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おクルマの営業  作者: たんぴん
7/13

羨望と触発

 2015年5月3日(日)


 今日は絶好の外回り日和だ。

 そうして会社を飛び出した俺は、昨日訪れた場所とは別の地区にDMをばら蒔いていた。


 朝のミーティングの様子からは、新車の販売が芳しくなかったのだろう。支店長のご機嫌がすこぶる良くないのは俺でも見てとれた。

 しかしながら、佐々木係長は相変わらずの絶好調を維持しているようだ。社内実績表では全社員の中で、No.1の実績であった。4月は登録実績として19台だそうで、俺の尺度では信じられないペースだ。

 また、新車登録数だけでなく、その他の主要項目も全て達成している。自動車販売の申し子みたいな人だろう。その誠実さから顧客の信頼が厚いのだろうと推察した。


 さて、そのような状況の中でさえ、俺は相も変わらず車検を獲得するため奔走することとなる。店舗には何の貢献もできていない現状で、焦りが無いわけはない。

 せめて車検台数だけでも、頑張っている先輩方の助けになりたいと、その思いで走り回った。

 そういえば、他の店舗の同期たちはどんなことをしているのだろう。今日の飲み会では、米田と相沢に聞いてみるとしよう。



 ―16時半―


 さすがに疲労困憊だ。少し気を抜いた瞬間、旭店からの着信があった。支店長には数時間おきに報告はしていたが、何かあったのだろうか。


「はい、榊原です」


「おお、榊原君か。今どのへんや?」


 聞き覚えのない声だった。だが、明らかに支店長よりは歳上で、貫禄さえ感じる。


「あ、はい。太子橋今市の付近で外回りしていました」


「そうかそうかご苦労様。そや、私は市内店舗を統括する部長の谷です」


 驚きと焦りでしどろもどろとなってしまった。

 谷部長は「ガハハ」と笑っていた。


 すぐさま旭店へ早歩きで帰った。なんだろうか。先ほどの電話の緊張がまだ残り、胸の拍動がはっきり聴こえるようだ。


 店舗へ到着した。俺は疲れを感じさせないように、元気に挨拶をする。


「榊原、ただいま戻りました!」


 すると、支店長と先ほどの谷部長だろうか。二人が駆け寄ってきた。


「おかえり!」


 谷部長は俺を労うように肩を叩く。


「いやー、春日井から新人の様子聞いたら外回りさせてるって聞いてさあ。新人に何をやらしてるんや、アホかいって思ったけど、ちょっと話を聞きたかったんや」


 谷部長は春日井支店長を軽く小突いた。支店長も谷部長の前には、タジタジである。


 俺は谷部長へこの2日間のことを事細かに話した。


「車検かあ。懐かしいなあ。俺が営業やった頃はよくやっとったわ。昔は皆開けてくれて、お菓子とかもくれたりしたわ。でも今はインターフォンあるから話すのさえ難しいよなあ」


 間髪を入れずに続ける。


「でも、話聞いて思ったわ。それ続けたら絶対に榊原君の財産になる!他の店舗の子で1台売れた子がおるらしいけど、運もあるからのう」


 何かこう、無駄ではなかったのかと、嬉しい気持ちを感じる。


「春日井よ、当分新車は売れなくてもいいから榊原君のことはちょくちょく報告してくれんか? 方針はお前に任すわ」


 と、言って俺の肩を再度叩いて二人は事務所の奥へ戻っていった。


 どれどれ、今日の受注状況はどうだろうか。早く帰ってきたため、少し時間があった。

(佐々木係長:4台 平川:2台 宮田:1台)とあった。8台まではあと1台だろう。

 ショールームでは須藤さんが、真剣な表情でお客様と話をしていた。


 俺は手透きだったので、現場の洗車を手伝っていた。疲れはあったものの、誉められたことで足取りは軽かった。


 暫くして、時計は6時半前を指しており、俺は帰る準備をしていた。

 すると事務所に須藤さんが、いそいそと入ってきた。支店長へ契約書を手渡したのだ。ギリギリではあったが、なんとかノルマの8台は達成したようだ。事務所は須藤さんを祝福するムードが漂い、緊張感が解れていた。


「お先に失礼します!」


「おう、榊原君も外回りご苦労様」

「おつかれさん!車検とれたらええね」


 と、労いの言葉が飛んできた。俺は嬉しくなり、笑顔で旭店を後にした。


 疲れはあるものの、足取りは軽い。だが疲れからか明日は1日かけて筋肉痛との闘いになると予見した。今は考えないようにしよう。



 さて、今日は米田と相沢との飲み会である。場所は梅田となるので、地下鉄谷町線で東梅田まで向かえばよい。予約をしてある店舗は串カツが有名であるそうだ。米田の経験値は伊達じゃない。


 予約は8時からであるが、かなり早く到着してしまった。

 米田と相沢はまだかかるそうだ。俺は店の近辺のパチンコ屋に入店した。

 世間はGWだけあって、パチンコ屋も同じく活気に満ちている。時間は限られているため、いつでも辞められる通称(Aタイプ機)を遊戯することにした。


 遊戯開始後5分、二千円を入れた所でキュイーンと甲高い音が響き渡り、大当たりをひいた。慣れた手つきで777と揃える。

 その後30分の間に6回の大当たりをひいた所で、相沢と米田が到着し、俺の後ろにきた。


「お前めっちゃ当たっとるやんけ」

「いやーご馳走さまです!」


 出玉はメダル1500枚となり、26000円ほどの景品を交換した。

 そのままパチンコ屋から徒歩3分の店に向かい、すぐに到着した。


「あのう、3人で予約してた米田です」


「いらっしゃいませ! 米田様ですね、承っております。こちらへどうぞ」


 可愛らしい店員さんに、座席へと案内される。


「君可愛いね。連絡先教えてよ」


 すかさず相沢はナンパをする。ううむ、こいつの脳味噌は下半身にあるのだろうか。北大阪豊川自動車のクズ三銃士が一同に合間見えている。

 ちなみにギャンブル脳の俺、脳味噌まで筋肉に犯された米田、脳味噌が下半身にある相沢のことである。この3人はまともな思考形態を有してはいないだろう。


「あ、生3つね! あと串盛りと適当なスピードメニュー見繕って」


 こういうときの米田は本当に頼りはなる。


「では、3人の配属と今後の健闘を祈って、カンパーイ!」


 3人はジョッキを突き合わせた。


「いやー、雑用ばっかりでなんもしてないわ。洗車したりショールームで声だししたり電話番とかそんなんばっかりや」


 そう話すのは米田であった。


「まあしゃあないやろ。俺らじゃまだ無理やて。それに俺なんか、車検取ってこいて言われて初日から1日中外回りやで」


 と、言ってこの2日間のことを話した。2人は驚きを隠せない表情で応える。


「飛び込み営業ってなんやそれ。平成やで平成」


 相沢も同意するように頷いた。それが普通の反応だろう。普通の感覚を有しておれば、BtoC業界において、顧客リストなどもなく飛び込み営業とは、ナンセンスだろう。


 だが、相沢のことを聞くと俺と米田はさらに驚いた。


「ちなみに俺は1台売れたで!」


 素直に感心したと同時に、相沢には心からの賛辞を送った。


「すげぇすげぇどうやったん?」


 相沢は酒の影響か恥ずかしさなのか、赤面して答えた。


「いやあマグレやけどさ、なんかショールーム前で掃除してたら車のこと聞かれてさ、話してたら乗り気になってきて、そっからは支店長が出て来てあっちゅう間よ」


 相応しい感嘆符が出て来ない。谷部長が言っていたのは相沢のことであったのか。

 相沢の話を聞くと、ショールームに案内して少々雑談をした後に、商談は支店長に同席してもらい、気付いたら契約書にサインがあったという。羨ましい限りだが、羨望よりは祝福の気持ちが圧倒的に大きい。


 俺と米田は相沢を誉めちぎった。


「いやあ俺も髪伸ばしてホストみたいになれば売れるやろ。まあ

 なんにせよおめでとう!」


 米田も茶化しながらも、しっかりと祝う。

 同期生の新車受注第1号は相沢となった。俺も負けてはいられない。まずは車検を取って少しずつ、一歩一歩追い付いていこう。


 この定例会は不定期開催だが、また3人で集まり、お互いに良い報告ができるように頑張ることを誓って解散となった。


 ちなみに、代金は俺のパチスロでの勝ち分からの支払いになった。


 気前よく奢ったものの、初任給は今月の25日である。ボディブローのように、地味に痛い出費であったことは言うまでもないが、それ以上に仲間が成果を出した喜びに、水を差すことなど到底出来ようがなかった。


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