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 この前の太田の言葉を思い出す。

『そこで頭を冷やして、思い出してみるんだな』

 あれから何度も考えてみたが、何かを思い出す事は無かった。何故太田はその事を教えてくれないのだろうか。自分で考えろ、という事なのだろうか。だが、いくら思案しても、それらしい答えは出てこない。

「西田くん、おはよう」

「おはよう」

 中西が登校してきた。今回は一人で来たのだろうか、太田や小和田の姿はない。もしかしたら、他の生徒と来たのかもしれない。とりあえず、太田はまだ来ていないようだ。

 俺は『今日』、由子と登校してきた。朝早く出た日は、何故早く出たのかと問われた。何となく、ではやはり伝わらず、それでもなんとなくだと言い続けると、不服そうだが納得してくれた。

 太田の言葉を何度も繰り返すうちに、俺は感じ始めた。俺なんかといるよりも、クラス皆と関われるようにすれば良いのではと。一度死んでしまった人間は生き返らない。今回の場合も、『今日』が終われば由子が死んでしまうのならば、由子には楽しい人生で終わってもらいたい。後悔したくないが、それは由子も一緒だろう。

 それを実行するために、まずは太田の協力が必要だ。俺だけでは、由子をクラスの輪に連れて行くことは難しい。太田なら全員と話したことあるだろうし(由子と話したことあるかは記憶にないが)、簡単に目標を達成できる。由子がそれぞれの『今日』を覚えているはずないが、今の俺に出来ることはこれくらいしかない。なんとなくでも、それを覚えていてくれれば良いのだ。

「太田―、今日は遅かったな」

 やっと太田が来たのだろうか。

 俺は入口の方を見た。来た途端に友人に囲まれている太田を発見した。立ち上がろうと机に手を置いたが、すぐに座りなおした。

 人が集まっている中に、俺が声を掛けることなんてできるだろうか。上手く声を掛けることが出来なければ、俺は変な目で見られることとなる。……そんなに、無理だ。

 だが、こんなところで怖気ついている場合ではない。目的は、太田に協力を頼むこと。それを言う前に緊張するのなら分かるが、声を掛けるのでさえ緊張するのはどういうことだ。これはまさか、世に言う『コミュ症』というやつだろうか。断じてそんな事は無い。

 これは、由子の為に必要な事。由子に、悔いの無い、楽しい人生を送ってもらいたいがためのことだ。

 俺は行動しなければならない。

 立ち上がろうとした時、頭に刺激を感じだ。平手で叩かれたような痛みだ。

 誰がこんなことをしたんだ。俺は痛みを感じた部分を押さえながら顔を上げた。そこには、物凄い形相で俺を見下ろす太田の姿があった。

「おい、何回呼ばせたら気が済むんだ」



 半強制的に屋上へ連れ出されたが、俺にとっては好都合だった。わざわざ声を掛けずとも、太田から声を掛けてくれたのだから。

 だが、太田は何故俺を屋上へ連れ出してきたのだろうか。教室を出るときにクラスメイトの視線が少し痛かった。わざわざ屋上へ来たという事は、教室では話しにくい事。つまり、『今日』が繰り返していることについてしかない。

「太田、何だ?」

「昨日ここで話したこと、思い出せたか?」

 一瞬、何のことを言っているのか分からなかったが、最後の言葉で理解した。「そこで頭を冷やして、思い出してみるんだな」の事を言っているのだろう。

「……考えたけど、何も分からない」

「そうか。用はそれだけだ。俺は帰る」

 太田は背中を向けて、扉の方へ歩いて行く。あまりに早く終わりすぎて、俺は太田を引き留めた。ほとんど無意識だった。

 太田はため息をつきながらこちらを向いた。

「何だよ、俺の話は終わった」

「……教えてくれよ、俺が何を忘れているのか」

 何度考えても、いくら考えても分からなかった。頭を冷やしても、逆に温めても。太田が言ってくれないと分からないだろう。

太田は目をもてあそぶかのように動かし、そして笑った。だが、瞳は笑っていなかった。

「自分で思い出せよ、てめえのしたことだろ」太田はいらついているのか、爪先で何度も地面を叩いている。「都合よく記憶を書き換えやがって、それでよくそんなことが言えるよな。それって、ただの現実逃避だろ? 大切なことを忘れられた、小倉の気持ちを考えてみろよ」

 何故太田がそんなにも怒鳴るのか、今の俺には分からない。だけどこれらのことから、俺はとても大切なことを忘れているという事を実感した。

「……だけど、忘れてしまったのは仕方ない事じゃないのか。俺だって、忘れたくて忘れたんじゃない」

「お前の事情なんて知らない。昨日は優しく猶予を与えてやったが、それでも思い出さないってんなら、俺はもう待たねえ」太田は大股で歩み寄り、俺の胸倉を掴んだ。「俺、お前みたいなやつ嫌いだ」

 そのまま突き放すと、俺を睨みつけたまま背中を向け、屋上を下りて行った。

 俺は座り込むと、顔を手で覆った。どうしてはっきりと言ってくれないんだ。もう思い出せないと言っているだろう。大切なことだからこそ思い出せと言っているのだろうが、教えてくれても良いのではないか?

 思い出さなければならないことがとても大切なことだという事は感じだ。それと同時に、ふと感じた事もある。

 太田があんなに真剣に言うのは、由子の事を想っているからではないのか、と。

俺の知っている限りではあまり話しているところを見たことない。いくらクラスメイトだからと言っても、あまり話したことのない生徒の為にあれほど真剣になるだろうか。

太田には小和田友菜という恋人がいる。それもそんな事を考えてしまうのは、あまりにも太田の目が真っ直ぐで、真剣で、由子の事を想って言っているように見えてしまったからだ。

「……西田?」

 扉の蝶番が軋み、耳障りな音がする。扉を開けたのは、由子だった。

「太田と何を話していたんだ? さっきすれ違った時、すごく怒っていたようだったが」

「何でもない」

 俺は立ち上がると、由子を避けるようにして屋上を出た。

 あの状態では、太田は協力してくれないだろう。だったら、俺一人でやるしかない。俺が由子にかかわらなければいいことだ。そうすれば自然と、由子は皆と関わることになる。

 何も思い出せなくてもいい。ただ、由子が笑顔でいてくれればそれで良い。

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