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おクルマの営業  作者: たんぴん
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配属

 2015年4月某日


「こらぁ!起きんかいねぼすけ。パチンコばっかやってるからやで」


 家中に母親のヒステリックボイスが響き渡る。

 時計は7時を指していた。


「朝からうっさいねんクソババァ。もっと静かに起こせや」


 と、叫び返すと即座に母親も喚く。


「このドラ息子が!ふざけてんとはよ朝飯食え!」


 ただ一言。眠い。

 大学生の頃は昼まで寝て、パチンコに行って、夜は雀荘でバイトという、ダメ人間ぶりを発揮していた俺には非常につらいものがある。


 本日は新入社員研修の最終日且つ配属店舗決定の正式辞令が交付される日である。

 運否天賦。正直に言えば何処だって良い。

 良い店舗をひく確率など、パチンコで20連チャンさせるより簡単だろう。

 うーん、このギャンブル脳には自分でも呆れるほどだ。


 母親の哀情の込もった朝飯を掻きこんだ。


「んで、あんたアイロンあてたんかいな」


「いんや、まだやわ。酔っぱらって寝てもうた」


 母親はムキーとした表情で、俺のワイシャツをアイロン掛けし始めた。


 新入社員といえば、一様に白のワイシャツに上下黒のスーツを思い浮かべるだろう。なおかつスーツ上下で5万円で、2着目は半額など。


 だが、俺は生野区や中央区のB品専門店を愛用している。

 スーツ上下で、3000円~5000円であるが、見た目にはチープさを感じさせない。

 母親からはスーツ予算として8万円を与えられたが、その店で3着買えば残りのお金は自分のものだ。

 墓に持っていく秘密が最早何個なのかは不明だが、とても言えたものではない。


 母親からアイロン掛けを終えたワイシャツを受け取り、身支度を整える。


 ふと携帯を見ると米田からメッセージが届いていた。

 素早いフリック動作でスマートフォンを開く。

「おはよ!9時に天満のコンビニで合流な!」


 俺は了解の旨を返信し、煙草を吸って家を出ることにした。


「煙草吸う暇はあんのに、アイロンはあてへんのかいな。ええご身分やね」


 鋭いツッコミだ。ぐうの音も出ない。

 いや、俺はプライドが無いので平然と言い返す。


「そうや。やからなに?年増のおばはんが煩いねん。ほな行くわ。」


 母親の言うことを半ば無視する形で家を出た。

 昨日の夜とはうって変わり、春の日差しが心地よい。


 駅に着いたが、毎朝出社するサラリーマンで一杯だ。

 特に大阪駅方面は度が過ぎる。満員電車に乗るくらいなら、パチンコ店の空気の方が、よっぽどマシなこと。


 天満駅には8時50分に到着した。

 駅前のコンビニでは、既に米田と相沢が待っていた。


「おはようさん」

「ういっす」


 簡単な挨拶を済ませ、本社方面へ歩を進めた。


「また総務部のハゲが長話するやろな」


 そう話すのは相沢だ。

 相沢剛あいざわつよしは身長が165cmそこそこ。

 体型は痩せ型で硬派な見た目の米田とは、正反対のチャラチャラしたタイプだ。

 SNSのアイコンも、おそらくは大学生時代のものと思わしき、茶髪の長髪でさながらホストと形容すれば、皆の理解は早いだろう。


 談笑しながら歩くこと5分。

 本社に到着した。

 通りががる人たちに形だけの挨拶をしながら、大ホールへ向かう。

 9時半までに出社することだったが、まだ半数は来ていなかった。


「昨日はお疲れやったな。呑みすぎて頭痛いわ」


 そう話す米田には悪びれる様子は微塵もない。

 俺が受かったことといい、米田を合格させた総務部人事課のセンスには脱帽である。


 俺は笑いながら米田を茶化した。


「お前ほんま真性やわ。頭おかしい」


「ごもっとも」


 反省の色は窺えない。

 ああ素晴らしき我が会社。先行きは真っ暗です。


 9時半になると総務部の進行役の人間が壇上に立つ。

 だが、時間になったことに気付かず、談笑にふける者が多数だった。


 総務部の人間は壇上に立ちつつも、一切の発言はしない。

 ああ、これ怒るやつだ。


 それから1分ほど後だろうか。さすがに皆が気付いて静かになった。


「貴方たちが静かになるまでに1分25秒かかりました」


 ふぁ?

 これは小学生のそれも低学年に向けて、テンプレートとなっているあのセリフである。

 まさか社会人になって聞くことが出来ようとは‥

 うーん、この動物園たるや、総務部の気持ちも分からなくもない。


「貴方たちは社会人です。今も勤務時間内です。自覚を持ちなさい!」


 そう話した後、進行役はプログラムを読み上げる。

 早速だが、辞令交付に先立ち、社長による挨拶が始まった。

 そして辞令交付にプログラムは移行する。


 五十音順で名前が読み上げられ、壇上に上がる。

 そこで社長から配属店舗を告げられ、ホール後方に来ている各支店長の所へ向かうことになっている。

 ちなみに研修期間にて、二人退職したため辞令が読み上げられるのは38名となる。

 もはや何のために入社したのか理解不能だ。


「小西雄大」


 社長が読み上げる。

 次は俺だ。


「榊原勇気」


 俺は壇上に向かい辞令を受け取る。


「貴方は北大阪豊川自動車株式会社旭店での勤務を命じる。頑張って下さい」


「ありがとうございます」


 一礼し、ホール後方へ歩いた。

 旭店の店長だろうか。

 歳は40代前半といったところか、優しそうな風貌のおじさんがこちらに微笑んでいる。

 おじさんの微笑みなど嬉しくもないが、笑顔で返した。


「榊原勇気です。宜しくお願いします」


「旭店支店長の春日井です。期待しています」


 挨拶と同時に名刺を手渡された。


「本日の流れとしてはこのまま旭店へ来てもらい、他のスタッフに挨拶をしてもらいます」


「あ、はい。宜しくお願いします」


「緊張せんでええよ。車、一杯売ろうな!」


 少し熱苦しい人だが、ファーストインプレッションは上々だ。

 まあなるようになれだ。


 旭店は大阪市旭区に位置しており、自分も通りががかったことはある。

 付近は住宅街が多く、ファミリーカーが売れそうな地区だろう。


 相沢は吹田東店へ配属となったようだ。

 米田については、読み上げが終盤だろうから、後程メールで聞くとしよう。


 春日井支店長に着いていき、駐車場に到着した。

 社用車と思わしき車の助手席に乗り込み、春日井支店長が運転して旭店へ向かう。

 天満からはそう遠くない。おそらく20分程度だろう。


 車中では彼女はいるかどうかや、どんな車に乗りたいかなど他愛ない話をした。


 明日からは、店舗での営業活動が始まることとなる。

 やっていけるだろうか。


 一抹の不安をよそに、道中流れる景色を眺めた。


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