第五十五話 「舞台の上で」
場面は数時間遡ってブランシュ国になる。
「ハァ…ハァ……」
彼の前にはネガモルトの山。
右手の剣を突き立て、あがった息を戻している。
特徴的に折り曲がった三束の前髪もどこか力無い。
「…まさか、こんなに入り込んでるなんて。」
黒染めの剣身からはその奮闘ぶりが伺える。
コアから炎を頻繁に打ち出した故、侵略者から溢れた液体が乾いて剥がれない。
「レド大臣…いえ国王。」
こちらもまた疲れきった顔で話しかけてくる。
「大臣でいい。どうしました?」
「どうやら魔物は全滅したようです。」
「はぁ…やっとですか。御苦労様。」
レドは近くにあった瓦礫に腰掛け、足を癒す。
これ以上は動けそうにない。
彼がスイッチを切ったのを確認すると、その騎士は先程の道のりをまた戻って行った。
懐から煙草を一本取り出し、指先の炎で火を付けた。
静かに吸い込んで、溜め息ごと煙を吐く。
すると彼は、話し掛けた。
「……アナタも一服しますか?」
目線は変えず、煙草を噛んだ。
「…そこにいるんでしょう?アイリス。」
気怠そうに立ち上がり、ある民家の物陰から視線を外さない。
「どうして分かったの?」
物陰から姿を見せたそれは、残念そうにレドを見下す。
態度からも察せる。
その人間は確かにアイリスだった。
「香水ですよ。人の領域入るのにどんだけ楽観的なんですか。」
「だって君の晴れ舞台だよー?着飾らなきゃ失礼じゃん。」
クスクス笑ってる彼女に、飽きれて笑う力さえ惜しい。
まるで友人の家に遊びに行くような、そんな感覚なのだろうか。
「まあなんでもいいですが。」
突き刺さっていたコアを引き抜き、首元へ差し出す。
「アナタ方の標的ならここにはいませんよ。ここにいるのは僕だけです。」
「いやいや、それだから良いんだって。」
「?」
「君を倒せれば、一気に戦力削げるじゃん?」
アイリスはコアを引き出し、機関銃を構える。
「ハナっからヤる気だった様ですね。」
「当たり前じゃん。あんな目に合わせてタダで済むとか思ってたの?」
「僕は君の目がつくづく嫌いになりそうだ。」
「それはアタシも同じこと。」
一度の瞬きの間にレドはアイリスに斬りかかっている。
細身の剣が唸る。
それを受け止めていたのは機関銃だ。
表面に一本の傷を付けて、火花を散らし耐えている。
「いやぁ怖いなぁ。こんな早いのか〜。」
「ならお得意の錯覚を使えば良いじゃないか。」
「そう言われて使うとでも?」
レドの足は力強く、アイリスを一歩仰け反らせた。
「お前は良い子じゃないからな。」
吹っ切るレドの剣に、周囲を吹き飛ばした。
「あはは。分かってんじゃん!」
空中に舞う体は影となって溶けていく。
「!」
辺りを見渡した。
だが姿は見えない。
ほらこっちだよ!
誰かの声が響く。
振り返った先には廃墟の瓦礫が飛んできている。
「正気か!?穹窿!!」
地から迫り上がった土が全てを跳ね除ける。
左右に別れた瓦礫が住宅地へと襲いかかった。
一方の正面は、何箇所かヒビが入ってきている。
「駄目だ…どれが幻か分からない…!城壁!!」
更に迫り上がる大地。最早何ものをも通さない。
ただ迫るのは瓦礫がとにかくぶつかる音。
「これで…一旦は大丈夫だろう。」
とは言え、恐らく5分も保たない。
刻一刻と迫る崩壊の時。
突如上がった戦闘の舞台で、彼はアイリスの手中にあった。




