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おクルマの営業  作者: たんぴん
6/13

車検をとるために

 

「ロン! ザンクの1本は4200です」

「おーい、アイスコーヒーナシナシ」

「あー、引っかけかよお」

「ポンッ!」


 ジャラジャラジャラジャラ…


 麻雀の洗牌音及び打牌音や発声が入り乱れている。

 定時で仕事を終え、久しぶりに打ちたくなったので、大学生の頃にアルバイトをしていた家の近くの雀荘店に立ち寄った。


「久しぶりやなぁ、榊原君」

「こっち入るか?」


 常連のおじさん達が口々に叫ぶ。

 あぁ、この空気。タバコの臭いが染み付く、アンダーグラウンドな雰囲気は自分にとってはむしろ、落ち着くものである。俺の四年間の唯一の安らげる場所だった。


 千点あたり50円で賭けを行う、所謂テンゴと呼ばれるレートの卓へ入った。


「神谷さんまじで手加減してくださいよ。俺久しぶりなんすよ」


「いやいや、榊原君の初任給は置いてってもらうから覚悟しときや」


 その日は10時半頃まで麻雀に興じた。

 俺は勝ちもせず負けもせず、トントンといった所だろうか。本音を言えば勝ちたかった。

 明日からの仕事が上手くいくように、自分の得意なことでゲンを担ぎたかったのである。だが、今日の俺は肝心な所で日和ってしまい、攻めきれなかった。俺のスタイルは行くときは突っ走り、行かないと決めたら防御に徹するというスタイルなのだ。


「あーあ、神谷さん強かったな。今日くらい勝たしてくれたらええのに。スーツを臭くしに行っただけやんけ」


 俺は小さく呟いて、帰路についた。

 明日は土曜日であり、日曜日まで働くとGWがやってくる。連休といっても月曜日からの3連休だけではあるが。


 実は、日曜日の夜には米田と相沢と飲みに行くこととなっていた。今回は【第二回 米田主催 営業ミーティング】ということで、今後も定例化を目論んでいるそうだ。まずは配属を終えての報告会といったところか。

 その前に明日と明後日で少しでも結果を出して、気持ちよく飲み会へ挑みたいものだ。



 ―翌日―


「起きんかいニコチン野郎! ホンマ毎日毎日ようもまあ、スーツが煙草臭くなるもんや。もう! はよ起きいて!」


 今日の母親はなんと強烈なこと。前日にアイロンを掛けておいた俺の機転が光る。いつも通りに適当にいなし、おばあちゃんとケンに挨拶をして会社へ向かう。


 電車の中は、土曜日ということもあり、様々な人がいる。そう、世間はGW真っ只中である。しかし自動車販社に暦通りの休日はない。わかっていたことではあるのだが、同世代の遊んでいる人たちが、羨ましくないと言えば嘘にはなる。


 旭店へ到着し、朝の掃除を進めていく。他の者は洗車をし、終わったところで、定時のミーティングが始まる。


「えー、今日明日で部長からは8台あげろと言われてます。ノルマに未達はあり得ません。必達やで! お前らまた嫌な思いはしたくないやろ?」


 早速、支店長のゲキが飛んだ。

 皆の顔が引き締まった。嫌な思いとはなんだろう。殴られたりするというのか。


「先月の不甲斐なさ、今月まで醜態をさらすつもりか? 佐々木係長におんぶに抱っこでどないするんや、あぁ!」


 その後は各自で、商談予定と車種と成約可能性まで支店長に報告していた。須藤さんが相談をした際に「部長には挙がりましたって報告しとくからな」と、まだ商談もしていないのに、理解に苦しむ単語が聞こえたが、俺はゾッとして聞こえないフリをした。


 今日の入庫予定リストを確認すると、パンパンに埋まっていた。おそらく昨日の夕方に、各営業はちょうど俺が麻雀をしていた時間に、テレアポで来店誘致をしたと推測できた。点検や車検の見積りで来店していただき、そこで新車の提案を徹底的に行うのだろう。


 そのようなピリピリした雰囲気のなかで、俺は支店長のお墨付きで車検獲得の旅に出た。皆さんお手伝いできず、すいません。


 サクッと作ったDM及び名刺セットと住所を控えるためのノートとバインダーを持って社外に出た。

 それからは、一心不乱にDMの投函を繰り返し住所と車種をノートに書き続ける。またその地区内を全件回る勢いで、ぐるぐると徘徊した。


 本日の業務で特段に語ることはない。手洗い洗車無料チケットと銘打ったDMと名刺を、車検間近の車を所有する家のポストに投函しただけなのだから。ちなみに明日も全く同じ事をする予定だった。訪問した家の住所リストが凄まじい数になっている。

 昼飯はコンビニのパンを公園で食べるし、煙草を吸う意外のサボタージュもしていない。本当である。学生時代の俺ならば、まず間違いなくスロットに行っていたことだろう。


 結果が出ると信じてやるしかないのだ。

 本日も17時半まで外回りのみを行い、18時を過ぎた頃に旭店に戻る。もっと回ってもよかったが、暫くは上の指示で残業をさせられないらしい。

 店の様子を見ると、現場にはまだ整備中の車が埋まっていて、営業もバタバタしている。


「おお、榊原おかえり。軽く報告したらもう帰ってええよ」


 俺は訪問リストを支店長へ手渡した。


「これだけ回って、全てのお宅にDMの投函をしました。後日改めてお伺いして来てもらおうと思います」


「そうかそうか。ようこんなけ回ったな。サボらずようやったわ。明日まで頑張ろう」


 そうして俺は、定時にて退社することになった。

 帰る際に、宮田さんと目が合ったが、明らかに睨まれている。この人は苦手だ。残業もせず、車も売れていないこの状況で帰ることに腹を立てているのだろうか。俺は軽く会釈をして、皆さんに挨拶をして会社を後にした。


 はっきり言うと足が限界だ。とにかく1日中歩き回ったのだから…

 さすがに、帰りに何処かに寄ろうなどと思える余裕はない。

 限界まで酷使した脚を引き摺り、家路についた。



 配属2日目でこの疲労感である。


 おれもたねえわ…

 そう思い、言葉に出そうとしたが、まだ店内に残る先輩達の窮状を考えると、恥ずかしさからか弱音をグッと堪えることができたのであった。


たまにですが「これ本当にあったことですか?」とか聞かれますが、私からはフィクションとしか言えません。1話冒頭の通り、特定の個人団体には関係ありません。

そこには拘らず、フィクションですが限りなくリアルさを追及した小説として楽しんでいただければと考えています。


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