保険
俺は昨日の事務所の雰囲気を思い出し、ゾッとしていた。
MS6の車両価格は150万円~200万円程度だろう。登録諸費用などを加えれば+20万円程度だろうか。
また、それを即日売却したとしよう。登録した車両は新車扱いではないため、中古車扱いとなる。
俺は今回のことで、負担を強いられるようであれば、辞めようと考えていた。
しかし、火曜日に出勤してみると、日曜日の悲壮感は無くなっていた。
また、全員が済んだことのように、スッキリしたような顔をしていた。
「皆さんおはよう。来月の登録台数達成のために、今週からまた頑張りましょう。以上」
朝のミーティングは支店長が暴れることなく、あっけなく終わった。
俺はなんだったのだろうと頭の中で考える。
だが、他の誰かが売れた気配はない。謎の車両も登録に向け回っていた。
下手に突っ込むと大火傷をしそうだ。当分は静観が安全牌だろう。
俺は平日には特に決まった予定や、やることはない。当然だが、他の営業スタッフのように担当顧客がいないからだ。
平日から見積りを作りお客様に提案して、土日に奥さんと来てもらう。そんなお上品なやり方ができるほどアテはない。
ちなみに、佐々木係長の管理顧客は、千名ほど居るらしい。
かたや俺は13名だが、誰にも文句は言わせない。必死の外回りで開拓した、血と汗の結晶である。
今日はまだ未入庫のリコール車両があるため、来店誘致に向かう。
ピンポン
「はーい」
「私北大阪豊川自動車の榊原と申します。鈴木様のご自宅でお間違えございませんでしょうか」
「はい、そうですが。車屋がなんか用?」
「お忙しいところすいません。ご迷惑をお掛けしておりますリコールの件でお伺いいたしました」
「ああ、なんかきとったな。どうしたらええ?」
「早速今週にでも、作業をさせていただけないでしょうか。早めに済ませて、お車には安全に乗っていただきたいのです」
「え? そうかいな。まあええわ、土曜日暇やし朝イチで行くわ」
「有難うございます。ではご予約をしておきます。では失礼します」
俺はすぐさま会社に電話をかけた。
土曜日の朝で予約を入れてもらうためだ。
そんなことを繰り返し、着々と外回りで顧客を増やしていた。
俺は車屋さんなのに何をやっているのだろう。
たまに思うことはある。
―土曜日―
先日のリコールユーザーは、本当に開店時間にやってきた。
「リコールってどれくらい作業が掛かるんや?」
「一時間ほどになります」
「じゃあちょっと相談さしてや」
相談? 一体なんなのだろうか。
「あのさあ、保険がめっちゃ高いんやわ。ちょいと内容見てほしいんや」
「はあ、保険ですか。証券を見てもいいですか?」
俺は許可を取り、お客様の車のダッシュボードから保険証券を取りに行く。
すると、エンジニアの武田さんがなにやら不満気だ。
「この車汚すぎやわ。臭いし最悪。鼻曲がりそうやで」
俺は車内に入る。
うぅ、確かに強烈だった。なにかが腐ったようなキツい臭いだった。
俺は保険証券を取って、身を引くように車外へ飛び出した。
武田さん… 健闘を祈ります。
心の中で敬礼をした。
営業事務所へ戻ると、営業は須藤さんしか居なかった。
支店長に顛末を相談すると、須藤さんに見てもらって保険を取れとの指令が出てしまった。
須藤さんに証券を見せる。
「ちょっと見ながら話しに行こっか」
須藤さんと俺はお客様の所へ向かう。
「須藤と申します。榊原君が新人なのでサポートとして入ります」
「おお頼もしいな。でさ俺の保険もうちょい安くならんか? なんかようわからんまま入らされたやつ、放ったらかしにしとったんや」
須藤さんがそれを聞き、カーライフのことや家族構成などを聞いていく。
ほとんど乗らないのに高い保険を払うのが納得いかないようだ。
「まず、独身とのことなので運転者限定をつけるべきかと。何故付いてなかったのかはわかりませんけど」
須藤さんはそう話した。
また車両保険の必要性やその内容にも言及する。
お客様の保険内容は、車両保険の一般条件保証が付帯されていた。
車両保険にはパターンがある。
①車両保険を付けない→事故が起きた場合、自車の修理費は自腹か、相手がいる場合は、相手の対物保証に頼ることになる。
②車両保険一般条件加入→自損事故、相手がいる事故等フル保証
③車両保険車対車A加入→自損事故は保険金請求不可。相手がいる事故のみ請求可能。
須藤さんが書いた内容を、お客様は頷きながら見ている。
当然にフル保証がある、一般条件に加入していれば安心だが、毎月の負担は大きいものとなる。
果たして、このお客様にその保険は真に必要なのだろうか。
ここからが営業の提案なのだ。
俺と須藤さんは事務所に戻り、最適な見積りを数パターン作成し、お客様の所へ戻った。
「運転者本人限定を付け、先ほどの③の車両保険に変更しています。また免責金額を0から、0-10に変更しました。これでかなり安く収まっています」
お客様は見入っていた。
「こんな安くなるんか。すごいな兄ちゃん。入るわ! ガハハ」
お客様は即答した。
滅多にないケースだが、劇的にお客様が得をしたと感じるケースだったのではないだろうか。
俺は須藤さんの言うとおり、後日銀行印などを貰いに行くことなど、細かく指導を受けることとなった。
契約書類には、須藤さんがシャープペンシルで細かく丸印を付け、何を書いてもらうかなど細かく付箋を付けてもらった。
「須藤さん、有難うございます!」
「おう、まあおれもがんばるわ…」
巻き込んですいません、須藤さん。
悪気はないんです、自分の仕事に戻ってください。
さて、保険のインセンティブは北大阪豊川自動車において、契約金額の5%となる。
今回の契約金額は年額6万円程度である。その5%なので、俺の報酬額は約3000円となる。
ちなみに、1200ccのA車を売った際のインセンティブは2000円だ。
?
俺は頭の中で、非常に激しいツッコミを入れた。
「車売るより、保険とる方が美味しいじゃねえか!」
オチはどうでしたか?
そうなんです、車を売るより自動車保険をとる方が、貰える報酬は大きかったりします。
もちろん各社仕組みは違いますが…
多くのメーカーは、車一台あたりの販売インセンティブは1000円~10000円程度が多いと思います。
ローンを組ませたり、本文で言及した保険を取ることで、車両インセンティブ意外でも稼げるメーカーは多いですね。
特に新車を買った際、少しでもローンを組ませようとするのは、割賦販売ノルマがあったりする影響だと思いますよ(笑)