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拾参

 何故由子は、俺の言いつけを破って屋上へやってきたのか。

 何故由子は、泣いているのか。

 同じ『今日』を送っているはずなのに、特に変わったことをしたわけでもない。それなのに、なぜ『今日』がこんなにも変わっているのだろうか。

 もし今日も由子が死んでしまう道を進むのならば、由子は今日も飛び下りるはずだ。今なら、それが止められる。

 由子が言ったさいごは、どちらの意味を示しているのだろうか。

「由子……さいご、って?」

 由子の涙を見たのは、初めてかもしれない。泣いている所なんて、今まで見たことなかった。こけてもちょっかいを掛けられても泣くことのなかった由子が、今、泣いている。

 頬を伝う涙を拭い、由子は言う。

「今日で、『今日』を終わらせるんだ」

 その口振りはまるで、――『今日』が繰り返していることを知っているようであった。まさか、と思った。俺の他に、太田も繰り返している事に気付いていた。まさか、由子まで?

 俺は由子にその事を問うた。

「由子、まさか……気付いているのか?」

 頷いた。今にも泣きだしそうな顔で。

 そうなると、由子は自分が二度ならず三度も死んでいることを知っているという事になる。きっと、『今日』が続いて行く限り、由子が何度死んでも死ぬ事は無い。死んだはずなのに、死んでいないことになる。それは、存在しない日があるのと同じである。

「由子は、いつ気づいたんだ?」

 問題はそこにあるだろう。

 由子はきっと、目を覚ました時はベッドの上で、朝を迎えただろう。自分は学校の屋上から落ちたはずなのに、生きていた。夢だったのかと思うはずだ。

「あれが夢でないことは、すぐに気付いた。だって、体が痛かったことを憶えていたから。あれは夢なんかじゃない。本当に起きた事なんだって。それで、すぐに日付を確認した。もしあれが夢だったのならば、随分と現実味のある夢だなと……思った」

 何かを思い出しているようであった。きっと、落ちた時の事を思い出していたのだろう。落ちていく感覚、痛み。優しかった風でさえ刺激となっただろう。

 俺は、俺と由子以外にも太田がこの事に気付いていることを伝えた。由子は興味無さそうに頷いた後、小さくため息をつた。「太田の他にも気づいている人がいると思うんだ。由子、何か心当たりは――」

「西田、それよりももっと大切なことがあるだろう?」

 由子が言葉を遮った。

「大切な事?」

「……思い出さなければならないことは、思い出せたか?」

 それはきっと、太田が言っていたことを言っている。何故由子がその事を知っているのだろうか。由子が知る機会があるとすればそれは――あの時だ。

「西田と太田が朝、屋上へ向かった時。私は後を追った。随分前のように感じるが、これは前回の『今日』の出来事だ。話を終えた太田は私を見つけて、こう言った。気付いてねぇ。いつか、お前から言ってやれ、って」また小さくため息をついた。「西田なら、思い出してくれると思った。あんなことをしておいて、西田が忘れるはずないと思ったから。でもそれは……私の勘違いだった」

 由子は知っている。俺が知らない、思い出すことが出来ない何かを。

 俺は一体何をしたのだろう。あんなこと、と言われるようなことをしたようだが、罪悪感を持つようなことをした覚えはない。

「由子、教えてくれ。俺は何をしたんだ?」

「私が初めて、この人も繰り返していることに気付いている、と知ったのは太田だった」由子は、俺の質問に答えてくれなかった。「西田に置いて行かれて、一人で登校したあの日、昇降口で太田と出会った。その時に、やっぱりか、と呟いたんだ。私はすぐに太田に話を聞いた。そして、太田もまた『今日』が来ていると言ったんだ。だとすると、西田はどうなるんだろうか。もし『今日』が来ているのならば、西田は朝、家に迎えに来てくれるはずなのに。その時に太田が、西田も気付いているんじゃないかと言った。そうすれば、お前が死んだと思って迎えに来なかったっていう風に理由が付く。……予想通り、西田も繰り返していることに気付いていた」

 あの日の朝に、そんなことがあったのか。

「なあ、西田。……どうして、助けてくれなかったんだ?」唐突に由子がそう言った。俺は何の事を言っているのか分からず、眉をひそめた。

「私が落ちた日、西田は一度、屋上に来ていた」

「え?」

「私が落ちそうになって、柵を握っていた。私だけの力では、危険を回避できなかった。その時に、どうして助けてくれなかったんだ?」

 俺は、由子が落ちそうになっていたところにいたというのか? 何故俺はその場にいたんだ? 落ちる、ではなく落ちそう、という表現の違いに何か意味はあるのか?

「由子、どういう事なんだ? もう少し詳しく教えてくれ」

「駄目だ。西田が自力で思い出さないと意味が無い」由子は教えてくれない。

 急に頭痛がした。頭の奥で太鼓を叩いているようだ。

「西田、思い出してくれ。自分がしたことを」

 何かが見えた。由子の手、地面、そして、――黒猫?

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