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 いつもより早く目覚めるのは、太陽のせいにでもしておこう。『いつも』と変わらない朝日が今日は眩しくて、という理由で通用するのかと疑問に思うが、案外容易である。

 目覚まし時計が鳴るおよそ三十分前。母が起床する時間とほぼ同じだろう。

 窓から見える景色がいつもと違う。光が入る角度で、これほどにも変わってしまうものなのか。

 ふと、太田の言葉を思い出した。

『疎すぎると、後悔すっぜ?』

 俺なりに考えて、由子には気持ちを伝えた。由子に他に話せる人が出来たら、由子が離れてしまうかもしれない。その前に、ずっとこのままでいたいと伝えた。

 まあ、その前に由子は死んでしまうのだから、どうにもならない。

 俺が言った後に由子が言ったこと、あれは出来れば本当のことであってほしかった。ずっと隣にいてほしい。死ぬまでは嫌だ。死んだら、一緒にいることが出来ないから。だから、俺はずっとが良い。死んでも、ずっと隣にいてほしい。

 時々疑問に思うのが、何故由子が落ちる日と落ちない日があるのか、という事。今日が続いているのなら、同じことが起こっても可笑しくはない。確かに、俺は由子が落ちないように行動はしているが、あれで本当に死を避けることは出来るのか? 由子は死なない『今日』を送った後に明日が来れば、由子は死んでいないのだろうか。

 よくある話では、何かを達成することで明日が来るようになる。では俺の場合、何を達成すれば明日が来るのか。由子が死なない『今日』を送っても、明日は来なかった。他に、それらしいことはあるか?



 姉よりも早く起きた俺は、姉が起きてくるころに家を出た。「どうしたの、今日は早いじゃん。雪でも降るの?」と冗談めかして言ってきた。さすがにこの季節では雪は降らない、異常気象にならない限り。

 由子にはメールで先に行くと送っておいた。朝から家を訪問するわけにはいかないし、迎えでもないから尚更だ。もちろん、今日が『今日』であることは確認した。

 部活を引退してからこの時間に登校するのは初めてだ。朝の冷たい空気を肺に送り込むと、部活練習の時の事を思い出した。

 俺はバスケ部に所属していた。強制的に部活に入らされるため、俺は仕方なくバスケ部を選んだ。特に好きではないが、そこそこ楽しめた。野球部に所属している太田が遊びに来ては、練習試合の人数の足しとして共にプレーしたことはあったが、まともに話した事は無い。何度か一対一で争ったことがあった。

 俺が上手いか下手かは分からないが、二年ほどバスケをやっていたので下手ではないだろうとは思っているが、部活を引退して三ヶ月でどれほど鈍っているのかは気になる。たまには部活に顔を出すのも悪くない。

 中学校に近づくにつれて、ボールが跳ねる音や靴の鳴る音が聞こえてきた。一、二年生が朝練に励んでいるのだ。一年生とは三ヶ月ほどしか一緒ではなかったが、どれほど上手くなっているのだろうか。

 下駄箱に着いたとき、引退した三年生の中で一番乗りかと思ったが違った。他にも一人、引退した生徒が来ていた。下駄箱は俺の上。誰かと疑問に思ったが、特に気にはしなかった。どうせ、特に話したことのない生徒だろう。

 音楽室からは楽器の音が響いてくる。音出しの練習をしているのだろう、これは至って曲ではない。だが、それぞれの出す音が何かを――自分の存在を強調しているようで、うるさいなどと否定することは出来なかった。

 教室には誰もいなかった。その代わり、一つの机の上にスポーツバッグが倒れておかれていた。廊下側の一番後ろの席。ここは、誰の席だっただろうか。

 窓からは、テニス部の姿が見える。サーブを打っているが、何度も失敗しているのは一年生だろうか。小さな体を大きく動かして必死に打とうとしているが、ネットを超えない。テニス部だった小和田なら、今でも一発で鋭いサーブを打てるのではないだろうか。

 ふと、思い出した俺は振り返った。そして俺はリュックサックを机に置いて教室を出た。



「西田か、珍しいな」屋上への扉を開けると、そこにいた人物がそう言った。「ここから見てたぜ、お前が来るところ。今日は一人か?」

 柵にもたれ掛かり、足を交差させる。首を捻ると、屋上からの景色を眺める。彼の目の先には、田園が広がっている。

 少し肌寒いというのに、彼は学ランを着ていなかった。腰に巻いて、カッターシャツの袖を数回捲くっている。そして何故か、バスケットボールを抱えている。

「……そっちこそ、珍しいな」

 一人になりたくてここへ来たわけではない。俺は、彼に会うためにここへ来た。

 彼が他の人物なら、どうでも良かった。ほどんど話したことのない生徒に会うために、わざわざ肌寒い屋上へ来たりはしない。それが彼であったから、俺はここへ来たのだ。

「前はいなかったはずなのに、どうしているんだ?」俺は彼に問うた。彼がここにいる訳がない。そう、今日が『今日』であるならば。

「どういうことだ?」

 彼は不思議に思う素振りも見せず、ほとんど棒読みで返した。

「……今日は、小和田と来なかったんだな」

「ああ。何となくな」

 彼に、自ら言わせることは出来ないだろう。そう考えた俺は、単刀直入に伝えることにした。

「…………今日が『今日』であるならば、本当は小和田と睨み合いながら昇降口に向かうはずだった。そこに、中西も加わって。前日にした協力プレイで、互いに恨んでいるはずなんだ。なのに、今日は一人で来ている」

「西田、何が言いたいのかはっきりと言ってくれ。長引かせるのはごめんだ」

 俺は唾を飲み込むと、聞き返されないように大きな声で言った。

「太田も、『今日』が繰り返していると知っているのか?」

 この声は、確かに太田の耳に入った。それは、太田の表情から読み取ることが出来た。

 笑っていた。もったいぶる時間を与えずに。

 太田と目が合うと、確かにこう言った。

「ああ、そうだ」

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