神様が願いを聞いてくれない理由
朝早起きをして出かけたのにやりたかったことが全て空回りして便意に負けて帰ってきました。
その時の有り余る力で初短編です。
これから二度寝をします。
夢は現実に溺れる。
中二病だとか高二病の時に抱いていた儚い夢は忙しい現実に押しつぶされて忘れていった。
寝る前に妄想していた俺最強世界はいつの間に崩壊し、今ではどんな設定だったか思い出せない。
それが悲しいワケではない。
ただ『そんな時もあった』とベッドの上で思い出していた。
ある人はそれを『黒歴史』だと言い、思い出すだけで恥ずかしくなるらしいが俺は違った。
まだ現実を知らなかった俺に胸を張りたい。
今、こんなにも立派になったんだと。
大学を卒業して8年。
辛いことも沢山あったが必死に耐えて仕事をしてきた8年。
いつの間にか給料も上がり、部下もできた。
そしてついこの間、幼馴染にプロポーズをして承諾を得た。
とびっきり裕福な生活ではない。
でも俺はこの勝ち取った生活に、これから始まる幸せな人生に胸を躍らせていた。
まだ子供だった俺に胸を張りたい。
この世界も輝いて見える時があったと。
ベッドの上で過去の自分を思い出しながら目を瞑る。
明日もまた仕事だ。
お金を稼ぐ為ではなく、将来の妻の為に、これから支えてくれる会社の為に、輝いている世界の為に働こう。
そう思いながら眠りに落ちかけた瞬間だった。
「貴方の願い、聞き入れました」
「はっ!? えっ!?」
柔らかな女性の声が聞こえた
慌てて飛び起きて暗い部屋を見渡す。
独身寮のこのマンションは都内の中では多少広いほうだが誰かが侵入してきたのに気が付かないほど広くはない。
現に部屋の中には誰もいなかった。
暗闇に目が慣れてきてぼんやりとテレビに自分の姿が反射しているのが分かった。
……声は気のせいだったようだ。
「気のせいじゃありません」
「うわぁっ!」
隣の部屋に迷惑だとか情けない悲鳴だとかは一切考えずにベットから転げ落ちた。
ハッキリとベッドが面した壁から声が聞こえたのだ。
机の上に置いてあったスマートフォンの電源をつけて壁を照らす。
今年で30歳になる男には似合わない水玉の壁紙しかなかった。
「ど、どこだっ!」
「どこにもいませんよ」
ベッドの下を確認しようとした時、今度は頭の上から声が聞こえた。
慌てて見上げるがもちろん何も居ない。
恐怖で足の力が抜けてしまった。
上を見上げたままふら付き、一人用の机の上に尻もちをついた。
「な……なんだいったい」
「だから貴方の願いを聞き入れたのです」
願い?
願いってなんだ。
俺は何か願ったか。
「少し遅くなってしまったのですが……。
人間時間だと15年ほど前に貴方が願ったことです」
「は?」だとか「うっ」しか発しなくなった役に立たない口は必要がないらしい。
この声の主は俺の思考を読み取っている。
「私はわかりやすく言うと神です。
えーっと、それで貴方の願いは『ファーストエデンの世界に行きたい』でしたね。
残念ながら『ファーストエデン』と同じ世界は見つかりませんでしたが、限りなく近い世界を見つけました」
「ふぁーすと……えでん?」
聞いたことがある。
大混乱の頭を精一杯に整理して思い出す。
そう、確か俺が中学生の頃に大人気だったテレビゲームだ。
「あれ? 間違ってないですよね?
エルフやドワーフが居て魔法もある世界です」
完全に思い出した。
中二病になった原因のゲーム。
俺はこの世界に堪らないくらい憧れていた。
適当に魔法陣を描いてその中央で丸一日瞑想したこともあるし、インターネットで調べた異世界に行く方法を使ってこの世界に行こうとしたこともあった。
「間違ってなかったようですね。
今からその世界にお連れします」
……は?
その世界に連れていく?
暗い部屋の天井から一筋の光が差し込んだ。
光が徐々に大きくなり、やがて俺の身体を包んだ。
身体が少しずつ浮き上がる。
現状を把握できない。
スマートフォンが手から抜け落ちて、けたたましい音を立てた。
画面が割れてないか心配になるのと同時に我に返った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
震えた声を懸命に口を動かして叫んだ。
包んでいた光が消え、浮いていた身体が重力を思い出す。
強かに尻もちをつくと、さらに思考がはっきりとした。
「はい? どうしましたか」
「……俺はその世界に行ってどうなるんだ」
「えーっと……『戦え、己の自由の為に』……らしいです」
神がどこかで聞いた言葉を言う。
確か『ファーストエデン』のキャッチコピーだ。
パッケージ裏にデカデカと印字されたその文字を見て興奮したのを覚えている。
そう、『ファーストエデン』は人間やエルフ、ドワーフに天使に機械生命体に……様々な種族のどれかに属して戦乱を生き抜くゲームだった。
つまりこの世界は……殺戮に溢れている。
「あ、もちろんせっかく願いを叶えるんですからオマケもします。
このままの姿で転移させるのも望む種族で転生させるのもムキムキだったり魔法が全部使えたり……もちろん記憶を保ったままです」
「違う、そうじゃない。そうじゃないんだ」
この神は中二病の時にやった何かの儀式に反応して今やってきた。
中二病の時にやってきていたら何も考えずにこの世界に飛び込んでいたかもしれない。
ただ、今は……それから積み上げてきた自分が居る。
夢を溺れさせてでも必死に生きてきた自分が居る。
結婚の報告をした時に泣いて喜んでくれた母親。
尊敬の眼差して後をついてきてくれる部下たち。
もう不安もない仕事。
これから未来を託す将来の子供たち。
何もかもが自分の力で勝ち取ったものだった。
「……そうですね。
この世界に戻ってくることは出来ないです。
貴方は失踪したことになります」
やはり、過去の自分の願いを叶えるということは今の自分を捨てることになる。
……いや、自分だけではない。
自分と関わりのあるすべての人を裏切ることになる。
そんなことは出来ない。
「じゃあ願いは無しですか?
……そうですか」
突然、無機質だった神の声に感情が込められた。
願いを叶えられないと分かると、急に哀しそうな声になった。
「……別の願いでも?」
「まぁ、良いでしょう。
何ですか?
お金持ちですか? 人生のやり直しですか?」
「いや……。
この会話した記憶を消してほしい」
息を呑んだのが分かった。
予想が外れたのだろう。
「……わかりました」
それでも素直にこの願いを承諾してくれた。
「……なぜ大きな願いをしないのですか?」
神が素朴な疑問を投げかけてくる。
思考が読めるんじゃなかったのか。
「夢は自分の手でつかみ取りたいんだ」
返事はなかった。
トイレに行きたかったのか水を飲みたかったのか忘れてしまった。
なぜかお尻も痛い。
とりあえず部屋の電気をつけて衝撃を受けた。
スマートフォンが床に落ちていてしかも画面が割れている。
どの拍子でこうなってしまったかわからないがなんて運が悪いんだ。
「……まぁいいか」
正直、自分の人生が上手く行き過ぎて怖かったところだ。
きっと神様が小さな不幸でつり合いをつけてくれたのだろう。
コップに水を注ぎ、一気に飲んでから思った。
やっぱり喉は乾いていない。
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「それでどうだった?」
「言わなくてもわかるでしょ。
あんなに強く願ってたのになぁ。
これで十人目だよ」
「だから言ったろ。
人間なんて勝手に救われて満足してるんだ。
わざわざ力を使って願いを叶えるまでもない。
……ほら、またお願い事をしているヤツが居るぞ」
「もういいや、めんどくさい」