第三十九話 「泡沫の宝玉」
ノートの一声と同時に、一斉射撃が始まった。
相手は何丁ものリボルバー。
この距離ならば、まず弾道がブレることはない。
「その小賢しい弾丸を止めさせてもらう。
空!」
ノートの周囲を取り巻く弾丸が一瞬で止まった。
途端に床をつたる鉛の音。
「なッ!?」
「さらにオマケだ。幻視!」
言葉が放たれるよりも速く、何本ものナイフが宙を裂いた。
警官達の間をすり抜け、壁へと突き刺さる。
「今だ!」
勢いよく走りだすノート。
完全に怯んだ警官のスキを見事に突いた。
「…!!させるか!!」
一人がノートに向かって発砲する。
「想定内だ。輪廻!」
弾丸はノートに直撃した。
だが、影は揺らぎ消えていく。
「!」
「どこへ行った!?」
警官が騒いでいる頃、ノートは一階まで来ていた。
「とにかくここを離れなければ。」
玄関のドアを開けた。
その先には、大量の警官が待ち構えていた。
「もう諦めろ!君は包囲されている!」
彼らは警官の仕事を全うしているに過ぎない。
従って、もう説得など効かない上、
証人までいるので、裁判になったら負け確定だ。
それにこの場の誰も悪くはない。
悪いのは、あの「影」なのだ。
だからこそ、捕まる訳にはいかない。
「…その台詞はドラマで聞き飽きたな。」
ターゲットが一歩踏み込むのを合図に、二回戦が開幕した。
一斉に飛び交う弾幕。
先程とは比較にならない。
「メンドイな。反射!」
大剣が空を仰ぐ。
その一振りで、全ての動きが変わる。
この時、少しばかり上目に反射させた。
「…!!伏せろ!!」
警官のリーダーらしき人の声が響く。
次々に割れる向かいの窓。
音を聞いている分には、ある種の耳フェチだ。
ガラス片の雨。
光が反射し、冷酷で華やかな雨が降り注ぐ。
「こっちだ、ダイラ!」
「逃すな!追え!!」
走り出そうとした時だった。
「痛ッ…!」
突然右目が痛んだ。
あのベリックと戦った後のような。
しかし既に立ち直した警官が走ってきている。
「諦めるのはそっちだ…!」
右手に持った大剣を地に叩きつける。
せり上がった壁が警官の行く手を阻む。
「何!?」
「悪いな、傷付けない為なんだ。」
………
……
どれだけ走っただろうか。
気付けば記憶のあやふやな街にまで来ていた。
「…こんな街…あったか?」
まるで記憶にない。
見たこともない風景だ。
すると、少女が口を開いた。
「…わたし、この街知ってる。少し前にこの街が出来て、引っ越してきたの。」
「じゃあつまり、この住宅地のどこかに君の家があるんだな?」
「うん。」
これは今のところ、一番の手掛かりだ。
「でも」
「でも?」
「この街に、さっきの男がいる。」
さっきの男とは、チンピラの男のことだろう。
確かにあれほどの威力ならば、
ここまで飛んできてもおかしくない。
だが…
「どうしてそう言い切れる?」
「わたしの力は、どんなものも暴走させる力。
『見ること』を暴走させれば
どれだけ遠くても先を見れる。」
「なら、どうしてその力で親を捜さないんだ?」
「これを何回も使うと、目が痛くなるの。」
『目が痛い』
これは先程ノートも味わったことだ。
つまりあの痛みというのは持病とかそんなものではなかったのだ。
「そうか…」
今からこの場所を探索するにも、あまりに広い。
簡単には見つからないだろう。
少女の疲労が限界に達するのが先か。
親が見つかるのが先か。
どう考えても前者だ。
ならば…
「……さっき研究所に置いてきた発明品が必要だ。」
「じゃあ戻るの?」
「そうしたいが…
恐らくさっきの一波乱で、この道を単に戻っても壁で塞がれてる。
つまり研究所に入る道は一つしかないんだ。
だが俺は指名手配犯。
もう一度戻ってくる事も念頭に置いて動いているだろう。」
「ならこのままずっと棒立ち?」
「そういう訳にもいかない。
俺がさっき作っていた石に、最後の素材が入れられなかった。」
「つまり…?」
「最後の素材は、あの石を安定させるものなんだ。」
「安定?」
「要するに、あの石が消えないようにするって事さ。
逆に言えば…
あの石はいつ消えてもおかしくない。」
もし仮にあの石が消えたなら、もう作り直す事はできない。
「いつまでその石は消えないの?」
「少なくとも、二時間は保つ。
長くとも、三時間と言ったところか。」
危険を承知で行くべきか…
しかしダイラを巻き込みたくはない。
そう考えている内にも、刻一刻とタイムリミットは迫っていた。




