
「そうか・・・。
市は、それほど奪衣婆に気に入られたか・・。」
「ふふふ・・帝釈天(祐紀)が、市を奪衣婆の二代目として導いてくれることを祈るわ。」
閻魔はこの言葉にちょっと呆れたようだ。
「なあ奪衣婆よ、隠居には早くないか?」
「あら、そうかしら?」
「儂には、まだ其方の尽力が必要なのだが?」
「それはどうも。
でも、大丈夫よ。
奪衣婆になるためには、決意してから教育が必要だものも。
そうすぐには交代できないわよ?」
「まあ、そうなのだが・・・。
儂のかわりを、祐紀(帝釈天)になってもらってもよいかの?」
「あら?・・、だいぶあの子を気に入っているのね?」
「ああ、よい後継者だと思う。」
「・・・まあ、あの子次第ね・・。
なら、次期帝釈天は誰にするの?」
「彼奴の弟がおろう?」
「え? あの子?!」
「そうだが、何か?」
「ちょ、ちょっと待って、あの子はまだ・・。」
「おいおい、過保護もいいかげんにせい。
もうすぐ次元も申し分なくなるであろう?」
「それはそうですけど・・。
あの子には、まだ子供でいて欲しいのに・・。」
閻魔はそれを聞き呆れた顔をした。