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 先生もひどい奴で、眠っていた俺を起こしてくれなかった。

 普通、一時間目が終わる前に起こしてくれるはずだが、「ごめんごめん、忘れてたー」と手刀を切って言った。そのせいかおかげと言うのか、俺は四時間目終了間際まで心地よい睡眠をすることが出来た。

 先生からカードを貰って、俺は保健室を出た。カードにはどういう理由で保健室へ来たのか、それに対してどういう処置を取ったのか、などが書かれている。俺の場合、頭を打って気絶、処置は保健室で休養、と書かれていた。

明日が来ないのならばこんなものいらないのだが、これを部屋の机の上に置いておくとどうなるのだろうか。あるはずのないものだから、消えてしまうのが普通だ。きっと、そうなるだろう。

 教室の前の扉から、音を忍ばせることなく入る。数学の時間だった。昨日、いや『一回目の今日』、職員室であった事を思い出す。

「おお西田。やっと帰ってきたのか」

 数学教師の堀先生が俺に声を掛けてきた。

「はい」

「ずっといなかったそうじゃないか」そう言いながら、俺が持っていたカードを奪うように取る。「頭を打ったのか」

「はい」

「鈍くさい奴だなあ。気をつけろよ」

 すると堀先生はペンを持ち、何かを書き始める。そこへ書くのは担任と保護者だけなのだが、関係の無い堀先生は何を書いているのだろうか。

 手渡されたカードを見ると、『気を付けるべし!』と達筆で書かれていた。最後に書かれている顔は、堀先生自身だろうか。……似ている。

「よーし、最後この問題解いてもらうぞー。太田! 居眠りしている暇があったらこの問題解いてみろー」

「うえ? 俺か?」

「お前しか太田はいないだろうが」

 そんなやり取りを聞きながら、俺は自席に戻る。中西と目が合うと、不安と安心が混じったような表情で俺を見てくる。席に着くと、やっぱり中西が声を掛けてきた。

「西田くん、大丈夫だった?」

「ああ」

「ずっと保健室にいたけど、そんなに悪かったの?」

 ずっと寝ていただけだなんて、心配してくれている中西には言えまい。

「いや、別に、それほどでも、無かったような……その、一応、な」

「そうなんだ……良かった、大事にならなくて」

 相変わらず優しい。男であるのが惜しいほどに。

 その後、すぐにチャイムが鳴り俺はまともに数学を受けなかった。一回目の今日で居眠りをしたが受けていたので、大きく影響は受け無さそうだ。

 リュックサックから弁当を取り出すと、由子に話しかける。

「由子、屋上へ行こう」

「うん」

 由子は教科書を急いで引き出しに片づけ、俺とは違う革のスクールバッグから弁当を取り出した。少し小さめで、これで足りるのかと毎回のように思う。

 屋上へ向かうため、俺らは教室を出る。と、その時、由子が俺の学ランを引っ張ってこう言った。

「西田、職員室へ行かなくて良いのか?」

「え?」

 こちらが聞きたいくらいだ。何故俺が職員室へ行かなければならないのか。

「どうしてだ?」

「昨日、西田が言っていたじゃないか。出さなければいけないプリントがあるって」

 プリント?

 由子が言っているのは、きっと冬休み前に行われる三者面談のプリントだろう。だがそれは既に昨日出したはずだ。それに、昨日も由子に言われて提出しに行ったのだ。

「それなら、昨日行ったぞ?」

 すると由子は不思議そうな顔(無表情に近いが)をしてまた問う。

「私は、昨日聞いたぞ?」

 そこで俺は、大切なことに気付いた。

 そうだ、『今日』が繰り返しているんだった。話が合わない訳である。

 俺はリュックサックからプリントを探し出す。ついでに、保健室でもらったカードも持って行くことにした。

 屋上へ行く前に職員室へ寄る為、俺の弁当を持って先に屋上へ行ってもらうよう頼んだ。由子は、

「うん」

と頷かずに言った。由子らしい。

 階段で分かれて俺は一階へ、由子は屋上へと向かう。

 中学三年生になると、受験に向けて動かなくてはならない。確かに高校へは行った方が良いのだが、それほど真剣になるようなものだろうか。

 職員室に入り、担任の名を呼ぶ。扉のすぐ近くの席に座っていたが忙しそうだったため、俺は自ら寄ってプリントを渡した。

「おお、ありがとう」軽く頭を下げる。続いてカードを渡す。「ああこれか。大丈夫だったのか?」

「はい、大丈夫でした」

「四時間目に帰ってきたのか、本当に大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫です」

 心配してくる先生だが、後で保健室の先生から話を聞けば心配して損をした、と思うだろう。

 ふと視線を上げると、堀先生が目に入った。担任の隣の席だったのか。……ん?

「はいこれ。ちゃんと保護者に渡すんだぞ」

「え、あ、はい」

 何か忘れている気がする。担任の隣に堀先生?

 堀先生の方を見ていると視線に気づいたのか、堀先生が俺の方を見てきた。無意識に逸らしてしまった。

「西田」

 ああ、呼ばれると思ったよ。

 俺は渋々、堀先生に寄った。椅子にもたれると、腕を組んで俺を見上げる。

「今、視線逸らしただろ」

「え、あ……はい」

「俺の顔に何かついているのか?」

「いえ」

「……そういえばお前、授業さぼっていたな」

 確かにさぼっていたが、気絶していたので仕方がないだろう。だが、実際半分以上はさぼりである。だが、さぼってないと言えば嘘ではない……と思う。

「あ、はあ」

「少し考えたんだが、あれ、少し長すぎやしないか? あれだけの時間気絶していたら先生も心配して病院に連れて行くだろうし」

 病院?

「まず昼休みに入るぎりぎりに帰ってくるのが可笑しい。絶対に計っただろう」

 昼休み?

 なんだろう、さっきから何かを……。

 途端に、俺は鮮明に思い出した。『今日』が繰り返しているという事を。

『今日』が繰り返しているという事は、『今日』の昼休み、由子が屋上から落ちて死ぬと言う事故が起きてしまうという事。

 あれがまた繰り返される、だと? そんなこと、あってはならない。

 こんな大切な事を忘れているなんて、俺はどうかしていた。長時間眠っていたせいで、その前に考えていたことを忘れてしまったのだろうか。

 俺は堀先生の話を聞かず、そのまま職員室を出て行った。

 由子がいつ落ちたのか、正確な時間は分からない。俺が職員室にいた時間は、一回目の時よりも短くなっているだろうか。分からない。担任にはカードを渡して、少し時間を食っているかもしれない。堀先生との話はどうだろうか。少し短かったかもしれない。

 だとすると、時間はほぼ同じとなる。

 屋上への階段を上がるとき、教室から男子生徒が数人出てきた。

「おい、下におりよーぜ!」「やべえって、まじで」「ちょ、先生呼んで来い!」

 聞いたことのある台詞。

 俺は震える足で階段を上がる。まだ諦めてはいない。

 大丈夫だ、きっと、扉を開けた先には、あいつが、由子が――。

 扉の先には、誰もいなかった。ただ、黒猫が呑気に鳴いているだけであった。

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