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おクルマの営業  作者: たんぴん
5/13

奇手

 

 春の暖かな日差しが俺を照らしている。気持ちいいな。

 俺は住宅街の中にポツンと存在する、小さな公園で項垂れていた。

 春日井支店長の無茶振りから、一軒家に停まる車の車検ステッカーを見て、車検満了日が近ければチャイムを鳴らした。

 それを繰り返し今は午前11時半。お手上げである。

 そもそも、こんな時間にインターフォンが鳴って、スーツを来たサラリーマンがドアの前にいることを想像する。出るだろうか、俺ならまず出ないだろう。

 たまに出てくれた場合でも「結構です」だったり「旦那が仕事いってますので」の、一言で一蹴された。当たり前である。


 コンビニで購入したメロンパンを頬張り、缶コーヒーをで流し込んだ。

 俺は煙草に火を着ける。

 苛々からか、火種がみるみるうちにフィルターの手前まで到達した。吸い殻を携帯灰皿へ放り込み、あてもなく住宅街へ戻る。


 その日は無心で訪問を繰り返した。無理であろうともやるしかないのだ。

 と、思いつつやはりもう無理だ… 太陽が西に差し掛かり、腕時計を見ると午後5時半となっていた。何件の訪問を繰り返しただろうか。

 喫煙者のうえ、運動といえばパチスロをする右手の運動しか取り柄がない俺には、とりわけハードといえた。


 俺は日ごろの家路と比して足取りの重さを自覚した。朝のミーティングで、支店長の須藤さんへの詰め方を見ると、「何の成果も得られませんでした!」では済まない気がする。


 うだうだ考えているうちに、旭店の看板が見えてきた。豊川自動車のロゴマークが一際輝きを放っている。


 俺はキョロキョロしつつ事務所の扉を開けた。


「榊原! おかえり。どうやった?」


「あの、すいません。成果はありませんでした」


 支店長は表情を変えぬまま、俺に話す。


「営業に0はないってのは当たり前。でも配属初日の君に、成果を求めるのはおかしいって俺も思う」


 なら行かせるなよ… と思った。

 支店長は息継ぎをして続けた。


「ただ無闇に訪問してもそりゃ無理や。じゃあどうするの? 毎日無闇に行くか?」


 わからない。でも俺にできることってなんだろうか。

 このまま愚直に訪問を続けるのか。いや、それはもはや愚直ではなく愚かなだけであろう。


 普通に考えてみよう。

 明らかな無茶苦茶なので、新人がどうこうできる話では到底ない。上司に相談すべきではないだろうか。そう、まさにこれが最善手だ。


「すいません。私の経験ではとるべき手段が思い付きません。相談に乗って欲しいです」


 支店長は頷いた。


「わからんことは聞く、相談する。そんで最後に報告や。研修でも言われたやろ?じゃあ今から明日はどうするか、作戦たてよか」


 俺は返事をしたが、支店長の携帯に電話が入り、どこかに行ってしまったため、暫しの間帰りを待つ。


 営業事務の松原さんがこちらも見て笑っていた。


「あの、本当に1日中訪問したんですか?」


「はい、歩き疲れて死ぬかと思いましたよホンマに」


 松原さんは素早いブラインドタッチで、何かを入力しながら、俺と雑談をする。松原さんは綺麗というよりも、可愛くて愛嬌があるタイプだが、俺の好みではない。おじさんに対するウケは非常に良さそうだ。ちなみに、俺の好みは手取り足取りナニ取り教えてくれるお姉さんである。


 暫く経つと支店長が戻ってきて、俺にゴメンとジェスチャーをした。


 早速だが、今日の行動を支店長へ伝える。とにかくあてもなく訪問をしたこと。だが、ほとんどの人は出てくれなかったことを報告した。

 実際問題その一言だけで報告内容として事足りる内容であるのは、事実と相違ない。


「当たり前やわ。俺だってお前みたいな胡散臭いやつ来たら出んわ」


 支店長は笑いながら答えた。正論である。反対に俺の家に、支店長が来ても出ない。こちらも正論だぞ。

 危険な事件も取り沙汰される昨今は、インターフォン越しですら出てくれないものなのだ。


 ではどうしたら良いのだろう。車検を飛び込みでとる方法か…


 いや待て、視点を変えるべきではないのか?

 飛び込みで訪問したところで、勝負は見えている。ならば、来店してもらう方法を考案するべきだ。来店していただければ、商品説明や価格についてはエンジニアやフロントスタッフがいる。万一のことがあれば、カタログを見て、新車に乗り換えてくれるかもしれない。


 暫く考えて、やっと思い付いた作戦を支店長に話す。認められれば明日からはこれでやってみよう。


「うん、ええやん。これやったら50件回れば1人や2人来るかもしれんな」


 その作戦とは、車検満了日まで2カ月の車を持つ家に、自作のDMを投函する。

 そのDMには俺の名刺を貼り付け、手書きで新人ということをアピール。同時にこちらも手書きだが(来店にて手洗い洗車+ホイール清掃無料券)と書いた。


 明日からはそのDMをインターフォンを鳴らさずに投函して、住所を控えて、数日後に改めて訪問することにした。


 ちなみに無料で洗車とホイール清掃をするのは誰だ?

 そのような心配はいらない、俺がやる。エンジニアにやらせれば工数がかかるので、必然的に工賃が発生してしまう。俺がやればいい話である。

 洗車については本社研修で散々やった上に、洗車用の長靴も購入済みなのだ。


 支店長の裁可がおりたので、明日からは徹底的にやろう。だが、これで来店してくれるかはわからない。


 支店長が教えたいことは、新車はおろか、車検でさえお客様に契約していただくことの大変さを、身を持って知って欲しいのではないだろうか。


 時計は、定時の18時半を指していた。

 新人の間はお客様もいないので、明日以降のアポも取りようがないため、支店長から帰るように指示を受けた。


「お先に失礼します!」


 店を出て、緊張の糸が切れたようである。

 俺が帰ったあとの事務所は支店長が暴れているのだろうな。なるべく新人がいる間は優しくというのが、ひしひしと伝わってくる。


 須藤さん、頑張れ… それ以上に俺は何も考えないようにして、千林大宮駅に向かった。



次回は自動車販社の土日のイベントと、米田と相沢にも焦点を当てるよ。

お楽しみに!

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